TidBITS: Apple News for the Rest of Us  TidBITS#848/25-Sep-06

ひょっとしてあなたもインフォーグで、自分ではそうと意識していないだけなのかもしれない。今週号では Luciano Floridi 教授に再登場を願い、私たちが情報世界にどのように適合しつつあるのか、人類とテクノロジーとが一つに溶け合う先に何が待ち構えているのか(いや、これは私たちがサイボーグになるという話なんかじゃない)について将来を見通した記事を書いてもらった。ニュースの部では、Apple が Security Update 2006-005 と AirPort Update 2006-001 をリリースして AirPort(日本では AirMac)の潜在的な脆弱性に対処し、iTunes Store が映画販売の最初の一週間で 125,000 本の映画を売上げ、Adobe は GoLive の未来について誤解を正そうと試み、Glenn Fleishman は Rogue Amoeba のオーディオエディタ Fission をレビューする。

記事:


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Disney、iTunes Store での最初の週に 125,000 本の映画を売る

  文: Adam C. Engst <ace@tidbits.com>
  訳: 亀岡孝仁 <takkameoka@bellsouth.net>

Playlist は、Walt Disney President 兼 CEO Robert Iger の言葉として、Apple の iTunes Store での映画のデビュー以来最初の一週間で 125,000 本のダウンロード可の映画が買われたと報じている。この販売で Disney の売上げとなるのは $1 million と言われており、映画一本当たり $8 と言う勘定になる。これからすると、殆どの、全部ではなくとも、映画は最初の週に入っていて値段は $10 か $13 であるので、Apple が自分の分としてかき入れるのは映画一本当たり $2 から $5 の間と言うことになる;今では殆どの新しい映画の値段が $15 となっている。

Playlist は更に Iger の予想として、Disney は iTunes Store での映画の販売から最初の一年間で約 $50 million の売上げとなるであろうと報じている。映画一本当たり $8 で逆算していくと Disney は iTunes Store を通じて来年のこの時期までに 6.25 million の映画を売ることになる。これらの数字は重要である、なぜならばこれらの数字は他の映画スタジオに Apple と商売がしたい、さもなくば大金をテーブルの上に置き去りにしてしまうことになると思わせるだけ高くなければならないからである。これに対抗して Disney 以外のスタジオの映画を扱っている Amazon Unbox サービスからは未だ何の具体的数字も発表されていない。


AirPort アップデートが Wi-Fi 攻撃を防止

  文: Adam C. Engst <ace@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

Apple は先週、二件のアップデートをリリースした。Security Update 2006-005 と AirPort Update 2006-001(日本では AirMac Update 2006-001)で、近距離にいるアタッカーがワイヤレスネットワークに悪意を持って作成されたフレームを送信するという攻撃の可能性がある三件の潜在的な脆弱性の問題を解決している。理論的に言えばそのような攻撃によってシステムがクラッシュしたり、任意のコードが実行されたり、あるいはアクセス権が昇格されたりする可能性はあるものの、Apple はわざわざあえてこの問題に既知の実例がないとまで明言している。これらのアップデートを個々に Apple のソフトウェアアップデートページからダウンロードすることも可能(インストールする必要があるのは二つのうちどちらか一つだけ)だが、その際にはあなたのマシンに合った正しい方を選ぶ必要がある。

AirPort Update 2006-001(日本では AirMac Update 2006-001)の方は Mac OS X 10.4.7 のうち特定の二種類のビルドにのみ対応している。一方 Security Update 2006-005 の方は Mac OS X 10.3.9 および上記以外のビルドの OS X 10.4.7 に対応している。(10.3.9 用と、10.4.7 を走らせる PowerPC および Intel ベースの Mac 用、それぞれに別途のダウンロードが用意されている。)ソフトウェアアップデートで、あなたのシステムに適合した正しいバージョンを自動的にダウンロードさせることをお勧めする。Mac OS X 10.3.9 を走らせていてソフトウェアアップデートに「Security Update 2006-005」が表示されない場合は、あらかじめ AirPort 4.2(日本では AirMac 4.2)と AirPort Extreme Driver Update 2005-001(日本では AirMac Extreme Driver Update 2005-001)をインストールする必要がある。(たぶん、これらはソフトウェアアップデートでも提供されているだろう。)

Apple のリリースノートには例によって詳しいことが何も書いてないが、疑いもなくこれらのアップデートは David Maynor と Jon Ellch が Black Hat 2006 カンファレンスで実演してみせた Wi-Fi 脆弱性に対処したものなのだろう。しかしながら、Apple は今回の修正に関して Maynor や Ellch の名を出すことはしていないし、そのことは暗黙のうちに Apple としてこの二人の研究者が問題の発見に寄与したと認めることを拒絶するという意思表示ともなっているのだろう。ある Apple の代表者は、Maynor の勤務する SecureWorks 社がこれらのパッチに結び付く情報を提供したことはないと述べている。むしろ、その代表者が TidBITS を含むいくつかのメディアへの発表の場で語ったところによれば、SecureWorks 社がこの実演をしたというニュースを耳にしたことがきっかけとなって Apple 社内で徹底的なコード検査が行なわれ、その結果としてこれらの脆弱性が見つけ出されたのだということだ。(07-Aug-06 号の記事“無線ドライバハックは Mac と Windows を標的にするか”と 28-Aug-06 号の記事“Apple、注意深く Wi-Fi 脆弱性を否定”を参照。)SecureWorks 社はメディア向けに何ら追加情報の発表で応えようともしていない。同社は現在合併の最中にあり、発表がないのはそのためかもしれない。いずれにしても今最も重要なことは、パッチをインストールし終えた Mac ユーザーたちには、もはや今回問題となっている攻撃に晒される心配がないということだ。


明日のその先の未来へ、Adobe がお送りしました

  文: Glenn Fleishman <glenn@tidbits.com>
  訳: 羽鳥公士郎 <hatori@ousaan.com>

Adobe が私たちに知らせたところでは、今度の Adobe Creative Suite 2.3 において GoLive CS2 がバンドルからはずされ Dreamweaver 8 に置き換えられると書いた私の記事は、不正確だそうだ。まあ、ある意味で。

この発表の プレスリリースには「Adobe Creative Suite の将来のバージョンでは、Adobe GoLive に替わって Dreamweaver が統合される。Adobe はGoLive を独立した製品として開発し続ける。」と記されている。しかし、私が受け取った電子メールによると、ここで言う将来というのは、単に現時点よりも後という意味ではない。将来とは、今年の終わりに Creative Suite 2.3がリリースされた _さらに後_ のことだそうだ。Dreamweaver は、このスイートのバージョン 2.3 では、バンドルされるが、統合されない。

その後将来のリリースで、つまり現在から見れば将来のそのまた将来ということになるが、おそらくは来年の Creative Suite 3.0 で、Dreamweaver がスイートに統合され、そのときに GoLive が独立した製品となる。

Adobe の広報は、"The Adventures of Buckaroo Banzai Across the 8th Dimension" を皆で鑑賞し、Yoyodyne Propulsion Systems のモットー「未来が明日はじまるところ」を噛み締めてみたらよいのではないだろうか。この号の別の場所で Buckaroo Banzai と関連しているところを見つけた方には、ボーナス点を差し上げよう。


Fission があらゆる種類のオーディオトラックをいじる

  文: Glenn Fleishman <glenn@tidbits.com>
  訳: 羽鳥公士郎 <hatori@ousaan.com>

Rogue Amoeba は先週、Fission をリリースした。これは、簡素なオーディオ操作プログラムで、AIFF、MP3、保護されていない AAC(m4a)、Apple Lossless フォーマットファイルを扱うことができる。Fission の最大の特徴は、AAC ファイルと MP3 ファイルを音質を落とさず編集できることで、この機能は、AAC については現在のところほかに例がなく、MP3 についても、いくつかのハイエンド編集プログラムか、現在は開発が停止されてフリーとなっている Audion 音楽プレーヤに例を見るのみだ。Freeverse から 80 ドルで出ている Sound Studio 3 でも、サードパーティの助けを借りて MP3 と AAC を編集し、この2つの圧縮フォーマットで読み込みと書き出しができるが、保存する際に再エンコードが必要なので、音質を落とさないネイティブ編集ができない。

Fission は、Rogue Amoeba のほかの製品と同様、目的が絞られている。この製品は、 オーディオファイルを切り詰めたり、分割したり、掃除したりする役に立つことを目的としているが、ほかのオーディオエディタが持っているような様々な機能は提供しない。別の言い方をすれば、Edit メニューには Delete項目があっても Paste 項目がない。オーディオを選択して、オーディオウインドウの上部にある Cut ボタンをクリックすれば、そのオーディオを削除することができる。Cut & Split を選ぶか、Split ツールを使うと、オーディオファイルをいくつかのクリップに分けることができ、そのファイルでの操作が終わったときに、それぞれのクリップを別々のファイルとして保存することができる。Fission では、File メニューの Save コマンドも Save Audio コマンド(ほとんどの Save As コマンドと同様 Command-Shift-S)に置き換えられており、編集したファイルでオリジナルのファイルを上書きしないようになっている。最後に、Crop ツールは、ファイルのうち、現在選択されている部分を除いたすべてを削除する。

考え方としては、Fission は、自分でキャプチャしたり作成したりしたオーディオから不要部分を切り詰めるためのものだ。例えば、ラジオ番組に挟まったコマーシャルや、ポッドキャストの「えーと」部分や無音部分、さらにはライブ録音の最後の余計な拍手さえも削除することができる。また、選択した部分をフェードインしたりフェードアウトしたりするよう変更することもできる。

AAC ファイルや MP3 ファイルで作業をしているときは、Fission はオリジナルのオーディオデータに直接変更を加えるので、デコードと再エンコードの繰り返しをすることがなく、音質が損なわれることがない。このプログラムでは、AIFF と WAV を含め、QuickTime が対応しているものであればどんなオーディオフォーマットでも書き出しができる。携帯電話によっては、自分で着メロを作成できるものがあるが、Rogue Amoeba はそれにも対応している。ファイルをトリムしたりフェードしたりして、それを MP3 か AAC で保存し、そのオーディオフォーマットの着メロ再生に対応した携帯電話で読み込む。

Fission のインタフェースは使っていて楽しい。スクラブ方式での選択もできる。これは、再生ヘッドをオーディオの中でドラッグすると、再生ヘッドの位置にあるものが再生され、ドラッグの速度に応じてスキップするというものだ。選択をした後、再生ヘッドを左にドラッグすれば逆方向にスクラブされ、右にドラッグすれば順方向にスクラブされる。(Preferences ダイアログボックスでスクラブ機能を使用停止にすることもできる。)

Fission は 32 ドルで、ユニバーサルバイナリだ。デモもあって、デモでオーディオを保存すると、連続したオーディオフェードによって、意図的に音質を下げる。Audio Hijack Pro ユーザは、14 ドル割り引きになるクーポンが入手できる。Fission には Mac OS X 10.4 が必要で、2.5 MB のダウンロードだ。


情報圏の未来に目を凝らす

  文: Luciano Floridi <luciano.floridi@philosophy.oxford.ac.uk>
  訳: 羽鳥公士郎 <hatori@ousaan.com>
  訳: 亀岡孝仁 <takkameoka@bellsouth.net>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

    もしも時の種子を計ることができ、
    どの種が芽生え、どれが育たぬかを知るなら、
    我に伝えたまえ。我は請いも恐れもせず、
    そなたの好意も、そなたの敵意も。
    -- シェイクスピア、マクベス、第1幕、第3場、59-62。

[さて、話は全く変わって... 1995 年のこと、私たちは、Luciano Floridi がインターネットの未来を検討した3部からなる記事を掲載した。ある読者がたまたまその記事を見つけ、私に知らせてくれたので、私は Floridi 教授に、この論題にもう一度取り組んでもらえないかと尋ねた。彼は快諾し、ここに彼の考えを読むことができることとなった。インターネットは、どのように、私たちの生活により一層深く織り込まれると考えられるのだろうか。 -Adam]

11 年前 -- 1995 年、私は、Paris の UNESCO 本部において、UNESCO の 50周年を祝う基調講演をするよう招かれた(UNESCO とは the United Nations Educational, Scientific, and Cultural Organization、つまり国連教育科学文化機関だ)。そこでは、インターネットの発展と私たちの組織化された知識システムとに、どのような変容や問題がもたらされると考えられるか、中期的視野で予測するよう依頼された。そのときの講演は論文となり、それをまとめたものが TidBITS に3部に分けて掲載された("Internet と組織化された知識の将来" 第一部第二部第三部 参照、原論文は " "The Internet: Which Future for Organised Knowledge, Frankenstein or Pygmalion?"" 参照)。予言には2つの種類しかないという。誤っているものと、幸運なものとだ。私の予言は幸運だった。そこで、もう一度、運を天に任せてもよかろうと考えた。

しかし、今回は、組織化された知識システムについては触れないつもりだ。それよりも、さらに一般的に、デジタル情報通信技術(information and communication technologies: ICT)の将来的発展と、それが私たちの生活に及ぼす影響に焦点を合わせたい。また、言うまでもないことを予言しても意味がないので、プライバシーや個人情報保護についての高まりつつある関心や、スパム、ウイルス、あるいは、セマンティックウェブやオンラインショッピング、バーチャルコミュニティーの重要性といった問題にも触れないことにする。その代わり、私たちのあいだに出現しつつあるかもしれない新しい世界観を捕らえたいと思う。

再形成する技術としてのデジタル ICT -- 近い将来私たちが目撃し経験するかもしれないシナリオを把握するために、2つの重要な概念を導入したい。「情報圏(infosphere)」と「抜本的再形成(radical reshaping)」だ。

「情報圏」というのは、私が何年も前に造り出した言葉で、「生物圏(biosphere)」という言葉を基にしている。生物圏とは、私たちが暮らしている惑星の中で、生命を支えている限られた領域のことだ。そこで、「情報圏」とは、情報環境の全体を意味することになる。これは、すべての情報存在(情報主体を含む)およびそれらの属性、相互作用、推移、関係とで構成される。「サイバースペース」と似た環境であるが、同じではない。サイバースペースは、言うなれば、情報圏の小領域の1つに過ぎない。というのも、情報圏には、オフラインやアナログの情報空間も含まれるからだ。以下、情報圏という環境は(したがって情報圏という概念も)急速に展開していると主張したい。

「抜本的再形成」というのは、極めて根本的な変化の一形態であって、あるシステム(例えば企業や機械)を新たに構築し直すというだけでなく、その本質的性格を根底から変容させてしまうということだ。その意味で、例えばナノテクノロジーやバイオテクノロジーは、単に世界を大きく変えつつある(火薬の発明と同じように)というだけでなく、現に世界を再形成しつつある。すなわち、以前には存在しなかった全く新しい物質を創造できるようになったと共に、以前には想像だにしなかった方法で世界と相互作用し、世界を操作できるようになった。

この概念を使うと、私の基本的な主張は以下のように定式化できる。デジタル情報通信技術は、情報圏のまさに本質を抜本的に再形成し、そこにこそ、少なくとも技術に関するかぎり、私たちが近い将来経験するであろう最も深遠な変容と最も挑戦的な問題の源の一部がある。この記事の残りを使って、情報圏の再形成における3つの重要な潮流と、その重大な含意の一部に光を当てることによって、この基本的な主張を明確化し実証したい。

#1: 摩擦のない情報圏の出現 -- 今日の新しい情報通信技術がもたらしている情報圏の再形成のうち、最も明白なものは、(a) アナログデータからデジタルデータへの移行と (b) とどまるところを知らないデジタル空間の拡張とに関わっている。どちらの現象も非常によく知られており、説明を要しないが、簡単にコメントをしても悪くはなかろう。

Lyman と Varian は、情報の保存および流通についての 2003 年の研究で、以下のように書いている。「印刷物、フィルム、磁気式および光学式記憶メディアは、2002 年におよそ 5 エクサバイトの新しい情報を生み出した。この新しい情報の 92 パーセントが磁気式メディア、ほとんどはハードディスクに記憶されている。[...] 5 エクサバイトの情報というのは、米国議会図書館の蔵書に含まれる情報に換算すると、37,000 の新しい図書館が生まれたことに相当する。」

アナログデータの生成量は今でも増加しているが、情報圏は日に日にデジタル化している。単純な例を1つ挙げれば、納得していただけるだろう。素粒子物理学の研究のために CERN で建設中の Large Hadron Colliderは、1秒間に最大 1.5 GB のデータを生成し、1年で 5 ペタバイトのデータを生成すると見積もられている。このデータ量は、議会図書館所蔵の印刷物(20 テラバイトと見積もられる)の数百倍になる。Google のデータストレージの総量がおよそ 5 ペタバイトと伝えられているので、それとほぼ等しい。( これらの単位に不案内な人のために言うと、1ペタバイトは 1,024 テラバイトで、1エクサバイトは 1,024 ペタバイトだ。)

このような情報圏の抜本的再形成の主な原因として、デジタル資源とデジタルツールとが本質的に一致しているということがある。Alan Turing の洞察のうち最も重要なものの1つは、私たちの抜本的に変革された情報圏において、処理するものと処理されるものとのあいだに実質的な違いがなくなるということで、そのため、デジタルツールがデジタル資源を処理する方法は、アナログ世界では全く考えられなかったほど、自由自在でシームレスだ。

デジタルツールとデジタル資源との一致は、情報圏に最も古くからあるボトルネックの1つを解消する可能性を秘めており、その結果として、摩擦が、つまり情報圏のそれぞれの領域内で情報の流れを妨げている力が、徐々に消え去っている。情報圏における摩擦の減少によって、通信チャネルが開設・維持され、また、情報の流れにとっての障害、例えば距離、雑音、資源(とりわけ時間とメモリ)の不足、処理すべきデータの量と複雑さなどといったものが乗り越えられるので、ある環境において情報を生成し、取得し、処理し、転送するために必要な仕事量や労力が減少する。情報圏のある領域において入手可能な情報量が一定だとすると、そこにおける摩擦が少なくなればなるほど、その情報にアクセスするのがより容易になる。

情報通信技術には「データ超伝導性」があるため、情報圏の摩擦に最も大きな影響を及ぼす要素の1つであることが知られている。摩擦のない情報圏の日常的な側面を、私たちは皆よく知っている。スパムもそうだし、小額決済のような考え方も、当事者間での決済情報の転送に摩擦がなくなってはじめて、実現可能になった。そのほかの重要な帰結を3つ挙げよう。

その結果として、道徳的に言うと、世界が現在どのようであるか、将来どのようになるか、そしてどのようにするべきかということについて、情報通信技術は人類にますます大きな責任を負わせている。それほど古くない時代、全能の神が、それ以外の方法では説明のできない事柄すべてに対し責任を負っていた時代と比べると、これは非常に大きな変化である。そして、私たちについて言えば、あらゆる領域における私たち自身の行為について、より大きな責任を引き受けることを強いられる。

#2: 地球規模の情報圏が我々のエコシステムになりつつある -- これまでの10年程の間に、我々のオンライン生活は、人間のデジタル環境への進化的適応そして人間によるデジタル環境のポストモダンの新植民地化の一形態の合わさったものと考えるのに慣れてきた。でもこれは多分間違いである。情報と通信の技術はそれ自ら新たな現実を創造しているのと同じぐらい我々の世界を作り直しているのである。ここ (アナログ、炭素ベース、オフライン) とむこう (デジタル、シリコンベース、オンライン) の間の境は急速にぼやけて来ているが、この事が前者にとっての利点となるのと同程度に後者にとっても利点となっている。Horace の有名な言葉を引用すれば、"捕虜となった仮想空間はその勝利者をも制圧しつつある。"

デジタルは溢れ出しアナログへと流れ込み一体化しつつある。最近のこの現象は様々な言われ方で知られている、"ユビキタスコンピューティング"、"環境知能"、""物のインターネット""、或いは "Web 増強物" など。これはデジタル革命の次の段階なのである、もしくはもうすぐそうなるであろう。

基本的には、物理的な世界の人工物と我々の全社会環境の両方で加速するデジタル化が意味するものは、前デジタル時代の生活とはいったいどんなものであったか理解するのが難しくなる (例えば、2000年に生まれた人にとっては世界はいつもワイヤレスであろう) ということであろうし、そして近い将来、オンラインとオフラインの間の違いも怪しくなってきてついには消えてなくなるであろう。ドラマチックな言い方をすれば、情報圏はその他の空間を徐々に吸収していくのである。では説明しよう。

急速に接近しつつある未来において、より多くのオブジェクトが学び、忠告し、そしてお互いに会話しあえる様になるであろう。よい例は RFID (Radio Frequency IDentification) である。これは一つのオブジェクトからのデータを保存しそして遠隔で回収でき、更にそれに対して固有の身分証明も、バーコードの様な、与えられる。RFID のタグは 0.5mm角よりも小さく、紙よりも薄く出来る。この小さなマイクロチップは何にでも付けられる、人間や動物も含んでである、これで、私が "ITentities" と呼ぶものを作り出したことになる。これは何も SF なんかではない。市場調査会社の InStat によれば、全世界での RFID タグの生産量は 2005年から2010年までの間に 25倍に伸び、3百3十億に達するだろうといわれている。これら 3百3十億の ITentities と数億台の PC、DVD、iPods、やその時までに出回っているその他のデジタル通信機器とネットワークを構成する事を想像してみれば、情報圏はもはや "むこう" ではなく "ここ" である事がわかってもらえると思う。しかもそれは定着するためにここにいる。

今日では、我々は情報という空間をログインしてログアウトするものと理解するようになってきている。我々の世界観というのは未だ近代でありニュートン学説のままである:それは次のようなもので出来ている、"死んだ" 自動車、建物、家具、衣服であり、これらは非双方向で、反応せず、そして会話したり、学習したり、或いは覚えたりする能力を持たない。しかしながら、我々が未だオフラインの世界として経験しているものは、ワイヤレスで、拡散する、分散型の、a2a (anything to anything) の情報プロセスという完全に双方向の反応型の環境に向かっていて、しかもこれは a4a (anywhere for anytime) で実時間で動作する。この双方向のデジタル環境はまず我々が世界を何か "a-live" (artificially live [人工的に生きている]) なもの、つまり我々と色々な方法でお互いに影響しあう能力を持った媒介物で構成されていると理解する方向へとやさしく誘ってくれるであろう (例えば靴である、これはかっては "死んだ" 人工物であったが、今では一足の Nike の靴を履いている時 iPod を通して関係を持つ事ができる)。この様に世界に生命を吹き込むことは、逆説的に言えば、我々の知見を自然の全ての側面を生命を吹き込まれた霊が居るからだと解釈してきた前技術文化時代のそれへと近づけると言える。

二つめのステップは、我々が情報という次元で経験することの再概念化であろう。物理的な世界を情報圏の一部として捉えることは当たり前になるであろう、といってもMatrix の映画で表現された程までは行かないであろうが、そこでは "真の現実" は機械に生存する金属と同じ様に固い確かなものである;しかし劇画 Ghost in the Shell [原題:攻殻機動隊] に出てくる New Port City [新浜市] の様な架空のポスト人工頭脳都市環境に代表される進化的なハイブリッドの感覚なのかも知れない。情報圏というのは、真の実世界によって支えられた仮想環境ではないであろう;むしろ、それは、情報圏の一部として、ますます情報的に解釈されそして理解される様になる世界そのものとなるであろう。この転換の最後では、情報圏は情報の空間を指し示すことから存在と同義語であるところへ移っているであろう。私の感じでは、我々はこの種の情報形而上学はますます受け入れやすいものとして受け止めるようになるであろう。

懐疑派のための、この様な革新的な変革の具体的な証拠となる日常の例は沢山ある。" ロボット調理器" は既に出ている。MP3 プレーヤーはもうすぐその所有者がどんな曲を好むかを学んで新しい曲をそのユーザーに推薦できるようになるであろう。多くのオンラインサービスでは、Pandora から PandoraからMyStrands に至るまで、既にこれが出来る。あなたの次の新しい冷蔵庫は、あなたの新しいラップトップが古いものから自分の好みの設定をインポート出来る様に、その古いものからあなたの好みの味や欲しいものもまで相続することになるであろうし、その上、あなたの新しい調理の仕方とも、スーパーの Web サイトととも相互に交流する様になるであろう、それもあなたのラップトップがプリンタや他のコンピュータと話が出来るように。我々はこの様なことが可能であることは紙の上ではかなり前から知っていた;違いは、この様な事が今では我々の台所で実際に起こりつつあることである。

この様な我々の日常環境の再形成の結果として、我々はますます同期化された (時間)、地域性のない (空間)、そして相関性のある (相互関係) 情報圏の中に住むようになるであろう。我々は今将来の世代の人が住むであろう新しい環境を構築しているのだという事実を真剣に捉えていないのであれば、我々は重大な困難に直面することになるであろう。コモンズの悲劇の様な問題を避けたいと願うのであれば、我々は情報圏の生態についても気を配らねばならない。別の言い方をすれば、我々は我々の子孫に一連の惑星環境問題を残しているだけでなく、感染し汚染する問題を情報圏にも残しつつあるのである。

不幸なことだが、情報圏が一つの共有空間である事、そしてそれは皆の幸せのために維持されねばならないことを認識するためには、ある程度の時間と全く新しい形の教育と感受性が必要であると思わざるを得ない。議論の余地のない事が一つだけありそうである:デジタルデバイドが亀裂となり、新しい形の差別を作り出そうとしている、情報圏の住人となれる人となれない人の間で、インサイダーとアウトサイダーの間で、情報を十分享受している人と情報が得られない人との間で。これによって全世界の社会の地図は引きなおされるであろう、世代間の、地理上の、社会経済的な、そして文化的なデバイドを形成したり或いは拡げたりしながら。しかしながらこのギャップは先進工業国と発展途上国の間の距離にまで縮小できるようなものではない、というのもこれは全社会を横断するものだからである。

#3: インフォーグの進化 -- ここまでで、私たちがおそらくオフラインとオンラインの明確な違いを体験できる最後の世代となるだろうことを見てきた。次に私が取り上げたい第三の変容は、人工的ならびに混成的(すなわち人工的なものと人間的なものの混じった)主体の出現に、まさに関連していることだ。例えば、一つの家族は一個の主体と考えられる。そこにはデジタルカメラや、ラップトップ、Palm OS ハンドヘルド、iPod、携帯電話、カムコーダ、ワイヤレスネットワーク、デジタルテレビ、DVD、CD プレイヤー、その他数々のものが備えられている。

これらの新しい主体は、ほんの数年前に可能だったものとは比べ物にならないほどの自由度とコントロールとをもって、既にこの情報圏の中で働くことができるようになっている。私たちは今後ますます、自分たちの記憶、決断、日常の仕事、あるいはその他の活動に関して、人工的な主体に頼り、あるいは代理をさせることが多くなってゆくだろう。そこにおいては、それらがますます私たちとの統合を深め、主体とは何かということへの私たちの理解そのものともより深く関わってゆくことになるだろう。このこと自体は一般によく知られていることだろうが、私たちはここでそれ以外に二つの、この変容に関する異なった様相について、明確化の作業をしておくべきものと思う。

一方で、この再形成を受けた情報圏、漸次的に人工的ならびに混成的な主体によって満たされつつあり、プロセスを処理する者と処理される者の区別、オンラインとオフラインの区別も次第に無くなりつつある場においては、すべての相互作用が等しくデジタルなものに転化する。デジタルと化した作用はすべて「読み込み/書き出し」の操作によって解釈することが可能となり、それ以外の処理の形態としては「実行」しか残らない。そのような環境においては、倫理的な立場とか、人工的主体に関する責任の所在とかが従来にもまして困難な問題となることは想像に難くない。

他方、私たちが自分自身を主体として理解する様も、やはり深く影響を受けることになる。私はここで決してSF映画に出てくるような「サイボーグ」人間の話をしているのではない。例えば耳の中に Bluetooth のワイヤレスヘッドセットを埋め込んで歩き回るなどとということは、決してベストな方向とは思えない。それが本来発している社会的メッセージと矛盾する要素がそこに含まれているということが大きいからだ。週 7 日、毎日 24 時間、常に呼び出される状態にあるというのは一種の隷属だ。それほどまでに忙しい重要人物ならば、むしろ個人的アシスタントを雇うべきではないか。真実は何かといえば、人々は自分がある種サイボーグに類したものになるという考えは受け入れようとしないだろうということだ。人々はむしろそういうものを避けたがるものだろう。避け得ない状況になった場合を除けばの話だが。私はまた、遺伝子操作を受けた人間、人間がその情報 DNA に操作を受け、その結果いかに将来の変化がもたらされるかという話をしているのでもない。将来的には人間に対する遺伝子操作もきっと現実のものとなるのだろうが、現時点ではそれはまだ遥か未来のことだ。技術的(安全に実行できるか)にも、倫理的(道徳的に受け入れられるか)にも、今の段階ではまだ議論に堪えるものですらない。

私が念頭に置いているのは、もっと静かに進行する、もっと目立たない、それでいて主体であるというのが何を意味するのかについての私たちの考え方に、決定的かつ根本的な変化をもたらすようなもののことだ。私たちは皆、「連結された情報有機体」となりつつある。別の言葉で言えば、これこそ私が「インフォーグ」と呼ぶものだ。この変化は決して私たちの体に何か奇抜な変容が施されることによって起こるのではない。むしろそれよりもっと重大かつ現実的な、私たちを取り巻く環境の、そして私たち自身の、抜本的再形成によって起こるのだ。

情報圏を鋳型に入れ直すことによって、デジタル情報通信技術は人間主体そのものの持つ本質的に情報的なる性格に光を当ててきた。これは必ずしも、人々がデジタルな分身、つまり“@”や、ブログや、http などで表現されたハイド氏のようなものを持ったことを言っているのではない。そんな言わずもがなのことばかりを並べても、それはただデジタル ICT が単にテクノロジーの質的向上に過ぎないものであるという誤解を増長させるだけのことだ。主体そのものの持つ情報的なる性格は、またいわゆる“data shadow”とも混同してはならない。(“data shadow”(情報の影) とは 1968 年に A. F. Westin によって造り出された言葉で、一人のユーザーのオンライン行動によって蓄積されたデータからその人のデジタルな人物像が生み出されてしまうことを意味している。)そうではなくて、情報圏の再形成によって引き起こされたもっと抜本的な変化というのは、人間主体というものが、それ以外の情報有機体や主体たちとともに、互いに結び付けられた、統合的な情報有機体を成したものとして理解されるようになるだろうということなのだ。

例えば、増強装置と増補装置の違いを考えてみるとよい。増強装置に付いているスイッチやダイヤルは、きっとその装置をユーザーの体に人間工学的に接続させるためのインターフェイスになっていることだろう。例えば Bluetooth のヘッドセットとかSF小説のサイボーグなどを思い浮かべてみよう。それとは対照的に、増補装置のデータやコントロールパネルなどは、ただただ現存の異なった世界どうしを結び付けるためのインターフェイスに過ぎないだろう。片やここには人間としてのユーザーの外部世界があり、その一方であちらには活動的な、水たっぷりの、石鹸もたっぷり、熱く、暗い食器洗い機の世界がある。同じように水たっぷりの、石鹸もたっぷり、熱く、暗い、でもやっぱりグルグル回る洗濯機もあるし、あるいはじっと静かな、血の通わない、石鹸とは無縁の、冷たくて、時には灯りに照らされることもある冷蔵庫の世界もある。これらのロボットたちが成功した理由は、それらが自分の能力に合わせて、それに合うようにその環境を「包み込んだ」からであって、決してその逆ではない。誰かが C-3PO みたいなドロイドを作って、人間がするのと全く同じやり方で流し台で皿洗いをするようにさせたいと試みているところを想像してみたまえ。そんなことは全く意味を成さないだろう。

さて、ここで問題をはっきりさせておこう。デジタル情報通信技術は、決して今説明したような意味で何かを増設したり能力を加えたりしているのではない。そうではなくて、その技術を手にすることによってユーザーが新たな門を(おそらくは友好的な門を)くぐることができるようになるような、そのような環境を作り出しているのだ。これは、ある意味新たな一歩を踏み出すことになる。例えば、マウスというものの歴史を考えてみれば、私たちのテクノロジーが私たちに適応してきたのと同時に、ユーザーとしての私たちを教育してきたという面もあることがわかる。Douglas Engelbart が以前私に語ってくれたところによると、彼はマウスを机の下に置いて、足で操作するようにし、それでユーザーの手が自由になるようにできないかと実験してみたことさえあったそうだ。このように人間対コンピュータの相互作用 (Human-Computer Interaction, HCI) というのは対称性のある関係だ。私たちは学ぶ一方で、私たち自身の行動を自分たちのテクノロジーに適合するよう調整していくこともある。

両者の違いの話に戻ると、食器洗い機のインターフェイスではそのパネルを通じてマシンがユーザーの世界に入ってくるのに対して、デジタルのインターフェイスは一つの門であってそこを通ってユーザーが情報圏の中に(遠隔)存在を果たすことができるようになる。遠隔手術 (telesurgery) の例を考えてみれば明らかだろう。この違いは単純ながら根本的な違いであって、「サイバースペース」「仮想現実」「オンラインに居る」「ウェブをサーフィン」「ワイヤレスゲートウェイ」等々、多くの空間的隠喩において基盤を成すものだ。その結果として、私たちは自分たちが見たり触ったりできる物理的な世界から情報圏そのものへと人類が移住する(後者の世界が前者の世界を呑み込みつつあることが理由と言わざるを得ないだろう)という画期的かつ先例のない事件の目撃者となっている。そこから従う必然として、人類はインフォーグとなり、他の(人工的なものも含む)インフォーグや各種の主体たちと共存しながら、デジタルな被造物たちに対しより友好的なる環境の中で生き続けていくのだ。私たち世代のデジタル移民たちが、私たちの子供たちのように生まれながらにデジタルな世代に入れ替わってゆくに従い、彼ら新しい世代は情報圏と物理的世界の間に事実上違いがなく、それらが単に抽象化の異なったレベルに過ぎないのだということを嬉しく思うようになるだろう。そして、この移住が完了したあかつきには、私たち人類は情報圏への接続が切れる度ごとに、何かが奪われ、排斥され、足枷をかけられ、あるいは貧困に陥らされた気持ちにますます襲われるようになって、無気力に陥ったり、あるいは心理的な傷を負うまでに至ったりするかもしれない。水の中から釣り上げられた魚のように。

いつの日か、インフォーグであることがあまりにも当たり前のこととなって、いつもの情報の流れに少しでも破綻が生ずる度に私たちは気分が悪くなってしまうような、そんな時代が来るだろう。文字通り病気になる人も出てくるかもしれない。わかりやすい具体例としては、 身に付けるコンピュータがあるし、また現在既に稼働中の BAN (Body Area Network) システムもある。BAN とは「患者の生命情報を常時モニタしログするための基本テクノロジーで、慢性疾患、例えば糖尿病や喘息などで苦しむ患者たちの健康状況を監督するために使う」というものだ。これら二つの事象はどちらも(サイボーグの視点ではなく)インフォーグという視点から見ることによって正しく理解することができる。

私たちはもうそこまで到達したか? -- 情報圏というものが私たち人間インフォーグの生きてゆく本当の、そして唯一の環境として出現しつつあるということの兆候となる、何らかの証拠を経験的に見つけるにはどうすればよいかの目安を、ここに書いておくのも悪くないだろう。これまで私が予言してきたことが、実際に起こりつつあるかどうかを、どうやって確かめればよいのだろうか? 締めくくりとして、次の五つの提案をしておこう。

  1. 十分なバッテリ寿命: 私たちが直面することになる重要な問題の一つは、情報圏への常時接続を確保するために十分なエネルギーが利用可能かどうかということに関係している。これは単に仕事時間中ずっとというのではなく、私たちが目覚めている間ずっと(ひょっとしたら眠っている間さえも)必要なことだ。これこそ、Intel の言う「バッテリ寿命への挑戦」だ。今日では、私たちは自分たちが自由に活動できるかどうかがバッテリが自分たちに供給できるエネルギーの限界という制限に左右されているという事実を知っている。情報圏、従ってインフォーグとしての生活は、私たちが情報圏に参加できるために使っているラップトップや携帯電話、iPod、その他の機器に関し、それらの電源が切れてしまう心配が少なければ少ないほど、より現実に近づくこととなるだろう。

  2. 何でも Google: あなたのまわりにも ITentities がやって来たと実感できるのは、あなたが検索エンジンを使って何かを見つけるために、あなたの家でも(「眼鏡はどこへ行った?」)仕事場でも(「ホッチキスはどこだ?」)いつでも図書館で電子カタログを使って本を探す時と全く同様にできるようになった時だろう。

  3. PC の申し子たち: 新しい世代のデジタルへの移住の確かな兆候が知りたければ、ソフトウェアゲーム業界の進化の度合を見ることで、いくらか証拠が得られるだろう。例えば、アメリカ合衆国においては、こうしたゲームをプレイする人たちの平均年令は増加しつつある。コンピュータ革命後に生まれた子供たち [私たちの世代だ! -Adam] が、三十代後半に達しようとしているからだ。彼らの世代が一線を退く頃までには、つまりこれから三十年後か四十年後かには、彼らは皆フルタイムで情報圏の住人となっていることだろう。

  4. 自分がインフォーグかどうかどうやってわかる?: もしも眠っている時間よりも長い間接続中でいるのなら、あなたはインフォーグだ。例えば、平均的な英国人は現在既にテレビを見るより長い時間をオンラインで費やしている

  5. 仮想資産?: この新しい形而体系が到来しているかどうかを確かめる一つの方法は、仮想資産による経済学が本格的に出現しているかどうかを見ることだ。そのためには、二つの段階が必要となる:

この文章を書いている時点で、非常に大勢の人たちを対象にしたマルチプレイヤーのオンラインロールプレイングゲーム、例えば World of Warcraft のようなものに関するエンドユーザー使用許諾契約 (End User License Agreement, EULA) では、未だ仮想資産の売買を認めていない。これは、例えて言えば Microsoft Word の EULA がユーザーたちにそのソフトウェアを手段として作られたデジタル書類の所有権を認めないでいるようなものだ。この現状は、今後ますます多くの人たちが何百ドルもの資金を注ぎ込み、さらには何千時間も費やして自分たちのアバターを築き上げてゆくようになるに従い、間違いなく変わってゆくことだろう。実際、禁止されているにもかかわらず、何千もの仮想資産が eBay で売り買いされているのが現実だ。2006 年 3 月 14 日の時点で手早く調べたところでは“World of Warcraft WTB rank14 or epic geared druid”のオークション開始価格は $1,500 で、これはその情報断片にアクセスするために使われる平均的なコンピュータの価格よりも高い。Sony はもっと積極的で、既に“"Station Exchange,"”なるものを提供している。これは公式なオークションサービスで、「SOE の使用許諾契約、規則、およびガイドラインに基づいて、ゲームのコインやアイテム、キャラクタなどを使う権利を売り買い(ドルによる売買)するためのセキュアな方法を提供するもの」だという。元 Xerox PARC の所長であった John Seely Brown は、地下市場での仮想資産の売買で動く金の総額が、ツバルとかリヒテンシュタインのような小国どころか、何とロシアの国民総生産(2002 年で 3150 億ドル)をも超える額に達することが予想されると述べたことがある。闇市場の売り上げを正確に調査することなど不可能なので、彼が受けを狙って誇張しているのかどうかはさておき、たとえ何千億ドルというのが誇張だとしても、やはり少なくとも何百億ドル単位でのお金が仮想資産のために人の手から手へと渡っているのは現実だと思わねばなるまい。

ここでも、懐疑派の読者のために、証拠となるべき確かな数字を比較しつつ挙げておくのがよいだろう。近年、The Economist 誌 (16-Feb-06) によれば、ソフトウェアの買収を経常業務支出として計上せずに投資資金として、つまり長期に亘る生産のために繰り返し使われる資本投入として計上するというアメリカ合衆国のやり方に倣う国が増えてきたという。それは、ソフトウェアのために投資することが国内総生産 (GDP) にも常時寄与するようになるということを意味してきた。こうして、何となく実体の無いものではあるにせよ、ソフトウェアも(デジタルな)商品として認識されることになる。ここまで来れば、仮想資産といえども重大な意味を持つ投資と見なされることにもそれほど困難はないはずだ。もっと具体的な証拠をと言うのならば、中国におけるいわゆる「仮想搾取工場 (virtual sweatshops)」の現象が非常に示唆に富むものとなっているだろう。密室状態のぎっしり人が詰まった部屋で、労働者たちが一心にオンラインゲームをプレイしている。例えば World of Warcraft とか Lineage のようなゲームだ。彼らは、他のプレイヤーたちに販売する目的で、毎日十二時間、キャラクタや装備やゲーム内通貨などの仮想商品を作り出し続けている。(警告: このYouTube ビデオはかなり酷い内容を含んでいる)

いったん仮想資産の所有権が法律的に確立してしまえば、次に来る第二の段階は、所有権をめぐる訴訟の出現(これは既に現実に起こっている。2006 年の 5 月にペンシルベニア州のある弁護士が Second Life の出版者に対して訴訟を起こし、何万ドルにも相当する彼の仮想所有地やその他の財産を不当に没収したと訴えたことがある。)と、これらの仮想資産へのリスクに対する備えを提供するための保険の出現だ。それは必ずしもビジネス的革命というわけではないが、例えて言えば現在あなたが近所のスーパーマーケットでペットのために保険の契約ができるようになっているのと同等に考えられるだろう。ここでも、World of Warcraft が絶好の実例を提供してくれる。六百万人のプレイヤー(これは 2006 年 3 月 1 日時点での数字で、例えばノルウェーの総人口よりも多い)が延べ何十億時間も費やして、自分たちのアバターを構築し、富ませ、磨き上げてゆくことになるのだから、それに保険を掛けるためにほんの数ドルずつ払うくらいは喜んでするだろう。きっと近い将来、それが普通のことになるに違いない。

結論 -- 11 年前、私は UNESCO の論文を次の文章で締めくくった:「今日、私たちは組織化された知識の本体に新たな電子的生命を与えようとしている。そして、それに伴って私たちは新しい千年紀のためのデジタルな伝統を構築しつつある。この困難な目標に私たちがいかに取り組めたかに応じて、後世の人々は私たちのことを新しきピュグマリオーンと見ることも、あるいは古きフランケンシュタインと見ることもあり得るだろう」と。大枠においてこのことは現在にもまだ同じく当てはまるようだが、ただ、おそらく二点の例外だけは指摘しておかねばなるまい。

一方から言えば、今やこの言明は情報圏全体にまで拡張することができる。つまり、私たちの情報エコシステムにおける生命と本性そのものが完全に私たちの手に依存しているのであって、それらは私たちの創造的なる心遣いと配慮のすべてを必要としているのだ。そして、もう一方から言えば、インフォーグとしての私たちがどのようなものとなるのか、そしてそのような私たちが情報圏の中でいかにふるまうのかということこそが、統合的な環境を造り出す能力を与えられた唯一の生物種としての私たちにとっては成功の鍵となるのであって、また同時に私たち自身がその環境に適合してゆかねばならないのだ。

Marcus Aurelius の書いた文章の中に、「すべて存在するものは、そのものの種が将来存在する様式に従ってのみ存在し得る」というのがある。私も同感だ。けれども私はそれに一言付け加えたい。まさにそのことこそ、今日のテクノロジーに踏み入ることのできる情報の哲学というものが、私たちがより良い明日を形作るための最良の手段に他ならないことの理由なのだと。

謝辞 -- この論文の執筆を勧めてくれた Adam C. Engst に感謝したい。また、研究会の会場で Ghost in the Shell やいろいろのオンラインゲームをめぐっていくつかのアイデアについて議論を共にした Gian Maria Greco、Ken Herold、Gianluca Paronitti、Sebastian Sequoiah-Grayson、Miguel Sicart と Matteo Turilli にも感謝したい。Paul Oldfield は親切にも最終原稿のチェックをしてくれた。

[Luciano Floridiは Dipartimento di Scienze Filosofiche, Universita degli Studi di Bari に勤務しており、Faculty of Philosophy および IEG, Computing Laboratory, University of Oxford のメンバーでもある。当論文のより長く編集し直されたバージョンも現在出版作業中で“The Information Society”の 23(1) 巻"に掲載予定だ。]


Take Control ニュース/25-Sep-06

  文: Adam C. Engst <ace@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

Take Control で感謝祭のディナーを -- カナダ在住の友人の皆さんにお知らせを。この 10 月 9 日に感謝祭 (Thanksgiving) のディナーをしたいと考えておられるなら、新刊ホヤホヤの電子ブック“"Take Control of Thanksgiving Dinner”をぜひご一読あれ。 複雑な作業を易しいステップに切り分ける名人たる Joe Kissell が、その技を見事に披露してみせた実験の結果がこの本だ。Joe はこれまでに、何千何万という人々の手引きをして Mac OS X へのアップグレードや、バックアップの設定、Mac のメンテナンスなどに実績を積んできたが、そういったものはどれも作業の複雑さの点では感謝祭のディナーの準備の大変さの足元にも及ばない。この電子ブックを作るために、私たちは皆うち揃って膨大な労力を注ぎ込み、大勢の人たちが集まる食事を準備して料理を仕上げるまでの作業の助けとなるようにした。19 ページある“Print Me”ファイルも付属していて、買物リスト、台所の壁に貼るレシピ、すべてを能率良く進めるためのカスタマイズ可能なスケジュール表、などが印刷できるようになっている。この電子ブックは、感謝祭への“Getting Things Done”アプローチと考えて下さってもよいし、また私たちが一生のうちに用意する食事のうちで最高に準備が複雑なものを扱ったオタク向けガイドブックと思って下さってもよい。(アメリカ合衆国在住の皆さんは、まだ感謝祭までしばらく日にちの余裕があるだろう。それ以外の国に在住の皆さんにとっては、感謝祭のディナーは世界グルメ探訪といった趣きなのかもしれない。)


TidBITS Talk/25-Sep-06 のホットな話題

  文: TidBITS Staff <editors@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

coconutWiFi が近隣のネットワークとその状態を教えてくれる -- メニューバーに表示されるこの便利なツールで近隣のワイヤレスネットワークの様子は分かるが、そのせいであなたの接続速度が遅くなるということはないのだろうか? (1 メッセージ)

PowerPoint でクロスプラットフォーム -- 元々 Mac で作られた PowerPoint プレゼンテーションが、Windows ラップトップ機で走らせると途中で引っ掛かってしまう。原因を調べてみると、PowerPoint が画像ファイルフォーマットを変換する方法に関係していることが分かった。(3 メッセージ)

Image Capture の問題点 -- Apple オリジナルのこのデジタル画像取り込みユーティリティが Mac OS X 10.4 で起こすトラブルについてある読者が報告する。(2 メッセージ)

Adobe Creative Suite 2.3 -- Creative Suite 2.3 に Dreamweaver を含めるという Adobe の発表を受けて、現代的なウェブデザインアプリケーションは何ができるべきなのかという議論が起こる。 (8 メッセージ)

HD program eraser for Mac? -- あなたのハードドライブからのファイルの恒久的な消去を保証できる最良の方法は何だろうか?(8メッセージ)



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Valid XHTML 1.0! , Let iCab smile , Another HTML-lint gateway 日本語版最終更新:2006年 10月 13日 金曜日, S. HOSOKAWA