TidBITS: Apple News for the Rest of Us  TidBITS-J#459/14-Dec-98

Douglas Engelbart 氏について、今日使われている多くのコンピュータパ ラダイムを創出した氏の功績は認められているかもしれないが、最も重要 な彼のアイディアは見失われてはいないだろうか? Douglas Engelbart 氏 の来し方、そして我々が選ぶべき行く末について彼がどう考えているのか を、Adam が検証する。今週はまたインターネットをどのようにパックアッ プ戦略に結びつけることができるかを検討する。ニュースでは Macromedia 社の Dreamweaver 2.0 出荷と、我々の年末休暇についてお知らせする。

目次:

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今回の TidBITS のスポンサーは:


MailBITS/14-Dec-98

(翻訳:秋山 晃子 <nobineko@club.udn.ne.jp>)

週刊 TidBITS、1998 年の最終号 -- 我々は年末の 2 週間お休みをいた だき、家族や友人と年末休暇を過ごすことにした。従って今週号が 1998 年の通常 TidBITS の最終号となる。だが我々は一両日中にホリデープレゼ ントの特別号を出す予定だ。TidBITS Talk も 1998 年 12 月 18 日から 2 週間の休暇をいただく。1999 年は年が明けて数日中に再開し、Macworld Expo in San Francisco に関する話題を取り上げる予定である。

<http://www.macworldexpo.com/mwsf99/>

それから、経済的にサポートして下さった TidBITS のスポンサーと、中 国、オランダ、フランス、ドイツ、日本などで TidBITS を読めるように献 身的に翻訳してくださった翻訳者の皆さまにお礼を申し上げたい。そして 今年一年、援助を申し出てくださった皆さまに心からの感謝をお伝えする。 今年は Macintosh コミュニティにとって再建の年だった。そして我々は楽 観的だ、引き続き 1999 年を楽しみにしている。 [ACE]

少しだけ自画自賛 -- 年の瀬も押し迫り、1998 年の TidBITS について 少しだけ自己宣伝をしたい気持ちを抑えられない。TidBITS は Internet Valley が発表した最も影響力のあるコンピュータ出版のトップ 100 リス ト中、29 位にランクされた。これはどれだけ多くのサイトにリンクを張ら れているかによって順位が決められたものだ。我々が今年受賞した他の賞 は、5 月に受賞した MacTimes Mac Merit Badge、6 月に Suite101 社の Top 5 Best of Web 賞、9 月に ABC's of Parenting 3 Stars の評価(ど ういう事情で評価されたのか分からないのだが)、9 月に Mac Hottest 5 賞、10 月に Adam が貰った My Mac 誌“Best Author for a Rainy Evening”Book Bytes 賞、11 月に OpenRoad Reviews 5 の評価(調査の行 き届いた TidBITS のレビューに対して与えられた)などがある。下記に示 した TidBITS 受賞ページで、ちょっと素敵な賞のかずかずをグラフィック を交えて見てほしい。 [ACE]

<http://www.tidbits.com/about/awards.html>
<http://www.mymac.com/dec_98/book_bytes.shtml>

新しい Dreamweaver 新機能とテンプレートが加わる -- Macromedia 社 は今 Dreamweaver 2.0 を出荷している。これはカスケードスタイルシート とダイナミック HTML をいち早くサポートしたことで知られる Web オーサ リングパッケージである。新バージョンでは Web デザイナーが喜びそうな 機能がいくつか加えられている。たとえばテーブルやセル属性を扱えるコ ンテクストメニュー、ビジュアルなサイト管理できるグラフィカルマップ、 XML(Extensible Markup Language)のサポート、デスクトップのどこから でも色を拾い出し最も近いブラウザセーフ色に変換できるスポイトツール の機能などである。また Dreamweaver 2.0 には Dream Templates が加え られ、デザインがロックされたページのコンテンツをデザイナーが変更す るのを容易にしている。HTML のテキストレベルでの編集のために Bare Bones Software 社の BBEdit 5.0(“強化された HTML 機能が BBEdit 5.0 を際立たせる” TidBITS-454 を参照)が Dreamweaver に付属している。 Dreamweaver 2.0 は System 7.5.5 以上をインストールした Power Macintosh と 24 MB RAM が必要で、販売価格は 300 ドルである。 Dreamweaver 1.2 の所有者は 130 ドルでアップグレードするか、99 ドル で Web からダウンロードするかのどちらかを選択できる。 [JLC]

<http://www.macromedia.com/dreamweaver/>
<http://db.tidbits.com/getbits.acgi?tbart=05164>


インターネットバックアップ戦略

by Adam C. Engst <ace@tidbits.com>
(翻訳:尾高 里華子 <rikako@pobox.com>)

Dantz Development 社が先ごろリリースした Retrospect Express 4.1 は インターネット対応になっている。これで Retrospect 4.1 や Synectics Business Solutions 社の BackJack インターネット・バックアップ・サー ビスと並ぶことになった。インターネットバックアップは一傾向から一分 野に昇格したと言ってよいのではと考える。一時的な流行ではなくしっか りとした足場をつくっているものの、業界と言えるほどは成長していない。 ここしばらくこれらのプログラムを使用してみて、インターネットバック アップをバックアップ戦略にいかに組み込むかについて考えてみた。スト レージの空き容量(どのくらい出費しても良いか)やインターネット接続 のスピードいかんにより、人それぞれ何が最適かも変わってくるだろう。

<http://www.dantz.com/dantz_products/prod_intros/express4_1_intro.html>
<http://www.dantz.com/dantz_products/prod_intros/retro4_1_intro.html>
<http://www.backjack.com/>

インターネットバックアップの利点 -- まずは、インターネット上にあ るサーバにパックアップを取ることの利点を簡単に見ていこう。

TidBITS Talk では、インターネット・バックアップ・サービスの信頼性と 期間、機密情報などの安全性、DSL や ISDN 接続を行ってもかなりかかる 巨大ハードディスクのバックアップ所要時間を理由に、インターネットバッ クアップに 反対 するという意見も出ていた。

<http://db.tidbits.com/getbits.acgi?tlkthrd=500>

数メガのスペースがあれば -- 多くのインターネットプロバイダーはア カウント契約者に数メガのディスクスペースを割り当ててくれており、こ のスペースはたいてい Web ページ用に使われている。FTP 経由でこのスト レージスペースにアクセスできるのであれば、Retrospect 4.1 や Retrospect Express 4.1 を使って、自分のインターネットアカウントに大 切なファイルを多少バックアップするということも可能だ。ただしこれは、 インターネット経由でファイルをいくつかバックアップできるという話で あり、全バックアップをこれに頼ることはできないので、リムーバブルメ ディアを併用しなければ一部の重要なファイル以外のものは失われてしま う危険も含んでいる。また、FTP サーバのバックアップを取っていないプ ロバイダーもあるので、確実な保存場所だと過信しないほうが良いだろう。

あまりディスクがない場合は Retrospect、Retrospect Express ともにあ りがた迷惑の感があるだろう。どちらもデフォルトで、バックアップのセッ トに新しいバージョンのファイルを追加するようになっている。リムーバ ブルメディアにバックアップする場合には素晴らしいことなのだが、スペー スの少ない FTP ディスクはあっという間に満杯になってしまうだろう。そ こで私は、一晩おきに Retrospect Express が Full Backup をする様に設 定した。Retrospect で言うところの Full Backup は、古いセットは消去 し新しいセットを作るということである。したがって、一晩おきに Full Backup を取ればファイルに手を入れるたびにバックアップが肥大してしま うのを防ぐことができる。ただしこれは、バックアップに最新のファイル しかないという欠点をともなう。どちらのプログラムも、StorageSet の一 覧を見ると使用しているスペース容量を確認できるようになっている。

50 〜 100 MB のスペースがあれば -- では、もっとたくさんのディスク スペースを利用できる場合を考えてみよう。仕事上利用できるものがある かもしれないしプロバイダーがいくらでも使ってよいと言ってくれる場合 もあるかもしれない。または、有料の BackJack や Dantz 社認定のイン ターネット・バックアップ・サイト(現時点では Memory、Recover-iT、 ヨーロッパにある Portland Communications などがある)を利用する場合 があるだろう。現状では有料のインターネット・バックアップ・サイトは いずれも利用しているディスクスペースの容量によって課金するようになっ ており、詳細は様々であるが料金はだいたい似たようなものになる。100 MB に対し一月当たり 15 〜 25 ドルほどと見ておけばよいであろう。

<http://www.dantz.com/sp/ftpproviders.html>

大抵の人は自分の作った書類、初期設定、マクロ、メールおよび簡単には 再インストールできないファイルをバックアップしておくだけのスペース があれば十分であろう。巨大なシステムファイルやアプリケーションは、 オリジナルのディスクがあるのだからバックアップを取っておく必要はあ まりないだろう。この場合は、インターネットバックアップに完全に頼る ことができるし、iMac ユーザーや巨大ファイルを作成しない人に適してい るであろう。つまり、このようなインターネットバックアップは、大方の ホームユーザに最適で、BackJack か Retrospect Express 4.1(多機能の Retrospect は過剰であろう)を検討すればよい。

Retrospect Express と BackJack のどちらを取るかは何を重視するかによ る。Retrospect Express は廉価であり、BackJack よりも柔軟性に富みパ ワフルである。一方、BackJack は無償であり、細かな設定がない分簡単に 使うことができる。Retrospect Express を使用する場合、大抵は Normal Backup を行うだろうが、1 〜 2 週間に一度は Full Backup を行って使用 ディスクスペースを少なくするようにすべきであろう。BackJack の方は一 つのファイルに対してバージョンをいくつまで取っておくかや、削除され たファイルを何日間保存しておくかの設定ができるので、この状況にふさ わしいであろう。BackJack のこれらの機能と内蔵の StuffIt 圧縮 (Retrospect Express の圧縮よりも小さくなるだろう)を併用すると、ス トアするデータ量を小さくすることができる。

BackJack はインターネットを介したバックアップしかできないので、リ ムーバブルメディアへのバックアップも行いたいという場合は、Retrospect Express の方が良いだろう。ただし、データの機密性を重んじる場合は、 Retrospect Express の暗号化機能 SimpleCrypt よりも BackJack につい ている 128 バイト暗号化機能の方が明らかに優れている。

大きなデータの転送は時間がかかるものなので、最低でもインターネット に高速で接続できるモデムが必要になるし、夜間バックアップを行おうと 思うにちがいない。

スペース使い放題であれば -- 法人ユーザーや大きな大学の方であれば FTP サーバのスペースを使い放題ということもあるだろう。この場合は、 FTP サーバへの Ethernet 接続も 10 Mbps を超えるだろうし、100 Mbps の接続ということもあるかもしれない。巨大スペースと高速ネットワーク 接続(1.54 Mbps T1 接続以下のものでは実用に足りないだろう)の二つが そろえば、Retrospect や Retrospect Express を使って FTP サーバに何 でもバックアップしておくことができる。こうなると、インターネットバッ クアップとテープへのバックアップの違いはなくなるし、学生にとって (学位論文や同等の重要なプロジェクトのような異なる多数の場所にバッ クアップを取っておくべきものなどの)絶妙のオフサイトバックアップに なる。このような条件下にある人は BackJack やインターネット・バック アップ・サービスなど高くてとても払う気にはならないだろう。

組織がこういったバックアップを行えるような FTP スペースを持っている ほど巨大であれば、すでにインターネットバックアップを含めた集中バッ クアップ方法を確立しているかもしれない。たとえば、Retrospect を利用 して巨大な FTP サーバに一部門すべてのバックアップを取るというのは理 にかなっている。Retrospect には複数のマシンにある同一のファイルは一 つだけコピーを取っておくということができるからだ。このため、バック アップの対象マシンが増えても(Retrospect は Windows マシンのバック アップも取ることができる)、全員が同じアプリケーションを使用してい るのであれば、ストレージ容量がとんでもなく増えたりすることもない。

自分のファイルはすでにバックアップされるようになっているという方で も、必ずしもデータが毎晩バックアップされていないかもしれない。そし て特に人や組織がやってくれるバックアップが信用できないなら、簡単に は復帰させられないようなファイルだけでも、予備のバックアップとして インターネットバックアップを自分で行おうと思うかもしれない。自分で 取ったバックアップは、統一バックアップよりも簡単にファイルをとりだ せるという利点もある。

試してみよう -- インターネットバックアップは定着してきたと思う。 ホームユーザーや iMac ユーザーにとってはバックアップ用のディバイス を購入したり、実際にメディアを取り扱ったりしなくても済む手段の一つ だし、重要なファイルを二重にバックアップしておくための優れた方法で もある。どちらにしても、Macintosh ユーザーのバックアップ戦略に加味 することができるものになったのだ。バックアップ全般に関しては、私が 以前書いた記事をご覧になっていただきたい。

<http://db.tidbits.com/getbits.acgi?tbser=1041>


Douglas Engelbart: カサンドラのさらなる考え

by Adam C. Engst <ace@tidbits.com>
(翻訳:松岡 文昭 <mtokfmak@mxa.meshnet.or.jp>)
(  :尾高 修一 <shu@pobox.com>)
(  :亀岡 孝仁 <tkameoka@fujikura.co.jp>)

ここシアトルでの数週間前の Computer Supported Cooperative Work の 1998 Association for Computing Machinery (ACM) Conference にて、私 は Douglas Engelbart 氏の Turing Award Lecture に出席する機会を得 た。今日のコンピューティングが 1960 年代後半の Engelbart 氏のデモン ストレーションをいかに厳密に反映したものか、そしていかに彼のゴール の主要な要旨を我々がひどくミスしてしまったかに私は衝撃を受けた。

<http://www.acm.org/sigchi/cscw98/>

Douglas Engelbart って何者? Douglas Engelbart 氏はマウスの発明者 としてもっとも良く知られているが、彼はそれよりもはるかに多くのこと をしたのだ。Macintosh によって普及したグラフィカル・インターフェー スを我々は Apple の功績としがちだ。Steve Jobs 氏や Apple の社員を鼓 舞した Xerox PARC にその功を認める人たちも多いが、Xerox が Apple に 見せた多く - マウスによって動くグラフィカルなウィンドウ・システム - が、それより 10 年以上も前からの Engelbart 氏の先駆的な研究成果の 一部であったことを知る人は殆どいない。1960 年代後半、SRI (現在は非 営利の研究団体だが当時は Stanford Research Institute)に勤務してい た頃、彼と彼の研究室は NLS (oNLine System) をひっさげ、1968 Fall Joint Computer Conference にて最初のデモンストレーションを行った。 Engelbart 氏が SRI を去った後、彼のチームの多くが Engelbart 氏と一 緒に始めた研究を続けるために Xerox PARC に移った。

<http://www.bootstrap.org/dce-bio.htm>

Engelbart 氏の講演を紹介したプレゼンターはオリジナルの 90 分の NLS プレゼンテーションの 6 分間を再生し、マウス、マルチウィンドウ、二次 元のディスプレイでの編集、ハイパーテキスト、共有スクリーンでの共同 作業、ビデオ会議、統合されたハイパーメディア電子メール等の原型を披 露した。Engelbart 氏によって始められたものには、ファイル内オブジェ クトのアドレスとリンク、アウトライン処理、クロス・ファイル編集、ハ イパーメディア・パブリッシング、コンテキストに反応するヘルプが含ま れている。

Engelbart 氏は、彼の沢山のアイデアや発明がメディア、言語、習慣、知 識、技術、そして方法面での発達も要するゴールに対し技術的な終点とな る、と考えたのだ。1950 年代、Engelbart 氏は、全世界で変化が根本的に 増えており、複雑さと緊迫性が同じライン上で増大していることを悟った のだ。純粋に自然な流れとして、彼は人類の存亡が、後れをとらないよう 十分な速度で改革するための - そして進化するための - 我々の能力にか かっていると感じたのだ。生物学的進化は長い時間を要するので、彼にとっ ての進化は我々が発明し使用する道具、我々が形成する習慣やコミュニ ティ、そして我々が共同で作業する方法を伴わなければならなかったのだ。

彼は小さく考えない、そして我々もそうべきでない。

我々は何を見過ごしているのだろう? 1968 年に Douglas Engelbart 氏 が見せてくれた技術的アイデアがついに日常的なものとなりつつあるのは 事実だ。あの 1968 年のデモンストレーションを見ていて少し憂鬱になっ た。Engelbart 氏が小さなスケールで見せてくれたものを大きなスケール で実現するのに、なぜ業界は 30 年も要したのか、驚かずにはいられなかっ たからだ。技術が追いつかなければならなかったのは事実だ。例えば、彼 の研究室では NLS をサポートするための独自の CRT ディスプレイを組み 立てるのに、1968 年のお金で 80,000 ドルを費やした。

Engelbart 氏の研究が、Macintosh のような使いやすくシングル・ユーザー 仕様のシステムの開発に直接結びついたと考えるのは簡単だ。しかし、少 なくとも Macintosh が早い時期に存在していたことから、それは Engelbart 氏の核心のアイデアのいくつかとはほぼ対照的であった。先ず、 シングル・ユーザー仕様の隔離されたシステムは共同作業に役立つもので はない。Engelbart 氏の研究室は ARPANET の二番目のサイトであって、彼 は協力と共同作業を促すネットワークでつなげられたコンピュータを使用 するというアイデアに夢中だったのだ。第二に、Macintosh のマントラは 使い易さであって、Engelbart 氏を含め誰もシステムが必要以上に難解で あるべきと主張しないであろうが、私には彼が単純さのために単純さを好 んでいるとは思えないのだ。

Engelbart 氏の研究の要旨は、コンピュータ技術を普及することでなく、 人間の知性を増大することに向けられている。彼は、非技術分野での発展 をしのぐスピードで技術が進歩するにつれ、我々が知性を 増大させるため でなく、むしろ 自動化するために それを使うことを 恐れたのだ。要するに、単に単純作業を自動化することは、有益ではある が、共同作業や大きな問題解決には役立たないのだ。

Engelbart 氏は我々が自転車について少しの間考えることを提案している。 それらは乗るのにとてつもないバランスとコーディネーション技術を要す る本当におかしなディバイスだ。誰も自転車の乗り方を知って生まれるも のはいない。我々は、バランスについて心配することなく、必要な技術の いくつかを修得することのできる三輪車から始める。次に、訓練用の車輪 が付いた通常の自転車、そして最後に本当の自転車へと卒業する。何百万 という人々が移動のため自転車に頼っており、自転車競技者はそれらの上 で驚くべき芸当を行うのだ。

だが、自転車は簡単に乗れるようにはならないし、いったん乗れるように なっても道路の穴、犬、自動車、それに単なる不注意などから常にバラン スを失う危険にある。それなら三輪車に乗り続けた方が良いのではないか ? もちろんそれはそれで結構だが、大人用の三輪車は少ないし、ほとんど の人にとっては苦労して習得するに値するほど 2 輪の自転車の方が良く、 速く、かつ小さいのだ。

私たちはソフトウェアとハードウェアを使いやすくするために絶大な労力 と精神力を投入している。これは立派なこころざしだ。だが、自転車をよ り高速かつ有用にするために多大な開発努力がされているように(クリッ プレスペダル、マウンテンバイクのサスペンション、それに乗りにくくは なるが効率的にはなる空気力学を応用したハンドルなどを思い起こしてい ただきたい)、熟練したコンピュータユーザーの能力を補完することにも 努力すべきではないだろうか? それに、一つのシステムで万人のニーズを 満たそうとするのではなく、ユーザーがシンプルなシステムを卒業してよ り複雑なものに進むという学習指向の状況を作り出そうとするべきではな いだろうか? これは Microsoft が Word 4.0 のショートメニュー(フルメ ニューに切り替えるまで上級者向け機能を隠しておくというもの)でやろ うとしたことだ。ショートメニューは失敗に終わったのだが、その原因は、 おまえはフルメニューは手におえないほど馬鹿だと言われることをユーザー が嫌ったことと、フルメニューに切り替える方法があまりにもわかりにく かったこと、それに基本的な機能が一部フルメニューにしかなかったこと にある。Microsoft はあっさりショートメニューを放棄し、それとともに 角を矯めて牛を殺してしまったのかもしれない。

Engelbart 氏の研究で実現しなかったものに、コード式キーボードがある。 彼はマウスを通常のキーボードとともに使用するべきものとは全く考えて いなかった。その理由は、キーボードをタイプすることとマウスを動かす ことは当然同時にはできないため、異なる種類の情報を入力したり操作す る能力が限られてしまうというものだ。彼が意図したのは片手でコード式 キーボードを使い、もう片方の手でマウスを使うという使い方だ。大量の テキスト入力が必要な場面では、コード式キーボードを 2 台使用してタイ プのスピードを 2 倍にし、編集の段階になってマウスが必要な場合には片 方を押しやるということになっただろう。コード式キーボードは有用であっ たにもかかわらず、習得することが必要だったために普及することはなかっ た。決して難しくはないが、私たちのほとんどが使っているより効率の悪 いキーボードよりははるかに難しい。今でもコードキーボードは Infogrip 社から購入することができる。私は実際に使っている人(主として手の調 子が悪いため)を数人知っている。

<http://www.infogrip.com/>

人間的・組織的側面 -- 私たちは Douglas Engelbart 氏のビジョンの 技術的な面を一部見逃してしまったうえに、技術的ではない面も多く見逃 している。Engelbart 氏は、私たちの道具や言語、習慣、技能などといっ た非技術的なものはゆっくりと時間をかけてともに進化するものだと考え ている。たとえば、混みあった高速道路で自動車を運転するという、100 年前には存在しなかった技能を考えてみよう。技術が進むとともに、私た ちの協調力や注意力も上昇したのだ。だが、技術は私たちの技能よりもは るかに高速に発展することができ(自動車を運転できる人は多いが、ヘリ コプターを操縦できる人は少ない)、技術の進歩と文化的習慣が矛盾する 際には社会的摩擦が生じることも少なくない。避妊ピルや核兵器などが良 い例だろう。

この難問に対する Engelbart 氏の答えは、いわゆる“改良活動”の重視 だ。彼の考えでは、あらゆる組織や集団には以下の 3 つの基本的な活動が ある、もしくはあるべきだという。

要するに、A は顧客に奉仕し、B は A がより良く行われるようにするも の、C はさらに B の仕事を改善しようとするものだ。

残念ながら、市場は探求を改善へと導く環境としては最低だ。ほとんどの 企業はほとんど全力を A に注ぎ、B にはほんの少し、C にいたってはほと んどゼロの努力しかしていない。私が知る限り、この例として最も興味深 いものとして、生産性向上のための製品を作っている会社は、こういった ツールを一般大衆よりも効率的かつ生産性の高い使い方をしていることが ほとんどないということがある。たとえば Microsoft では、特定の Microsoft 製品を使わなければならないという事実、というかまさに思想、 は“おのれの犬の飯を食らう”ことだ。あまり美しいものではない。

大きなソフトウェア会社なら社員の生産性を劇的に向上させる製品を創っ て、同時にユーザーのニーズにも応えるという一石二鳥を計りそうなもの だとは思わないだろうか? だが大企業が顧客のニーズや要望に応えるよう に自社の社員のニーズや要望に応えるということは希なように思える。そ の結果、こういった企業は最も身近かつ簡単に手に入るフィードバックを 無視することになりやすい。

資本主義社会において、Engelbart 氏の組織論にはもう一つの明らかな障 害がある。たとえ協調することが双方の利益になる際にも、企業には協調 する必要性が感じられないのだ。C のレベルの活動に従事している人たち は、自らのコミュニティを形成して改善のプロセスを改善するためのアイ デアを共有しなければならない。しかも企業の競争関係に直接責任を負わ ないような形で(というのは、競争は本質的に協力を阻むものだからだ)。 有名な大企業が多く Engelbart 氏の Bootstrap Alliance に参加している ものの、多くの企業にとって財政的な自己満足を超えることは率直に言っ て難しい。Bootstrap Alliance とは複雑さを増しつつある未来にうまく適 応するような組織の発展を目的としたものだ。会員には Sun Microsystems、ETS (Educational Testing Service)、NTT、U.S. General Services Administration、CIA、IBM、Hewlett-Packard それに National Science Foundation が名を連ねている。

<http://www.bootstrap.org/alliance/>

Douglas Englebart 氏は成功するか? Engelbart 氏を実際に聞くのは説 得力がある、まして私が繰り返すよりはずっとそうである。彼は聞いてい るときに、“そうだ彼は正しい、全くその通りだ”と思わせる話し手の一 人である。しかし、歴史は正しかった人々でいっぱいである。実際、彼の 話の後 Engelbart 氏への私の最後の質問は“カサンドラ のような気持ち がしますか?”であったが、彼は小さく笑って柔らかく“時々”と答えた。 (ギリシア神話の中で、アポロは、カサンドラが未来を予言する能力を持っ ている事を呪ったが、誰も彼女を信じようとはしなかった)

それはこの様に考えたい:世界の変化の割合は年々確実に増加していると いう、我々が直面している問題の Englebart 氏流の解釈は論破しがたい。 これはここ数年間私自身も心配してきたことでもある、と言うのも我々個 人のこの絶えざる変化に対応する能力が低下しているのではないかと恐れ るからである。コミュニティに対する私の副次的興味とインターネットグ ループの人々を長いこと見てきたり一緒に働いたりしたことがあるにも関 わらず、唯一の解は変化に対応する我々の集団的能力を高める様なシステ ムを作ることだとする、Engelbart 氏の様な概念的飛躍をしたことがなかっ た。

他の見方をすれば、変化の重畳反応は電子の風と共に伝達する。世界のど こかでの一つの変化は世界の他の場所での他の変化を促す。我々は変化の 担い手であるけれども、すでに我々は我々が促進した変化を扱う能力を失っ ている。ちょっと“伝統的価値”への回帰をうながす声、回顧趣味の人気 などを見て欲しい。これらの運動に対する意見はどうであれ、これらの存 在そのものが我々自らが自らの社会を変えてきたやり方に不安を持ってい ることの証である。しかしながら、この魔神をビンに戻る様強制すること も、助けてやることも出来ない。

従って、ここは Engelbart 氏の問題解釈に同意しよう。そしてまた、彼の 技術に対するビジョンが的確だった事を否定することもない。我々はあの コード式キーボードを使う様にはならなかったが、しかし、Engelbart 氏 の実績は凌駕されない。ひょっとしたら 30 年かかるかも知れないが、技 術分野での彼は正しい事が証明済みである。

次に彼の改良活動を大事にする考えについて考えてみよう。それは受け入 れるのが難しい事かも知れない、とりわけ四半期の事業報告書より先の事 は見えない競争的な企業にとってはなおさら。これらの考えを試す事なし で、我々は我々が仕掛けた変化についていくことが出来るのであろうか? これはあたかも、これまでにない大きな変化の波に打ち倒され頭の上まで 完全に水に覆われてしまうこと十分に承知していながら、大洋に向けて歩 き続ける様なものである。多分、我々はその代わりに船を作ることに集中 すべきであるのかも知れない、それが例え一時の間岸に戻ることを意味し たとしても。我々は波の上に乗ることを学ばねばならない。

ほぼきっかり 5 年前、私は Seattle でのカンファレンス - Hypertext '93 - に参加し、ハイパーテキストの父である Ted Nelson 氏の講演を聴いた。 当時私は TidBITS-204 の“Xanadu Light”の中である悲しみをこめて、 Nelson 氏は製品の出荷が出来なかったために“残酷な哀れみと蔑みの裏で 複雑に絡み合った畏怖と献身”をもって扱われていたと報じた。

<http://db.tidbits.com/getbits.acgi?tbart=02326>

一方、Douglas Engelbart 氏は製品を出荷したのみならず、コンピューティ ングの全概念を出したのであり、彼の非技術的な考えに機会を与えようと 言いたい。私はただそれが理解されるための更なる 30 年が我々に残って いる事を願うのみである。その間、Douglas Engelbart 氏とその考えにつ いて Bootstrap Institute Web サイトで読むことが出来る。

<http://www.bootstrap.org/>


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