TidBITS: Apple News for the Rest of Us  TidBITS#1110/23-Jan-2012

先週の Apple のスペシャルイベントは教育市場を対象としたものであったかもしれないが、今週号の TidBITS には新しい iBooks 2、iBooks Author、それに iTunes U アプリと、それらが本を作る側と読む側の人々それぞれにとってどのようなものであるかを巡る話題が満載だ。Adam が Apple の発表の要点を伝えるとともに、人々が困惑していることの大部分は Apple が教育市場のすべてを狙っているという点を見逃しているからだと論ずる。Michael Cohen も、iBooks Author が教育に大きな意味を持つだろうという論説を寄稿する。それと正反対の意見を述べるのが物理教師の Steve McCabe で、彼は iBooks の教科書は二十年も前の考え方を焼き直したものに過ぎないと論ずる。さて、私たちが出版したものに目を移せば、拡張された iBooks 教科書ではないかもしれないが、Glenn Fleishman の新刊書 "Take Control of Screen Sharing in Lion" にはあなたの必要に応じてスクリーン共有の方法を選んで実行するために必要な助言が揃っている。Glenn はまた、AT&T が最近変更を加えた iPhone と iPad 用のデータプランについても紹介する。今週注目すべきソフトウェアリリースは、iTunes 10.5.3、Typinator 5、QuarkXPress 9.2 と Default Folder X 4.4.8 だ。

記事:

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Moscone で直接の TidBITS 会員サインアップは中止

  文: Adam C. Engst <[email protected]>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

先週、私は記事“Macworld | iWorld 2012 での TidBITS イベント”(2012 年 1 月 17 日) で、この金曜日の 3:00 PM に Moscone West で直接面と向かっての TidBITS 会員サインアップをする、と述べた。これは実はぎりぎりになってから決めたことであったが、私は考えが足りなかった。IDG World Expo にいる友人たちから、そういうことはしないようにという依頼が届いたのだ。その理由は、ショウの会場で商取引を行なうためにはブースの使用料を払うことになっているのに、私たちはそれを払っていないからだ。私たちも、至極もっともなことだと納得した。そういうわけで、私たちはその時間にロビーのエスカレータの近くにいるのでそこで皆さんとお喋りしたいけれども、Moscone の館内で面と向かって会員受付けをするのは止めた。

Moscone の外のどこかで直接会ってサインアップしたいとおっしゃるならばそれは問題ないけれども、今年はどこか落ち合う場所を決めてそれをすることはしない。(Square を使ってみるのはとても楽しいだろうけれども、皆さんが オンラインでサインアップして下さる方が、実際お互いにとって簡単だ。私たちは今も 1 月中に会員数 2,000 という目標を目指しているので、どうかよろしくお願いします。)今回の変更で混乱が生じてしまったとすれば申し訳なく思います。IDG World Expo の方々にもお詫びします。

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AT&T、新顧客に対してデータプラン料金を値上げ

  文: Glenn Fleishman <[email protected]>
  訳: 亀岡孝仁<takkameoka@kif.biglobe.ne.jp>

AT&T は、スマートフォンデータプラン二つを $5 ずつ値上げしようとしているが、同時に月毎の使用割当を 50% 増やしている。iPad サービスプランもまた変更されているがより入り組んでいる。21 January 2012 迄は、この階層化されたスマートフォンプランは、上り下りの使われたデータ量が 200 MB 迄に対して毎月 $15 か、或いは 2 GB 迄に対して月当たり $25 である。超過したデータに対しては、$15 プランでは 200 MB 当たり $15 で、$25 プランでは 1 GB 当たり $10 がかかる。

22 January 2012 に、下の階層は 月当たり $20 に上がるがこれには 300 MB のデータが含まれる。追加の単位は 300 MB 当り $20 となる。次の階層は 3 GB のデータに対して月当たり $30 に跳躍するが、超過料金は前のプランのギガバイト当たり $10 を継承する。そして最後に、AT&T は引き続きテザリングと個人ホットスポットオプションに対して別料金を課す:個別プランとして 5 GB 当たり $50 である。超過料金はテザリングでは 1 GB 単位で $10 となる。

あなたの現在のプランに - 無制限、200 MB, 或いは 2 GB の何れか - 無期限で残ることは可能であるが、新しいオプションの何れかに切り替えた瞬間に、無制限サービスや前の階層に戻ることは出来なくなる。

AT&T は月半ばでも手数料なしであなたのサービスプランを変更出来る極めて嬉しいオプションを提供しているが、これは myAT&T アプリ、その Web サイト経由、或いはカストマーサービスに電話をすることでもできる。通常はデータプランを月の最初の日にまで遡ることが出来、200 MB や 300 MB プランでもうかなりデータを使ってしまっているのであれば結構な節約となるし、また月末にかけてデータ使用量がずっと少なくなるか或いはずっと多くなると思われる場合は、支払い請求サイクルのその日から日割り計算して貰うことも出来る。(場合によっては、アプリ経由でサービス変更をするのではなく電話をしたり或いは Web サイトを使う必要があるかもしれない。)

AT&T は、あなたの側では特段何もすることなしであなたのサービスレベルを毎月最善の料金に対応させることも可能である。こうすれば顧客満足度を上げることも可能で、結果としてチャーン (逃げていく顧客の数) を減らし、そして営業費、顧客保持費、アカウントコストを節約出来るであろう。しかしながら、AT&T は明らかに、他の大手キャリアの様に、そんなことには興味を持たないらしい - 思うに、これらの会社は収入を増やすためには少々の顧客迷惑はしょうがないという話なのであろう。

その間、AT&T は、月 $30 を払い無制限プランに残る顧客の間で帯域使用トップ 5% のユーザーに対しては EDGE 速度 (約 200-300 Kbps) に絞り込む対策を保持している。これまでに AT&T が発表してきた数字によれば、2011年半ばで無制限プランに残っている人は 20 百万人いる。この帯域制限の影響を受けている人は毎月 1 百万人に昇る。Twitter 上で、この制限を受けた一人のユーザーは先月の使用量は 2 GB をほんのちょっと超えただけなのに、帯域制限の対象にされたと言っていた。

この新しい 3 GB の階層は無制限データと同じ料金であり、帯域制限を受けた無制限プランの顧客を計測プランに取り込もうとする AT&T の策なのかもしれない。

タブレット側では、新しい iPad プラン.が出された。最も低いレベル - 250 MB で $14.99 - はそのままであるが、 2 GB で $25 のプランは $30 で 3 GB そして $50 で 5 GB の二つのプランに置き換えられた。2 GB のプランは、現在それを利用していて自動更新している人だけがそのまま使える。

iPad 加入者で、毎月サービスに先立って請求されて後払いしてきた人は、超過分に対しては GB 当り $10 を翌月請求で支払うことが出来る。全料金は固定額で前払いする前払いサービスの人は、30日サイクルが満了する前に割当量を使い切った時に新しい 250 MB, 3 GB, 或いは 5 GB のプランを開始出来る。

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新しい Take Control 本がスクリーン共有の魔法を暴く

  文: Michael E. Cohen <[email protected]>
  訳: 亀岡孝仁<takkameoka@kif.biglobe.ne.jp>

スクリーンを共有するのは面白い:一台の Mac のスクリーンを他の Mac から見るだけでも魔法の様に感じるが、自分の Mac から他の Mac をコントロールするのは尚更である。"Take Control of Screen Sharing in Lion" では、Glenn Fleishman があなたの Mac の帽子からウサギを取りだす多くの方法について説明している。この 103 頁の電子本は今日から $10 で手に入る。

あまり経験のない友人に見せびらかすのも一興だが、スクリーン共有は次の様な場面では不可欠のツールである:遠隔テックサポート ("それでダイアログには何て書いてある?" と繰り返し聞く必要はもうない)、遠隔サーバーを設定し管理する、或いは実時間で一つの書類を合作する、必要に応じてカーソルの操作を交代しながら。これが何故 Apple がスクリーンを共有する色々な方法を提供して来たのかの理由なのである、その中には iChat, Back to My Mac, そして Screen Sharing アプリケーションが含まれる。しかしこれは何も Apple だけに限らない:Skype もまた Mac スクリーン共有を提供しているし、幾つかの iOS アップスからも出来る (そうです、あなたの Mac をあなたの iPad、いや iPhone からすらも動かすことが 出来る!)。

Glenn は、色々な状況に最適なスクリーン共有技術を選択する手助けをする。それぞれの方法が呈する長所と短所、そしてどの様なセキュリティになっているかを説明している。更に、より古い Mac で 10.5 Leopard や 10.6 Snow Leopard を走らせているものとスクリーン共有する方法、そして iOS 機器から Mac を管理する方法も取りあげている。

この電子本が取り上げている色々なやり方には以下が含まれる:

我々の拡大する職業的そして社会的ネットワーク内での Mac の数が増えるにつれ、これらに異なる場所から簡単にそして効率的にアクセスしたいという必要性も増加している。Glenn Fleishman の "Take Control of Screen Sharing in Lion" で、あなたもスクリーン共有の魔法を使いこなせるようになる。

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Apple、学校に戻る: iBooks 2、iBooks Author と iTunes U

  文: Adam C. Engst <[email protected]>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

ニューヨーク市で開催した スペシャルイベントにおいて、Apple の Worldwide Marketing 担当上席副社長 Phil Schiller と Productivity Software 担当副社長 Roger Rosner は、教科書市場の再創造を狙いとした二つの無料アプリ、iBooks 2 と、Mac 用の iBooks Author をお披露目した。その後さらに続けて、Internet Software and Services 担当上席副社長 Eddy Cue と iTunes 担当副社長 Jeff Robbin が、iOS 用の無料アプリ iTunes U を発表した。

iBooks 2 -- iBooks 2 は、電子ブックの読書用に Apple が iPad 用に出している無料アプリへのアップデートで、これを使えば特別に作られた拡張電子ブックが読める。この拡張電子ブックには豊かなマルチメディア要素とインタラクティブなオブジェクトが豪華なレイアウトで含まれる。Apple は iBooks のこれらの新機能を教科書の世界に持ち込むことを主眼としており、ビデオや、インタラクティブな画像、3-D グラフィックス、復習問題の埋め込みなどを通じて学びの体験を大きく拡張することを狙っている。

そうした機能を使えば、例えば染色体の画像をズームさせて細かいところがはっきり見えるようにしたり、あるいは分子の 3-D モデルを回転させて見たりすることができる。また、インタラクティブなグラフィックスを利用して昆虫の体の部分をタップし、スクリーン上の別の場所に別の写真として拡大して見せたりすることもできる。スクリーンの向きを変えれば表示が(縦置きの場合)スクロール方式と(横置きの場合)ページを使ったデザインとの間で切り替わる。複数のカラムやテキスト内のグラフィックスなども使える。

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Apple がデモしてみせた iBooks 教科書には、用語集(グロッサリ)が内蔵されていて、それをブラウズして眺めたり、あるいは本文の中で太文字の単語をタップして用語集の中でその定義を調べたり(定義には画像を含めることもできる)辞書で調べたりもできる。もちろん検索機能もあって以前より改良されている。単語をタップすれば、その教科書の中で、テキスト中のものもメディア内のものも(おそらく検索インデックスを介しているのであろう)検索できるし、また Wikipedia やウェブに検索を広げることもできる。その単語がその教科書の用語集に含まれている場合は、用語集のその項目も検索結果に含まれる。

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Apple が解決したと見える難問がもう一つある。ページ分けの問題だ。教室の中では、全員が文字通り同じページを見ていることが重要となる。そこで、横置きにした場合には固定ページ分けが使われるようになった。横置きの状態ではフォントやフォントサイズを変更することができない。ただし、縦置きモードに切り替えれば iBooks 標準のコントロールが再び登場して自由に設定を変更できるようになる。

さらに興味深いのが iBooks 2 で新設されたノート取りおよび復習の機能だ。これは iBooks 教科書のみで機能する。従来の iBooks と同様に、タップしてホールドするかスワイプしてテキストをハイライト表示させることができる。そして iBooks 教科書では、学習カードのフォーマットでノート取りができる。ハイライトしたテキストが仮想の索引カードの「表側」に表示され、「裏側」に自分のノートを書き込む。タップすれば、表裏が入れ替わる。積み重なったカードは、シャッフルしてテスト勉強の助けにすることもできる。

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iBooks 2 は引き続きすべての iOS デバイスで走るユニバーサルアプリではあるが、iPhone および iPod touch 版はこれらの新しい iBooks 教科書を表示することができない。(登場すらしないが、サイズが巨大なので、それは良いことだ。)その上、私の持っている初代の iPad 上で教科書 "Life on Earth" を iBooks 2 で読もうと何度か試みたが、私が得られたのはグレイの画面上に導入部分のオーディオが流れるところまでだった。それから iPad をシステム終了して再起動して、やっと iBooks 2 は正しく本を表示することができた。("Life on Earth" は現在無料で入手できる。ダウンロードサイズは 1 GB 近くある。)

iBooks Author -- 従来、iBooks で表示できるものには比較的限界があったし、そもそも EPUB にオーディオやビデオを追加するのはお世辞にも簡単とは言えなかった。この iBooks 教科書の作成のために登場するのが第二のアプリ、iBooks Author だ。これは Mac 用のアプリケーションで、Mac App Store から無料で、136 MB のダウンロードで入手でき、Mac OS X 10.7 Lion のみと互換だ。(実際には iBooks Author は 10.6 Snow Leopard で走らせることも可能だが、そのためにはちょっと厄介な手間がかかる。Digital Tweaker に詳しい説明がある。)

予想される通り、iBooks Author は Apple の iWork アプリケーションによく似ていて、作業のスタートに使うための数多くのテンプレートが提供される。Keynote と同様に、本にページを追加して、それぞれのページにテキストやグラフィックス、マルチメディア要素を置いて行く。Pages や Word からテキストを読み込むこともできるし、また iBooks Author は見出しやセクションなどの項目を作るための一連の書式を認識する。さらには Keynote プレゼンテーションを読み込んでインタラクティブ要素とすることさえできる。

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Pages と同様、iBooks Author もあなたが原稿の中で使った書式に基づいて自動的に目次を生成することができる。また、Glossary ツールバーを使って、あるいは用語の Control-クリックでコンテクストメニューを使って、用語集の項目を生成することができる。項目ができれば Glossary インターフェイスに移ってその用語の定義を入力する。

残念なことに、iBooks Author には変更追跡機能とコメント用のツールがないらしいが、これらはいずれもプロフェッショナルな出版のためには必要だ。その結果として、iBooks Author に流し込むテキストは事実上編集を終えた最終的な形のものでなければならない。また、レイアウトや、オブジェクトの配置などに関する共同作業はすべて手作業でしなければならない。

iBooks Author は三種類のタイプのファイルに書き出しができる: テキスト、PDF、それに iBooks フォーマットだ。テキスト書き出しは、おそらく既存のファイルからテキストのみを抽出するために使うものだろう。PDF 書き出しも、特定のレベルでの校正用にしか使えないようだ。iBooks フォーマットというのは、どうやら EPUB にほんの少し手を加えたもののようで、MIME タイプが異なっている。(内部を見たければファイルを BBEdit にドロップしてやればよい。)iPad を接続してそこへ直接書き出せばテストができる。入り組んだ通常の手順で電子ブックを iPad へ同期するよりも、この直接書き出しの方がずっと簡単だ。

しかしながら、一般的な EPUB の制作に iBooks Author が使えるのではないかと高望みしてはならない。ライセンス条項には、iBooks Author によって作成したファイルはすべて、無料で配布するか、または iBookstore のみを通じて販売するか、いずれかでなければならないと明記されている。それに、iPad 上の iBooks 以外でファイルを表示させるためには何らかのハッキングが必要になる可能性が高いように思われる。要するに、もしも私たち TidBITS が拡張された Take Control 電子ブックを iBooks Author を使って作成したいと思えば、読者がそれを入手する方法は iBookstore 経由に限られることになり、私たちとしては読者とコミュニケーションをすることも、現在私たちが提供しているような形で本以外の機能提供をすることも、極めて困難になってしまう。さらに、Mac 上や Kindle 上で直接読めるように私たちが他のフォーマットで同じ内容の電子ブックを提供することも、より困難になる。私たちが今後 iBooks Author を試してみないとは言わないが、今すぐ私たちの出版モデルを大きく変えるものとはならないだろう。

iTunes U -- Apple の第三のアプリ iTunes U は、iOS 5 を要し、iPad 上のみならず iPhone や iPod touch 上でも利用できるが、これは iBooks 2 が教科書ですることを、オンラインの授業コンテンツでしようとする。Apple はずっと以前から、数多くの大学その他での講座を iTunes U 経由のオーディオやビデオで提供してきたし、これまでのダウンロード総数が 7 億件を超えることから見ても、成功を収めてきたと言える。今回の iTunes U アプリは、既存の講座のシンプルなオーディオやビデオももちろん再生できるが、それに加えて新たに拡張された講座を再生した場合にははるかに興味深いことになる。(と同時に多少不安定にもなるようだ。iBooks 2 と同様、私は iTunes U でもクラッシュを何度も経験した。Apple がバグを修正するに伴って、いずれのアプリも今後マイナーなアップデートが出ることを期待したい。)サンプルを試してみたければ、Duke 大学の Core Concepts in Chemistry がお薦めだ。

この iTunes U アプリは、一つの拡張講座を四つのセクションに分割する: Info (情報)、Posts (ポスト)、Notes (ノート)、それに Materials (資料) だ。スクリーン右縁 (iPad) かスクリーンの一番下 (iPhone/iPod touch) にあるタブを使ってセクションの間を切り替える。Info タブにはサブセクションが提供され、講座の趣旨、講師の経歴、講座の概要などが分かる。

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講座の核心は Posts タブにある。ここにはテキスト、オーディオ、ビデオによる講義や課題などが集められ、iBooks Author で作成した新しい iBooks 教科書もここに含められる。(ただし、上で触れた通り、この教科書は iPad でしか読めない。)私が試してみた講座 Core Concepts in Chemistry は十分に肉付けされたもののようだったが、まだ進行中の講座については、新しい内容が追加される度に通知機能によってそれが知らされる。オーディオやビデオの講義をバックグラウンドで再生させ続けながら、インターフェイスの別の部分、例えば Notes タブなどを使うこともできる。課題を仕上げれば、チェック済みの印を付けることもできる。

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Notes タブでは、普通の講義と同じようなノートを作ることができる。その講座の一部分である iBooks に含まれるノートもちゃんとそこに登場する。(ただしノートを取れるのが EPUB ベースの電子ブックのみであることは忘れてはならない。iBooks は PDF を表示でき、多くの講義が PDF を含めているけれども、PDF にノートを添付させることはできない。)このような電子ブックを課題の中に含めることもでき、そうしたものはすべて Materials タブの中にもまとめて表示される。講座の中には主要な資料がすべて含まれる(あるいはダウンロードされる)が、電子ブックやアプリなど、補助的な資料の中には別途購入しなければならないものもあり得る。

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iTunes U の講座をどうやって作成するかは発表されなかった。ただ、Apple によれば、これまでに六校が新しいツールにアクセスして、100 以上の新しいオンライン講座を作成したという。私たちとしては Apple が iTunes U 講座を作成するために必要なツールを(iBooks Author と同様に)公開して欲しいものだと思う。そうなれば私たちもトレーニング講座を作成して iTunes 経由で販売することもできるようになるだろう。ただし、一店舗専売を巡る議論はやはり起きるだろうが。

皮肉なことに、このようにしてオンラインに情報が出されることにより、大学での授業の出席率はますます減るかもしれない。iTunes U で講義をした大学教授の何人かから、録画された授業がいつも存在することに対する不満の言葉を聞いたことがある。

より大胆な質問を提示すれば、大多数の講義をこのような形でオンライン受講することができるようになると、一般的に言って高等教育そのものに何が起こるだろうか、という疑問が考えられる。特に、共同作業による授業や特別の機材が必要とならないようなタイプの科目について、問題は深刻かもしれない。はたして、成熟、人脈、機会を掴むこと、といった大学教育のさまざまの無形の価値は、そして最後に手にすることになる卒業証書は、高騰し続ける授業料のコストに見合うだけのものと言えるだろうか?

教育現場で、一日に一個 Apple を -- 私は Apple にこの言葉を向けたい: Apple は、ものを小さく考えない。これらのアプリは、電子的な書籍やオンラインの講座に新たな基準を設けた。その上これらのアプリはすべて無料で提供される。問題は、Apple がすべてを自分のものにしたいと思っていることで、その過程で何が可能で何が不可能かを自ら発言しようとしていることだ。これは、例えば Amazon でも似たようなことが言える。Amazon は、EPUB 対応を拒否することで作品を Kindle エコシステムの内部に囲い込もうとしているのだ。ただ、少なくとも Kindle フォーマットは野心的な度合がずっと低く、簡単に他のフォーマットに変換することが可能だ。

既に Twitter においては、iBooks Author で作った作品を iBookstore 以外で販売できないことを巡る激論が盛り上がっている。私たちのような出版者たちも既に、このような一店舗専売の iBooks 教科書を制作するための余分の労力と出費が正当化できるものかどうかと考えを巡らせつつある。さらに、発表によれば Apple はこれらの教科書を $14.99 程度の安価に抑える方針のようだ。これは、何年も使い回しされることを前提に高価格の教科書に依存し続けてきた既存の出版社のビジネスモデルにとっては大打撃となるかもしれない。出版業界にとってどのような結果になるかは、これから注目すべきだろう。

もう一つ、別の観点からも見ておく必要がある。それは、学校だ。学生たちに iPad を調達し、これらの iBooks 教科書を購入するための予算を、いったいどうやって学校は用意するのか? それは必ずしも不可能ではない。うちの近所の学区でも、タブレット機(この場合は Android だが)を利用した試験的プログラムで大成功を収めたところがある。学生の成績にも、経費の削減にも、ともに良い結果が出た。けれども、州または地区により認定を受けた教科書しか購入できないという学校は多い。まさにそこのところで、Apple と出版業者との繋がりが重要な鍵となるかもしれない。既に認可を受けた伝統的な教科書を単純に電子版に直した電子教科書であれば、政府機関としてもずっと簡単に認可を与えることができるはずだろう。

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なぜ iBooks Author は大きな意味を持つか

  文: Michael E. Cohen <[email protected]>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

先週、Apple が教育に関係した発表をするやいなや(2012 年 1 月 19 日の記事“Apple、学校に戻る: iBooks 2、iBooks Author と iTunes U”参照)たちまちウェブ上には耳をつんざくような解釈や批判の声が飛び交った。人によっては、Apple の iBooks Author プログラムに付属するエンドユーザー向け使用許諾契約 (EULA) はそれだけで 致命的であって使い物にならないと主張し、以前から多くの人々が恐れていた通りの Apple が嘘つきで邪悪であるという理論に裏付けの証拠を与えるものになっていると言う者もいた。また、マルチタッチを用いたこの新しい iBooks のブックファイルフォーマットが電子ブック標準への直接攻撃であり Apple がこれまで語ってきたオープン標準に対する献身への裏切りだと主張する人たちもいた。また別の人たちは、ここには私たちスタッフの一人であるGlenn Fleishman も含まれるが、Apple のマーケティングメッセージそのものに不満と失望を感じたと述べた。

Apple や iBooks Author に対する批判の多くがちゃんとしたものであるとは思うが、私はそういうことは気にしない。その理由を以下に述べよう。

まず第一に、エンドユーザー向け使用許諾契約 (EULA) は、iBooks Author 自体と同じく、現時点ではまだバージョン 1.0 であって、いずれ変わるだろうと思う。Apple は 以前にも EULA を変更したことがある。重要な例を一つ挙げれば、iOS でアプリ作成のためにどの開発ツールが使えるかに関する制限を変更したことがある。第二に、私が思うにファイルフォーマットの問題は人の気を散らす空騒ぎに過ぎない。iBooks 2 は以前通り普通の EPUB を問題なく表示できるし、遅かれ早かれ EPUB 3.0 標準にも対応するだろう。

けれども第三に、Glenn と同様、私も「生徒たちは退屈しているので、ソフトウェアがそれをちゃんと直してくれるだろう」という類いの「教育学的万能薬」的な主張を何度も聞いたことがあるし、きっと私は Glenn より頻繁にそういう話を聞いていると思う。でもそれがどうしたというのだ? 昔からそうだったのだから。

私は四半世紀よりも長きにわたり、教育機関と出版会社双方の庇護の下に、教育用ソフトウェア開発とインタラクティブなマルチメディア制作の真っただ中にいた。そのような教材の開発を私に依頼した人たちの大多数は、先週 Apple が iBooks Author について主張したものと同じような言い方で、何かしら魔術的な教育的パワーが私の作った製品の中に潜んでいると言っていたものだ。それは当時、現在そうであるのと同じく、実際以上に誇張したマーケティングのナンセンスであった。でも、マーケティングというものはそもそもそういうもの、実際以上に誇張したナンセンスであるのが本質なのだ。

教えることは難しい。たった一部屋しかない学校の教室で石板を携えた生徒たちに教えるのも難しかったが、近代的な、メディア豊かな教室でデジタルタブレット機を携えた生徒たちに教えるのも難しい。その上、どんなツールを利用しようと悪い教師は悪い教師であり、手にチョークを持っていようとレーザーポインタを持っていようと良い教師は良い教師だ。さまざまの背景と家庭環境を持ち、認知能力の発達も全く異なった若い人たちをばらばらに集めた場所で、効果的に働くカリキュラムを作成するのは至難の業だ。それは、カリキュラムの教材を伝えるためにどのようなメディアを使うかによるものではない。

そしてそのことは、今後も変わることはない。

でも、ここに重要な点がある。良い教育資源へのアクセスが持てるのは、生徒たちにとっても教師たちにとっても、アクセスがないよりは良い、ということだ。iBooks Author が作成を非常に容易にするようなタイプのインタラクティブなマルチメディア教科書は、おそらく悪い教師を良い教師に変えることはないだろうし、悪い生徒を卒業生総代に育てることもないだろうが、利用できるということは、教師にとっても生徒にとってもずっと良いことに違いない。

1980 年代初期以来、私が取り組んださまざまの教材プロジェクトの大多数において、入手可能性というものが非常に大きな困難となって立ちはだかった。私にとっての教材テクノロジー発展に向けた探索のそもそもの初めの時代には、教室にコンピュータがあることは非常に稀で、デジタルテクノロジーに精通した教師など皆無に近かった。その当時、教材テクノロジーのほんの小規模の実験プログラムでさえ、それを実施するにはボリショイ級の歌と踊りを披露してみせなければならなかったくらいだ。

その後、入手可能性における最大の問題は、インタラクティブなメディアが教育の場で有効だと上層部を説得することよりも、むしろ必要なコンピュータ室を実現するための財源を見つけることへと移った。そして、最大とは言わないまでも、忘れてならないほど費用がかかるのが、そうしたコンピュータ室で使用するための教材を開発できる人たちを見つけだして雇用することであった。開発のためのツールは使うのが難しく、しかも高価で、良いものに出会うのが困難であった。その上、教育とテクノロジー双方に知識を持ちそうしたツールを効果的に使いこなせる人材も、同程度に高価で見つけるのが難しかった。

けれども今日では、低価格のデジタルメディアタブレットの出現によって、高価なコンピュータ専用室というものは終わりを告げようとしている。もちろん、$500 の iPad というのは決して安い買い物ではない。けれども、過ぎし日のコンピュータ室に固定されていたマシンに比べれば、親たちにとっても学校にとってもはるかに安価で、はるかに手の届きやすいところにある。ただ、それと同時に、そうした新しいデバイスの上で走らせる豊かな教材を開発するための費用と困難さとは、これまで劇的な低下をみることがなかった。

それが、iBooks Author の登場で変わった。これなら、電子メールを書く能力のある教師ならばほとんどがマスターできるだろう。これなら、普通の本と十分似たものが出来上がるので、コンピュータを使った教育学に訓練を一切受けていない教師でさえも理解ができ、教育の場で使う方法も分かるだろう。これなら、紙に印刷した本では極めて高度な技術を備えた教師が介在してさえ困難であった種類の指導体験を、スムーズに伝えることができるだろう。

いや、私も、iBooks Author がたちまち「唯一無二の特効薬」となって、世界中の教育の苦悩のすべてを、あるいはそのほとんどを消し去ってくれるなどとは期待していない。電子ブックを作成するために、唯一本物の教材開発アプリケーションになるとさえ思っていない。

けれども私が確信するのは、iBooks Author と、それに関係した Apple による教育関連の諸構想が、入手可能性という障害物をついに取り崩すことができるための、本当の機会を秘めているということだ。

それは、良いことだと私は思う。

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iBooks 教科書: 必ずしも教育の革新とは言えない

  文: Steve McCabe <[email protected]>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

木曜日にニューヨークで開かれた Apple の教育関係イベントには、iPhone 5 もなければ、iPad 3 もなく、Mac Pro シリーズのアップデートもなかった。いや、Guggenheim において Apple が明かした革新は、完全にもっと驚くべきものであった。

「教科書というものを再定義します」と Apple の Worldwide Marketing 担当上席副社長 Phil Schiller は述べつつ、Apple が教育革新の推進者であると位置付け、新しい一連の製品シリーズを発表した。iBooks 教科書のサクラとなるべく囲い込まれたと見える説明したがりの教師に言わせれば、このことは「私の生徒たちの人生を良いものに変える」ものなのだそうだ。

明らかにそこには、これが壮大なる前進であり、教育関係テクノロジーを推し進める大きな一歩であって、ものを突き崩しては革新し、人を驚かせては大喜びさせようという意図が見える。テクノロジーの解説者であり、1991 年以来教師として働いている私にとっても、これは革命的な革新のはずだ。でも実際には、人を大喜びさせはしなかったし、革命的な革新ではなかった。

確かに、Apple のような会社ならば、教科書というものを単に現状の枠組みから拡張して飾り立てるだけではない可能性を秘めているはずだ。教科書を「再定義」するなどという主張をするだけの自信があるのならば、そうであるべきだろう。何か極めて過激なものを、現在ある教科書というものに対する理解を覆すような何かを、導入すべきであったろう。

けれども実際には、Apple のプレゼンテーションは Rod Serling[訳者注: 脚本家、代表作「トワイライト・ゾーン」]の手になるべきであったかのようにさえ思えた。私はこのイベントの中継を高速の、パワフルな、現代のラップトップ機(クアッドコアの Intel プロセッサを備えた Apple MacBook Pro)で視聴し、ワイヤレス接続でインターネットに接続し、発表されたばかりの新製品を Apple iPad(タブレットコンピュータだ!)に同時にダウンロードしていた。それなのに、それなのに... そこで誇示されていたものは、教科書を再定義すると大言壮語されていたものは、1990 年代半ばのものとしか思えないものであった。

iBooks 教科書は、インタラクティブになると約束されている。コンテンツがインタラクティブであることは、私たちが CD-ROM を使い始めた時代からずっと、コンピュータを利用した伝達の根本的側面であった。私は 1995 年に、どうしても CD-ROM が欲しいという理由で Mac IIsi を IIvx にアップデートした。そしてすぐに、当時登場し始めていたマルチメディアのさまざまなタイトルを再生し始めたものだ。そして、それらのタイトルを魅力的にしていたのは、シンプルな静的テキストの上に、当時の言い方でマルチメディア体験を提供する、ビデオやアニメーション、オーディオといったものを構成することができた点だった。

言っておきたいが、それらはすべて、今から十七年前の話だ。つまり、今回の iBooks 教科書の主たる対象となる人たちが生まれた頃だ。その後の十七年間を通じて、コンピュータを介した教材は(「教科書」って、何と古びた言葉に聞こえることか)間違いなく進化したはずだ。けれども今、この 2012 年に、私の iPad 上に何が見えるかと言えば、(しかも、少なくとも iBooks 2 が使える間はという限定付きで... 私の体験ではカバがローラースケートを履いたより不安定に見える)これほど現代的なタブレットコンピュータの上で動いているという事実を除けば、基本的に 1990 年代初期に始まったマルチメディア CD-ROM で提供されていたものと大して変わらない体験に過ぎない。

確かに、iBooks 教科書が提供する約束のレベルが、紙に印刷した本では太刀打ちできないのは間違いないし、プレゼンテーションの目新しさは、ことにその目新しさがコンピュータに関係している場合は、少なくとも一時的には習得のための感情的障害を減らす役に立つだろう。私は大学院生たちを調査して、これもその昔、1990 年代半ばの話だが、そのことを実証したことがある。けれどもその当時は、コンピュータを利用することによる可能性を追求して、テクノロジーが提供する学習体験を各個人がそれぞれにパーソナル化し、今から十五年前でさえ利用できたいろいろのプラットフォームを使いこなしてみようという気運が盛り上がり始めた時期でもあった。

私が日本を訪れて言語教育のカンファレンスに出席したのは、たしか 1999 年か 2000 年のことであったと思う。私は適応型の言語能力テストのプレゼンテーションを聴いた。これは、まず学生の能力を観察し、それに基づいてその次に行なう指導とテストの組み合わせの内容を選ぶ、というシステムだ。当時の時点ではその根本となる原則のまだまだ初歩的な応用に過ぎなかったが、少なくともコンピュータが決断に先立つ結果に基づいて次に何をするかの決断ができるということを実証していた。私の知る限り、iBooks 2 ではそのような種類の順応性は一切提供されていない。

それは一つには iBooks 教科書が、基本的には iWork の Pages や Keynote の非嫡出子たる iBooks Author により作られるものだという事実から来る。今のところ、プログラミングのツールは、ごくシンプルなものでさえ存在しておらず、データ保存のスクリプト化さえできない。これはとても残念なことだ。FileMaker Pro や SuperCard といったプログラムは、さらには(神聖なる記憶の中の)HyperCard でさえ、一定程度の判断ベースのスクリプティングを提供する手段を持ち合わせていた。もしも Apple が iBooks Author にそのような要素を組み込んでいさえしたら、全く新しいレベルのインタラクティブ性と、パーソナル化された学習とが実現できていただろう。「Steve よ、君がシンプルで調和のとれた動きのために多大な時間を費やしたことは僕にも分かるけれど、最後の最後の関門で君の成績は良くなかったよ。ここのところでちょっと手助けしてあげようか?」でも、学生はコンテンツにインタラクトできるけれども、コンテンツの方は学生にインタラクトすることができず、この個所で大きな機会を逸していると言わざるを得ない。iBooks Author の将来のバージョンで、スクリプティングが強力な機能として注目されることを願いたい。

現状では、iBooks 教科書はここ二十年近くの間提供されてこなかったものをほとんど提供できていない。教科書を再定義するどころではない。Apple はただ、既存の概念を取り上げて、それを新しい媒体に適用しただけだ。そしてそれは、見たところ、iPad プラットフォーム特有の性質のため、結果的に従来とあまり違ったところがない。だから、ページの上に静的なテキストと静的な画像が載る代わりに、ページの上に静的なテキストといくつかの動く画像が載るようになったに過ぎない。確かに紙の教科書に比べればほんの少し進歩しているが、マルチメディアによるプレゼンテーションの最先端技術を念頭に置けば、スクリプティングが欠けているという現状は、時間に逆行した一歩とさえ言えるかもしれない。

教育方法論の立場から言っても、進歩は見られない。1980 年に遡って Gardner による多重知性 (multiple intelligences) 理論から始まり、教育理論は学習のモーダル性を重視してきた。少なくとも、米国とニュージーランドの教員養成プログラムにおいては、学習者が視覚、聴覚、運動感覚、触知感覚を駆使して脳の中深く叩き込むという概念を避けて通ることができない。同様に、教育実習においては、その教師が学生たちすべての学習スタイルにどの程度対応できたかという点が必ず問われる。

もちろん、教科書はその本性から、視覚のモーダル性に限定されている。それは、紙を媒体とするものには避けられない制約だ。けれどもこの制約は、全般的に見て、iBooks 教科書でも何ら変わっていない。テクノロジー自体はそのような制約をもはや課していないというのに。iBooks 教科書の本質は、書かれた文章だ。それ以外のものはすべて、書かれた文章への付加物に過ぎない。

私は物理教師なので、当然ながら McGraw Hill 社の物理の教科書サンプルをダウンロードしてみた。それから波と振動の章をいろいろと試してみた。波と振動というのは、教室で教えるとなると決して教えやすい題材ではない。バネも、ロープや波形発生器も、とかく気まぐれな動きをしがちだし、運の良い日に定常波を扱うのは楽しいかもしれないけれど、ロープを使って第三調和波動を保つのに成功した教師を私は一度たりとも見たことがない。これこそ、教師たちにとって iBooks 2 が最も可能性を見せるのではないかと期待できる題材だ。でも、これでさえも必ずしも素晴らしく実装されているとはとても言えなかった。そしてそれは、Apple の設定したファイルサイズの制限の結果だ。

私たちが聞かされたところによれば、iBooks 教科書を iBookstore 経由で配布する場合、そのサイズは最大 2 GB まで許されるのだという。それは妥当なことだろう。もちろん、Apple はこの種の本を多数販売したいと期待しているので、既に iTunes と、iCloud と、その上二つの App Store のサーバとなっている同社のデータセンターに、突然 15 GB の巨大ファイルの配布という重荷を負わせることは避けなければならない。(けれどもこの制約は、実際には適用されていないように見える。例えば、現在 Pearson 社から出されている生物学の教科書は 2.77 GB だ。)

私としては、物理の教科書にあるすべての写真に動的な実験を示したビデオへのリンクを付けたいと思う。でも、投射物のビデオやそのグラフのアニメーションがあれば教科書への価値ある拡張と言えるけれど、そういうものを付けることで本の制作コストが上がり、編集サイクルにかかる時間もいくぶん増えることは避けられないだろう。私は教室で実験できないことがらをデモするために既に YouTube を活用していて、ロープの上に乗せたレンガが顔に当たらないことを見せてエネルギー保存則を説明したりしているが、YouTube ビデオの品質管理には多大の時間を費やさざるを得ないでいる。iPad の上で使える出来合いのコンテンツがまとまっていれば、これほどありがたいことはない。同じように、平面の、二次元のホワイトボード上に Maxwell の法則を示す三次元ベクトルを描いてみせようとすれば、間違いなく頭を掻きむしる羽目になる。それを示したページを iPad 上に呼び出すだけで済めば、どんなに楽なことか。でも、本の中にたくさんのコンテンツを盛り込めば盛り込むほど、ファイルのサイズは大きくなり、ダウンロードにかかる時間も長くなる。

そして、ダウンロードは多くの人にとって問題だ。記事“ビットに支払う: ニュージーランドでのインターネットアクセス”(2010 年 1 月 15 日) で私が説明した通り、一歩米国の外に出れば、誰もが無制限のインターネットアクセスを享受できる訳ではなく、それは学校とて同じことだ。仮に iPad が私の学生たち全員に、新学期に間に合うよう来月支給されたとしても、その後で彼らは自分の教科書をダウンロードしなければならない。彼らは自宅でするだろうか? ニュージーランドで一般的な家庭のインターネット接続を考えれば、たとえブロードバンドを利用できたとしても(こちらでは今もダイヤルアップがかなり広く使われている)毎月のデータ利用制限が 5 から 10 GB ほどなので、結局ほとんどの学生が学校で教科書をダウンロードしようと思うだろう。うまく行けば学校がそれぞれの本を一冊ずつあらかじめダウンロードしておき、学校内で集中的な同期を走らせることができるかもしれないけれども、当然ながらそのためには学生たち全員がそれぞれの iPad を学校のコンピュータに繋いで同期しなければならない。学校のコンピュータといってもそう何台もある訳ではないので、頭痛の種は何重にも重なって尽きない。あるいは、うちの学校がこの目的のために Wi-FI ネットワークをセットアップして管理することも可能だろうが、それはそれでまた別の出費だ。

そうしたことはすべて、学校がまだ iPad を提供していない時点で考えなければならない問題だ。オークランドの北にある比較的富裕層が多く通う中等学校 Orewa College ですべての新入生に i Pad または同等のものの購入を義務化しようという計画を発表した際に巻き起こった大騒動を考えれば、より貧しいオークランド南部にある私の学校で保護者たちに購入を要求するのはうまく行くとは思えない。ということはつまり、学校が自らそれらのデバイスを購入しなければならないことになる。それはそれで困難だ。私の教える学校は、社会経済的十分位レートが 2 なので、他の学校が保護者たちから得ているような「自発的」寄付の額がほとんどゼロに近い。その結果として、文部省から支給される学生一人あたり年間 $1,000 程度という学校運営予算のみに依存せざるを得ない。ここニュージーランドでは最も安価な iPad でも $799 するので、大量購入で Apple がどんなに気前良く値引きしてくれたとしても、とうてい実行可能な買い物になるとは思えない。

アメリカの学校においても、財政危機が一段と深刻さを増している今日、どれほど多くの学校がこのテクノロジーに出費できる余裕があるか疑問だと思う。私が以前教壇に立ったことのあるフロリダの Pinellas 郡では、 財政危機 への対処として 教員の解雇と一時帰休によって帳尻を合わせる案が検討されている。去年の予算では学生一人あたりの出費が $7,845 まで許されていた。$499 の iPad は、この郡にいる 103,000 人の学生たち一人一人に割り当てられる財源の 6 パーセントにあたる。けれども、Pinellas における学生一人あたりの予算がニュージーランドの学校予算に比べてずっと余裕があるように見えたとしても、その中から教員の給与を出さねばならないことを考えに入れれば、それが学区の予算の 85 パーセントを占めるので、残るはたった $1,177、これでは $499 の iPad はやはり非常に大きな要求ということになり、予算削減の格好の標的として教員の給与が検討されているとしても、iPad だけに五百万ドルも出費するのはやはり受け入れ難いだろう。

そういう訳で、結局のところ、これはそれだけの価値があるものか? 教科書を搭載した iPad を持つことで、学生たちは利益を受けるのか? 実際、それは必要となる出費に見合うに十分な利益となるのか? 確かに、紙の教科書は高価だし、確かに、紙の教科書を購入すれば学校に五年程度の継続使用義務が生まれる。けれども、例えば物理においては、教えられている内容はそれほど急激に変化することはないので、たとえ使用による痛みのために更新が望ましくなったとしても、どうしても教科書を頻繁に更新しなければならないということはない。あともう一年何とかこれで間に合わせようと話し合っている私たちにとって、継続使用義務があるかどうかは大して問題にならない。

でも、iPad ならば比較手軽かつ安価にコンテンツを頻繁にアップデートできるようになると言っても、はたして出版社はどれほど頻繁に無料アップデートを提供してくれるだろうか? 実際に iBooks 2 と iPad をフルに使いこなせる程度までにその出版社が教科書のアップデート作業を済ませた頃には、本当にそれは無料アップデートとして提供されるようになるのだろうか? 他方、iPad を購入するためのハードウェアコストにしても一度きりでは済まない。最初の購入が済んだ後にも、サービスコストが控えている。学校は AppleCare を購入するのか? 保証期間外の修理が必要になればどうするのか? 特に、バッテリが寿命を迎えたら? 偶発的な紛失や、損傷、盗難などに、学校保険は対処してくれるのか?

仮に iBooks 2 と iBooks Author とが 1996 年にリリースされていたとしたら、まだ CD-ROM がかなり素敵なアイデアであった時代に登場していたとしたら、私はずいぶん違った記事を書いていたことだろう。けれども、今のこの時代に、Apple が二十年分も古びたアイデアを教科書の「再定義」などと主張しているのを見れば、私は感心する気にもなれない。Schiller 君、学校が終わったら私の部屋に来なさい。君の成績: C マイナス「もっとがんばりなさい。」

[ニュージーランドに住む Steve McCabe は、Mac コンサルタントで技術ライター、物理教師でもある。彼はニュージーランドでの冒険について語り、テクノロジーを題材にしたブログを綴り、つい最近彼の個人ブログの再構築を終えたばかりだ。]

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iBooks Author を出版者の観点から分析する

  文: Adam C. Engst <[email protected]>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

先週 Apple が iBooks 2 とマルチタッチの iBooks 教科書を発表し、さらにその iBooks 教科書を作成するために Mac 上で使う無料の iBooks Author アプリを発表したことで、称賛と喝采と同時に、狼狽と批判も巻き起こった。それは、私たちとて同じことであった。

Glenn Fleishman は Macworld に論説記事を書いて、教育における構想は概して時間が経てばうまく行かなくなるものだと指摘し、iBooks 教科書もそのことを超えるものを提供しているようには見えないと述べた。ニュージーランドで物理教師をし時折 TidBITS に寄稿もしてくれる Steve McCabe も Glenn の側に立つ意見を述べ、iBooks Author は二十年前のアイデアの焼き直しに過ぎないと論じた。(2012 年 1 月 22 日の記事“iBooks 教科書: 必ずしも教育の革新とは言えない”参照。)他方、教育用ソフトウェアの開発やインタラクティブなマルチメディア制作で働いてきた Michael Cohen は、いつの世も良い教育用リソースを持つことは持たないよりも良いと論じた。(2012 年 1 月 21 日の記事“なぜ iBooks Author は大きな意味を持つか”参照。)

ここで私は状況全体の別の側面を検討してみたいと思う。それは、これらの発表が出版界全般にとって何を意味するかという問題だ。より良い出版用および読書用のツールを持ちたいと心から願っている一人の出版者の観点から、この問題を考えてみたい。

iBooks Author における最も主要な問題点は、その使用許諾契約だ。ただし、それを見るには多少手間がかかる。iBooks Author で何かを iBooks フォーマットで作成してから、それを書き出そうとすると、ダイアログが現われて「本の販売は iBookstore 経由でしかできません。iBookstore 上であなたの本を出版するには File > Publish を選んで下さい。」というメッセージが書かれている。この文章の表現では "only" という単語の位置が悪く、Apple の意図する意味に読むためには "only" を "sold" の直後に置くべきだとは思うが、それはさておきこのダイアログには iBookstore への出版に関するより詳しい説明へのリンクも付いている。iBooks Author のヘルプにあるその説明ページには次のように書かれている:

たとえあなたの本を iBookstore に提出しなくても、あなたがその本を書き出してご自分で配布することができます。

重要: もしもあなたの本をご自分で配布することを選んだならば、必ず iBooks Author のソフトウェア使用許諾契約に記されたガイドラインをお読み下さい。契約条項を読むには iBooks Author > About iBooks Author を選び、License Agreement をクリックします。

そして、あなたがようやく PDF ベースの使用許諾契約にたどり着くと、序文と注釈条項に次のように書かれていると気付かされる:

重要な注意: このソフトウェアを用いてあなたが作った本あるいはその他の作品(以下 "Work" と呼ぶ)に対してあなたが料金を徴収する場合は、そのような Work の販売や配布を Apple を通じて(例えば iBookstore を通じて)行なわなければならず、またその配布に際しては別途 Apple との許諾契約に従うものとします。

2B. あなたの Work の配布。この License の下で、またあなたがその条項を順守するという条件の下で、あなたの Work は以下の方法で配布することができます: (i) もしもあなたの Work が無料で(対価なしで)提供されるならば、あなたは利用可能などのような方法でもその Work を配布できます。(ii) もしもあなたの Work が料金を徴収して配布される場合は(購読ベースの製品またはサービスの一部として配布される場合も含む)その Work の配布は Apple を通じて行なわなければならず、またその配布に際しては以下の制限と条件に従うものとします: (a) あなたの Work の商業的配布を始めるに先立ち、あらかじめ別途 Apple(または Apple 関連会社または子会社)との間に書面による許諾契約を結んでおかなければならず、かつ (b) Apple は任意の理由で、また Apple の自由な裁量で、あなたの Work を配布しない決定をすることができます。

Apple はあなたがこの Apple Software を使用した結果としてあなたが受けたいかなる損失、出費、損害、被害(ビジネス機会や収益が失われたことについても無制限に適用)あるいはその他の不利益に対しても責任を負わないものとします。

許諾契約条項を見るためのフル手順を記し、問題の条項の文章をフルにここに記載したのは、要約して書くことで不正確さが生じる懸念をなくすためだ。基本的に、Apple はこう言っている:「あなたが iBooks Author で作ったものは何でも、無料でならば好きな方法で配布できる。もしもあなたが自分で作ったものを販売したいならば(あるいは購読サービスの一部とするならば)必ず Apple を通じて販売しなければならず、それも Apple が承認した場合に限られる。」

このことを知って、即座に私の中で出版者としての怒りが湧き上がった。「でも、でも、」と私の口から言葉がほとばしった。「iBookstore でしか販売できず、それも Apple が承認しないと売れないものなんて、どう見たって出版するわけがないぞ。第一、Apple が何を承認して何を承認しないかのガイドラインすら出てないじゃないか!」

それで、お察しの通り、大体において私の考えは今も変わっていない。私は、この許諾契約はこれまでコンシューマ向けソフトウェアに関して、例があったかどうかは知らないが、まずめったになかったことをしようとしていると思う。(聞いた話では、ソフトウェア開発キットでこれに似た条項を含んでいるものはあるらしい。)それに、過去に iBookstore でものを販売した私の経験から言えば、教科書以外のものを出版する人たちが iBooks 教科書を見てビジネス上の大きな決断をするのは止めた方がよいと強く思う。目新しいからという理由で初期のタイトルのいくつかはよく売れるだろうけれど、iBookstore が過去に十分大きな顧客ベースを持ったことはないので、そういう人たちがこんなたった一つの小売業者に全財産を賭けるのはまるきり馬鹿げている。ことに、その小売業者があなたの本を却下する権利を持っているのだから。(念のために記しておくと、確かに上向きつつあるのは事実だけれど、2011 年の Take Control の売上げの中で iBookstore が占めているのはおよそ 4 パーセントだ。確かに歓迎すべきことではあるが、私たちのビジネスモデルを大幅に変更する根拠となり得る数字ではない。)

さて、iBooks Author の許諾契約に対する批判にこれ以上深入りするのは止めておこう。これが良いことだと思っているからではなく、既に Dan Wineman が二つの記事 "The Unprecedented Audacity of the iBooks Author EULA" と "Common Misconceptions about What I Wrote Yesterday" で詳しく論じてくれているからだ。また、私が iBooks Author の許諾契約をこれ以上批判しない理由のもう一つは、私たちが Apple の真意を誤解していると気付いたからだ。(いったんその真意が見えてもそれに同意できるとは限らないが、いずれにしてもまずはそれを認識することが重要だ。)

そのための鍵は、Apple がその決断の背後に潜む根拠をめったに説明しないという事実を思い起こすことにある。その例外に属するのは、主として Steve Jobs からのあの有名な公開書簡の数々で、それ以外のものは騒ぎが十分大きくなったために Apple がカーテンを取り去ることを決断した場合のみであった。だから、私たちにできるのは Apple の行動や公式発表をもとに占いをたててその真意を読み取ることのみであったが、ある特定の話題について Apple の不行動と沈黙の中から何かを読み取ろうとするのは不可能で、今回の私たちはまさにそれをしようとしていたのだ。

結局のところ実情は、先週のイベントが明確に 教育 にターゲットを絞ったものであって、よりはっきりと言えば 教育市場 に狙いを定めていたことだ。それは一般的に人々を 教育する こととは、はっきり別のものだ。私たちは自分たちが作る Take Control 電子ブックを 教育的 だと見なしている。これらの本は、確かに知識と教育技術を盛り込もうとしている。けれども,私たちは決して教育市場の中にいるわけではない。私たちが、そしてあまりにも多くの他の人たちが勘違いしたのは、iBooks Author が教科書出版社と教師たち以外の人たちにも向けられたものだと思ったからだ。それは、事実と違う。

私は教科書出版の世界に詳しいわけではないが、テクノロジー本の出版の世界とずいぶん違うものであることくらいは知っている。ことに、私たちが本を個々人に、一度に一冊ずつ販売するのとは違って、米国における幼稚園から高校までの教科書市場の出版社は学校ごとにまとめて本を販売する。一つの学区ごとにまとめて販売することさえある。また、州から財政援助を受けて、学校が州の予算で購入できるようにするためには、教科書の内容が承認を受けねばならない。(大学の教科書は、むしろクラス単位となるのだろうと思う。)

だから、iBooks 教科書を読むために既にすべての生徒が iPad を必要としているという状況の下においては、教科書が Apple からのみ販売されたからといって教科書の出版社がそれほど困るとは思えない。(いずれにしても Apple の大量購入プログラム が使われることになる。)その際の大量購入に Apple が関与することは教科書出版社にとって得になるとさえ考えられる。なぜなら、生徒数を数えたりといった細かな手間に煩わされることがなくなるからだ。

教科書出版の世界に特徴的で他の種類の出版と大きく違っているもう一つの側面は、教科書というものが、完全にいつまでも使えるわけではないけれども、ひっきりなしにアップデートを必要とするものではないことだ。例えば、中学一年生の理科の時間に教わる内容が、科学に新たな発見があってもそれほど変わらないことがその理由となる。他の科目でもある程度同じようなことが言えるだろう。教師たちは、教科書を補うために他の資料を使うことに慣れている。紙に印刷された教科書は少なくとも数年間は続けて使われる必要があるので、内容は時間が経っても安定的なものでなければならない。その結果、教科書の出版社はより多くの時間と労力を投じてマルチメディアやインタラクティブなリソースを作成することができる。6 ヵ月から 24 ヵ月程度で痛いほど内容が時代遅れになってしまう分野とは事情が違うのだ。

実際、教科書の出版社は新しいコンテンツを作り出す必要がそれほど大きくないかもしれない。紙の教科書の多くは既にウェブベースの付属情報を伴っているし、私の推測では(私ならばきっとそうすると思うので)教科書出版社は新規の開発コストを負担するよりも可能な限りそれらのオンラインのコンテンツを再利用しようとするだろう。私たちのような市場にいる出版者たちにとっては、マルチメディアやインタラクティブ性を開発するコストは完全に新たな出費であり、かなり高額なものになり得るので、$14.99 の本(から Apple の取り分 30 パーセントを引いたもの)でビジネスになる可能性はかなり薄弱だ。ことに、あまり長期間売れ続けない本ならばなおさらだ。

では、個人個人の側から見ればどうか? 教師というのは献身的な人々なので、きっと教師たちは(他の人たちもだが)フェアでいてくれるだろうと私は信じる。つまり、ただ単に彼らの知識を分け与えたいから、また iBooks Author が使って楽しいクールなツールだからというだけの理由で、きっとたくさんの iBooks 教科書を作り出してそれらを無料で配ってくれるだろうと思う。それにはちゃんと実例がある。私が Cornell 大学の学部学生だった頃、私は教科書を受け取る側にいた。(とはいえ、それはギリシャ語作文の教科書だったのだ!)その教科書は、たった二人の学生のクラスのために Matt Neuburg が書いてくれたものだった。既存の教科書で、説明すべきと彼が思う方法で題材を扱ったものが一つもないというのがその理由だった。これはとても良いことで、これこそまさに Michael Cohen が iBooks Author に大きな意味があると思っている理由だ。

けれども、現状のままでは、iBooks のプラットフォームが商業的な本を自己出版するための重要なツールになるとは思えない。それは、一店舗専売という制約が iBookstore にあるからといった理由からではない。自己出版をしようという著者たちは、既存の出版会社ほど複数の販売経路にこだわったりしないものだ。それよりも、iBookstore というところが、個人の著者が一冊か二冊の本を扱うのには向いていないという点が大きい。いくら iBooks Author が人々を iBookstore 経由の出版に振り向けようと、その iBookstore での作業が非常に分かりにくいものならば何にもならない。そして内部的に見れば、iBookstore 自体が、技術的ならびにビジネス上のさまざまの制約に怖じ気づいた人々を Apple の認可を受けたアグリゲータ、例えば IngramINscribe DigitalLibreDigitalLulu、また北米では Smashwords、ヨーロッパでは BookwireImmaterialといったところに目を向けさせる働きをする。

もう一つ、Apple がこういったことすべてを教育市場に絞っている方法について注目しておくべき重要な点がある。それは、iBooks 教科書が iPad 上でしか表示できないことだ。技術的な制約としては、これはちょっと弱い。これらのファイルは、単に少しカスタマイズされた EPUB を異なるラッパーに包み直しただけのものだからだ。けれども、E-Ink ベースの Kindle にこれらのファイルを表示できる望みが全く無いという事実はあるし、Android ベースのタブレット機 (Kindle Fire も含む) には理論的にそれが可能となり得る表示および処理用のチップが装備されているとはいえ、現時点でそれを実現できるソフトウェアは存在しない。Mac や、Windows ベースの PC についても現時点では同じことが言える。

そういったこと全体を考え合わせれば、Apple の観点からはすべてがぴったりと合っていることに気付く。その筋書きとは、コンテンツの作成ができるのは Mac のみ、購入ができるのは iBookstore のみ、表示ができるのは iPad のみ、ということだ。どこに気に入らないところがあるというのだ? でも、もしもあなたが教科書を出版する立場でなければ、コンテンツの作成を Mac でしたいと思わないかもしれないし、iBookstore のみでしか販売できないなんてとんでもないと思うだろうし、あなたの顧客が iPad オーナーのみに限られるなんて嫌だと思うだろう。それこそ、まさに気に入らないところだらけであり、私が知る Apple の人たちならば間違いなくそのことには気付いているだろう。彼らも馬鹿ではない。けれども繰り返して言うと、構想全体を教育市場のみに焦点を絞り直し得て見れば、そうした批判は大体において消え去る。さらに具合の良いことに、教科書市場は少数の大企業によって占められており、Apple はそれらの会社と個別に直接交渉ができる。Pearson、McGraw Hill、Houghton Mifflin Harcourt といった会社だ。

Apple が打ち立てたこのようなやり方を、私が気に入ったなどとは決して言っていないことに注意して頂きたい。私がその代わりに望むのは、Apple がプラットフォームの独占ではなく、品質のみで競争をしてくれることだ。コンテンツ作成のためには iBooks Author と Mac との品質を、小売りを扱う場所としての iBookstore の品質を、ハードウェアプラットフォームとしての iPad の品質を、そして、読書のためには iBooks の品質を、考えて欲しい。Apple がそのような姿勢に移行するために必要なのは、ただ iBooks Author の出力フォーマットを標準の EPUB 3.0 に切り替えた上で、iBooks Author の使用許諾契約を取り下げることだけだ。Apple は既に、十分品質で競争できることを証明している。iPod と iTunes Music Store を、iPhone や iPad と App Store を見ればそれが分かる。だから、Apple が今までと違った舵取りをしてプラットフォームの独占による競争をしようとしているのを目にすると、私は Apple が問題となる製品の品質に対する自信を失っているのではないかと思案せざるを得ないのだ。

(多少蛇足になるが言い添えると、私は iBooks Author の出力したものがアプリと類似しているという議論には同意できない。プラットフォームの独占に繋がるかどうかという点で、iOS 特定のコードと、EPUB にほんの少し手を加えただけのものの間には、大きな違いがある。iOS アプリに関しては、概して Apple の独占は技術的理由からのものだが、iBooks に関しては概して契約上のものだ。)

iBooks がオープンな出版プラットフォームとなった世界においても、出版者たちは依然として iPad 以外では表示できない豊かなコンテンツを作成しなければならないという障害に直面する。(Kindle は現時点で EPUB を表示できないし、そのことは今後も変わらないだろうと私は思う。)けれども、そのコンテンツが iBookstore のみに組み込まれたり、あるいは却下されたりといった事態を恐れる必要はなくなる。

教育市場以外の出版者たち、教科書以外の本を iBooks で作りたいと思うけれども、その本が学区で大量購入してもらえることはない、そういう人たちのことも Apple が考えていると、今は期待し続けたいと思う。Apple は過去にも何度か使用許諾契約を変更したことがある、中でも注目すべきは、iOS アプリ作成の開発ツールに関する制限を緩めたことがある。それに、iBooks Author を巡る文章の中には、教育市場の外をも意識したと思える個所がいくつか見受けられる。まず第一に、Apple のサイトの iBooks Author のページに、次のような説明がある (強調部分は私が入れたものだ):

Mac App store から無料で入手できる iBooks Author は、誰でも美しいマルチタッチの教科書を、あるいは他のどんな種類の本でも iPad 用に作成できる新しいアプリです。

それから、Mac App Store にある iBooks Author の説明には、このアプリがその他の私たちのためにも出版ツールとなるように思わせることがいろいろと書いてある:

今や誰でも、素晴らしく魅力的な iBooks 教科書や、料理本や、歴史書や、絵本や、その他 を iPad 用に作ることができます。ただアイデアと、Mac があればよいだけです。幅広い種類のページレイアウトに対応したテンプレートを Apple がデザインしましたので、その中から一つ選んでそこから始めましょう。あなた自身のテキストや画像を、手軽なドラッグ&ドロップで追加します。マルチタッチのウィジェットを使って、インタラクティブなフォトギャラリー、ムービー、Keynote プレゼンテーション、3D オブジェクト、その他を含めましょう。あなたの本は、あなたの iPad の上でいつでもプレビューできます。_そうしたら、出来上がったあなたの作品を簡単な手順で iBookstore に投稿できます。気付かないうちに、あなたは出版物の著者になっているのです_。

これが単なるマーケティングのための甘い言葉に過ぎないということも十分あり得る。なぜなら、最後の部分、つまり簡単な手順で iBookstore に投稿できるというところは完全に嘘っぱちだからだ。(iBooks Author の中で File > Publish を選んでも、あなたの本と、その表紙のグラフィックとが、新規書類として Apple 史上最も出来損ないのプログラム、iTunes Producer に送られるだけだ。)けれども、Apple がレーザー光線のごとく教育市場のみに焦点を絞った現状から踏み出して、iBooks のプラットフォーム全体を広範な出版の世界へと開放してくれるのではないかという、いちるの望みは残る。

そして、私が思うに、そうなることこそが、Apple も含め、すべての人たちにとって良いことなのではないだろうか。

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TidBITS 監視リスト: 注目のアップデート、2012 年 1 月 23 日

  文: TidBITS Staff <[email protected]>
  訳: 亀岡孝仁<takkameoka@kif.biglobe.ne.jp>

iTunes 10.5.3 -- iPad のための iBooks 2 での対話型の教科書の発表に合わせて ("Apple、学校に戻る: iBooks 2、iBooks Author と iTunes U" 19 January 2012)、Apple は iTunes 10.5.3 をリリースした。ここでの変更は、iTunes と iBooks 2 を走らせている iPad 間でのこれらの新しいタイトルを同期する事への対応だけである。(無料、102 MB の新規ダウンロード或いは Software Update 経由だと 10.5 MB)

iTunes 10.5.3 へのコメントリンク:

Typinator 5 -- メジャーな新リリースで、Ergonis の Typinator 5 タイピング拡張ユーティリティが手に余るほどの新機能と共にアップデートされた、そのうち最大のものはスクリプトのサポートである。テキスト拡張は今や、AppleScript, Perl, PHP, Python, Ruby 等々のシェルスクリプト言語で書かれた外部スクリプトを実行し、そしてその結果を拡張の中に含むことが出来る。他の新機能には、日時の計算、Quick Search フィールドでのカルキュレータ、そして省略形の直前にタイプされた文字を消すためのオプションが含まれる。内部拡張の機構も再設計され、Undo のサポートそして拡張処理の間の高速タイピングの取り扱いが改善された。そしてこのアップデートには安定性を増すための各種の修正も含まれる。(新規購入は 24.99 ユーロ、TidBITS 会員には 25% 割引あり、1 June 2011 かそれ以降に購入されたライセンスに対しては無料アップデート、4. 4 MB、リリースノート)

Typinator 5 へのコメントリンク:

QuarkXPress 9.2 -- Quark は QuarkXPress 9.2 をリリースした。これは電子本の出版と iPad アップスに焦点を当てた新しい機能を搭載した無料のアップデートである。EPUB エクスポートのための新しいプロジェクトを作成するのに加えて、EPUB 本にオーディオやビデオを付け加え、目次に含まれるべきコンテンツの種類を定義し、そして出力スタイルにエクスポート設定を保持することが出来る。iPad 側では、このアップデートで、iPad アップスに音とビデオ要素を制御するための新しい Actions と iOS 5 下での Newsstand サポートが加えられた。(新規購入 $849、無料アップデート、1 GB、リリースノート)

QuarkXPress 9.2 へのコメントリンク:

Default Folder X 4.4.8 -- 最新のアップデートである St. Clair Software の Default Folder X 4.4.8 にコンテクストメニューが帰ってきた。全ての Open と Save ダイアログで使え、どんなファイルでも名前の変更、削除、情報を見る、そして圧縮が出来る様になる。この Open と Save ダイアログ強化ユーティリティのリリースで、最新版の Google Chrome とのコンパチ性、QuickTime Player X のサポート、ある種のフォルダを無視する機能の改善、Default Folder X がクラッシュしたりハングしたりする原因となっていた各種のバグ修正がもたらされている。(新規購入 $34.95、TidBITS 会員には $10 値引、無料アップデート、10.5 MB、リリースノート)

Default Folder X 4.4.8 へのコメントリンク:


ExtraBITS、2012 年 1 月 23 日

  文: TidBITS Staff <[email protected]>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

今週 TidBITS スタッフがウェブで気付いた記事や情報の中から、最も興味深いものをいくつか紹介したい。

New York Times、Apple にとっての中国の利点を解説 -- New York Times が、Apple (やその他の企業) が中国で製造する理由を説明した巧みな特集記事を出した。理由はたくさんあるが、賃金が安いという点はそれほど大きくはない。訓練を受けた人々をほとんど即座に膨大な人数雇えるという点が大きな要因で、そのことは Apple が雇った請負業者によるその人々への待遇の良し悪しに関係しない。例えば、寮に寝起きして週に六日間ぶっ続けで毎日 12 時間働く、というのはアメリカ人には普通耐えられないが、中国やその他の新興国ではごくあたりまえのことだ。

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Apple の教科書は過去を繰り返す -- Glenn Fleishman が Macworld の論説記事で、Apple の「新しい」デジタル教科書計画がマルチメディアを教育方法に取り入れようという、そのことで教育の成果が向上した証拠がどこにもないまま昔から何度も繰り返されてきた努力の繰り返しに過ぎないのではないかと論ずる。iPad は素晴らしいけれども、インタラクティブな教科書はそれほどでもない。

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MacJury が iBooks Author の EULA を議論 -- 2012 年 1 月 19 日に Apple が教育関係の発表をしてからほんの数時間後、インターネットではそれを巡る議論が花盛りとなった。その多くは Apple の iBooks Author アプリケーションに付属するエンドユーザー向け使用許諾契約 (EULA) のいくつかの条項に幻滅した、というものだ。Take Control 本の編集長 Tonya Engst や、ほか数名の憂慮に満ちたネット市民たちが、Chuck Joiner の司会で MacJury で議論し、iBooks のフォーマット自体もそうだが、この EULA がどれほど出版コミュニティーに大きな影響を与えるかと論ずる。

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最高裁判所がパブリックドメインの定義を縮小 -- 米国最高裁判所に持ち出されるまで私たちは Golan 教授の訴訟など気にも留めなかったが、今回最高裁判所は米国政府が過去に遡って作品をパブリックドメインから除外し著作権の支配下に戻すことができるという判決を出した、と Techdirt が伝えている。政府側の主張は、諸外国にわが国の著作権を認めさせるための通商協定のために必要な手続きであるとのことだが、最終的にそのことはパブリックドメインを縮小させかねない(そして実際そうなる可能性が高い)という結果となる。私たちは皆、制作者に正当な分け前を与える著作権を支持したいと思っているけれども、既に死んだ人たちの作品に著作権を付け戻すことがどうして新しい作品を生み出す力となるのか、私たちには理解できない。

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Wikipedia のブラックアウト、なかなか消えない穴を残す -- New York Times の David Carr が、米国連邦議会で審議中の出来の悪い反海賊行為法案に抗議するため Wikipedia が実施したブラックアウトがインターネットにギザギザの穴を残した、と巧みな説明を語る。彼も、Wikipedia に権威があると見ている訳ではないが、欠かせない役割を果たしているという。つまり、何百万という話題についてそれらを理解したり調査したりする際の出発点として働いているのだ。


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TidBITS ISSN 1090-7017©Copyright 2011 TidBITS: 再使用はCreative Commons ライセンスによります。

Valid XHTML 1.0! , Let iCab smile , Another HTML-lint gateway 日本語版最終更新:2012年 1月 28日 土曜日, S. HOSOKAWA