TidBITS: Apple News for the Rest of Us  TidBITS#875/16-Apr-07

今週のビッグニュースは、Mac OS X 10.5 Leopard のデビューが 2007 年の 10 月まで延期されたことだ。Apple が iPhone に集中できるようにするためだという。このニュースの詳細と、有名どころの Mac ユーザーたちの反応をお伝えする。また、Apple は Final Cut Studio 2 のお披露目でも注目を集めた。これには Final Cut Pro 6、Motion 3、Soundtrack Pro 2、Compressor 3、それにビデオのプロ用の新しいアプリケーション、Color が含まれている。これに後れをとるまいとしたのだろうか、Adobe は Creative Suite 3 が出荷されたことを発表し、また Premiere Pro と After Effects のベータ版も出してきた。その他の記事では、AirPort Extreme N Firmware 7.1 Update と Nisus Writer Pro の公開ベータ版が出たことをお知らせし、未来テクノロジーによるバッテリ、ディスプレイ、それとネットワーキングの可能性を考察する。最後にもう一つ、もう車を運転してもいいよね? 今日、TidBITS は 17 歳の誕生日を迎える!

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Leopard、2007 年 10 月に後送り

  文: Jeff Carlson <[email protected]>
  訳: 羽鳥公士郎 <hatori@ousaan.com>

Leopard は、もう数か月間、檻の中だ。Apple は、先週リリースされた声明で、Mac OS X 10.5 Leopard は 2007 年 10 月のある時点にならなければリリースされないと発表した。遅れる理由は、同社が iPhone を 6 月の発売に間に合わせることに集中するためだとされている。声明によると、そのためには「Mac OS X チームから、主要なソフトウェア技術者や品質保証のリソースの一部を借りる」必要がある。伝えられるところでは、iPhone は予定通り進んでいて、私のように携帯電話に一喜一憂するわけではない人たちにしてみれば、Leopard に利子をつけてお返しをしてくれることを望みたい。

この声明によれば、Apple は Leopard を 6 月の WWDC(Worldwide Developer Conference)でリリースする予定だった。それが、「ほぼ完成版」が同会議で示されることとなり、参加者にはリリース前の最後のテスト用に配布される。これまでに発表されていない機能が WWDC に間に合って Leopard に含まれるかどうかは、まだ分からない。私たちが "WWDC 2006 にて Mac OS X 10.5 Leopard プレビュー"(2006-08-07)に書いたように、「Jobs は Leopard に盛り込まれた十個の新しい、あるいは改善された機能を挙げてそれぞれの概観を語った後で、それ以外の『トップ・シークレット』の機能については・・・発表を控えておく、と遠慮がちに付け加えた。」明らかに、リリースを遅らせたことで、Apple としては、すでに発表されたものを含めた新しい機能を実装してテストするための時間が増えたことになる。

このニュースに対する反応については、"Leopard 出荷日事件: 解決編"(2007-04-16)と、TidBITS Talk の思慮に富んだコメントをご覧いただきたい。


Apple、Final Cut Studio 2 と Final Cut Server を発表

  文: Jeff Carlson <[email protected]>
  訳: 羽鳥公士郎 <hatori@ousaan.com>

今週、NAB(National Association of Broadcasters)カンファレンスの皮切りとして、Apple は同社のプロフェッショナル向けビデオアプリケーション群に新たな息吹を吹き込んだ。それらは Final Cut Studio 2 というバンドルにまとめられる。このスタジオに含まれるのは、Final Cut Pro 6、Motion 3、Soundtrack Pro 2、Compressor 3 だ。DVD Studio Pro 4 も含まれるが、これはアップデートされていない(おそらく、Blu-Ray 対 HD-DVD の高品位 DVDフォーマット戦争が激しく続いているからだろう)。それに加えて、Apple は新しいアプリケーション Color を含めた。これを使えば、プロフェッショナル仕様のカラーグレーディングと色調整が可能となる。

このスタジオは 2007 年 5 月に 1,300 ドルで発売される。Final Cut Studioのユーザは 500 ドルでアップグレードでき、Final Cut Pro か Production Suite のいずれかのバージョンを持っているなら 700 ドルで最新セットを入手できる。これらのアプリケーションはスタジオの一部としてのみ購入でき、ばら売りはされない。

それとは別に、Apple は Final Cut Server を登場させた。この新しいアプリケーションは、大規模なプロジェクトで通常必要となる大量のビデオやオーディオのアセットを管理し、その素材をチームのメンバー間で共有するために設計されている。Final Cut Server の価格は、10 クライアントライセンスが1,000 ドルで、無制限ライセンスが 2,000 ドルだ。これは高価なように見えるが、ほかのビデオプロダクションのコストに比べればかなり安価だということで NAB の群衆から喝采を浴びたと伝えられている。このソフトウェアは、今年の第3四半期のどこかの時点(北アメリカでは「夏」)に発売される。

Final Cut Pro 6 -- Final Cut Pro は、前回のメジャーアップデートでHDV ビデオとマルチカメラ編集をネイティブにサポートしたが、それは2年前のことで、編集者たちは、Apple が次に何をしてくれるのかと心待ちにしていた。(バージョン 5 と 6 とのあいだに2年もの隔たりができたのは、Final Cut Pro を Intel ベース Mac 用に再構成していたためだ。)今回の改訂は、前回と異なり、Final Cut Pro を、あらゆる仕事がこなせるほど高機能にすることをねらいとしているように見える。Final Cut Pro 6 に新しく導入されたオープンフォーマット Timeline は、フォーマットやフレームレートの異なる複数のビデオを扱うことができる。だから、たとえば 1080i HD と 720p HDV、25 fps(フレーム/秒)の SD PAL、30 fps の SD NTSC、24 fps の SD NTSC のそれぞれの映像を1つのプロジェクトに組み合わせることが簡単にできる。気の利いた機能として、クリップを新規プロジェクトの Timeline にドラッグすると、それがデフォルトのフォーマットに設定されるので、あらかじめ設定を決めておく必要がない。

Final Cut Pro 6 では Apple ProRes 422 も導入された。この新しいフォーマットは、小さいファイルサイズで高品質のビデオを実現する。Apple は、同社の発表の中で、1 TB の圧縮されていない HD ビデオを 170 GB の ProRes 422 ビデオに変換しても細部の目立った欠損がないことを示してみせた。このフォーマットを使えば、Apple Xsan ストレージネットワークを使ったり、ラップトップでビデオの作業をしたり、ネイティブでないカメラフォーマットを扱ったりするときに、データの転送速度を向上することができる。

ほかの新機能としては、ぶれた映像をなめらかにする SmoothCam 機能や、現在 Motion で使われているプラグイン技術 FxPlug のフィルタやトランジションのサポートなどがある。

ほとんどの編集者に影響するような全体的な変更点のうち、もっとも大きいものは、Final Cut Pro とスイートのほかのアプリケーションとの統合だ。たとえば、Final Cut Pro から Motion にクリップを送ることもできるし、Motion 3 で作成したエフェクトを Final Cut Pro でライブ編集できる。これにはドロップゾーンとテキストフィールドも含まれ、変更は双方のアプリケーションで有効となる。

Color -- Color は、Apple が Silicon Color の Final Touch を買収した結果生まれたものだ。これはビデオのカラーグレーディングを調整するためのプロフェッショナル向けツールだ。編集者は、Color を使って、複数の撮影にわたって色の一貫性を維持したり、プロジェクト全体にわたるカスタム効果を作成したりできる。Apple は、Color によって可能となる種類のカラーグレーディングの例として、Coen 兄弟の映画 "O Brother, Where Art Thou" の、田舎風で色あせたカラーパレットを挙げている。(あるウェブインタビューでJoel Coen と Ethan Coen が語っているところでは、この映画ははじめ DI(デジタル中間ファイル)に変換され、それからコンピュータでカラーグレーディングをしている。もちろん、Color を使ったわけではない。)

Motion 3 -- Apple は同社の モーショングラフィックアプリケーションに深みを加えた。つまり、三次元効果を生みだすツールを加えたのだ。Motion 3の 3D マルチプレーン環境によって、デザイナーはカメラをどこにでも置くことができ、光などのオブジェクトやモーションパス、パーティクルやそのほかの要素を自由に操作できるようになる。ほかに新しい機能として、ポイントトラッキングとマッチムーブがあり、ビデオクリップの中でオブジェクトがあるアイテムを追いかけるようにすることができる。Motion 3 ウェブページにある例の1つでは、自動車のダッシュボードに内蔵された GPS 画面にコンピュータスクリーンが現れているのをシミュレートしている。

もう1つ新しいペイントツールを使うと、ユーザはベクターラインを(たとえば感圧タブレットで)描いて、それにさまざまなブラシストロークやパーティクルアニメーションを加えてレンダリングできる。オーディオビヘイビアでは音の周波数に基づいてエフェクトを適用できるので、たとえばサウンドトラックが特定の音量やピッチに達したときに視覚的歪曲効果を開始することができる。

Soundtrack Pro 2 -- Soundtrack Pro 2 はインターフェースが一新され、Timeline が Waveform Editor と統合されたので、Final Cut Pro での作業に慣れた編集者にはより親しみやすくなる。また、5.1 サラウンドサウンド(Final Cut Pro 6 では忠実に再生できる)を操作するためのコントロールが加わった。そのほかの改良点としては、異なった撮影(ダイアログ・ルーピング・セッションによるものなど)を組み合わせるための Take Manager や、サウンド効果などのオーディオの位置決めを簡単にするマルチポイントビデオHUD などがある。

容易に予想できるように、Final Cut Studio 2 は、特にグラフィックカードの点で、パワーを要求するスイートだ。システム条件をチェックして、最小構成と推奨構成を確認してほしい。


AirPort Extreme N ファームウェア 7.1 アップデート

  文: Glenn Fleishman <[email protected]>
  訳: 羽鳥公士郎 <hatori@ousaan.com>

私たちが "Take Control of Your 802.11n AirPort Extreme Network" を出版したすぐその数日後、Apple は、802.11n 対応 AirPort(日本では AirMac)Extreme ベースステーション(ここでは Extreme N と呼ぶことにする)の2つのセキュリティ上の問題に関する、きわめてマイナーなファームウェアアップグレードをリリースした。

セキュリティ修正 -- この 7.1 ファームウェアリリースは、Extreme N に組み込まれている(ついでに言えば、Mac OS X にも組み込まれている)次世代 Internet Protocol 技術に関する穴をふさぐものだ。IPv6 として知られるこの技術は、最終的には、現行の見慣れた「ドット区切りの4つ組」IPv4 アドレスシステムに置き換わるべきものだ。IPv6 のアドレス空間は 128 ビットなので、IPv4 に割り当てられた 32 ビットに比べると桁違いに大きい。さらに、ルータをまたいだ自動アドレスフォワーディングといった新技術が組み合わさるので、本当のモバイル IP が実現する。つまり、あなたの家のネットワークに静的 IP アドレスを割り当てて管理することによって、あなたがどこにいようと、ラップトップからその IP アドレスを使うことができるようになる。

しかし、現在 IPv6 を使っているのは、一部の企業や大学、基幹ネットワークだけだ。そこで研究者らは、IPv4 ネットワークから IPv6 エンドポイントに接続できるよう、IPv6 トンネルを築いた。Extreme N は、もともとこの機能に対応している。実際、対応しすぎていた。Extreme N の出荷時設定でトンネリングが有効になっていたのだ。Ars Technica が文書で示したように、これを利用すると、当該ベースステーションを含むローカル・ネットワーク・セグメント内のコンピュータに対し、ユーザがまったく気付かないうちに、SSH などのサービス経由でリモート接続を許してしまいかねない。(これが現実のものとなるには多くの要因が必要となるが、ともかくこれを可能にしているのはトンネリングだ。)

Firmware Update 7.1 は、出荷時のデフォルト設定を、IPv6 着信接続をブロックするように変更する。しかし、このアップグレードは、ユーザがベースステーションをハードリセットして出荷時設定に戻さない限り、既存の設定はまったく変更しない。

Apple は、AirPort Utility を使用して(Advanced 画面 > IPv6 タブ)、Block Incoming IPv6 Connections を有効にすることを推奨している。別の方法としては、IPv6 Mode から Link-Local Only を選択してもよい。こうすると、IPv6 がローカルネットワークに限定されるので、ベースステーションを通して IPv6 のルーティングができるのはローカルネットワーク上の機器だけになる。どちらの方法を選んでも、インターネット上のほかのマシンからの接続を防ぐことができる。お使いの Extreme N 用に作成したすべてのプロファイルについて、この変更をして、Update をクリックしよう。

もう1つの修正点は、共有ディスクの問題を解決することだ。Extreme N を使うと、AFP(一般的には AppleShare として知られる)や Samba(技術的にはSMB/CIFS と呼ばれる)を使用して、USB 経由でベースステーションに接続したディスクのパーティションを共有することができる。今回 Apple が修正した欠陥は、Extreme N で共有したボリュームがアクセス制御の方法としてディスクのパスワードを使っている場合、その中のファイルがパスワードを知らないユーザにも見えてしまうというものだ。

ということは、もしも USB ディスク共有を使っておらず、使う予定もないなら、私や Apple が勧めるように IPv6 の設定を変更するだけで、アップグレードの必要がなくなる。

AirPort Utility を利用したアップデート -- このアップデートは、AirPort Utility 1.0.1 に新しく内蔵されたアップデート機能を実際に使ってみるよい機会だ。この機能自体は、2007 年 3 月 29 日にリリースされたAirPort Base Station Update 2007-001 の一部だ。これは自動アップデート機能で、AirPort Utility を起動するか、AirPort Utility > Check for Updates を選択すると、このプログラムが、Apple のサイトに新しいソフトウェアがないかどうか調べてくれる。

もしアップデートがあったら、"New base station firmware is available"というダイアログが表示される。Show Details をクリックすれば詳しい情報を見ることができ、Cancel をクリックして終了することもできる(後でアップデートできる)し、Download をクリックしてもよい。Download をクリックすると、必要なファイルがインターネット経由でダウンロードされ始め、プログレスバーによってファイルの取得中であることが示される。Firmware Update 7.1 の場合、取得するファイルはこれ1つだけだ。取得が終わったら、Update をクリックしてソフトウェアをインストールする。ダイアログは、どのベースステーションにファームウェアをインストールしているかを示す表示に変わる。このソフトウェアは、新しいファームウェアを必要とするベースステーションのすべてに対して、連続してインストールされるようだ。

最後に、新しいファームウェアを受け取ったベースステーションが再起動する。ベーステーションがファームウェアを書き換え可能な不揮発メモリに焼きこんでいるあいだ、前面の LED がオレンジ色で点灯する。私の場合は2、3分かかった。そうすると、Extreme N が平常通りに動き出す。

もしも何か問題が起こって、7.0 ファームウェアに戻すには、Extreme N に付属していた CD から、もともとの AirPort Utility ソフトウェアを再インストールする必要があるだろう。Apple にはファームウェアダウンロードのページがあるが、7.0 と 7.1 のどちらのリリースもまだこのページに加えられていない。さらに古いファームウェアリリースのインストール方法については、"Take Control of Your 802.11n AirPort Extreme Network" の Appendix Cの中の "Revert to Older Firmware" で解説している。


Adobe、Creative Suite 3 出荷、ビデオ関係ベータ版提供

  文: Glenn Fleishman <[email protected]>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

Adobe がその旗艦ソフトウェアバンドル、つまりデザイン、インターネット、インタラクティビティ、ビデオ、ページレイアウトのソフトウェアを集めて販売する Creative Suite 3 (CS3) の改訂版を出すと発表したのは、つい最近のことだった(2007-04-02 の記事“Adobe、Creative Suite 3 の計画、価格、発売時期を発表”参照)が、現在その出荷が始まっている。全部で6つあるエディションのうち最初の4つ、Design および Web エディションのそれぞれ Standard と Pro 版について、同社は出荷時期を「4月」と発表していた。残りの2つのエディション、1つは Creative Suite 3 プログラム 13 個すべてのバンドルで、もう1つはビデオ編集と制作に焦点を当てたものだが、これら2つは 2007 年の第3四半期に出荷される。

今回提供されるようになった改訂プログラムのラインアップは、すべて Mac OS X 用の Universal Binary だ。これでやっと Intel のマルチコアプロセッサのパワーが使いこなせるようになった。おそらく偶然ではないと思われるがなかなか良いタイミングで、Apple は先週 8 コア(4 コアプロセッサ 2 基)の Mac Pro デスクトップ機を発表している。(詳しくは 2007-04-09 の記事“Apple から 8 コア Mac Pro 登場”を参照。)

Adobe がビデオをプレビュー -- 今週の National Association of Broadcasters (NAB) カンファレンスに時を合わせ、Adobe は今後出て来るビデオ編集とエフェクトのアプリケーション、Premiere Pro CS3After Effects CS3 Pro のベータ版もリリースした。前者は Adobe 製ビデオ編集アプリケーションが Mac に戻って来るという記念すべきものとなる。2003 年以来、これは Windows 専用であったからだ。

この NAB において、Adobe は Adobe Media Player もお披露目した。ページの印刷やプレビューにおいて Acrobat Portable Document Format (PDF) と Acrobat Reader が確立している地位を、ビデオと Flash、ウェブページの世界でも実現しようとするためのソフトウェアだ。この Adobe Media Player で、デザイナーたちはオフラインのメディアを作り、通常ウェブページに埋め込まれるためにデザインされたフォーマットを使用してそれをあとでプレイバックさせることができる。

Adobe Media Player は、ビデオフィードの購読や、観たビデオに対するレーティングのフィードバック、その他のツールを持っているので、明らかにこれはビデオコンテンツを広く放映(ブロードキャスト)することと、特定の対象に絞って発信(ナローキャスト)することの両方を念頭にデザインされている。特に、コンテンツ製作者が利用できる広告やブランド発信のためのさまざまの機能がこのプレイヤーの中に盛り込まれているのを見ればそのことは明らかだろう。無料版のプレイヤーは 2007 年の後半にベータ版として登場し、年内には正式版がリリースされる予定だ。

Adobe 対 Microsoft -- Wall Street Journal 紙は先週末の記事によって Adobe と Microsoft の競争関係にちょっぴり騒ぎを起こそうとしているようだ。記事の見出しも「Microsoft と Adobe、正面衝突へ」と煽っている。もちろんその実態は、Adobe が既に Flash とそのクリエイティブアプリケーションで戦略的に確保している領域に Microsoft が挑戦しようとしている、と言う方が正しい。そして、Adobe は YouTube やその他の場所において埋め込みビデオのプレイバック用に Flash がさらなる優位を占めるようにすることで Windows Media Player を迎え撃とうとしているのだ。

Wall Street Journal のこの記事は、Microsoft の Silverlight が Flash とよく似た働きをすることになると述べ、これが Mac OS X で、また複数のブラウザで動作するとしている。でも、Windows Media Player が他のアプリケーションとうまくやって行けるようにと苦闘した長年の経験を思い出せばあまり嬉しい気もしない。その上、Microsoft の Expression Studio はとても CS3 の競合相手とは言えないような代物だ。Photoshop に相当するものなどの決定的な駒が欠けているし、それに、スイートのコンポーネントのいくつかがもう長年にわたってずっとベータ版であることを考えれば躊躇せざるを得ない。

Microsoft は以前にも、Adobe の支配的な分野で Adobe をうち負かそうと試みたことがある。オペレーティングシステムとビジネススイートにおけるこの巨人は、書類を作成したアプリケーションを持たずに読めるための独自のリーダーとやり取り可能な書類を作ることで、Adobe の PDF に取って代わろうとした。けれども言うまでもなく、Microsoft がこれを何年にもわたって何度も試みたにもかかわらず、結局この分野での Acrobat のほぼ完全な独占状態は変わることがなかった。

これには三つの理由がある。Adobe が PDF の仕様を公開したことで、サードパーティ(Apple も含む)が互換な独自のライターやリーダーを作れたことが一つ、製版業界からの助けもあって、Adobe が PDF をただ単に作業の一段階のためだけのものでなく、印刷工程に送るための最終的なプリプレスファイルのフォーマットとすることができたことが一つ、それからもう一つは、どんなプログラムが PDF ファイルを作ったかを Adobe は問題にせず、どんなプログラムでもそういうファイルを作ってよい、という態度をとったことだ。

私たちは、これが対等な戦いだとは思わない。Adobe はもう二十年以上にもわたって、グラフィックデザイナーたちの心と記憶を既に勝ち取っている。ただ単に限られた分野で同等に働けるものでなく、よほど卓越したツールでも出してこない限り、Microsoft にはこれっぽっちも勝ち目がないだろう。


Nisus Writer Pro、公開ベータ版でリリース

  文: Adam C. Engst <[email protected]>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

私はかつて classic Mac OS の時代には Nisus Software の Nisus Writer の猛烈な大ファンだった。実際、毎週の TidBITS の制作は、私の書いた一連の Nisus Writer マクロに依存して進められていた。けれどもこのプログラムは一度も Mac OS X へのジャンプを果たすことなく、私たちが去年新しい方式の号制作に移行した時(2006-09-11 の記事“TidBITS のカーテンの裏側で”を参照)に、私にはもはや Nisus Writer を Classic モードで走らせる必要性がなくなってしまった。確かに、Nisus は数年前に Mac OS X 用の Nisus Writer Express をリリースしてはいるが、これはもともとの Nisus Writer の代わりとしては大きく見劣りのするものでしかなかった。そういうわけで、今回彼らが Mac OS X 用の Nisus Writer Pro の公開ベータ版をリリースしたと聞いて、私の心は嬉しさに踊った。Nisus Writer Pro こそ、もともとの Nisus Writer に代わるべきアプリケーションとなるものだから。

Nisus Writer Pro は Express 版を基盤としているが、それと比べて Nisus Writer Pro で新しくなった機能の主なものを挙げれば、スタイルに基づいた目次の生成、索引、書類内部の場所を指定したブックマーク、ブックマーク・脚注・リスト項目の相互参照、属性対応の検索・置換、フローティング画像と周囲テキスト自動配置、カスタマイズ可能な行番号、孤立行のコントロール、拡張された Nisus マクロ言語、脚注や文末注のスタイル付けへの柔軟性向上、それに複数ページに跨がる脚注のサポートなどがある。

Nisus Writer Pro の初めてのリリースに際し、Nisus Software は classic の Nisus Writer にあった機能で多くの人たちに待ち望まれたものを再登場させることに一番の焦点を当てた。つまり、これらの新機能の大部分は、このアプリケーションの核となるワードプロセッシングパワーを高めることを目指している。しかしながら、ここ数年来この会社の人と話した私の経験から推測すると、彼らは Nisus Writer Pro を他のワードプロセッサと一味違うものにするような機能、例えば協同編集機能のようなものを追加することにも積極的な姿勢でいるようだ。また、私は Nisus Writer Pro が一般的に使われるいろいろなマークアップ言語もサポートして、ブログやその他のウェブ出版システムのフロントエンドとして働けるようにもなって欲しいと思う。現代的なワードプロセッサならば、紙の上に言葉を並べられるのと同じく「ウェブに書く」こともできるのはもはや必須だろう。それと同じくらい強力に Nisus Writer Pro が一味違うところを見せられる分野として、本物の PDF を生成できる機能がある。目次、PDF ブックマーク、ホットリンク付き参照などの揃った、本当の意味で高品質の PDF が作れるようになれば素晴らしいと思う。

今のところ価格もリリース予定日も決まっていないが、Nisus Software はこれを「2007 年の春」にリリースすることを目指しているようだ。おそらくこれは「7 月になる前に」という意味だろう。今回の Nisus Writer Pro 公開ベータ版は Mac OS 10.3.9 かそれ以降を要し、右から左へ書くテキストのフルサポートのためには 10.4 かそれ以降が必要となる。 40 MB のダウンロードだ。言うまでもなく、討論フォーラム以外に技術サポートは提供されないし、これはあくまでもベータ版のソフトウェアなのだから、その使用の結果データ消失が起こり得ることも覚悟しなければならない。(ただ、数分ごとに自動保存する機能はあるので、大量の作業を無にする心配は少ないと言えるだろう。)


FutureBITS: 甘いバッテリ、速い P2P、ナノファイバーのディスプレイ

  文: Adam C. Engst <[email protected]>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

未来を予測するというのは微妙な話だが、亡くなった Macintosh ライターの Cary Lu が残した言葉にあるように、今後五年間のうちに登場する製品で使われるテクノロジーのすべては今この現在、どこかの研究ラボで開発が進行中なのだ。この Cary の言葉を心に留めつつ、私たちのテクノロジー世界に影響を与えそうな研究プロジェクトのニュースに、私は常に目を光らせていたいと思う。でも、ここでは何も約束はできない。将来パラダイムシフトを起こすような製品を作るために生き残るのがどのプロジェクトなのか、もしも私がそういうことを見分ける目を持っていたとしたら、私はベンチャービジネスの資本家になっていて、ライターになんかならなかっただろう。でも、想像をすることはいつでも楽しい。もしも、こんなテクノロジーが商品化されたら、いったいどんな製品が出てくることだろうか...

砂糖ベースのバッテリ -- バッテリでお困りの方は? 電気化学者 Shelley Minteer をリーダーとする Saint Louis University の研究者グループが、砂糖をエネルギーに転化する酵素の力で働き、主な副産物として残るのは水、という燃料電池の実演を行なった。大部分の生命有機体においてエネルギーの源である砂糖は、値段も安く広く入手可能だ。これまでにテストされた材料のうち最も良い結果を出したのは普通のテーブルシュガー(蔗糖)を水に溶かしたものだったが、ブドウ糖、気の抜けた炭酸飲料、甘味のあるドリンクミックス、さらには樹液でさえも実験はうまく行った。砂糖ベースの同様の燃料電池は他の所でも開発されているが、Minteer によれば彼女のものが現時点で最もパワフルかつ長持ちするとのことだ。そしてこのパワーと長寿命という二点こそが代替電源開発において鍵となる弱点なのだから、これらの二点が両方とも十分に改善され、砂糖ベースの燃料電池が携帯電話や iPod、ラップトップ機、あるいはその他のポータブル電子機器の電源として実用的に使えるようになるかどうかということがここでの問題だ。ちょっと想像してみよう。あなたはサッと砂糖を水に溶かして、その半分を iPod に供給し、残りの半分をハミングバードの餌台に注ぐ、というわけだ。

より高速の P2P ダウンロード -- ピア・ツー・ピアのファイル共有はただ単に著作権侵害のためにあるのではない。このテクノロジーは、膨大なバンド幅のロードを分散して多人数のユーザーたちの間で広く分かち合うにはどうすればよいか、という観点から興味あるものだ。確かにバンド幅は安くなったかもしれないが、無料ではない。だから、ロードを大勢で分け合うというのはこのシステムを構成しているすべてのユーザーのために助けとなる。Carnegie Mellon University から出された によれば、Carnegie Mellon の David G. Andersen と Intel Research Pittsburgh の Michael Kaminsky が共同で“handprinting”というテクニックを開発し、あるデータの塊と全く同一ではないもののよく似た、どこかに存在しているデータを、P2P クライアントが探し出せるようにしたという。彼らは Similarity-Enhanced Transfer(SET) と呼ばれる新しいシステムの中でこのテクニックを使った。このシステムにより、人気の BitTorrent での P2P アプローチに比べて格段に進歩したパフォーマンスが得られる。この種のテクノロジーは、例えば 300 MB 以上ある 10.4.9 コンボアップデータのような巨大なソフトウェアアップデートや、iTunes Store の HD 品質ビデオなどを配付するために Apple が支払うバンド幅の使用料金の負担を、大幅に和らげることができるだろう。さらに想像を膨らませれば、あなたのバンド幅を寄贈して他の人たちがそれぞれ購入したコンテンツを iTunes Store からダウンロードするための助けにしてもらい、それと引き換えにあなたは点数を獲得してあなたの将来の購入の際に使えるようにできる、というようなアプローチも考えられる。

フレキシブル・ナノファイバー・ディスプレイ -- 現代のエレクトロニクスにおける限界の一つは、ディスプレイが固形で、しかも多くの場合非常に壊れやすいことだ。柔軟性のあるディスプレイを作り出すためのさまざまな方法に向けてたくさんの研究がなされているが、 最近この方面で有望に見える研究が、Cornell University のある学際研究グループから発表された。これは、小さな、本当に小さな「ナノランプ」つまり光を発するナノファイバーという形で実現されている。200 ナノメートル幅のこのファイバーは、実際その放射する光の波長よりも小さく、そのため極限まで局所的に限られた光源を実現できる。しかしハードルはまだまだ山積している。どうやってこれらのナノファイバーたちに十分に明るさのある光を、しかも必要なカラーで放射させるか、光放射の特性を個々のナノファイバー単位で、あるいはナノファイバーの小さな集まりの単位でどうやってコントロールしてスクリーン上に判別可能なピクセルを作り出すことができるか、また、これらのナノファイバーが十分な耐久性と寿命を提供できることを保証するにはどうするか、といった課題だ。それに、このナノファイバーは電子紡績と呼ばれる比較的シンプルなテクニックで作られているというものの、これをどうやって繊維に組み上げるのかも常に付きまとう問題だ。私の見た感じではこの Cornell での研究はまだまだ実際の製品に使われるには長い年月が必要という気がするが、それでもやはり、大きなスクリーンをまるでタペストリーのようにして壁に掛けたり、小さなスクリーンを服の一部として織り込んだり、といった夢を見ることができるのは素晴らしいことだ。


Leopard 出荷日事件: 解決編

  文: Ace MacKenzie <[email protected]>
  訳: 羽鳥公士郎 <hatori@ousaan.com>

[画面は薄暗い通りにフェードインする。1人の男がうなだれて、街灯にもたれている。黄色い光が、しわくちゃのスーツとすりきれたフェドーラ帽を照らしている。彼は姿勢を正し、歩道を歩きながら、油断なく周囲に気を配る。彼の声は低く、しわがれて、落胆に沈んでいる。]

もう木曜の夜だ。この仕事は失敗だ。私は、いつものクライアントのために動いていた。何かというと私を呼びつける、赤毛のお嬢ちゃんだ。ときには彼女にも情報が必要だ。この仕事は簡単だと思った。Apple Computer が、最新版オペレーティングシステム Leopard をいつリリースするのか、突き止めるのだ。だが、Apple に関するタレこみを手に入れるのは、いつだって難しい。彼らは常に恐れている。仕事を失うこと、契約を失うこと、あるいはそれ以上のことを恐れて生きているのだ。それも無理はない。Apple といえば、この街でも極めつけの秘密主義企業で、口を割ったものは誰であれ、過酷な処置を受ける。いや、巷ではそういうことになっているが、タレこみのかどで捕らえられた人たちが実際どうなったのか、知る者はいない。彼らはただ消えてしまう。

Apple は悪くない。それは認めよう。Leopard そのものは秘密ではなかったし、それが出荷されることは、誰もが知っていた。Apple 自身が「春に」と言っていたくらいだ。しかし、事情通たちは、春ではありえないだろう、Leopard の準備は整わないだろうと言っていた。この世界ではタイミングがすべてだ。私のクライアントも、内部情報を得て、Leopard に関する一連の本を出し抜いて売り出したいと考えていた。頭のきれる娘だ。彼女を失望させるのは避けたかった。ところが、Apple が Leopard を 10 月まで遅らせるという噂はあっというまに広がり、今では猫も杓子も知っている。彼女にこのニュースを伝えるのは、気が進まなかった。

彼女の事務所に向かう道すがら、なじみのバーに立ち寄ってウイスキーでも一杯引っかけることにした。ここは大学のそばだが、学生が来るには薄汚くてみすぼらしい。おぼっちゃまたちの騒がしい集団が来ることもあるが、長居はしない。ここはその手の居酒屋ではない。私が見知らぬ男の隣にバースツールを引き寄せると、彼はすぐに、気さくで元気のよい中西部訛りで話し始めた。「Bruce Carter、Nortre Dame 大学 Center for Creative Computing、上級システムエンジニア」と彼は名乗った。

「はじめまして、Bruce さん。ときに、Leopard についてはお聞き及びですか。」私は鎌をかけてみた。なにかクライアントのところに持ってゆくことができるかもしれない。

「ええ、私たちにはあまり関係のないことですが。というのも、私たちは、Leopard のリリースは 6 月ごろだと考えていたのですが、そうすると、夏休みのうちにテストと配備を済ませるというスケジュールは本当にきびしいので、もう1年 Tiger を使い続けようと戦略的に決定していました。スタジオも公共コンピュータエリアも、今の機器のままで。」

彼は一息つくと、ビールを飲み干した。そのとき、この店の常連が、私をはさんで座った。University of California, Irvine のシステムアナリストAndrew Laurence だ。何度か私の仕事を手伝ってくれたことがある。彼はBruce の話を聞いて、話に加わってきたのだ。

「Bruce さんの言う通り。私のように、スタッフのデスクトップやラボなんかの配備を管理している人なら、これでほっとしたという以外の何物でもないでしょう。そのようなもののインストールは、予算スケジュールにしたがって決められるべきもので、OS の出荷日みたいなどうでもよいことではなく、今の機器の古さによって判断するべきです。今回の場合、管理者としては、.0 のリリースを使うのはいやなもので、そのうち出るはずの .n リリースで船の揺れが安定するのを待ちたいと思うわけです。この手の、一斉置き換えというのは、普通は夏のあいだにするわけで、そうすると調達は 4 月から 6 月のあいだということになりますね。ソフトウェアのリリースにあわせて、多少ずらすこともできますが、その場合はそのリリースに手足を縛られることになります。ラボの置き換えは、特定のアプリケーションが必要だというのでせかされるかもしれませんが。うるさい教授もいますしね。今回の場合は、Final Cutや CS3 なんかがそれに当たるでしょう。こういったものが Leopard を必要とするようになったときに、ラボはそれにあわせて置き換えるわけです。」

私は2人にビールを1杯ずつ注文し、腰を落ち着けて、彼らが説明を続けるのを聞いていた。大学のコンピュータ屋というのは話し好きだ。

Andrew は続けた。「だから、遅れてくれれば、Leopard のおかげでラボが大騒ぎになることもないし、デスクトップ置き換え計画がずらされることもない。数奇者の個人ユーザだけが進んで .0 の犠牲になるわけで、私にはよいことのように思えますね。」

Bruce も同じ考えだ。「実際、ほとんどの教育機関のカレンダーを考えれば、この方がよい。もし Leopard が 6 月に出荷されれば、教育関係のユーザでそれを使おうと考えるのは、いたとしても少なかっただろうと思いますね。同じように、真夏の真ん中に、少なくとも新しいマシンだけでも 10.5 に移行するなどという機器の変更をせずに済むというので、安堵のため息をついているのがたくさんいると思います。OS のレベルを分けて配備するというのは本当にいやなものですから。Tiger のときに一度そういうことがありました。新しいG5 に Tiger が載っていたからですが、そのときはなんとかなったものの、できればそういったことはやりたくないわけです。そうそう、私が PLATO を使っていたときにも・・・」

私は彼の話をさえぎった。この手の人間が、昔使っていた古いコンピュータシステムの話を始めると、際限がない。誤解しないでほしいのだが、私は話を聞くのが好きだし、それで事件の手がかりを得ることもある。ただ、その晩は、そういう時間がなかった。「それで、Apple はどうしてこんなことをしたんですかね。」私は尋ねた。「つまり、発表によれば Leopard に必要なリソースを iPhone のプロジェクトにまわすということですが、それは賢明なことなんですかね。」

Andrew はうなずいた。「そうです。Apple の最近の財政に iPod と iTunesが比重を占めていることを考えれば、今回のことで Apple には大した影響はないと思いますよ。」彼は一息ついてジョッキに口を付けた。すると Bruceが話し始めた。

「iPhone が Leopard を犠牲にしてまで特別扱いを受けていることについて、わめきたてているのが大勢いますが、Leopard を遅らせるというのは理にかなっているように思います。Apple には Tiger という安定した OS があるわけですし、Leopard は革新的というよりは進歩したというもののようですから。今回の遅れで穴があくということはないでしょう。少なくとも、Apple のハードウェア発売計画を知らない私の観点から言えば。それに対して、iPhoneを遅らせるとなれば、大きな穴があくだけでなく、宣伝活動の上でもっと大変なことになるでしょうね。」

私は彼らの話に礼を述べて、洗面所に向かった。そこから出た途端、顔見知りの快活な開発者と鉢合わせた。The Omni Group の Ken Case だ。開発者というのは口が重い。彼らは Apple の逆鱗をよく知っていて、それゆえ怖れているからだ。だが、とりあえず、Leopard が遅れたことでがっかりしたのではないかと聞いてみた。

「両方だね」と彼は答えた。「Leopard にはすばらしい機能がたくさんあって、それを私たちの製品に活かせるのを本当に楽しみにしている。だから、出荷を待つというのはつらいことだし、出荷されたとしても、ユーザがアップグレードするのを待つというのもつらいことだ。」

私は話の腰を折った。「で、ユーザがアップグレードしたかどうか、どうやって分かるんだい。」

彼の顔がほころんだ。「私たちは常に update.omnigroup.com に目を配っている。これで、私たちのユーザがどのバージョンの Mac OS X を使っているかなど、いろいろな情報を追跡することができる。もちろん、同意したユーザの情報だけだがね。」彼は機嫌がよくなったようで、こう続けた。「でも、Leopard が待ち遠しい一方で、よいソフトウェアを書くのには時間がかかるから、Apple が、準備もできていない製品をあわてて送り出すのではなく、時間をかけて高品質の製品を提供するというのは、うれしいことだ。それに、Leopard が出荷される前に私たちが完全機能版を見ることができるだろうし、これもうれしい。そうすれば、ユーザがソフトウェアを使い始める前に、私たちがテストできるから。」

私は彼と別れ、夜の街に戻った。これまで私と話した人は皆、出荷の遅れを喜んでいた。私のクライアントも同じように喜ぶだろうか、と私は考えた。あるいは、再び連絡してくることがあるだろうか。私が望みのものを渡せなかったのだから。

ビジネス街を彼女の事務所に向かって歩くうちに、私が長い時間を過ごしたがさつな地区からかなり離れたところで、Tekserve, に差しかかった。ここは、旧市街に残っている数少ない独立系 Mac ショップの1つだ。店は閉まっていたが、階段の上に座っている人影が見えた。私は彼を視界の片隅にとどめながら通り過ぎた。私のような仕事をしていると、用心しすぎの人など見たことがない。

その人影を通り過ぎたとたん、私の名前が聞こえた。私はすばやく振り返り、ポケットで温まっている鉄の引き金に指をかけた。街で出会った人が自分を知っているというのは、よいこととは限らない。だが、その人影の正体が分かったので、私は指を緩めた。Tekserve のオーナー、David Lerner だ。私は彼の隣に座り、「どう思う?」と聞いた。それだけで彼には通じるはずだ。

「個人的には、がっかりだね。Time Machine を楽しみにしていたから。」それは当然だろう。何しろ彼は、電子メールの署名に「1000 のバックアップがあれかし。そして1度も使わぬことを。」と書くような男だから。

「ビジネスの面から言うと、遅れたことで正直助かったよ。Adobe CS3 のリリースが OS のアップデートと切り離されたし、Leopard の出荷日についてあいまいさがなくなった。よい点を言えば、新しいマシンを買うのを控えていた人たちが、おそらくは待つのをやめるだろう。だが悪い点もあって、Leopardで期待できる売り上げの増大が、例年閑な夏の期間に来るのではなく、ただでさえ一年で一番忙しい時期に来るだろうということだ。また、開発者にとっては、アプリケーションをアップデートする準備がすっかり整うということになるだろう。Leopard と完全に互換性があって、新機能も利用できるかもしれない。Time Machine とか。」

私は低い声でうなずいた。私たちはさらに数分間、仲よく階段に座り、暗闇を見つめていた。「ここに明かりをつけたほうがいいね。」と私が言うと、彼はうなずき返した。私は挨拶して立ち去った。

家に帰ってやけ酒を飲む前に、もう1か所立ち寄らなければならない。クライアントの事務所には、案の定、まだ明かりがついていた。私はノックし、勝手に中に入った。彼女がすべてを知っていることは、一目で明らかだったが、彼女はどちらかというと落ち着いていた。私は肩をすくめ、教育業界や開発者からの応答や、小売店が考えるユーザの反応など、知りえたことを伝えた。彼女は熱心に耳を傾け、私が話すにつれて目はしっかりと私を見据えた。話の最後に、「これ以上、私がして差し上げられることはないと存じます。」と言って、帰ろうと振り返った。

彼女は私をドアのところで呼び止めた。「待って。まあ、猫の秘密は漏れてしまったけれど、猫そのものは 10 月まで出てこないわけね。そうなると、David Lerner と同じように、夏のあいだの資金繰りがちょっと心配だわね。Leopard 本は売れると期待してたから。」彼女は一呼吸置いた。次に何を言うかの決心が、彼女のかわいい顔をかすめたのを、私は見つめていた。

「でも、正直言って、すっきりした。」彼女は続けた。「進行中のプロジェクトがほかにもあるし、遅れるってことは、夏休みがとれるってことね。ちゃんとした夏休みなんて、ここ何年もとってないの。」彼女は私を見上げた。「あなたには、夏休みはあるの?」

私は、そのような習慣は持ち合わせていないが、その概念に反対しているわけでもないと告げた。彼女はつばを飲み込み、じゅうたんに目を落とし、数か月したらまた仕事を頼むかもしれないと言った。

「夏に?」私は尋ねた。

「そう。」彼女は背を伸ばし、再び私の目を見て、答えた。「夏に。」


TidBITS が 17 歳に

  文: Adam C. Engst <[email protected]>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

今日は TidBITS の 17 歳の誕生日にあたる。私たちは 1990 年以来出版を続けてきたのだ。 これまでの誕生日に際して、私は自分たちが達成してきたこと、私たちの目標、私たちが学んだ教訓、その他のことを書いてきた。今年のこの誕生日には何か素晴らしい新サービスや出版の方法について大々的に発表したいと願ってきたが、こういうことにはよくあることで、開発に思った以上の時間がかかってしまい、今回は TidBITS の表向きの顔は去年とあまり変わっていない。Apple が Leopard の延期を発表した際に言ったのと同じく、私たちも「お待ちいただくだけの価値は十分にあるものになると考えております。」

(日本語)TidBITS 10 年の教訓 | TidBITS 創刊 9 周年を達成 | あなたにふさわしいバッジをつけて | TidBITS Talk 登場 | TidBITS 7.0 | MailBITS/15-Apr-96 | TidBITS、11 年を経て | TidBITS が満12歳に | TidBITS も 13 歳: 目標を持とう | TidBITS の誕生日: Macintosh の 15 年間を振り返って

でも、高校生活の最後の学年を迎えている 17 歳が卒業に備え大学への進学に向けて準備しているのと同じように、表から見えないところではたくさんの大きな変動が進行中だ。大学とは自分を再発見することができる場所だが、私たちも表面下でたくさんの思考と作業とを積み重ねてきたので、TidBITS の来年はきっとその再発見が実現できる年になると思う。以前から私たちはできるだけ透明性を維持して TidBITS で何が起こっているかをお知らせしたいと考えてきたので、ここで私たちが現在どんなことに力を注いでいるのかを概観してみたい。

サイトの改良 -- 私たちは大幅な再デザインのための準備として、いくつかの新しい機能をこっそりと私たちのウェブサイトに実装させてきた。

TidBITS 編集システム -- 一年前の記事“求む: より良い書類協同編集システム”(2006-04-03) で、私は書類協同編集システムの中でどんなことを私たちが必要としているのかについて議論した。そのようなシステムを提供するものとして非常に初期の段階ながら少なくとも一つのプロジェクトは存在しているものの、私たちは今日この場で動くものを現に必要としている。幸いにも、Bare Bones Software がそこに救いの手を差し伸べてくれた。BBEdit 8.6 が、単語レベルの diff 機能を加えて登場したのだ。これで、私たちは同じ書類の二つのバージョンを比較して具体的にどのテキストが変わったのかを詳しく見ることができる。(たいていの diff 実装では二つの書類の違いを表示するのに段落単位でしか扱ってくれず、単語あるいは文字単位での処理はしてくれない。)その上、寄稿編集者の Matt Neuburg が私たちのために Subversion バージョンコントロールシステムを設定して、バージョン管理、中央集中型の書類貯蔵、転送メカニズムなどの環境を整えてくれた。

BBEdit は Subversion のクライアントとして動作できる。現在 Mac 用として提供されている Subversion クライアントプログラムはどれもプログラマーでない私たちにはあまりうまく使えないものばかりだったので、BBEdit のお陰でそういうものを使わずに済むのはありがたい。けれども BBEdit にしても、特に Subversion のために使いやすいインターフェイスを提供している訳ではない。私たちの不平不満をしばらく我慢して聞いていた Matt は、私たちのためにユーティリティを書いてくれた。これが、記事のロックとアンロックを処理することによって、BBEdit 内部からの Subversion ワークフローを劇的に改善してくれたのだ。また、ステータスチェック、メッセージの付託、ファイル管理などの操作もシンプルにしてくれた。

さて、Matt のユーティリティと、BBEdit の内蔵機能があるお陰で、今や私は新しいファイルを簡単に中央書類貯蔵所に加えて、他のスタッフメンバーがそれを編集できるようにすることが可能になった。私がもう一度それに編集の手を加えたい時は、まず他の誰かがそれをロックしていないかをチェックし、ロックされていなければ私がそれをロックして他の人が同時に変更を加えることができないようにする。いったんそのファイルを開けば、バージョン履歴をチェックして誰が変更を加えたかを見たり、個々のバージョンについて誰かが付記したノートを読んだりできる。また、そのファイルの現在のバージョンと、新しい編集に入るために私が開いた時点でのバージョンとを比較することもできる。編集が終われば、私が施した変更を説明したメッセージを付け、ファイルのロックを外し、私の変更の結果を中央貯蔵所にあるマスターコピーへと送る、という作業がごく簡単な手順でできる。ファイルはオフラインで編集するためにも使え、外部の寄稿者に送って編集チェックをしてもらうこともできる。

インターフェイスにも作業プロセスにもまだまだ改善の余地は残されているが、このシステムのお陰で私たちの協同での著述と編集の作業は以前よりも遥かに速く、手軽に、そしてより安心してできるものになった。さて、この協同編集システムの次のステップは、これを私たちの基盤構造、TidBITS 出版システムの中で、他のメジャーな部分とともに統合させることだ。

TidBITS 出版システム -- 2007 年 2 月 26 日号から、TidBITS の舞台裏での出版アプローチ法がすべてにわたって大きく変わったのだが、どうやら誰も変化に気付かなかったように見えるのは、技術担当編集者の Glenn Fleishman がこの TidBITS 出版システムで成し遂げてくれた仕事の素晴らしさの証拠に他ならない。これまで長年の間、私たちは毎回の号を手で一つのファイルにまとめあげてから、そのファイルを発送する、という手順を踏んできた。

けれども今は違う。私たちは週の間にいくつかの記事を個別に TidBITS 出版システムに加えてゆき、公開してもよいと判断できる記事について、私たちは単にあるステータスをオンにする。すると、自動的にその記事が私たちのホームページの ExtraBITS セクションに登場するようになる。このアプローチ法は、TidBITS のすべてを号単位で考えることから離れようという私たちの全体的な目標の一部となるものだ。現在の TidBITS 出版システムでは、私たちは記事を書く。そして、いくつかの記事を組み合わせて毎週の号を作る。これに対して以前は、私たちはまず号を作り上げてから、そこに含まれる記事をばらばらにして私たちのウェブアーカイブに加えていたのだ。

毎週月曜日に、その週の号を作成するために、私たちは一週間の内に出版された記事、また一週前に準備ができていたけれども前の週の号には含めることのできなかった記事の一覧に目を通して、その週の号にどれをどの順番で盛り込むかを決め、冒頭に要約の文章を書き、ボタンを一つ押す。単にそれだけだ。とは言っても実際は、今でも出版当日の編集プロセスとしていくつもの作業を施して、文章の品質をより洗練されたものにするようにはしているのだが、それでも号をリリースするために必要な努力の量は、ほんの二ヵ月前とは比較にならないほど劇的に少なくなった。

労力が少なくて済むようになった原因の大部分は、以前の私たちが著述や編集の作業を最後のぎりぎりの瞬間になるまで引き延ばしにする傾向があったからで、今は好きな時に何かを書いても簡単にそれをもっと早い段階でウェブに公開したり準備段階の場所に出したりできるようになったところが違っている。それに、私たちはいつでも自分の都合の良い時を選んで編集作業を済ませることができ、必要な時が来るまで作業を待たなくてもよくなった。実際、号に先立ってウェブに発表されるバージョンにおいてさえもタイプミスなんかが紛れ込むのは嫌だと私たちは皆思っているので、自然の流れとしてそれぞれの記事は早い段階で編集の手を経るようになっている。

将来への展望 -- こうした努力のすべては、これから一年間に私たちが築いて行こうとしているものすべての基盤となるべきものだ。そして、このようにして実現される改善点が、皆さんに便利になったと思って頂けることを私たちは願っている。TidBITS の電子メール版に加わる変更は最小限に抑えられるはずなのでその点はどうぞご安心を。既に成功している処方箋をいじり回すのは百害あって一理なしだからだ。けれども、私たちが読者アンケートの結果を見て判断した通り、人々がインターネットから情報を得る方法は変化しつつある。だから、私たちも時流の変化に従って変わって行かなければならない。でもそれは良いことだ。大学生活を夢見ている高校生のように、私たちもまた、あらゆる可能性を前にして、ちょっぴり恐れをなしつつも興奮に心を踊らせているのだから。


TidBITS Talk/16-Apr-07 のホットな話題

  文: TidBITS Staff <[email protected]>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

Leopard、10 月まで延期 -- Apple が Leopard を世に出すのを延期したというニュースに、世の人たちはどういう感想を持っているのだろうか? (35 メッセージ)

Google カレンダーと OSX コンテクストメニュー -- Google の Gmail Notifier をアップデートすると、Google Calendar 用のコンテクストメニューが追加される。これを取り除くにはどうすればよいのか? また、Google がこんな風にこっそりと侵略を始めたということは、この会社が実際邪悪なものに変身する力を持っていることの証明ではないのか? (2 メッセージ)

Spotlight の機能を拡張 -- Spotlight に検索をさせたい時、Spotlight のインターフェイスには登場しないコマンドラインでアクセスすることも可能だ。Matt Neuburg の NotLight ユーティリティで、それが手軽に使えるようになる。 (4 メッセージ)

Google の「運転用」道案内 -- Google のマップは、二つの地点の最短距離を直線で測って示している。ニューヨークからパリまで運転したい時も、あのちっぽけな海なんか気にしないで行こう! (10 メッセージ)

オンラインバックアップの選択肢が広がる -- オンラインバックアップサービスの現状について書いた Joe Kissell の記事を読んで、読者たちがそれぞれお気に入りの他のサービスをいくつか紹介する。(5 メッセージ)


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Valid XHTML 1.0! , Let iCab smile , Another HTML-lint gateway 日本語版最終更新:2007年 4月 21日 土曜日, S. HOSOKAWA