裁判長、異議あり! 今週号の TidBITS を法律的な争いの話題のみに絞ろうという意図は、私どもの側には一切無かったのです。iTunes Music Store の曲がどんな音楽プレイヤーでも再生できることを Apple に強要する法律をフランスが提起してきたのは、私どもの考えとは無関係です。それに、Creative Commons ライセンスを支持する裁定をオランダの裁判所が出したのと同じ週に Apple Computer 対 Apple Corps の訴訟が予定されていたことは予想できるものではありませんでした。それから裁判長、記録のために申し上げますが、今週は新しい DealBITS 抽選もあり、電子メールクライアントを議論した素晴らしい MacNotables ポッドキャストが聞け、TidBITS Talk でもさまざまな議論が展開されているのです。弁護側は以上です。
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MacNotables ポッドキャストが電子メールクライアントを議論 -- 電子メールクライアントほど、ユーザーの忠誠心をかき立てるソフトウェアのタイプは他にあまりないだろう。ある意味、これはうなずけないことではない。私たちの多くにとって、電子メールプログラムというのは自分と世界とを繋ぐコミュニケーションのライフラインなのだ。まあ、インスタントメッセージングというのもあるが。結局、私たちの電子メールプログラムの中には大量のデータが集積されることになる。メールのメッセージや、アドレスや、その他の情報が注意深くフォルダの階層構造の中に整理して蓄積され、それらのデータはそう簡単には他のクライアントに転送することができないような形になっている。けれどもそれと同時に、隣の家の芝生はいつでもより美しい緑に見えるものだ。Entourage は最近、これまでは Mail だけの特権だった Spotlight と Sync Services のサポートを機能に加えたばかりだし、Mailsmith にはフィルター機能という凄い強みがある。また Eudora には独特の高度なオタク向けの特長があって多くの忠実な信奉者を抱えている。もしもあなたが新しい電子メールプログラムへの乗り換えを考えているなら、あるいはただ単に今お使いのプログラムがあなたの目的に最も適したものかどうかを確かめたいというだけでも、ぜひ最新の MacNotables ポッドキャストを聴いてみて頂きたい。その中では、私と、Andy Ihnatko、Dan Frakes、それに Chuck Joiner という面々が、自分たちが今使っている電子メールプログラムのどこが好きでどこが気に入らないか、使ってみたことのある他のプログラムはどうだったか、ということを議論している。Eudora、Mail、Entourage、PowerMail、Mailsmith、Gmail、それにあの Elm でさえも話題にのぼる。これまでの MacNotables の番組の中で、今回は間違いなく私の最高のお気に入りのうちの一つに数えられる。だから、あなたがもし少しでも Mac での電子メールの世界に興味があるのなら、この番組をお聞き逃しなく!
<http://macnotables.com/archives/2006/629.html>
文: Adam C. Engst <[email protected]>
訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>
ウクライナの Mac 開発会社、BeLight Software はこれまでもさまざまな特殊目的の出版用プログラムを作ってきたが、Business Card Composer、Mail Factory、それに Swift Publisher といったラインアップに加えて、今回新たに CD/DVD ラベル作成ソフトウェアの Disc Cover を出してきた。BeLight 社の他のプログラムと同様、Disc Cover もテキストやグラフィックスを配置できるクリーンなインターフェイスを備えているが、このプログラムでは対象が CD や DVD などのラベル作成に限られている。(ジュエルケースのカバーや冊子、またミニ CD/DVD や名刺大 CD/DVD、それに VHS 用のラベルなど特殊なものも対象に含まれる。)オブジェクトを動かす際には整列用の直線が表示され、BeLight のフリーウェア Image Tricks の画像編集機能とも統合し、また利用可能な背景やその他の画像も多数提供している。それに加えて iTunes や iPhoto とも完全統合できるとともに、Finder にあるフォルダの内容から MP3 情報や画像を抽出できる機能もある。また、どうも創作意欲が湧かないという人のために、Disc Cover には出来合いのテンプレートも多数付属していて、それをカスタマイズして使うこともできる。
<http://www.belightsoft.com/disccover/>
今週の DealBITS 抽選では、Disc Cover を3本、賞品にする。それぞれ定価 $34.95 相当の製品だ。幸運が足りずに当選から漏れた応募者には、もれなく Disc Cover の割引価格の資格が贈られるので、ぜひ奮って下記リンクの DealBITS ページで応募して頂きたい。寄せられた情報のすべては TidBITS の包括的プライバシー規約の下で扱われる。どうかご自分のスパムフィルターに注意されたい。当選したかどうかをお知らせする私のアドレスからのメールを、あなたに受け取って頂くのだから。また、もしもあなたがこの抽選を紹介して下さった方が当選すれば、紹介に対するお礼としてあなたの手にも同じ賞品が届くことになるのもお忘れなく。
<http://www.tidbits.com/dealbits/disc-cover/>
<http://www.tidbits.com/about/privacy.html>(日本語)TidBITS プライバシー規約
[訳注: 応募期間は 11:59 PM PDT, 02-Apr-2006 まで、つまり日本時間で 4 月 3 日(月曜日)の午後 4 時頃までとなっています。]
文: Adam C. Engst <[email protected]>
訳: 羽鳥公士郎 <hatori@ousaan.com>
実に興味深いことが起きた。非営利団体の Creative Commons は、コンテンツの創作者が、著作権法で通常認められる権利以上の権利を認めることのできるような、各種著作権ライセンスを提供しており、私たちも TidBITS をCreative Commons ライセンスの下に発行している(TidBITS-700 の "第 700号、新しい CMS、そして Creative Commons" 参照)。しかし、私の知る限り、いずれの Creative Commons ライセンスも、すべてのオープンソースライセンスと同様、法廷で審理されたことがなく、試練をくぐり抜けていないライセンスが将来の訴訟に耐えうるものなのか、誰も確信が持てないでいた。数年前のことになるが、XNS に適用できるようなオープンソースライセンスについて調べていたとき、私が耳にした限りでは、オープンソースライセンスは本格的な(そして資金的裏付けのある)訴訟には耐えられないだろうというのが、大方の一致した見解だったが、オープンソースライセンスを法的に破ろうとすることは、どんな企業にとっても大幅なマイナスイメージになるということが主な理由となって、オープンソースライセンスが法廷に持ち込まれることはなかった。
<http://db.tidbits.com/getbits.acgi?tbart=07385>(日本語)第 700 号、新しい CMS、そして Creative Commons
しかし今や、Creative Commons ライセンスは法廷で支持された。前 MTV のVJ でポッドキャスターの Adam Curry は、彼の家族の写真を写真共有サイトFlickr に投稿したのだが、その際、写真に帰属 - 非営利 - 同一条件許諾Creative Commons ライセンスを適用した。ところが、オランダのタブロイド誌が、Curry の許諾を得ずにその写真を掲載し、Creative Commons ライセンスの条文に明らかに違反した。Curry は著作権およびプライバシー権侵害のかどで告訴し、Amsterdam 地方裁判所は、ライセンスの条件が適切に守られていないと明確に述べた上で、彼の訴えを認めた。同誌の出版者は、"This photo is public" という文句(私の理解では、Flickr のテンプレートに標準で含まれている文句)が誤解の元であり、そのせいで、写真に Creative Commons の"Some rights reserved" という文句も付いている理由を調べることを怠ったと主張していた。
<http://curry.podshow.com/?p=49>
<http://creativecommons.org/weblog/entry/5823>
<http://creativecommons.org/press-releases/entry/5822>
私の考えでは、この判決の効用は、Creative Commons ライセンスには法的な抜け穴がなく、弁護士で武装した企業と言えども、お咎めなしに踏みにじることができないことが確認されたということだ。
この考えを ExtraBITS に投稿したところ、ライター兼編集者の Glenn Fleishman と私とのあいだで、この判決が本当にそれほどよいものなのかどうか、ちょっとした議論になった。Glenn が懸念していることは、オランダの裁判所が、実質的には雑誌出版者に警告を与えたに過ぎないということだ。プライバシー権侵害の訴えは斥けられ(その雑誌には Curry の 15 歳になる娘の名前と学校、および登校手段も掲載されていたのだが)、罰金も設定されず、将来の違反について写真1枚当たり 1,000 ユーロの罰金が警告された。Glennの考えでは、何の損害賠償もなかった以上、Creative Commons ライセンスが支持されたということにはならない。
この議論において私が弁護士の役を演じるわけにはゆかないので、私たちの友人である本物の弁護士、Electronic Frontier Foundation(EFF)の Fred von Lohmann に登場願った。Fred が述べたことを簡潔に言えば、賠償というのは、それぞれの国の法律で定められるものだから、全く別の問題で、裁定された損害賠償からは、ライセンスの強さについていかなる結論も導くことはできないということだ。Fred はさらに、次のように述べた。判決が Creative Commons ライセンスの効力を認めたというのはよいことだが、それは主にオランダ国内で意味を持つのであって、Creative Commons ライセンスの背景にある考え、すなわち著作権保有者は自身の作品を不完全に保護することを選択できるべきだという考えは、世界の多くの地域ではいまだ法的に審理されていない。
文: Kirk McElhearn <[email protected]>
訳: 羽鳥公士郎 <hatori@ousaan.com>
フランス人がまた Apple いじめを始めたという話を、お読みになった方もいらっしゃることだろう。iTunes Music Store で販売された音楽ファイルを保護するために用いられている FairPlay デジタル著作権管理(DRM)システムを公開するよう、Apple に求めているというのだ。まあ、昨今の報道の例にもれず、この話には正しい点と誤った点がある。私は、フランスに住むアメリカ人として、この話題を詳細に追いかけてきたので、ここで誤解を正し、もしもこの新しい法律が本当に成立したならば何が要求されることになるのか、正確に見てゆきたいと思う。
<http://www.macworld.com/news/2006/03/21/france/>
まず第1に、この法律はまだ成立していない。法案は、下院、すなわちAssemble Nationale(国民議会・大まかに言って日本の衆議院に相当する)において「第1読会」を通過したのだが、これはいくつかある段階の最初の段階に過ぎない。法案はこのあと Senat(元老院)に送られ、次に Assemble に戻され、さらにまた Senat に戻されて最終投票となる。最初の2回の投票は、どちらかというと骨子を整えるためのもので、この過程全体のどこででも、修正条項が加えられることがあり得る。法案が可決されてもまだ先がある。Conseil Constitutionnel(憲法院)で言葉遣いと罰則規定が調整され、承認されなければならない。以上、フランスの議会制度を簡単に講義してみれば、現時点では何も決定されていないということがお分かりいただけるだろう。
状況はさらに複雑になっている。問題となっている法案は、間抜けな立法手続きの典型例として、修正条項が追加され、削除され、また追加され、フランス国内外にかなりの混乱をひき起こしている。(それに加えて、多くのメディアが、誤った翻訳に基づいて記事を書いているので、それを理解しようとすれば、法学と言語学がごたまぜになったシチューに放り込まれることになる。)一頃の新聞各紙は、法案に含まれていた「グローバルライセンス」を大々的に取り上げていた。これは、月々少額の料金を支払うことで、違法に音楽をダウンロードしても起訴を免れるという、ある種の特権が得られるというものだ。これは、原則としてはよいアイディアといえるかもしれないが、料金を支払った人が、現在入手することが違法であるものをダウンロードできるようになるというだけで、すべての音楽がダウンロードできるという、本当の意味でのグローバルライセンスが得られるわけではない。レコード会社が、突然彼らの商品すべてを無料で入手できるようにオンラインに置くなどということはないからだ。
ところが、最近になって別の条項が注目を集めるようになった。この法案には、Apple に対して、FairPlay DRM システムを公開し、iTunes Music Storeから音楽を購入したユーザがそれを任意の音楽プレーヤで再生できるようにすることを求める条項がある。この条項を引用すれば、DRM の使用は「著作権を保護しつつも、相互運用性を損ねてはならない」。別の言い方をすれば、Apple は(Microsoft や Sony、Real Networks といった、DRM を使用しているすべての企業も同様なのだが)、他社が音楽を使用するのに必要な API を提供しなければならない。しかしながら、これを具体的にどのように実現するべきなのか、はっきりしない。DRM を取り除かなければならないのか、それともすべての音楽プレーヤがいかなる形式の DRM で保護された音楽でも扱えるようにすればよいのだろうか。おそらくは後者であろう。前者であれば、この法律を延命の手段にしようと目論んでいるレコード会社が黙っていないだろう。
もう1つ重要なことは、現在のフランスでは DRM は違法だということだ。まあ、それは正確な言い方ではないのだが。フランスの裁判所は、DRM のせいで音楽を望み通りに利用できなかったという訴訟において、ことごとくユーザの側に有利な判断をしてきたし、「コピーコントロール」CD は、何度か、違法であると裁定されている。これらの判決は上訴されているが、このように私的複製の権利を認めることの法的根拠の一部としては、すべての記録可能な CDと DVD、およびすべてのハードドライブ、iPod、フラッシュメモリ機器などのデータ記憶装置に、税金がかけられており、その税収がレコード会社と映画会社で分配されているという事実がある。そのため、記録可能 CD を例に取れば、隣国のイギリスと比べて、フランスでの価格はおよそ4倍になっている。このような税が課されているのは、すべての記録可能な CD や DVD、すべてのiPod やハードディスクが、どのように使われていようとも、「盗まれた」著作物ではち切れそうになっているという前提に基づいている。今回の新しい著作権法案は、音楽家やプロデューサ、作曲家たちに毎年それなりの金額をもたらしているこの税について、手を付けていない。
すでに述べたように、この法案はまだ成立していない。しかし、Apple はすでに見解を表明している。曰く、この法律は、DRM 破りを合法にするだけでなく、少なくともメーカーのあいだでは義務とすることによって、「国家に支援された著作権侵害文化」を生み出す。(ここで、2002 年に Steve Jobs が語った、次のような言葉を思い起こすのも興味深い。「音楽を合法的に入手したなら、それを自分が持っているあらゆる機器で管理する権利がなければならない。」どうやら、彼の言う機器とは、ラップトップと iPod、デスクトップコンピュータに限られるようだが。)そのすぐ後、米国商務長官 Carlos Gutierrez はためらいがちに、Apple の見解の支持にまわった。
<http://www.physorg.com/news12082.html>
そこで、ジャーナリストたちは、Apple だけが標的になっている企業ではないという事実を忘れ、この局面に焦点を当てるようになった。もう1つ簡単に忘れられていることは、DRM を要求しているのが Apple ではなくレコード会社であって(全く保護されていない音楽を販売するつもりが Apple にあるとは思わないが)、長い目で見て損をするのも、ほかならぬレコード会社だということだ。Apple には、もしもこの法案が可決されたときには、簡単な対処法がある。フランスの iTunes Music Store をたためばよい。結局のところ、ほとんどの iPod ユーザが iPod に入れているのは、iTunes Music Store で購入した音楽ではなく、CD からコピーした音楽なのだし、そのようなユーザにとって、この法律は何の変化ももたらさない。ただ単に、デジタル音楽の売り上げが損なわれるだけのことだ。
<http://playlistmag.com/news/2006/03/22/francereact/>
この法案がこのまま可決されようと、あるいは欧州連合に承認されようと、何が起ころうとも、より広範な問題が提起されることになる。Sony はPlayStation のゲームを Xbox で利用できるようにしなければならないのだろうか。DVD についてはどうだろう。映画会社は、ユーザが DVD をラップトップにコピーして TGV(フランスの高速鉄道)に乗っているときに見ることを、あるいは単に、ビデオをより簡単に iPod にコピーできるようにすることを、ついに認めなければならないのだろうか。それを言うなら、DVD のリージョンコードはどうだろう。米国で買った DVD がフランスで再生できないというのは、どうしたことだろう。
さらに1歩進んでみよう。同じことだが、かみそりの刃についてはどうだろう。これこそが、メーカーによる束縛の最初の事例で、今回の法律が取り除きたいと望んでいるものだ。私が Schick の刃を Gillette で使いたいと思ったら、Schick に変換してもらえるのだろうか。私の Saab に新しい部品が必要となったら、Renault に頼めば、Renault の部品が使えるようになるのだろうか。
結局、本当の問題は、フランスの国会議員たちが、技術一般、特にデジタル技術について、何も分かっていないということだ。彼らは、相互運用性が保証されるべきだと提案することで、収拾のつかない大混乱を引き起こそうとしている。相互運用性は、原則としてはよいものだが、実際には絶対の原理だ。全ての分野に適用することなしに、1つの分野にだけ当てはめても、うまく行かない。どうして音楽だけを特別扱いするのだろうか。舞台裏では Microsoft に雇われたロビイストが暗躍していて、フランスの議員を陰で操っているのだろうか。Microsoft は、確かにこの法律が成立することを望んでいるのだろうが、だからといって他社 MP3 プレーヤの売り上げが伸びるなどと、本気で思っているのだろうか。この市場を制するのは、コンテンツではない。デザインと使いやすさだ。それに加えて、Microsoft は、このような相互運用法に字義通り従って、同社のソフトウェア全てを Mac で動くようにしなければならなくなることを、本当に望んでいるのだろうか。
いずれにせよ、フランスのある国会議員が語ったように、この問題全てを解決するには「少なくともあと1年はかかる」。その前に、フランスには大統領選挙が近づくし、その後には総選挙も控えているから、十中八九、事態は大きく変化するだろう。さらに、欧州連合にも決定権があるし、裁判所にもある。だから、ここはひとまず落ち着いて、Apple がすぐにでもフランスからつまみ出されるなどと思わないことだ。
[Kirk McElhearn には、"Take Control of Customizing Microsoft Office"をはじめ、十数冊の著書・共著がある。彼のブログ Kirkville の記事は、Mac OS X、iPod、iTunes やそのほか様々なことを取り上げている。]
<http://www.takecontrolbooks.com/office-customizing.html>
<http://www.mcelhearn.com/>
文: Geoff Duncan <[email protected]>
訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>
訳: 亀岡孝仁 <takkameoka@bellsouth.net>
今週、Steve Jobs の率いる Apple Computer 社と the Beatles(ビートルズ)の Apple Corps 社が英国の裁判所で対峙し、もう四半世紀を越える長きにわたってこの両社にまといついてきた商標論争が新たな局面を迎えることとなった。この訴訟の結果によっては、今や Apple Computer 社の下で花開いている iPod とデジタル音楽事業のあり方そのものが違う意味づけを持つものとなるかもしれない。
イエスタデイ (Yesterday) -- この Apple 対 Apple の争いの起源は現代の神話と矛盾とに覆われて見えにくくなってしまったが、基本的には次のような事情による。
1968 年に、the Beatles は彼らのビジネス関係および財政関係の事務を処理するため、同時に税金対策として、また彼らの製品やアイデアをもとに起業するための基地として、新しく会社を興した。その名も Apple Corps (おわかりかな?)、名付け親は Paul McCartney らしいが、この会社は当初五つの部門(エレクトロニクス、映画、出版、レコード、販売)を持ち、その門戸を(そしてその財布も)「価値のある」芸術的プロジェクトを持った人すべてに広く開放しようということで始まった。その後 the Beatles がいろいろな方向に成長し、やがて解散の日を迎えた頃には、Apple Corps 社はその活動も弱まり、法律的また財政的な渾沌の中でほとんど崩壊に近い状態に陥った。その数年後、いろいろな埃もおさまった頃には、この会社は事実上ライセンスエージェントとしてのみ働くようになり、次々と形を変えて現われる Beatles 製品のライセンスを処理する業務を続けた。Beatles の元ロードマネージャーの Neil Aspinall が今日に至るまでずっとこの業務を管理し続けている。この Apple Corps 社は、Beatles 関連の資産とライセンスについて非常に厳格な支配力を保つという定評を得ている。
さて、世界の反対側、カリフォルニア州 Mountain View では、Steve Jobs、Steve Wozniak、それに Ronald Wayne の三人が 1976 年 4 月 1 日に Apple Computer 社を設立した。(鋭い読者の皆さんなら、Apple の 30 周年の記念日が今週やって来ることにお気付きだろう。)この社名が Beatles の Apple Corps 社の名前に敬意を表して付けられたものだということ(そして Steve Jobs が長年の Beatles ファンであること)は、いろいろな文献にはっきりと書いてある。Apple の公式な見解によれば、創立者たちが電話帳で“Atari”よりも前に来るような名前を選んだに過ぎないということだ。Apple の創立者たちは皆、以前 Atari で働いたことがあったのだ。
二つの会社が同じ名前を持つのは変に見えるかもしれないが、法律的に言えば、違った会社が同じ名前や商標を持っていても、それが消費者を混乱させることがない限り特に大きな問題はない。実際問題として、同じ名前を持った会社が同じ業種(あるいは関連した業種)に並立したり、また同じ市場で業務を展開したりしなければよいだけのことだ。
伝えられるところによれば、1978 年に George Harrison が Apple Computer の広告に気付き、Apple Corps 社としてこれを問題にすべきではないかと Neil Aspinall に尋ねたのだということだ。その真偽はともかく、1978 年に Apple Corps は Apple Computer に対して商標侵害の訴訟を起こした。この訴訟は、1981 年に非公表の和解額で和解に達した。(噂によれば和解額は $80,000 だったという。)この和解で、Apple Computer はコンピュータ事業に、Apple Corps はエンターテインメント事業に、それぞれ専念するという条件の下に“Apple”の商標を共有することで両社は合意した。
恋のアドバイス (You're Going to Lose That Girl) -- 1987 年になって、コンピュータはマルチメディアおよび音楽プロダクションの世界に浸透し始めた。そこで、Apple Computer は Apple Corps との間の合意について再交渉を試みることとなった。しかしながら、その交渉は何も実を結ばず、1989 年に Apple Corps は再び Apple Computer を訴えた。今回は、Macintosh コンピュータにサウンド再生および MIDI の機能が含まれているという事実が、1981 年に交わされた前回の合意の条件に反しているという訴えだった。長きにわたる困難な論争を費やした結果、Apple Computer と Apple Corps は 1991 年に再び合意に達し、報道によれば和解額は $26,500,000 にのぼったという。
この第二次の訴訟は、Macintosh ソフトウェアの上に長年にわたって影響を及ぼした。例えば、この訴訟のために Apple の MIDI Manager は System 7 の公式のコンポーネントになることができなかった。音楽の演奏や制作に Mac が長年使われてきたという事実にもかかわらず、システムレベルでその機能が実装されていないことによって MIDI は長い間中途半端な立場に立たされていた。ミュージシャンたちは公式にサポートされない Apple の MIDI Manager に、あるいは OpCode の(気まぐれな動作をする、長らくサポート無しの)OMS のようなサードパーティの MIDI 実装に、いつも悪態をつき続けなければならなかった。そして、あなたは System 7 に付属の(そして Mac OS X でも引き続き付属している)システムサウンド“Sosumi”がどうしてこんな名前なのかご存じだろうか? この変な名前は異国風の日本の木琴の名前か何かではない。声に出して“sosumi”と言ってみれば、すぐにその名前の意図がわかるだろう。もともと、このサウンドの名前は“Let It Beep”だったのだ。
[訳注: 言わずもがなかもしれませんが、“So sue me”とは「それなら俺を訴えてみろ」という意味です。“Let it beep”(「ビープ音を鳴らせ」)はビートルズの曲「レット・イット・ビー」を連想させますね。]
<http://en.wikipedia.org/wiki/Sosumi>
キャント・バイ・ミー・ラヴ (Can't Buy Me Love) -- 2003 年の 7 月に、Apple Corps はまたもや Apple Computer に対して砲火を開いた。今回は iTunes Music Store が 1991 年の和解合意に反しているという訴えだ。表面的には、これは即座に裁定が出せる類いの事例に見える。何しろ、Apple Computer は音楽事業には手をそめないと合意したのに、iPod は明らかに音楽機器であるし、iTunes Music Store が音楽を販売するビジネスであることに疑問の余地はないからだ。ならば、どうしてこの件が訴訟に回るのだろうか?
Apple Corps による今回の訴訟で判明した興味深い新展開の一つは、これまで明かされてこなかった両社の 1991 年の和解の詳細が今回初めて公表されたことだ。1991 年に Apple Corps は、Apple Computer が Apple Corps 側の使用範囲(すなわちエンターテインメント)に属する項目に自分の商標を使用することを、Apple Computer が“あらかじめ録音されたコンテンツを含む物理的メディア”を販売しない限りにおいて許容する、という点で合意したのだ。その合意の中で、例えば Apple Computer が Rolling Stones の曲の CD を販売することが禁止されたわけだ。
<http://www.hmcourts-service.gov.uk/judgmentsfiles/j2468/apple-v-apple.htm>
たいていの人が既に知っているように、iTunes Music Store は物理的メディアを販売している訳ではない。販売しているのはデジタルトラックであって、顧客はそれをダウンロードして、自分のコンピュータや iPod、あるいは(相当の決意があれば)他の音楽機器を使って再生するだけだ。従って今回の英国の裁判所で主に問題になるのは、これら録音されたオーディオのデジタル版が、法律的に言って「物理的メディア」に該当するかどうか、という点だけだ。この点アナリストの意見は分かれている。Apple の iTunes サービスが充分に 1991 年の合意において Apple Computer に認められた範囲内に収まっているとみる人もいれば、Apple Corps が間違いなく途方もない賠償額を手にすることになるだろうと予想する人もいる。
ベイビー・ユーアー・ア・リッチ・マン (Baby You're a Rich Man) -- この二社が法廷外でこの争点に決着をつけようとしてきたであろう事は想像に難くない。Apple Computer はこの係争をより有利性が見込まれる裁判地としてカリフォルニアに移そうとしたことはあるが (これは却下となったが、そのお陰で 1991 年の合意の鍵となる条項が今回明らかになった)、このコンピュータメーカーは明らかに裁判に出て判事の前で自分の言い分を主張することには問題を感じていないようである。では、なぜ Apple は、比較的危険度の少ない和解の道を模索する方法を取らずに、市場を支配している iTunes Music Store を危険にさらす道を選ぼうとしているのか?
一つの理由は和解への扉は閉ざされてしまったわけではないからである:この二つの Apple 社は、判事がその判決を言い渡すまでは法廷外で和解への道を模索できるし、更に上告手続きが進められている間も和解への話し合いを続けることが出来る。裁判に行くということは、両方が公開の席で自らの主張と証拠を明らかにするということでしかない。両社とも以前にこの係争が何年にもわたって延々と続くことをいとわないと言っていたので、裁判になったからといって、早急な解決は見られそうにない。
他の理由として、Apple Computer は新たに始めた音楽ビジネスが同社を根本から再定義しようとしているにも拘わらず、このコンピュータメーカーがこの係争で失うものは大したことにならない可能性があることである。商標に関する係争の場合、損害はその違反行為から派生した利益に限定されるのが通常である。Apple Corps の Apple Computer に対する係争は iTunes Music Store を中心としたもので、今や同社のアイコンともなっている iPod 音楽プレーヤーではない。大方の推測では、Apple Computer はその iTunes Music Store から大した利益を上げていない:音楽事業の大半の利益は iPod の販売から得られているが、Apple Corps はこちらも商標侵害しているとは言っていない。
紙ナプキンの裏で出来るような簡単な計算をしてみよう:仮に Apple は iTunes サービスを通して1曲 $1 で売っているとしよう。(そう $0.99 が米国では代表的な曲当たりの値段であるが、コレクションやアルバムでは曲当たりの単価はもっと安い。一方では iTunes Music Store の海外店では曲当たり単価はもっと高いのが普通である。従って曲当たり $1 と言うのは妥当なところであろう)。この 1ドルの中から、65 から 75 セントはレコードレーベルに行ってしまう、そして他に 20 から 25 セントは事業と流通費としてかかってしまう (サーバー、回線、エンコーディング;店の設計、運用、そして経営;カストマーサポート等々)。ということは、1 曲売って Apple Computer の手元に残るのはせいぜい数セントにしかならないということになる。大雑把な数字で言えば、iTunes がこれまで売ったのは 10億曲とすると (この画期的な出来事は先月達成された)、音楽の販売から Apple Computer は、過去 3年間でおおよそ $20 から $40 million を稼いだ勘定になる。あいまいさもあるしビデオの販売もあるので利益はこの倍あるとしよう。ところでこのビデオはまさに "事前に記録されたコンテンツ" に該当する。
<http://db.tidbits.com/getbits.acgi?tbart=08434>(日本語)iTunes Music Store、10 億曲の販売を達成
では、Apple Computer はこの $80 million の中からどれだけ Apple Corps に負けてもいいのか?答えは山ほどである。2005年末で Apple の総資産は $14 billion 以上であったし、そのうち $8.5 billion 以上は、建物や在庫ではない現金、現金相当、そして短期投資であった。Apple Computer は現時点では Apple Corps を恐れてはいないであろう。
<http://www.apple.com/pr/library/2006/jan/18results.html>(日本語)アップル、第1四半期の業績を報告
ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード (The Long and Winding Road)-- この訴訟に関する憶測にはすごいものがある、とりわけ訴訟が初めて起こされた 2003年には。噂では、Apple Computer は Apple Corps と記録的な金額の和解を模索中だとか;Apple Computer は iTunes Music Store をスピンアウトして別会社にし、株式の一部を Apple Corps に売るとか、いや経営権まで渡すとか。そして、誰もが Steve Jobs は Beatles のレコードを iTunes Music Store で売る交渉をしているかどうか知りたがっていた。これまでの所、Beatles の音楽を扱っている合法的なデジタル音楽サービスはないのである。
私はこの訴訟に関する内部情報に近いと言うわけではないが、これが近々に解決するとは思わない。もし歴史から何かを学べるとするなら、この様なことが長引けば長引く程、焦点はボケやすくなり、とんでもない方向にそれやすくなるものである。Apple と Apple は、お互いに 25年もの間お互いにやり合ってきており、この最近の燃え上がりもすでに 3年が経過している。何が起こってもおかしくないのである。
個人的には、Apple Corps は iTunes にも或いはその他のデジタルダウンロードサービスにも Beatles のレコードをのせるのを急いでいるとは思わない、従って Apple Computer が Beatles カタログにアクセスできるような和解への道は閉ざされていると思う。Beatles の曲は不法のファイル共有サービスでしょっちゅう交換されていると思うが、時は Apple Corps の味方をしていると思う。同社は CD でのアルバムを出すのに 5年間待ったし、更に Beatles の曲を再パッケージして出したものも (最近の Anthology や One のリリースが示している様に) そして代替バージョンも大成功であった (例えば、Capital レコードからリリースされていたオリジナルの Beatles アルバムの American バージョンの再発行や、Let It Be から Phil Spector 制作分を取り除いてしまうとか)。品薄感は Beatles ものの価値を更に押し上げるのであり、Apple Corps はその Beatles 資産から生じる価値を最大化することに集中してきた。
Apple Corps はオンライン音楽業者 (とりわけ Microsoft) と時間限定の独占的契約の可能性について話し合いをしているという音楽業界のゴシップはなかなか消え去らない。しかも割増価格でである:2004年に複数のソースから私が聞いた数字は、Beatles の曲をオンラインで 6ヶ月間売る独占権が $15 million と言うものであった。オンライン音楽ビジネス全般にいえる低い利益率を考えれば、余程の裕福な人達でなければこの様なはじめから儲からないと分かっているディールを検討してみることさえ出来ないであろう。
結局のところ、Apple Computer と Apple Corps に共通するのは何も名前と訴訟の歴史だけではない:両社とも、良いアイディアは世界を変えうるという 1960年代のカルチャーを代表する情熱と希望の産物と見なされている。本当の驚きとは、Beatles をオンラインの世界に持ち込むのが Apple Computer _以外の_ 誰かであった場合であろう。
文: TidBITS Staff <[email protected]>
訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>
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, , 日本語版最終更新:2006年 4月 1日 土曜日, S. HOSOKAWA