TidBITS: Apple News for the Rest of Us  TidBITS#962/26-Jan-09

あなたが最初に自分のものにした Macintosh は何だった? その他大勢の私たちのためのコンピュータも、いまや 25 歳となった。Apple は特に記念行事をしないようだが、私たち TidBITS スタッフ一同がそれぞれ初めての Mac の思い出を(それほど遠い過去でない者もいるが)振り返る。また、Adam が史上最高の Mac を彼の独断と偏見で選ぶ。今週号にはビジネス上の重要なニュースもいくつか集まった。まず、Apple が売上高で 101 億 7,000 万ドルという過去最高の四半期業績を発表した。ところが Microsoft は大量の解雇を発表した。けれども Glenn Fleishman が指摘するように、この数字は言われるほど悪いものでないかもしれない。Glenn は SEC が Apple と Steve Jobs に対し Jobs の健康問題を株主に開示した方法をめぐる調査を始めたらしいことにも触れる。その他のニュースとしては、Apple がひっそりとローエンドの白色 MacBook をアップデートし、Doug McLean が Growl について一吠えし、Adam が不法にダウンロードされた iWork '09 や Photoshop CS4 の中に潜む悪意あるトロイの木馬に攻撃された人々は実際何も驚く資格がないと論ずる。TidBITS 監視リストでは、Default Folder X 4.1.1、QuickTime 7.6、Mellel 2.6、それに Sandvox 1.5.4 のリリースをお伝えする。

記事:

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SEC が CEO の健康に関して Apple を調査する、との報道

  文: Glenn Fleishman <glenn@tidbits.com>
  訳: 亀岡孝仁<takkameoka@kif.biglobe.ne.jp>

21-Jan-09 の取引終了前に、Wall Street Journal は、米証券取引委員会 (SEC) が Steve Jobs の健康に関して Apple がどの様に情報を開示したかについて調査を始めたと(匿名の情報源を使って)報じた。Jobs は、現在大事な戦略決定を例外として 2009年6月まで同社の仕事から離れれいる、過去数ヶ月に渡って彼の健康状態に関する短い声明を数多く出している。("Steve Jobs、六月まで療養休暇を取る" 01-14-2009 参照)

上場会社は、会社の業績に重大な影響を及ぼす事項を開示しなければならないが、そこには所期の任務を達成できない CEO も含まれる可能性がある。SEC は大抵の場合、その調査に関しては、和解がなされた、罰金が科せられた、或いは訴追の見込みである時にしか公表しない。


Apple が静かにローエンド MacBook を改良

  文: Mark H. Anbinder <mha@tidbits.com>
  訳: 笠原正純<panhead@draconia.jp>

白い 13 インチポリカーボネート製モデルのローエンド MacBook は、2008 年 10 月に Apple が新しいユニボディのアルミニウム製モデルを導入したときにも同社のラップトップラインにそのまま $999 で残っていた。(2008-10-14 の記事 "MacBook がメタルとガラスでデザイン一新" を参照。)それが今、より良い選択肢として浮上してきた。どんなファンファーレもなく、同社は静かに改良されたMacBook の出荷を開始した。この MacBook はより大きなメモリ、新しい Nvidia グラフィックチップ、そしてより高速なフロントサイドバスを搭載したが、安価であることや多くのユーザをこのモデルにひきつけてやまない FireWire 400 ポートを諦めることはなかった。

おそらく潜在的ユーザにとって最大の関心は、このローエンドMacBook に奢られた、新しいアルミモデルの MacBook にも見られる Nvidia GeForce 9400M グラフィックプロセッサ(以前の 13 インチ MacBook の Intel GMA X3100 GPU を置き換えた)と 866 MHz から 1066 MHz にスピードアップされたロジックボードのフロントサイドバスのコンビネーションによってもたらされる性能の向上だろう。奇妙にも、アップグレードしたモデルは少しプロセッサスピードが下がっていて、2.1 GHz Intel Core 2 Duo プロセッサから 2.0 GHz Core 2 Duo になっている。しかし、実際の性能はこれを差し引いても高速化されていると思われる。

同時に、Apple は $999 モデルの標準メモリを 2 GB(4 GB まで拡張可能)にし、前モデルでは 120 GB、160 GB、250 GB しか選べなかったハードディスクをベースモデルに $225 の追加で 320 GB まで選べるようにした。MacBook ホワイトは DVI や VGA アダプタをサポートする Mini-DVI ポートのままで、dual-link DVI を必要とする Apple の 30-inch Cinema Display に表示することはできない。これに対して、アルミニウムの MacBook モデルは、アダプタを介して DVI、VGA、dual-link DVI をサポートする、より新しいMini DisplayPort を搭載している。

FireWire 400 ポートは MacBookホワイト(一つある)とユニボディアルミニウム MacBook モデル(一つもない)との最大の相違点だ。アルミニウムの MacBook モデルにおける FireWire ポートの不在(MacBook Pro は後方互換の FireWire 800 ポートを搭載している)は FireWire ターゲットディスクモード、FireWire ベースのデジタルビデオカメラやその他のデバイスとの互換性がないと困ると思っているようなユーザの間に騒動を巻き起こした(2008-10-18 の"消滅間近? FireWire とノングレア画面"参照)。


Apple、Q1 2009 に $10.2 Billion の売上げを計上

  文: Glenn Fleishman <glenn@tidbits.com>, Jeff Carlson <jeffc@tidbits.com>
  訳: 亀岡孝仁<takkameoka@kif.biglobe.ne.jp>

良くない経済状況下ではあるが、Apple の最新の四半期業績は明るいものであった。このコンピュータ会社は売上げ $10.2 billion、利益 $1.6 billion を記録し、山ほどの製品を売った:27-Dec-08 を最終日とする四半期に 4.4 百万台の iPhone, 22.7 百万台の iPod, そして 2.5 百万台の Mac を販売した (Mac の販売について言えば Apple の歴史上二番目に高い数字となる)。2008年の同じ四半期に較べると売上げは微増となる、前年同期の売上げは $9.6 billion であった ("Apple の Q1 2008 の結果、これまでの利益の記録を破る" 2008-01-22 参照);前年同期比で Mac の販売は 9%、iPod は 3%、そして iPhone は 88% 伸びた。

同社はこの期末で $35 billion にのぼる各種の流動資産の一部として、$28 billion を現金、現金同等物、そして有価証券として計上している。計算書の下部には、約 $15 billion を支払債務、計上費用、或いは繰延べ売上げのために、借金又は債務となるべきものとして計上している。

上記の数字は GAAP (Generally Accepted Accounting Principles) を用いた公式なものである。Apple はまた現在別の一式の "調整後売上高" と "調整後純利益" 報告書もリリースしているが、これは二年間にまたがる加入契約に基づいた iPhone からの売上げを彼らがどう計上するかに関係している。同四半期に対する調整後の売上げは $11.8 billion、純利益 $2.3 billion であった。これは、実際に入ってきたお金と実際に残ったお金の実態を表すのにより近いものと言える。この会計方式は機器からの売上げの流れを緩衝し、そしてその後の無償提供のソフトウェアアップグレードを可能にするよう意図されたものである。これに対して iPod touch の場合、出荷された時に売上げとして認識される (これが iPod touch がメジャーなシステムソフトウェアアップデートを受けた時、有料とされなければならない理由である)。

ホリデー四半期の後の通常の販売落ち込みはあっても、Apple は今会計四半期でもかなり強気の $7.6 から $8 billion の売上げを見込んでいる。

Apple によれば、iPhone を 2008年に累計で 13.7 百万台売り、全合計でも 17 百万台となり、2007年に Apple が目標とした 10 百万台の数字を大きく上回る結果となった。この 10 百万台を越すと言うのは 2008年半ばに Apple が iPhone 3G を売り出した時には、出来そうにも無いことの様に見えた。Apple は今では iPhone を 70 を越す国で販売している。

この高レベルの売れ行きにもかかわらず、そしてこれで Apple は米国では Research in Motion BlackBerry 電話に真っ向勝負の形になっているが、同社の代行代表である Tim Cook はアナリストとの電話会議の中でこう言っていた、"我々の目標は数のシェアで業界で一番になることではない。我々の目標は世界で一番良い電話を作ることである。"

Cook はまた iPhone のためのソフトウェアを書いている開発者による積極的な参加の意向も少しずつ見えてきていると強調していた。"我々はこれをソフトウェア事業として取り組んできた" と彼は言い、これがサードパーティ開発者に対して iPhone を T-Mobile G1 や Palm Pre (まだリリースされていない) によって採用されている Android プラットフォームの様な製品から差別化している。

Cook は更に次の矢を放って、競争は良いが、但しそれも "我々の IP を盗用しない限りは" と、特許されたアイディアの様な "知的所有権" に言及した。"我々は我々の IP が盗用されているのに我慢するようなことはしない、可能なあらゆる武器を使う用意がある" と Cook は語っている。彼はいかなる特定の企業も名指しはしていないが、これは Palm に対する警告と見ることが出来るであろう。(Palm Pre プロジェクトは前の Apple のハードウェア設計チーフ Jon Rubenstein によって進められている。)

Apple Stores も来店者数を強烈に伸ばしており、前四半期だけで 46.7 百万の来訪者で、平均で一店舗一週間で 14,400 人の来訪者と言うことになる。同社は、現在 10ヶ国にある 251 店舗に加えて、今年新たに 25 の新しい店を開く予定である。

Cook は、ネットブックのカテゴリにおける Apple の将来についても明快であった。このカテゴリは、そこそこの機能を備えた小さなラップトップが、Cook によれば PC 市場の 3% を取るにいたり、今極めてホットである。Cook は、Steve Jobs がその前の四半期の業績会見で言った事を、更に詳細を加えて、再度表明した:ネットブックは力不足で Apple が実現したい品質を欠いている。"我々はこれらの製品は劣っていると思う" と Cook は語ったが、Apple は引き続きこのカテゴリを注意深く見ていくことも認めていた。

Cook は Mac OS X 10.6 Snow Leopard については何も情報を提供しなかった。これは Apple が昨年、2009年の半ばには出されるであろうと語ったものである。

驚きには値しないと思うが、この電話会議での最初の質問は Steve Jobs の健康に関するものであった:"Steve はどうなの?" この質問に直接答えることなく、Cook は長々と答えたが、そのよどみなさからすると、彼は明らかにこの質問に対しての準備をしていたと思える:"Apple の経営チームには、並外れた広さと深さとそして経験がある。そしてこれらの経営陣が 35,000 人を超える従業員をリードしていくが、私に言わせて貰えばこれら皆が極めて賢い。そしてこれは会社の全ての部門に言える:技術、マーケティング、オペレーション、販売、そして残り全てである。そして会社の価値観も極めて深く刻み込まれている。我々は我々は偉大な製品を創り出すためにこの地球上に存在するのだと信じている、そしてそれは未だ変わっていない。"


Microsoft、事業転換と数千人のレイオフを計画

  文: Glenn Fleishman <glenn@tidbits.com>
  訳: 亀岡孝仁<takkameoka@kif.biglobe.ne.jp>

予想された様に、Microsoft は先週レイオフを発表したが、これは同社の歴史の中でも稀な出来事であった。 実際の規模に - 5,000 人の Microsoft 従業員と 5,000 人にも及ぶ契約社員 - アナリストもリポーターもショックを受けてしまった様で幾つかの大事な事実が忘れ去られてしまった。

Microsoft は発表の時点で 1,500 人の従業員を削減しており、今後 18ヶ月の間に更に 3,500 人をレイオフする計画である。しかし、CEO Steve Ballmer は 社員へのメモで、同じ時期に、同社は新しい動きとして 2,000 から 3,000 の新しい職を追加するであろう、そしてその多くはクラウドコンピューティング、個々の個人コンピュータやサーバー上に収納されるではなくインターネット上に分散された状態で走るアプリケーション、に焦点を当てていくと語っている。

もっと具体的な話として、ベテランの Microsoft リポーター Mary-Jo Foley によれば、最初の人員削減の多くは同社の Xbox, Zune, そして Windows Mobile 部門からであると内部関係者は言っていると言う。

我々 TidBITS では、Macintosh Business Unit からレイオフで去った人がいるのかどうか未だ掴んでいない。この MacBU は Office スイーツの様なコアのビジネスとコミュニケーションのソフトウェアを開発している。

Seattle 周辺では、Microsoft は雇うのは好きだが首を切るのは下手だと言うことは良く知られている。これまで Redmond, WA にある同社の本社から本人の意思に反して辞めさせられた人は殆どいない、たとえ彼らがとてつもない大失態をおかしたり、どうしようもなく無能であることが明らかになった後でもである。(泥棒は話が別である。)

その結果、Microsoft は同社の利益に直接貢献しない多くの人を抱えてきた。Ballmer によれば、削減されるのは主に間接部門である:IT、人事、マーケティング、等々であり、同社の血であり肉である、コアのプログラミング活動ではない。

職を失うに良い時など無いので、多くの才能があり有能な人達が新しい仕事が立ち上がるのに合わせて同社内で移動できることを願いたいものである。

ところで、ついでに言えば、Microsoft は前四半期に $16.6 billion の売上げに対して $4.2 billion の利益をあげていて、銀行には $20 billion 持っている。これらの方策により、年に $1.5 billion の費用とそして $700 million の設備投資が削減できると言う。


海賊版ソフトウェアを使用しないもうひとつの理由

  文: Adam C. Engst <ace@tidbits.com>
  訳: 細川秀治 <hosoka@ca2.so-net.ne.jp>

私は先週水曜日のヘルニア治療手術の予後でベッドに横になっている(気分は良い。ありがとう)。確かにそのせいで私はいつもより機嫌が悪いけれど、iWork '09Photoshop CS4 の海賊版をダウンロードして自分の Mac をゾンビに変身させ分散型サービス妨害 (DDoS) 攻撃に参加させられてしまった人々に同情を寄せる気にはこれっぽっちもなれない。もちろん、これらの人々が自分の Mac のコントロールを取り戻すために相当の努力をしなければならないのは気の毒だ。(安全のために、私はクリーンインストールによる罪障消滅をお勧めする。文書と設定のみを待避して、Mac OS X とアプリケーション類を再度インストールするのだ)でも、はっきり言って、このソフトウェアをダウンロードした人々は、無償で何かを手に入れようとしたのだ。ああたしかに、ソフトウェアの不法なコピーは、誰も被害を受けていない犯罪のように見えて、それでいいじゃないかと。ところが今や痛切に明らかになったのは、それをすることは“この人は危険な Hex を実行中”の大きなステッカーを自分の背中に貼っているのと同じことになるのだ。おそらく結局のところ、海賊版ソフトウェアではさほど犠牲者はいない、とは言えないのではなかろうか。

私達が“責任あるコンピューティングの実践”として長い間言ってきたことの中に - 信頼できないサイトは避け、とりわけ、そのようなサイトからソフトウェアを決してダウンロードしない - というのがある。そこで私達が意味していたのは主に、よくある、ギャンブル、ポルノ、あなたはすぐに億万長者、のサイトで、我々の本能や欲望を餌食にすることを謀んでいる。しかし(未確認)情報によれば 20,000 名の人々が海賊版の iWork '09 をダウンロードしたということを考えに入れると、私達はもう一つ明白な事実をはっきり言うことを怠っていたのかもしれない。海賊版ソフトウェアをウェブに掲示するような人達は、必ずしもあなたがご自分の Mac にソフトウェアをインストールして欲しいと思う種類の人達ではない。そして海賊版ソフトウェアをダウンロードするとき、あなたはまさにそれをさせているのだ。あなたのしたことは、Apple や Adobe から略奪するという意志のある人達を招き入れて、彼等のやりたい放題をあなたのコンピュータでやらせたことなのだから。

このトロイの木馬状態は、何はともあれ、ありふれたセキュリティ上の弱点であるとか、このような目に遭った人々は自分が悪いことをしているのを知らないとか、変に取り繕うのは止めよう。彼等は自分の Mac が海賊に乗っ取られてサービス妨害攻撃に動員させられているのを知らないかもしれないが、自分がなにかヤバイことをしていると確実に知っていたはずだ。お説教はほどほどにするが、このような状況では、高潔の美徳はそれ自体が報いであるというよりも、あなたの Mac を邪悪な要因から安全に護ってくれる。


Growl がシステム全体のノーティフィケーション管理を提供

  文: Doug McLean <doug_mclean@tidbits.com>
  訳: 細川秀治 <hosoka@ca2.so-net.ne.jp>

マルチタスクをする人は、今日ではほとんど誰もがそうだが、Mac OS X 下でしばしば困った問題に直面する。アプリケーションからの通知ダイアログが突然現れ、あなたの時間と集中力を盗んでしまう。ときには、これらのノーティフィケーションの告知する情報が興味深いこともある。異常なエラーがあったときや、ソフトウェアアップデートが入手可能になったときだ。それでも、しばしば、これらノーティフィケーションの選ぶタイミングと手段は望ましいものではない。ひとつのダイアログを閉じたり、ドック上でバウンスするアイコンを止めるのに削がれる時間と注意は僅かかもしれないが、これらの瞬間的なイライラ感は蓄積する ("デスクトップで気を散らすものを最小化" 2008-12-04 参照)。いま必要なものは、アプリケーションからの重要でないアラートを仲裁してくれる、どの様にどんな時にそれを我々に見せるかについて、より優れたコントロールを我々に与えてくれるソフトウェアだ。有り難いことに、無料でオープンソースの Growl がまさにそれをやってくれる。

Growl は 2004年頃より存在していたが、多くの人はそれを知らなかった(私がそのことに気付いたのはこの秋に Adam が必携ソフトとして私に紹介してくれたときだった)。Growl はシステム全体に亘るノーティフィケーションソフトウェアで、アプリケーションの各種アラートをあなたのカスタム仕様に従って提示する。17 の標準ノーティフィケーションスタイルが付属しており、この内 14 はスクリーン幅の透過バーからチャットバブルまでの多様なビジュアルスタイルだ。残り 3 つの標準スタイルは、音声、電子メール、SMS ノーティフィケーションだ。さらに追加スタイルとして、SpongeBob、SquarePants、Vanna White 風アラートなどを含む各種を Growl ウェブサイトからダウンロードして入手できる。

Growl を使ってユーザーは、アラートを表示するスクリーン上の位置、表示する時間、その他の視覚スタイル設定(文字サイズ、バブルの透過度、文字色/背景色、など)を指定できる。ユーザーはまた、優先レベルも指定できるし、“スティッキー”ノーティフィケーション(クリックするまで画面上に残っている)にすることもできる。ノーティフィケーションのスタイルと各種設定を、Growl を利用するプログラムそれぞれで個別に調整することもできる。例えば、Firefox ではスティッキーな Music Video スタイルのアラートにしてスクリーンの上部に表示されるようにし、かたや Safari では Smoke スタイルのアラートがスクリーンの下部に表示されて 5 秒後に消えるようにできる。

Growl-Options

残念なことに Growl は、情報を能動的に探したり収集したりしないので、どんなプログラムからもノーティフィケーションタスクを引き受けることはできない; 他のプログラムが Growl にノーティフィケーションを受け渡すのを待っているだけだ。もしあなたが Growl をサポートするプログラムを持っていれば、それは自動的に Growl の環境設定にあるアプリケーションリストに現れる。Growl をサポートしていない場合は、あなたがそれを追加する方法は無い。

Growl-Apps

ユーザーはまた、個々のプログラムでどのノーティフィケーションを有効にするか、それを如何に表示するか、を厳密に設定できる。例えば、Skype はあなたが新着チャットメッセージを受け取る度にあなたに報知できるが、あなたが実際にチャットの世話をしているのなら、それは間が抜けている。あなたは各メッセージをチャットウィンドウで見た後、Growl でも再度見ることになるのだから。もしあなたが別のアプリケーションを使いながらチャットをモニターしているだけなら、そのような重複した使い方もあるだろう。たいていは、より納得できるやり方として、新着チャットメッセージの Skype のノーティフィケーションはオフにしておく。もっと酷いのは、Contact Is Typing ノーティフィケーションで、“あなたのチャット相手はタイプ中”である度に、なぜ自分がそれを知らして欲しいと望むのか、その理由は想像を絶する。

Growl にはネットワーク能力も持っており、ノーティフィケーションをひとつのコンピュータから別のコンピュータに送ることができる。そこで、あなたはラップトップを抱えて長椅子に座り、別の部屋にある Mac がダウンロードを終えるのを待っているとしよう。Growl はアラートで終了を教えてくれるので、あなたは立ち上がって確認に行かなくてもよい。

Growl と互換性のあるプログラムのリストはかなり沢山ある。Growl を直接サポートしていないプログラムは、それを可能にするサードパーティユーティリティを使って動くようになる。例えば、iTunes は Growl を直接サポートしていないが、GrowlTunes、Quicksilver、あるいは Synergy Classic を使って Growl と連動するようにできる。それらが代わって Growl と通信してくれるからだ。同様に、GrowlMail は Mail を Growl と共に使用できるようにする。GrowlSafari は Safari と Growl とを仲介する(GrowlTunes, GrowlMail, GrowlSafari は全て Growl の Extras フォルダに含まれている)。また Growl は HardwareGrowler(これもダウンロードされたパッケージに含まれている)を使って、ハードウェアの変更をユーザーに知らせることができる。( HardwareGrowler は、周辺機器が接続/取り外されるなど、コンピュータに加えられた物理環境の変更をユーザーに通知する。)

Wooden Brain Concepts の OmniGrowl ($10) は、従来サポートされていなかった多数のプログラムやサービス(iCal や Address Book のイベント、トラフィックレポート、RSS ヘッドライン、その他)と共に働く。Gmail ユーザー用の便利なプラグインは Waffle Software の Google + Growlだ。これは Growl と Google Notifier(このプログラムによりユーザーはあなたのブラウザーを開くことなしに Gmail や Google Calendar をチェックできる)間の通信を確立する。

Growl は、着実にアプリケーションデベロッパーからのサポートを集めているようだ。Growl の互換アプリケーションやサードパーティプラグインのリストが拡大するにつれ、この便利なツールは、システム全体のノーティフィケーションシステムとして真にふさわしいものに向けて少しずつ前進している(もしも Apple が実際にこれを Mac OS X に統合してくれる日が来れば私は心底驚くであろうが)。私は Growl を検討してみることを強くお薦めする。そしてもしこれが気に入ったら、あなたが使っているプログラムのメーカーに働き掛けて Growl のサポートを追加するよう奨励してもらいたい。


Mac が 25 歳に: 史上最高の Mac は?

  文: Adam C. Engst <ace@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

Macworld にいる友人たちから電話がかかってきて彼らの 25 周年記念号に寄稿を依頼された時、私はこのチャンスに飛びついた。Steve Jobs は過去には全く興味がなく、あの有名な Apple のアイコン庭園を閉鎖したばかりか、取り壊してしまった。でも私は過去に注意を払うのも有益なことだと思う。それは、私たちが今日どこに立っているのかを知らせてくれるばかりでなく、願わくは、私たちの犯した過ちを繰り返さないために役立つのではないだろうか。

そういうわけで、あらゆる Mac の中でベストなもの はどれか、と問われて、私はさほど考え込まずに答を出すことができた。それは、 Macintosh SE/30 だ。誰でも一番好きな Mac は自分が初めて持った Mac だ、という Andy Ihnatko の賢明な意見に逆らうことになるが、この SE/30 はほんの外面的にしか私の初めての Mac でなかった。それは当初 SE として生まれ、後になって Tonya と私が 1990 年にマザーボードの交換によって SE/30 にアップグレードしたのだ。

私の選んだ答は John Gruber や John Siracusa という大物たちの答と奇しくも一致していたが、私たちは決して SE/30 が現代的な Mac と張り合える力を備えていたからという理由でこれを選んだのではなかった。Charlie Sorrel は Wired の Gadget Lab ブログでそんなことを言っていたようだが。SE/30 が現代のどの Mac にも太刀打ちできないのは痛いほど明らかなことだ。もしも最高の Mac をただ単に最もパワフルなものという基準で選ぶのだとしたら、それは Apple の現行モデルどうしの単なる性能競争になってしまう。しかも新機種の Mac が出る度に入れ替わるだろう。それではつまらない。

そういうことではない。私が SE/30 を史上最高の Mac として選んだのにはもっと微妙な理由がある。

というわけで一言でまとめれば、この SE/30 は Macintosh が将来どのようなものになるかを私たちに垣間見させるとともに、その将来が次第に実現して行くさまを自ら見届けるために長生きしてくれた素晴らしいパッケージだった。だからこそ私は、今も私の SE/30 を本棚に置いている。そこから、私たちの仕事部屋を入ったり出たりする新しい Mac たちを見届けつつ、私たちに初心を思い起こさせてくれているのだ。


Mac が 25 歳に: 私たちの初めての Mac

  文: TidBITS Staff <editors@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

Macintosh は今週 25 歳となった。そこでこのイベントを記念して、私たちスタッフはそれぞれにちょっと時間を割いて時の深みへと潜り込み、自分たちの初めての Mac に思いを巡らせてみた。

Adam と Tonya: Macintosh SE -- Tonya と私が初めての Mac を買ったのは 1988 年の夏だった。あの時はちょっとばかりずるい手段が必要だった。私たちは二人とも当時 Cornell 大学の学生だったが、夏学期の授業には登録していなかったので、秋学期が始まるまでの間は学生割引価格のための資格がなかった。でもそんなことにはひるまない私たちは、友人を説得して彼女の名前を書類に書かせてもらい、自分たちのお金を払って、二連フロッピー仕様の Macintosh SE を家に持ち帰った。二人とも Cornell の共用コンピュータ室で働いたことがあったので当時既に Mac の初心者ではなかったが、アパートの部屋に Mac を持つことで、Tonya はレポートの、私は卒業論文の執筆が前より簡単に書けるようになった。これらはいずれも、リリースよりかなり以前のバージョンの Storyspace ハイパーテキストエディタ(現在でも Eastgate Systems から販売されている)を使って作業した。WriteNow などのサイトライセンス付きプログラム以外にも、自分たちの新しい Mac 用に早速 QuicKeys と Suitcase を買い込んだのを覚えている。

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私はそれより少し前、自分の Atari 1040ST(私の初めてのコンピュータは Apple ][ クローンの Franklin ACE 1000、その次がこの Atari 1040ST だった)用にハードドライブを組んだことがあった。Seagate の 30 MB メカニズムと、SCSI コントローラボードを、大型ドライブが最大五台も収納できる巨大なケースの中に組み込んでいたのだ。そこで、このハードドライブを新しい SE に持って行くために必要なのはこの Mac の SCSI に差し込める新しいケーブルを作ることだけだったのだが、残念ながら私は配線テストをするための電子機器をもっていなかった。でももう一度勇気を奮い起こして、私は配線をケーブルから電池駆動の水鉄砲へと繋いで接続をテストした。テストはうまく行き、ドライブはちゃんと動いて、すべてがうまく働いた。

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私たちはこの SE をその後一年ほど使ったが、卒業後、SE/30 アップグレードが出たので、このチャンスに飛びついてグレードアップすることにした。さらにビデオカードと Apple 13 インチ RGB モニタも追加した結果、私たちのつつましい SE は当時最先端のパワーを持つ正真正銘の本格マシンへと変貌した。この SE/30 は今もわが家の本棚に置いてあって、1990 年代初期の Macintosh の世界がどんなであったかを私たちに思い出させてくれる。(2009-01-26 の記事“Mac が 25 歳に: 史上最高の Mac は?”参照。)

Joe: Macintosh SE -- Texas 大学 Arlington 校の大学院にいた頃、私は一種の転向を経験した。大学のコンピュータ室でたくさん Mac の感覚を得たので、もう二度と PC に戻ることはできないと悟ったのだ。Mac が好きになる理由はたくさんあったが、決定的な要因は、疑いもなく Nisus だった。私はこの並外れた多言語ワードプロセッサのデモ版を大学の Mac Plus で試してみて、階段状に重なった階層メニューが出てくるのに合わせてただただよだれを垂らしたものだ。PC の世界でこれに及ぶものは一つもなく、私は言語学を専攻していたので、このプログラムの見事な非ローマ言語サポートを見ればもう迷うことなどなかった。

ただ一つだけ問題があった。飢え死にしそうな学生にとって、あの 1991 年初めごろの当時で最も安い新型 Mac も、とうてい手の出る値段ではなかった。実際、中古品の SE/30 でさえ(これはその前年に生産中止となった機種だ)私の手持ちのお金にあと二千ドルほど追加しなければ手に入らなかった。でも、自分が何とか方法を見つけて可能になればすぐに Mac を持つだろうことが分かっていたので、私は卒業前に(学生割引を使えるうちに)さっさと Nisus を注文した。それを走らせるコンピュータは持っていなかったのに。

Se30

もしもそれだけの資金があったら、私は Mac Portable を買っていただろう。当時はそれが考えられる限り最高にセクシーなコンピュータに思えたからだ。でもその代わり、その夏私は(たしか私の記憶では)五百ドルほど出して中古の Mac SE (20 MB ハードドライブ付き) を買い、さらに百ドルほどで RAM を最大の 4 MB に増設した。その秋、私は出力用に新型の StyleWriter プリンタと、接続用に Global Village ADB モデムを加えた。

この SE を持っていた期間中、総額にして当初の費用を超える金額を注ぎ込んで私は壊れたロジックボードと故障したハードドライブを交換した。それでもこれは私の愛してやまない初めての Mac だった。その後二年ほど経って次の Mac、Centris 610 へと大きな一歩を踏み出した時、私はこの SE を家族に譲り渡した。

Jeff: Macintosh Classic -- 私の話はもう少し昔に遡るので、同僚たちの幾人かとはまともに「初めて使ったコンピュータ」を競うことなどできないと十分に認識している。私が初めて自分のものにしたコンピュータは Commodore VIC-20 だった。これはその後間もなく圧倒的パワーの Commodore 64 に買い替えた。高校時代、私は学校新聞の顧問の教師に交渉して、デジタル時代に対応するために C64 を何台か導入してもらおうと試みたが、彼女は(賢明にも)既に Mac Plus を入れることを決めていて、さらに次の年には Mac SE も何台か入ることになった。

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私はその Commodore 64 を大学へも持って行ったが、その頃にはこれは既にただのワードプロセッサで紙への印刷だけできるもの、という存在になっていた。Mac が、私にとって第一の、最も大切なコンピュータとなっていた。高校新聞で編集作業をした経験から、私は PageMaker 1.0 でレイアウトをする(その際頻繁にフロッピーを入れ替える)こと、Microsoft Word で文章を書くこと、それから Solitaire のゲームの裏技も、学んでいた。大学一年生の間、新聞部にある新機種 Mac を使いこなせる編集部員は私一人だった。でも私は自分で買うお金は持っていなかった。締め切りが迫ると、私はよく一年生女子寮にいる友人に頼み込んで、彼女の Mac SE で記事を書かせてもらったものだ。

Commodore64

ついに、二年生になって、私は学生割引を利用して Macintosh Classic を買った。それを持ち運ぶためのケースも(もちろん!)買った。私はよくこれを肩に掛けて自転車に飛び乗り、毎週深夜の締め切り間際に新聞部のオフィスに駆けつけたものだ。もちろん新型の PowerBook を持てたらなあと心から思った(後になって私は中古の PowerBook 100 を買い、これは私の大好きなマシンの一つになった)が、当時の価格では手が出なかった。

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Matt: Macintosh LC -- プログラマーとしての私はコンピュータでの作業を 1968 年以来続けているが、1980 年代初頭に古典学の教授となった私が直面したのは古代ギリシャ語をどうやってタイプするかという問題だった。より正確に言えば、同じ書類に英語とギリシャ語を両方タイプするにはどうするかという問題だ。私は IBM の Selectric タイプライター(活字ボールを交換できる電動タイプライター)を持っていたし、後になって Olivetti の電子タイプライターで交換可能な活字ホイールだけでなくごく小さな「メモリ」も持っていてほとんどミニチュアサイズのワードプロセッサとして働くものも使った。でも、本当の解決にはパーソナルコンピュータが必要だった。私は Laser 128 という Apple ][c クローンを手に入れた。ImageWriterと、Gutenberg という名の素晴らしい(現在は存在しない)プログラムとをこれに組み合わせて、フル装備のワードプロセッサで自由自在に英語とギリシャ語の文字を操れるものが出来上がった。

IBM_Selectric_Type_Balls

Laser128_1

1980 年代の後半になって Cornell 大学で教えていた時、私は Adam に出会った。彼は私に共用コンピュータ室で Mac の使い方を教えてくれた。Microsoft Word と QuicKeys(それにたくさんのフロッピーディスクの出し入れ)を組み合わせて巧みなトリックを実行したりしていたのを覚えている。けれどもこの Mac はやはり私にはおもちゃのように思えた。だから特に一台欲しいとも思わなかった。

その後、1990 年に、私は Swarthmore College に職を得た。そこでは、他のすべての教授と同じように、私にも仕事用の Mac が一台あてがわれた。それはあの初期のずんぐりした一体型のマシン、ちっぽけなモノクロのスクリーンが内蔵された、たぶん Plus か SE のどちらかだったろう。それは私のデスクの上で目の前にあって、何やら「インターネット」とかいうものに繋がっているという話だったので、自然と私は四六時中それで遊んでいるようになった。(おお、あの INIT たちよ! おお、爆弾アイコンよ!)

でも、私を Mac 人に変えたのはこのマシンよりも、そのマシンのために私が入手したいくつかの素晴らしいアプリケーションたちだった。まずは Nisus、驚くべき検索・置換とマクロの機能を備えた魅力的なワードプロセッサだ。それと共に使うのが LaserGreek、見事な古代ギリシャ語フォントだ。この組み合わせで、私の多言語学術著作がすべて書きこなせた。そしてHyperCard 2 が、Mac のインターフェイス自体をプログラム可能なものにしてくれた。私は学生たちのためにこれを使って古代ギリシャ言語講座を作り上げた。その学年度の終わりには、私はもういっぱしの Mac 転向者で、新品の「ピッツァボックス」 Macintosh LC の誇り高きオーナーとなっていた。StyleWriter プリンタを繋いで、これはその後長年にわたって私の仕事のための主力マシンであり続けた。

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Glenn: Macintosh Plus -- 私が初めてプログラミングをしたコンピュータは Commodore PETで、私が持った最初の PC は Ohio Scientific Challenger 1P だった。この C1P で、私は機械語コードのプログラミングを自分で覚えたし、自分で書いたテープベースのソフトウェア・ローディングプログラムの著作権も取った。この $333 のコンピュータを私に買ってくれた両親は、それから何カ月間も私が自室の外にいるのをほとんど見かけることがなかった。

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名前の中にある 1P とはポートが1つという意味だ。これは未実装の RS-232C ポートで、そこにいくつかコンポーネントを取り付けたり、別売のコネクタにハンダ付けしたり、110-baud モデムを走らせたりできた。ブートファームウェアにはイースターエッグがあって、文字“L”を入力すると、内蔵の 8K BASIC が Micro Soft と Bill Gates によって書かれたものだと表示される。(Bill Gates っていったい誰だ?)

Apple ][ と同様、PET と C1P もやはりあの有名な 6502 プロセッサを使用した。大学に進学した頃には、私は Commodore 64 にアップグレードしていたが、これもやはり同様のプロセッサを使っていた。

私が 512K Mac を使い始めたのは高校の最後の学年だった。私は学校新聞の植字担当だったのだ。そこには古びた写真植字用の機器があって、それを使って私は左右の端を揃えた行を一度に一行ずつ薄い感光紙にセットし、現像してからワックスで仕上げた後に、切り取ってボード上でレイアウト作業をするのだ。

私の素晴らしいジャーナリズム担当の教師は、1985 年の冬休みに私が新聞局最初の Mac を自宅に持ち帰ることを許し、休暇中に PageMaker 1.0 を勉強して、新学期にはそれで植字をしたり他の連中にも教えられるようになってこいと言ってくれた。私は有頂天になった。おそらくこの体験が、その次の秋に私が大学への進学に際してグラフィックデザインを中心とした芸術専攻を選んだ動機となったのだろう。

Jeff と同様、私はレポート書きのために自分の Commodore 64 を大学へ持って行った。でも、何とも豪勢に 1 MB もの RAM を誇る Macintosh Plus が発売されて数カ月が経つ頃には、私は心から Mac が欲しいと思うようになった。二年生になって私の父方の祖父母が私に Mac を買ってくれたが、おそらく学生割引価格でも $1,200 ほどしただろう。

ルームメイトの Ethan Robey と私は二人でお金を出し合って、高価なドットマトリックス・プリンタを買うことにした。けれどもどこで間違ったか、私たちは違う機種を注文してしまった。何週間も待ったあげく、キャリッジの広い、ピン送り用紙版の ImageWriter IIが届いたのだ! しかも返品はできず、必要以上にずっと高額のお金を払わなければならなかった。何てこった。でも、良かったこともある。これは通常のピン送り用の連続用紙も、どちらも扱うことができ、ピン送り用の連続用紙は在庫がたっぷりあっていくらでも、ええと...「借りる」ことができたからだ。その当時には、もうそういう用紙はほとんど使われなくなっていた。

さて、この Macintosh Plus は決して一時的な気まぐれではなかった。私は毎年たくさんの 800K フロッピーの差し替えセットをこの可愛い奴で消費した。四年生の年 (1989-1990) だったと思うが、私はケース開け用キットを入手して、RAM を自分でアップグレードすることにした。1 MB から 4 MB にアップグレードするのに、キャンパスのコンピュータストアは正気とは思えないほど高額のお金を要求した。$750 くらいだったんじゃないだろうか?

そのキットは非常に長い六角レンチ(これを使ってケースの上部にある二つのちっぽけな、届きにくい場所にあるネジを外す)と、スプリング付きのクリップ(Mac の閉じ目にこれを差し込んで、少しずつこじ開ける)それに内部のコンポーネントが焼き切れることを予防するためのアース用ストラップから成っていた。

その春、私は 60 MB の Ehman 外付けハードドライブをかろうじて買えるだけのお金を貯めた。当時私に手の届く価格のドライブはそれだけだった。そして、フロッピーを差し替え差し替えする日々は終わりを告げた。

Jeff と同様、私も特別の場合にはこの Mac を抱えて持ち運んだ。飛行機の機内では、真ん中の席にしか収まらなかった。私はオレゴン州で生まれ育ち、コネチカット州の大学に行ったので、真ん中の席にたくさん座った。

この Mac は結局 4 年間ほど使いこなしたが、最後には友人に売った。彼は Brooklyn に引っ越したが、彼が数人の他の人たちと共同で住んでいた家から外出中に、地下のパイプが破裂して、Mac の上に水が降り注いだ。ルームメイトたちが(電源はオフだった)コンピュータのプラグを抜き、きちんと乾かしてくれたので、その後かなりの間問題なく働き続けた。

次に買ったのは桁違いに進歩したマシン、Macintosh IIcx だった。それから 1991 年になって私は Kodak Center for Creative Imaging に就職し、100 台の Macintosh IIfx の管理を任された。(Jean-Louis Gassee の野郎め!)また、自分の Macintosh Portable も持った。[訳者注: Gassee は Macintosh IIfx の開発責任者。IIfx はハードウェア上の厄介な互換性の問題で有名。]

Rich: Mac mini -- 私の初めての Mac を明かしたならば、きっと Adam が私を TidBITS スタッフから追放してしまうんじゃないかと本気で恐ろしいので、あなた方の注意を逸らすためにこの話を私が(初めて所有したのでなく)初めて使った Apple 製品のことから始めたいと思う。

Glenn と同様、私も小学生の頃に Commodore PET でプログラミングを始めた。これをバイナリ・モードに切り替えて、2進法の足し算を見せたりして得意になっていたものだ。(私の教育はバイナリで始まりバイナリに終わっている。)かなり早いうちに、私の親友の両親が家族用に Apple ][ を買ったが、私たち二人があっという間にそれを独占するようになり、ゲームとプログラミングづけの日々を送るようになった。数え切れないほどの時間を費やして、私たちは Wizardry をプレイしたり、また教育用ソフトウェアをデザインして、これをうちの学校に売りつければ中学を卒業する前に引退できるだけの財産が築けるんじゃないかなどと考えたりしていた。その同じ年月の間、私たちは Atari 2600 で BASIC プログラミングをいじり回したりもしていた。(使っていたのは小さな手動コントローラで、プログラムを保存することすらできなかった。)

私が持った初めてのコンピュータは Commodore 64 で、友人と私はその時の気分が Apple か Commodore かに応じて彼の家と私の家を行き来した。1984 年に、私たちの学校に初代の Mac が二台入った。同級生たちがプラスチックケースに入ったフロッピーディスクのことを「ハードドライブ」と呼ぶのを大騒ぎして直してやっていたのを覚えている。(その結果、後になって私は故郷の町でデートの相手を見つけることが一度もできなかった。)

私は Colorado 大学への荷物に Commodore 128 を一緒に入れ、両親にこれを四年間きちんと使うと約束した。(結局それは八年間になり、途中でいくつか他のコンピュータも伴うことになったが。)在学中、私はさまざまの Mac をレイアウト作業や出版などに使ったが、授業のために使ったのは主に PC だった。その理由の大部分は私の意思以外のところにあった。私は近所の学生向けブックストアの店頭でさまざまの Mac の前で、後になってからは NeXT システムの前で、何時間もよだれを垂らして見ていたものだ。私が一台買えるだけのお金をようやく貯めた頃には、私は既に IT 業界での仕事に就いていた。さらに副業として PC を組むビジネスも始めていたので、Mac はもはや私の中では過去のものとして薄れていた。

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でも、その後で奇妙なことが起こった。Steve Jobs が Apple に復帰し、同社は一連の素敵なマシンに、新しい、Unix ベースのオペレーティングシステムを載せて出してきたのだ。私はたちまち興味を惹かれた。結局、第一世代の Mac mini に研究目的で投資することに決めた。パワーの面では私の自宅と仕事場のどちらの PC にも惨めなくらいに劣っていたが、たちまちにしてこれが旅行中以外は常に私の第一システムの位置を占めるようになった。

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その後、Intel への移行が発表されたので、まだ生産ライン上にある最初の MacBook Pro の一台を予約注文した。私は、仕事場のコンピュータを(会社の方針に真っ向から逆らって)仮想化し、それ以来私のマシンはすべて Mac ばかりだ。その間私が手に入れたのは二台の MacBook Pro と、一台の MacBook (これは妻のため、わが家に PC 追放令を出したからだ)、五台の iPod、二台の iPhone、いくつもの AirPort Express および Extreme ユニット、それとやたらに騒音の大きい Xserve も一台クロゼットに入っている。その上私は自分の側の家族を全員改宗させたし、今は妻の家族に働きかけているところだ。

これだけ元気良く語れば遅れて来た言い訳になるんじゃないだろうか。

Mark: Macintosh 512K -- この錚々たるメンバーの中で私が一番昔に Mac を購入したのだとわかってちょっとびっくりしている。まずは数年間、軽いプログラミングの経験を母の仕事場の Prime ミニコンピュータから始まり学校の Commodore PET、TRS-80、Apple ][、それに自宅の Atari 400 などで積んだ後、私は Apple の二番めの Macintosh モデル、Macintosh 512K を買った。私が Cornell に入学して間もなくのことで、Computer Science のプログラミングの授業で使うためだった。(さらに言えばそれは 13 日の金曜日のことで、これは実際私にとって幸運な日だった。)

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この初めての Mac は、その 9 インチの白黒スクリーンで、その後三年間私の大学生活を見続けた。その間、まずは Macintosh 512Ke にアップグレード(新しい ROM を持ち、当初の 400K だけでなく 800K フロッピードライブもサポートした)し、その後ついに Macintosh Plus へ、丸々1メガバイトもの RAM を備えてのアップグレードを果たした。私はそれほど長く Computer Science を専攻していなかったが、私の Mac はレポートを書くにも最高だったし、教授が彼の DOS アプリケーションの Mac 版を作るために私を雇ってくれた仕事のソフトウェア開発にも使った。

その Mac とともに、私は ImageWriter プリンタと、考え得る限り最もクールな周辺機器の一つ、Thunderware 製の Thunderscan 取り付け式スキャナも持っていた。これは ImageWriter のリボンカートリッジに替えて取り付け、プリンタのローラーとリボンのメカニズムを利用して写真やその他の書類をプリンタに通すことでスキャンをした。

1 MB のメモリと白黒 9 インチのスクリーンが不十分に思えてきたのは、その次に就いた仕事でたくさんのピカピカに新しい Macintosh II コンピュータに 13 インチのカラースクリーンという組み合わせをセットアップしてサポートする必要に迫られた時が初めてだった。結局私は自分用にカラーディスプレイと二連フロッピードライブの付いた Mac II を買った。その次の年、私はそれに 30 MB の SuperMac Dataframe ハードドライブまで買い足した!

この Mac II は、RAM や PMMU のアップグレードもあって、その後数年間私のもとで働いた。その間に PowerBook 100 も加わり、最後には SuperMac C600 クローンのデスクトップ機に道を譲った。その後、私は Quadra 950、Power Mac G4、それからたくさんの PowerBook や MacBook ラップトップ機も持った。

Doug: 20 インチ Intel ベース iMac -- 私は 25 歳になった Mac 自身とほぼ同じ年齢なので、私が記憶を辿る旅は、他の人たちが記憶のマリアナ海溝を究める探検に比べれば、ずっと短いものとなる。

公立学校に通った 12 年間を通じて Apple で育てられたので、そのコンピュータをめぐる記憶は私の頭脳のいたる所に漂っている。小学校では、Apple ][ 由来の何かマシンで Number Munchers や Oregon Trail[訳者注: いずれも教育用コンピュータゲーム]をした。中学校では、Macintosh Classic II を使って HyperCard アニメーションを作った。高校に入ると、 iMac G3 でウェブをサーフィンした。学校生活の中にはいつも Apple があったが、私たちは皆自宅には PC を持っていた。そのコンソールに書かれていたのはただ一言、“Standard Computer”だった。この名前は、特徴のない人物像、という何か漫画的な姿を連想させ、私は今でもクスリと笑ってしまう。私が Mac に対する親近感を自ら意識するようになったのは大学に入ってからだった。

Cornell 大学で芸術を学びながら、私は芸術学部の Mac ラボで監視員として働くようになった。この部屋には、それぞれ 22 インチの Cinema Display の付いた Power Mac G5 がおよそ 20 台ほどずらりと並んでいて、私はそこにいるのがただただ大好きだった。当番でそこにいる時も、授業時間の合間にぶらりとやって来ている時も、あるいは卒業論文のためにビデオの編集をしている時も、私の大学生活の数限りない時間がこのラボで、これらのマシンとともに過ぎて行った。だから、あらゆる意味で、この時の経験こそが私にとって初めての Mac と言えると思う。

でも結局その後、私は実際に自分のマシンと言えるものに手を触れることができた。大学を卒業してニューヨーク市に引っ越した時、早速私は開店したばかりの五番街 Apple Store に行ってみた。新しいマシンをいろいろ触ってみて、20 インチの Intel Core Duo iMac に一目惚れした。そして数日後、Apple のウェブサイトで一台注文した。それから三年しか経っていないが、今でも毎日きちんと私のために働いてくれている。

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[この記事の中の画像は、多くの情報源からリンクされている。具体的には、All About AppleLow End MacEarly Office MuseumGreater Pittsburgh Vintage Computer MuseumOld ComputersWikimedia Commons などだ。]


TidBITS 監視リスト: 注目のソフトウェアアップデート、26-Jan-09

  文: Doug McLean <doug_mclean@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

St. Clair Software の Default Folder X 4.1.1 は、開く・保存のダイアログを拡張するこのユーティリティのメンテナンスおよび安定性のためのアップデートだ。今回対処が施されたバグとしては、ログアウトや Mac の再起動の際に起こることのあったクラッシュ、Default Folder X が開いている間に現在の URL を Firefox の中から他のアプリケーションが取り出すことのできなかった AppleScript のバグ、それから Finder クエリーが失敗したというエラーメッセージを繰り返しコンソールに出力していたバグなどがある。また、ファイルのラベルに関する衝突の問題を緩和することにより Hazel のサポートを改善した。(新規購入 $34.95、アップデート無料、10.2 MB)

Apple のQuickTime 7.6 は、このマルチメディアソフトウェアにいくつかのアップデートをもたらす。変更点の主なものとしては、シングルパス H.264 エンコーディングの品質向上、Motion JPEG メディア再生の信頼性向上、AAC エンコーディングにおける忠実度強化、MPEG ビデオファイルからオーディオトラックを書き出す際の整合性改善、それに iChat や Photo Booth との互換性向上などがある。Apple はまた別途にセキュリティ書類もリリースして今回のセキュリティ関係のバグ修正も詳しく発表している。今回対処が施された問題点は、主として悪意を持って作成された URL やムービーファイルがアプリケーションをクラッシュさせるというものだ。このアップデートは現在ソフトウェア・アップデート経由で、または Apple のウェブサイトからも入手できる。(無料アップデート、72 MB)

RedleX の Mellel 2.6 は、ますますパワフルになるこのワードプロセッサに多数の新機能を追加する。出来たてホヤホヤの新機能は最新式の Quick Look プラグインで、書類のプレビューが印刷したものと全く同一の状態で見られる。また、Spread View 機能も新しく、書類のページを本や雑誌を見開きにして見るのと同様に表示する。今回の新バージョンではまた統計情報パレットの改善、自動アップデートのサポート、PDF への直接保存機能、スタイルセットを切り替える際の賢いスタイルマッチングなども装備された。変更点や改善点、バグ修正などの完全なリストは RedleX のウェブサイトで読める。(新規購入 $49、アップデートは 2006 年 12 月以降の購入については無料、それ以外は $19、33.3 MB)

Karelia Software のSandvox 1.5.4 は、テンプレートベースのウェブサイト作成ツールのマイナーなメンテナンス・アップデートだ。最も大きな変更点はJS-Kit のコメントサービス Comments のサポートを追加したことだ。JS-Kit の Comments サービスは、サイトの管理者がソーシャルネットワークを育て、ユーザー参加のコンテンツを促進し、ユーザーと直接交流できるように、完全機能のコメントエンジンを提供する。Karelia のウェブサイトによれば、この新バージョンにはそれ以外にも発表されていない変更点もあるようで、おそらくそれはマイナーなパフォーマンス改善とかバグ修正とかいったものだろう。($49 Regular/$79 Pro、アップデート無料、26 MB)


ExtraBITS、26-Jan-09 版

  文: TidBITS Staff <editors@tidbits.com>
  訳: 亀岡孝仁<takkameoka@kif.biglobe.ne.jp>

Intel-based Mac 上のバグあり Seagate ファームウェアに対する修正 -- Seagate は未だ、我々の問い合わせである Mac ユーザーは如何にして幅広い品揃えのバグあり Seagate ドライブのバグありファームウェアをアップデート出来るのかに対して回答してきていないが、Steve Maller によると、Seagate の技術サポートの人が彼の Mac Pro を FreeDOS に起動できる CD の作り方について順を追って説明してくれたので、その後そのファームウェアアップデーターを走らせることが出来たと言う。PowerPC-based Mac と外付けの箱に入っているドライブに対しては、未だ解は出されていない。(リンク投稿 2009-01-26)

iLife '09、27-Jan-09 に出荷 -- Apple は iLife '09 の出荷を 27-Jan-09 に始めると発表した。この最新版は iPhoto, iMovie, そして GarageBand に対して大幅なアップグレードがなされている;新しい Mac には無料で搭載される;他のユーザーに対しては $79 となる。(リンク投稿 2009-01-26)

Adam が Mac ソフトウェアの将来を予言 -- Macworld の 25 周年記念号に、Adam は Mac のソフトウェアの当面の将来を見る記事を寄稿した。ここでは三つのことに焦点を当てている:Mac OS X で次に来るもの、Mac App Store の可能性、そして Apple はどの様にクラウドコンピューティングを受け入れているのかである。結論?ここ数年での大きな変化は期待しないこと。(リンク投稿 2009-01-26)

Macworld での六つの史上最悪 Mac 製品 -- Macworld の 25 周年記念号の一部として、Adam は Apple の六つの史上最悪の Mac 関連製品についての記事を書いている。これは全くの私見ではあるが、同時に読者のそれ- そして入っているべきであったもの - に対するコメントも見て欲しい。(リンク投稿 2009-01-26)

Tonya と Andy Ihnatko が Macworld Expo で戦略を練るを見よう -- Macworld Expo で録られた MacVoicesTV エピソード 917 で、Tonya が、Andy Ihnatko の NASA 乗っ取りの計画に相槌を入れた後、二人が Macworld Expo の過去、現在、そして未来について語る。Bob LeVitus と Bryan Chaffin も途中から参加する。(リンク投稿 2009-01-22)

Adam が Macworld で 2009年を予測する -- Macworld Expo の喧騒にまぎれて我々はこれを載せるのを忘れてしまったのだが、これが Adam の 2009年に対する Apple 関連の予測である。これは Macworld のショーの前に我々の友人が集めたものである。二番目の予測の一部はもう既に真実となっていることに注意。一点獲得!(リンク投稿 2009-01-20)

Seagate ハードドライブのファームウェアバグによりディスクが使用不可に -- ハードドライブのメーカーである Seagate は、その多くの高容量ドライブが使用不能になってしまうファームウェア問題の解を求めて作業中である。もし Seagate Barracuda 7200.11, DiamondMax 22, 或いは Barracuda ES.2 SATA モデルを購入しているのであれば、そのドライブが該当するのかどうかを確かめ、そして可能な修正方法について勉強すべきである。Seagate によれば、データは破壊されていないがアクセス出来なくなっているという、そしてバグにやられたドライブに対する修復サービスを提供している。(リンク投稿 2009-01-19)


TidBITS Talk/26-Jan-09 のホットな話題

  文: Jeff Carlson <jeffc@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

SugarSync の問題点 -- インターネット経由でファイルの同期をする、このベータ版のソフトウェアについて、データ消失が起こったこと、開発作業があまり行なわれていないことなどを読者たちが議論する。(メッセージ数 3)

Leopard の使用比率 -- どれくらいの数の人々が Mac OS X 10.5 Leopard を使っているのかを測定するのは難しいが、Omni Group の出している統計データが一つの目安となるかもしれない。(メッセージ数 9)

Caffeine -- 一定時間経過後にもコンピュータのスクリーンが暗くならないようにするこのソフトウェアの長所と短所を読者たちが議論する。(メッセージ数 13)

フォルダの表示について質問 -- 新しい Finder ウィンドウがすべてカラム表示で開くように設定することはできるか? (メッセージ数 3)

MacBook の電源ボタンを押すだけでシステム終了? -- MacBook が突然フリーズしてシステム終了してしまった後、この読者は Apple カスタマーサポートの電話サービスと Apple Store の Apple Genius からこの問題について互いに食い違う情報を得た。(メッセージ数 4)


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Valid XHTML 1.0! , Let iCab smile , Another HTML-lint gateway 日本語版最終更新:2009年 2月 4日 水曜日, S. HOSOKAWA