TidBITS: Apple News for the Rest of Us  TidBITS#1081/20-Jun-2011

Apple の移行に関する疑問はまだまだ続く。Glenn Fleishman が来たるべき MobileMe から iCloud への移行に関し私たちが知りたいと思っていることについていくつか情報をまとめる。Mark Anbinder は米国内のオンライン Apple Store でロックを外した iPhone が静かに追加されたことを伝え、Jeff Porten は Computers, Freedom, and Privacy 2011 カンファレンスで議論の的となった "Do Not Track" ヘッダ問題について報告する。また William Porter は、iMac の SuperDrive スロットへの SD カード誤挿入に関する警告の記事を寄稿する。でも今週号のメインは Joe Kissell による長編記事で、新しく出た Nisus Writer Pro 2.0 についての詳しい解説だ。今回の大幅なアップデートにより、このパワフルなワードプロセッサは再び本格的なライター向けの競合に加わった。今週注目すべきソフトウェアリリースは、MailMate 1.2、QuickSilver beta60、Kindle for Mac 1.5.1、Fantastical 1.0.1、Default Folder X 4.4.1、AirPort Utility 5.5.3、iMac Graphic FW Update 2.0、それに Typinator 4.4 だ。

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Apple、米国オンライン Apple Store でロックなし iPhone を販売

  文: Mark H. Anbinder <[email protected]
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

先週、PCMag.com の編集長 Lance Ulanoff が、ロックを外した iPhone を Apple は米国市場にリリースしようとしているのかどうかという疑問に対して発言して、いかにも権威ある口振りで「Apple はそんなことをしない」と述べた。ところがその翌朝、Ulanoff は Twitter 上で、「前言を撤回しなければならない」と認めた。Apple が、まさに彼の予想と正反対のことをしたからだ。

簡単に言えば、ロックを外した iPhone というのは特定のワイヤレスキャリアと関係しない機種であって、通信契約も何らの義務もなしに購入でき、オーナーが自分で互換なキャリアを選んで使うことができるものだ。iPhone 登場後の最初の数年間、米国内の顧客は AT&T のネットワークに縛られた iPhone のみを購入できた。今年になってから Apple は Verizon Wireless で使う機種の iPhone を追加したが、こちらもそのキャリアのネットワークのみでしか使えない。実際、AT&T と Verizon Wireless は、互いに非互換なテクノロジーをそれぞれのセルラーネットワークで使用しているが、AT&T および世界中の大多数の他のキャリアに対応するようデザインされている GSM 機種の iPhone は、ロックを外さなければ米国の T-Mobile ネットワークでも使え、Verizon Wireless に対応するようデザインされている CDMA 機種の iPhone は、同様に米国の Sprint ネットワークでも使える。

Apple は、(米国の) オンライン Apple Store に四つの新機種のロックなし iPhone をそっと滑り込ませた。16 GB と 32 GB の各モデルの GSM iPhone 4 で、それぞれにブラックとホワイトがある。Apple によればこれらは「対応している GSM ワイヤレスキャリアならば何でもあなたのお好きなものが選べ、例えば米国では AT&T も選べる」という。(T-Mobile も GSM テクノロジーを使用しているが、ここの 3G 実装は AT&T のものと異なる周波数を使っているため、同社のネットワークで iPhone を使った場合はデータの回線容量に制限がある。)

重要な点が一つ。ロックなしの GSM iPhone は依然として Verizon Wireless のネットワークや、その他の CDMA ベースのセルラーネットワークでは使えない。(最近の臆測によれば、Apple の Verizon Wireless 用 CDMA iPhone に搭載されている Qualcomm のチップセットは実際 GSM キャリアにも対応していて、いずれ双方のタイプのネットワークで使えるロックなし iPhone も出るのではないかという。まあ、それが実現しなくても私は驚かない。)

顧客にとって一番の利点は、ロックされていない iPhone はオーナーが世界中を旅した際にもいろいろなキャリアを切り替えて使えるところだ。GSM 機ならば、必要なのはあなたが選んだキャリアの提供する SIM カードのみとなる。(CDMA iPhone は SIM カードを使っておらず、現時点ではロックなし版は出ていない。一般的に、米国内の CDMA キャリアはそれぞれのネットワークでロックなしの電話機を使わせることに消極的なようだ。)ロックされていない iPhone があれば、消費者は外国に旅行した際にはプリペイド方式の音声・データサービスを購入するか、あるいはもっと費用を節約したければ、補助金付きの電話機への経費を埋め合わせるため何百ドルもの料金を設定する必要のない、ずっと安い料金のプランを提供しているキャリアを探すかすればよい。

Ulanoff が分別をわきまえて指摘した通り、Apple がこれまでこの戦略を避けてきたのには立派な理由がある。まず、消費者が混乱する可能性がある。普通、消費者はキャリアと電話機を別々に購入するのを望まないことが多い。また、米国の消費者たちがすっかり慣れてしまった補助金制度がなければ、見かけ上 iPhone の価格は非常に高く魅力に欠けるものとなってしまう。今回の 16 GB モデルの価格は $649 で、32 GB モデルは $749 であるが、AT&T や Verizon Wireless に縛られたモデルの価格はそれぞれ $199 と $299 だ。

ただ、世界を旅行する人たちや、特定のキャリアに縛り付けられることを好まない消費者たちからの、ロックなし電話機に対する十分な需要があるのは事実なので、Apple としても AT&T との独占契約の時代が終わったのを機にロックなしのものも発売して、補助金なしの価格を支払ってでもロックなしの機種を買いたい人々の希望に応えようと決断したのであろう。その上、今回のことで jailbreak をする人々が減るかもしれない。Apple が jailbreak の横行を何とかして抑えたいと思っていることは間違いないのだから。

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MobileMe から iCloud への移行通知が混乱を招く

  文: Glenn Fleishman <[email protected]
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

MobileMe の構想は、一度もうまく行ったためしがないかのように見える。スタートしたのは 2008 年の中頃で、従来の .Mac サービスから移行するものとして始まったが、さまざまの故障やデータ喪失、混乱などに見舞われてしまった。(2008 年 7 月 12 日の記事“MobileMe、よろめきながらも、ついに立ち上がる”参照。)最近 Fortune に出た記事によれば、Steve Jobs は MobileMe チームを叱りつけたあげく、そのミーティングの最中にグループのリーダーを交代させたのだという。

そして今、私たちは 2008 年と同じような騒ぎをくり返そうとしている。Worldwide Developer Conference で、iCloud について、iOS 5 について、それに Lion の出荷日について発表したそのすぐ後に、Apple は MobileMe 購読者たちに電子メールを送り、建前として状況を説明した。(私たちからの速報は、2011 年 6 月 6 日の記事“iCloud の出現で、長期予報は嵐を予想”のセクション「MobileMe はどうなる?」をご覧頂きたい。)

手短に言えば、Apple は現時点のすべての購読者に対し 2012 年 6 月 30 日まで無料でサービスを延長し、新規の顧客の受け付けは停止した。サポート記事の中で、Apple はさらなる詳細については「今秋」(つまり 2011 年の第3四半期に) iCloud が利用できるようになった時点で発表すると述べたが、これで私たちは何ヵ月間も混乱したまま取り残されることになる。いったいなぜ、今の時点で明確に質問に答えて、顧客の不満と混乱を避けようとしないのだろうか? まあ、時として Apple はこういうやり方をする。残念ながら、あまりにも多くの秘密主義の結果、明瞭さが戦略の敵と化した文化が生まれてしまっている。

混乱にさらに拍車をかけたのが、Engadget チームの post-AOL プロジェクトによる This Is My Next に載ったレポート記事だ。筆者の Joshua Topolsky は次のように書いた。

iCloud が動き出した時に何が起こるのか、ここではっきりさせておこう。イベントのステージ上で説明されたことと、私が Apple の PR 担当者に尋ねて確認したところによれば、このサービスは MobileMe がウェブで現在提供しているものを事実上置き換えることになる。つまり、打ち切り日の 2012 年 6 月 30 日がユーザーの眼前に到来するやいなや、現在あるウェブベースの電子メールクライアント、カレンダー、連絡先アプリ、その他のウェブのコンポーネントはすべて存在しなくなる。あなたはもはや、ブラウザからログインしてメールをチェックしたり、カレンダーのイベントを変更したり、連絡先を編集したりできなくなる。

私たちも自分で Apple PR に問い合わせを送って、Topolsky が説明したことが正しいのかどうか尋ねているところだ。もし正しければ、これは大きな損失となる。もしも Mac や iOS 機器にアクセスしてメールやカレンダーイベント、連絡先などを同期することができなくなるとすれば、自分のデータから遮断されてしまうことになる。

Topolsky の述べたことと相反する報告もいくつかある。例えば、Apple が新たに書いた iCloud ベースのウェブアプリを自社のイントラネットでテスト中だという報告がある。また、MacRumors が公開したばかりのスクリーンキャプチャには、カレンダーの読者が iOS 5 のベータ版を使って生成したように見える、カレンダーへの iCloud 招待状が示されている。

ウェブアプリの未来の状況はさておき、現行の MobileMe 関係の各種サービスに関してもたくさんの疑問がある。

以上、私たちが当面思い付く限りのことを列挙してみた。皆さんは、iCloud のリリース以前における MobileMe の使用について、何か他に疑問をお持ちだろうか? また、MobileMe のホストするデータやサービスについて、何か他の懸念でまだ Apple が説明していないことをご存じだろうか?

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iMac ユーザーは、SD カードを差す場所に気を付けて

  文: William Porter <[email protected]
  訳: 柳下 知昭 <tyagishi@gmail.com>

パートタイムだけれども、アクティブなフリーランスの写真家として、私は、多くの写真のファイルを SD カードから iMac のハードディスクへコピーする。昨年末、それ以前に数年使用していたウィンドウズのシステムを置き換えるために購入した iMac に非常に満足していた。iMac には、美しいディスプレーが備わっていて、Adobe Lightroom 3 が64 ビット対応を開始したことで、iMac 上で以前に比べて速く数百のイメージを処理することができた。

私の数少ない iMac への不満の 1 つは、背面にある届きにくい USB ポートの場所であった。この問題に対しての最初の解決策は、USB ハブを追加することだった。ハブを、iMac のディプレーの下のすぐ届く箇所に据え付けた。SD カードを小さなカードリーダーに差し、ハブへとつないだ。

告白しなければならないが、この時点では、iMac にユーザーガイドが付いていたとしても、私は一度も読んだことはなかった。つまり、最近になって iMac のディスプレーの横に 2 つのスロットがあることを見つけるまで数ヶ月もそれと知らずにこの素晴しいマシンを使っていたのだ:大きいほうのスロットは、iMac のスーパードライブであり、CD や DVD を読み込めるもので、小さいほうのスロットは、SD と SDHC の写真保管カードを読み込むことのできる SDXC スロットである。私は、光学ドライブはあまり使っていなかったが、SDXC スロットを見付けられたのは幸せで、USB ベースのカードリーダーを使うのをやめた。

しまった! -- 私は、2 つのスロットを勘違いするまでは幸福だった。最初に SDXC カードスロットを発見したとき、慎重に使っていた、カードを挿入する時には、iMac の側面がよく見えるように体を傾けていた。しかし、すぐにルーチンとなり、あまり注意を払わなくなった。そして、おおよそ 1 週間後、よく見ずに iMac の側面に手を伸ばして、うっかりと SD カードを光学ドライブの入口に入れてしまった。SD カードが正しく SDXC スロットに挿入されれば、CD の様にまったく見えなくなってしまうことはない。入口からカードが少しはみだすため、カードをデスクトップからマウント解除した時に、そこをつかんで、取り外すことができる。カードが、完全に光学ドライブの入口の中に消えてしまった時に、へまをしてしまったと気付いた。

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光学ドライブの入口には、綿毛状の 2 つのカーテンがある、恐らくほこり除けだろう。そのせいで、うっかりと入れてしまった SD カードがどうなったか中をのぞくことはほとんど不可能になっている。なので、カードを取り除く最適の方法は、わからなかった。

気まずかったが、何をしてしまったかを TidBITS の著者や編集者のコミュニティーのMac パワーユーザーの何人かに説明し、提案を募った。このような事をしてしまったのは、私が初めてでも、2 人目、3 人目でもないと聞いて驚いた。しかもこのコミュニティーは、有能な精通したユーザーのグループなのだ。

ペーパークリップルール -- 結局は、光学ドライブからカードを取り出すことができた。iMac の電源を完全に取り外し、注意深く横にした(そう、重いために非常にやりにくい)、そして、SD カードが綿毛状のカーテンに近付けるために机の表面に向って、iMac を非常にやさしく叩いた。

そして、私は Mac ユーザーの最も古くから、最も役立ってきた修理道具:大きなペーパークリップを使った。わたしは、- 再度非常にやさしく - 光学ドライブの入口のあたりを無分別につつくこと数分、- やった! - SD カードの先端がドライブのカーテンからちらっと見えた。その後に、それを指でつまめるくらいまで引っ張り出すことは、非常に簡単だった。

iMac を元の位置に戻し、すべてを繋ぎなおし、SuperDrive と 救い出されたカードをテストした。すべてがきちんと動作して、うれしかった。修理費もかからずアップルストアへ出掛けることもなく全てがうまくすんだ。

優雅と使いやすさ -- わたしは、よろこんで、間の抜けた事をしたと明記するし、間違いなく同じ過ちをおこさないようにするだろう。

たとえそうであっても、実質的に iMac がこの間違いを呼び込んでいることは、非常に明白に思える。2 つのスロットは右側面に配置されることで、視界から優雅に隠されている。しかし、この優雅な隠し方とスロットが隣接していることがあいまって、わたしがした様なうっかりした間違いをおこし易くしている。

ずばり言うと、このスロットの配置は、工業デザインの悪い例であり、将来の iMac のデザインで簡単に取り除くことができるものである。アップルは、iMac の右側面の 2 つのスロットをもっと垂直方向に離すことができる。もしくは、移動することによって内部のおおきな調整が必要かもしれないが、アップルは、SDCX カードスロットを垂直方向から水平方向へと変更することや、iMac の左側面に移動することができる。

見ための優雅と使い勝手は、同居できないわけではない。例えば、私は 様々なジェスチャーを学んでMagic Trackpad が使えるようになったことで、今はこれが大いに気に入っていている。しかし、iMac では、アップルが時として優雅さのために使い勝手を犠牲にするという非難に分があるかもしれない。SDXC スロットの位置以外にも、使い勝手を優雅と交換したように見えるたくさんの工業デザイン上の判断に気付いた。例えば、あなたは(積んだ本の上に載せることでもしなければ)、ディスプレーの高さを調整できないし、iMac の背面にある USB やその他のポートは、非常に届きにくい。さらに、iMac の電源ボタンは、左下の背面にあり、うまく隠せてはいるが、画面の角度やその位置を調整するために下の角をつかむとき、あやまってスリープさせてしまいやすい。

iMac は、ゴージャスなデザインであることに疑問の余地はなく、これらの使い勝手の問題を解消することで、その美学を傷つけるかもしれない。それでもなお、私はアップルには将来の設計において、これらの使い勝手について少くとも検討して欲しい。当面の間、もしあなたが、iMac を持っていて、SDXC スロットを使用するならば、SD カードを差す場所に気をつけて欲しい!

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CFP 2011: "Do Not Track" 論争

  文: Jeff Porten <[email protected]
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

ねえ、君のインターネット上での活動に関する詳しいプロフィール情報を、どこかの怪しげな会社が記録しつつずっと追跡して回るのを君は望むのか? それとも君は、例えば Google Search のような、広告収入でやっている無料のオンラインサービスを何百も利用する方が好きなのか? その種の疑問に関係した問題、つまりユーザーのプロフィール情報をインターネット上の広告が利益を生めるよう利用する開発法に関する問題が、Computers, Freedom, and Privacy 2011 カンファレンス初日のパネルディスカッションで議論された。

Do Not Track メカニズムに賛成する出演者たちは、ウェブブラウザの中にオンラインの "don't call" (連絡拒否) リストに相当するものを埋め込もうという現在提案中のインターネット標準に、賛成する立場から意見を述べた。この案では、追跡されたいか否かをシンプルなオン/オフのスイッチで設定できる。このスイッチがオンの場合は、あなたがウェブページを開こうとする度に、そのウェブサイトに対して、あなたが自分の情報を収集されたり再販売されたり、あるいはそこからデータを抽出されたりすることを望まないという意思が伝えられるようになる。

けれども、Do Not Track のやり方に反対する出演者たちは、提案されているやり方があまりにも広範過ぎて予期しない結果を生むだろうと述べた。すべてのデータの流れの完全遮断が簡単にできるようにしてしまえば、あるいは彼らの意見ではさらに悪いことに、それを _デフォルト_ の状況にしてしまえば、私たちがこれまで依存するようになってきたいろいろの無料サービスが枯渇するだろうというわけだ。

インターネットは、現在実装されている形では、この問題を「解決」するためにブラウザのクッキーを利用する。ここで解決を括弧書きにしたのは、ユーザーのプライバシーに関してクッキーがユーザーにコントロールの力を与えることにあまり成功していないという意見もあるからだ。技術に長けたユーザーでさえ、ウェブページを訪れた際にどれだけ多くのサードパーティの会社が ping されているかを見出すのは極めて困難だ。Center for Applied Cybersecurity Research の Chris Soghoian は、Wall Street Journal のサイトがそのウェブデータを外部の 38 社と共有していると述べた。(ただしこれが実際に数えた正確な値なのか、それとも口先だけの誇張なのかははっきりしない。)彼によれば問題は、私たちがこのまま Do Not Track ヘッダの使用に踏み切ってすべてのユーザーにより多くのコントロールを与えるようにすべきか、それとも広告ブロックサービスのような大がかりなやり方を使ってターゲットを定めた広告という流れそのものを止めてしまうかという選択なのだという。

いや、ちょっと待て、と反対陣営は反論する。追跡メカニズムを手軽にブロックできるようにするヘッダのシステムは、それが手軽になり _過ぎる_ という意図せぬ結果を生むだろう。ユーザーたちは追跡メカニズムが自分たちの利益になる部分の恩恵を受けられなくなる。例えば、現実に興味の持てる広告が見られたり、ウェブデータの内容とその表示方法をいろいろに調整して情報をより便利に利用できたりといった恩恵だ。彼らによれば、最も大きな懸念は米国連邦政府が手荒なやり方で介入して来て、自由市場の革新と新しい情報サービスとを抑え込んでしまう結果になる点だという。欧州連合 (EU) は既にこの方向に動き出しており、デフォルトでプライバシーを優先するという現在草稿段階の規制により、今後多くのオンラインサービスがヨーロッパでは稼動できなくなるのだという。

さて、ここからは論説に移ろう。論争そのものを見たいと思われる方には、リンクが判明し次第ここにリンクを掲載するつもりだ。

Do Not Track ヘッダの実装に反対する人たちについて私が最も問題にしたいのは、彼らの論拠の多くが不正直であった点だ。三人の出演者たち全員が、説明している内容のビジネス的側面と技術的側面の双方を明らかに知り抜いていた。そうであれば、彼らは自身の述べた論拠の中にいくつか欠陥があることに気付いていたはずだ。

論拠 1: Do Not Track に反対することはユーザーの力を増すことに寄与する。なぜなら、人々が自分の見る物をコントロールできるよう、よりきめの細かい能力が与えられるからだ。この論拠は、個別のクッキーを削除できるという事実に基づいている。ところが、マスタースイッチを使えばすべてかゼロかの選択になってしまう。

ここでの問題は、どれだけ多くのインターネットユーザーが "12:00 flashers" であるか、つまり 1990 年代にビデオデッキで時計を合わせることさえできなかった (時刻合わせができないのでいつまでも "12:00" が点滅したままの) 人たちと同じかということだ。今日流に言い直せば、何百万という人たちが Google に行くために Google 検索バーに "google" とタイプし、Apple のウェブサイトに行くために "apple" を検索している、ということだ。

そうした人たちは「きめの細かい能力」が与えられることを望んでいないし、与えられる必要もない。その意味で、これは Facebook でプライバシーをコントロールするのと同じことだ。Facebook でのコントロールは確かにきめ細かいが、それらはあまりにも使いにくい。私の意見だがこれは意図的にそうなっているのだと思う。たいていの人々はコントロールがあることも知らないし、何のためのコントロールなのかも知らない。この意味の「きめの細かい能力」とは、「難しくしておけば、現状維持されるだろう」ということなのだ。

論拠 2: もしもプライバシーが危ういという理由で人々がインターネットへの信頼を失えば、それはすなわちインターネットでの商取引の終わりを意味する。従って、自由市場を信頼して安全なシステムを設定することは可能だ。

私に言わせればこの論拠を解読するのはちょっと困難だが、証拠無しに主張を述べることを許してもらえるなら、インターネットが一つの巨大な一枚岩であってそれが信頼できるか信頼できないかのどちらかだと考える人は少ないだろう。Amazon で本を注文したりオンラインで銀行口座の取引明細をチェックできたりするのはあまりにも便利だ。十年前には「信用」が重大な問題であったけれど、もはや転換点は過ぎた。私は個人的に、Sony がこれまで何回 PlayStation ネットワークに侵入されたかもはや覚えていないし、どんなデータが漏洩しているのかも知らない。それでも同社の顧客の 90 パーセント以上が 既にオンラインに戻っている。どうやら、炭疽菌が文字通りデジタル化されて電子メールに添付できるようにでもならない限り、多くの人々をオンライン商取引から引き離すのは無理なようだ。

論拠 3:人々が提供しているデータの大部分は安全性に問題がなく、自ら意図して提供しているものだ。

私に言わせれば、これが最も大きな理解の相違だ。この点は、討論の双方の側であまりうまく対処できていなかったように思う。例えば今朝、私はウェブ上のベンダーに自分のアドレスを提供し、私がバスに乗ってカンファレンスに行くことを Google に知らせ、バスの中でも少しウェブサーフィンをした。これらのデータポイントも無害だと言うのだろうね、きっと?

それ自体では、確かに無害だ。けれども、私の ZIP コード(郵便番号)を購買層データベースと比較すれば、私がどんな種類の人物なのかの可能性が絞られ始める。私は、公共交通機関を利用するタイプの人間であって、私のウェブブラウザの履歴を見ればおそらく私が自動車を購入したことがないことも簡単に分かるだろうし、公の記録を見れば私が運転免許を持ったことがないことも分かるだろう。それから私は Android スマートフォンを使い、4G Clear MiFi ホットスポットをレンタルで借り、iPod touch を持ち運んでいるタイプの人だ。こうしたデータすべてが私のウェブブラウザから流れ出ているのであって、純粋に私のインターネット使用のみから発しているものだ。

これで、皆さんにも私がどんな人物なのかが分かり始めただろうか? これは、およそ一時間オンラインにいただけのことからだ。もしも数週間か数ヵ月間、あなたが私を観察してデータを収集し続け、私がどんなサイトを訪れてどんなベンダーをひいきにしているか知り尽くしたならば、どこまでのことが判明するか、ちょっと想像してみて頂きたい。Do Not Track ヘッダは正しい方向に向けた第一歩だ。現在既に、私たちは皆、ウェブ上にパンくずで足跡を残しているのでなく、丸々一斤のカラ(ユダヤのパン)を次々と榴弾砲で連射しているようなものだ。

Do Not Track ヘッダは、ウェブサイトのプロバイダがその使用法を尊重してそれに従うことを前提としている。その点にこそ、何らかの規制の力による裏打ちが必要となると私は思う。なぜなら、法律の力で裏打ちされない限り、会社が自らの意思でそれに従おうとしたり、さらにはその標準に同意しようとしたりする誘因がほとんど見当たらないからだ。

それに、Do Not Track システムはウェブサーバのメカニズムを要するので、広告主に有利な粒度を選べる道が明らかに残されている。例えば Google のようなウェブサイトで、あなたの情報をカスタマイズする目的で追跡をする必要のあるところへ行けば、そのサイトはあなたに対し、ここが信用できるサイトであることを示す「ホワイトリスト」に入れる許可を求めることができる。いったんあなたがそのような許可を与えれば、そのサーバは合法的にあなたについてのプロフィール情報を舞台裏で保存し続けることができるようになる。その一方で、認証を与えられていない他のサイトはすべてあなたを追跡することができなくなる。

残念なことに、規制に反対している陣営は、適切に実装できるかどうかについて政府を信用することができないと述べた点については完璧に正しい。ただしそれは、その陣営が主張した理由からではない。金の力にものを言わせてロビー活動をし、議論をどちらかの方向にシフトさせることはあまりにも簡単だ。また、互いに衝突する利害の双方をハンガリー風シチューさながらにごた混ぜにした法律が出来て、誰の利益にもならない結果に終わることもよくある。カンファレンスでは、他の講演者たちも現在の法律や進行中の将来の法律についてさまざまな意見を述べていた。賛成意見にせよ、反対意見にせよ、あなたがどちらかに強く共感されたなら、今こそあなたも身近な下院議員、上院議員、あるいはあなたの国の国会議員に連絡を取って、ご自分の意見を伝えておくべき絶好の機会ではないだろうか。

[編集者注: Jeff Porten は Computers, Freedom, and Privacy 2011 カンファレンスからの報告として他にもたくさんの記事を投稿してくれた。今後、週刊の TidBITS 号でもこれらの記事を少しずつ小出しにして行くつもりだ。早く読みたい方はこちらをどうぞ: "CFP 2011: Teens and Data Retention" (15 June 2011), "CFP 2011: Arab Spring or Twitter Revolution?" (16 June 2011), "CFP 2011: Shine On, You Crazy Senator!" (16 June 2011). -Adam]

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Nisus Writer Pro 2.0 レビュー

  文: Joe Kissell <[email protected]
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

Nisus Software が最近 Nisus Writer Pro 2.0 をリリースした。同社の伝説的なハイエンドのワードプロセッサの、メジャーな改訂版だ。前回のアップデートからもう一年以上経つが、今回の新バージョンには膨大な数の改善が施されていて、遅れを十分に正当化できるものとなっている。実際、今回は、もっと大きなことが言える。私は長年 Nisus Writer の良い時も悪い時もずっと注意深く見てきたが、Mac OS X が初めてリリースされた時以来(つまりこの十年以上で)私が自分のプロフェッショナルな執筆仕事に Nisus Writer を使おうと真剣に考えたのは、実に今回が初めてのことだった。それはショッキングなことでもあり、喜ばしいことでもある。

リリースノートは、極めて興味深い読み物となる。そこには 500 以上 の変更点が詳しく記されており、メジャーな新機能も、マイナーな変更も、バグ修正もある。今回のリリースで目玉となる主要な機能のいくつかは、まさに私が長年にわたって切望し続けてきたもの、例えば変更追跡、パラグラフの縁取りと陰影付け、ドロー関係のツールなどだ。Nisus Writer Pro 2.0 はまた、適切な目次や内部参照のクリック可能リンクを備えた PDF ファイルを作成したり、EPUB フォーマットで書類を書き出したり、ページ内容の背後にウォーターマークを追加したり、縦方向のルーラを表示したり、カスタマイズ可能な特殊文字メニューパレットを出したり、ディスク上に保存された画像ファイルへのリンクを入れたりすることもできる。

当然ながら、Nisus Writer Pro は以前からこの製品のトレードマークとなっていた諸機能を持ち続けている。例えば複数個の編集可能クリップボード、広範囲に及ぶ多言語テキスト (特に右から左へ書く言語) のサポート、世界最高の検索・置換機能、内蔵のマクロ言語、自動的にテキストを置き換えるグロッサリ(略語辞書)機能、一流の表作成・編集機能、複数コラム・セクション・その他のレイアウト機能、多岐にわたりカスタマイズ可能な自動番号付け・ブックマーク・相互参照・索引・目次の諸機能、脚注と巻末注、ユーザー定義によるパラグラフ・文字・リスト・ノートの各スタイル、それから覚えやすいようにカスタマイズできる複数キーのショートカット (例えば "Save as PDF" に Command-S-A-P など) など心配りの行き届いた驚くほど柔軟性のあるユーザーインターフェイス、などだ。また、Nisus が開拓者となり今日ではほとんどいたる所で見られるようになった機能、例えば非連続選択(今は「マルチパート」選択と呼ばれる)や回数無制限の取り消し・やり直しなども忘れてはならない。

先に進む前に、もしもあなたのワードプロセッサを使う必要性が、ほんの時々ビジネス上の手紙を書いたり買い物リストを作ったりする程度を超えないものだとしたら、その場合 Nisus Writer Pro はあなたにとってそれほど魅力あるものではないかもしれない、ということをお断りしておきたい。Nisus Writer Pro は、重量級の執筆仕事をする人たちのための、本格的なツールだ。書籍や、学位論文、学術論文、法律書類、その他複雑なものを書き上げる必要のある人たちにこそ、Nisus Writer Pro は最高のものを提供することができる。すなわち、あなたに想像できるほとんどあらゆる方法で テキストを操る ことができるのだ。950 ページにわたる卒業生人名録を調べて、"John Smith, Class of '72" という形の項目をすべて "1972 [tab] SMITH, John" という形に直す、つまり年をすべて4桁に直し、姓をすべて大文字にして前に置き、名の方はイタリック体で後に置く、というような作業でも、Nisus Writer Pro ならば 950 ページの全巻を数秒で済ませることができる。この種のパワーこそ、Nisus Writer Pro を他のワードプロセッサと一味違うものとしているのだ。

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私はこの新しい Nisus Writer Pro を使ってかなりの時間を過ごしたし、その経験については下で詳しく語らせて頂きたい。新しいことも、古いことも、良いことも、悪いこともすべて。私は Nisus と(その製品とも、その会社とも)個人的に長い歴史を持っているので、このレビュー記事をちょっとした物語風にまとめてみたい。私の性格を知る皆さんはきっと納得して下さるだろう。そんなものを読んでいる暇はないとおっしゃる方は、どうぞ適切な個所 (「2で新しいこと」セクション) まで飛ばして読んで頂きたい。でも、何よりも最初に、私の見つけたことをまずは一言でまとめさせて頂こう: ワーォ、Nisus が戻って来たぞ、やったぜ! 私は今、Mac ユーザーとしての私の最も初期の時代以来一度もしたことのなかった方法で、このソフトウェアに夢中になっている。それはまだ私の必要とするものを何から何まですべて備えているわけではないが、ついにそこに手の届く範囲までやって来た。つまり、まだ欠けているものはほとんどすべて、私がマクロを注意深く書き上げることによって補完され得る、それほどまでに完璧に近いという意味だ。ほとんど毎日、ほとんど一日中、ワードプロセッサで仕事をしている人にとって、しかも、到底口にすることのできない感情を Microsoft Word に対して抱いている人にとって、これはものすごく大きなことだ。テキストをやり取りして暮らしているあなたは、今すぐ このソフトウェアをダウンロードすべきだと思う。私は本気だ。

背景を少しばかり -- 多くの TidBITS 読者の皆さんはずっと以前から私を知って下さっていて、とっくにご存じのことかもしれないが、やはりもう一度ここに書いておきたい。大学院生として言語学を学んでいた頃の私は PC ユーザーだった。ただ、時々は大学のコンピュータラボで Mac も使っていたし、学位論文は Word で書くつもりだと指導教授に話したところ、彼は顔をしかめてから、そんなものの代わりに Nisus を検討すべきだと言ってくれた。(当時このソフトウェアは Nisus と呼ばれていた。)そこで私は無料のデモ版を注文し、届いたフロッピーディスクをコンピュータラボの Mac にロードして、その数分後に、もう私の運命は決していた。(そう、文字通り私の運命、私の一生のキャリアが、この時決定付けられた。)私は、このプログラムの機能に圧倒された。それは Windows で手に入るどんなものよりも遥かに優れていた。あまりにも圧倒されたので、私はじきに自分の初めての Mac を買うこととなった。(ちなみに、「古き良き日々」の Nisus について興味深い歴史的視点を得たいなら、Matt Neuburg が 1992 年に書いた Nisus 3.0 の膨大なレビューがある。全部で 14 個の「記事」が、TidBITS の三つの号にわたって展開されている。)

その当時、Nisus は広範な多言語サポートによって最もよく知られていた。それはまだ Unicode が生まれていない時代で、Mac でアラビア語、中国語、ヘブライ語、日本語などを書くにはかなりの助力を必要とした。そうは言っても私が書くものはほとんど英語だったが、でも私は長い、複雑な学術書類を書く必要があった。Nisus で仕事してみると、Word で書くよりもはるかに簡単にできることが分かった。Word では全然できないようなことも、Nisus ではクリックやキー操作を一つ二つするだけでできる、ということがたくさんあった。Nisus はただ単に非常にパワフルなワードプロセッサであるのみならず、際限なくカスタマイズが可能であった。内蔵コマンドのない何らかの作業をする必要があれば、ただマクロを作ってその機能を自分で追加すればよかった。もちろんこのソフトウェアにも限界はあったが、手に入るツールの中でこれが群を抜いてベストなものであることは疑いようがなかった。

その後数年間、私はいろいろな場所に住み、言語学とも大学とも無関係な仕事もいろいろした。それでもなぜか、私は Nisus の重力圏の内部に留まっていた。(それ以上詳しく語るのは止めておこう。Macworld でビールを一杯おごってくれれば喜んで全部お話しよう。)1994 年に San Diego に引っ越してから間もなく、私は Nisus Software 社でパートタイムの職を得ることに成功した。最初はマニュアルの索引作りを手伝う仕事で、その後技術サポートに移り、それからいつの間にか私は Nisus Writer の製品マネージャになっていた。同社で働きながら、私は初めての本の出版契約にもこぎ着けた。600 ページから成る大部の著書 "The Nisus Way" は、1995 年の末に出版された。著者としての私のキャリアは、言ってみれば非連続的だが、すべての始まりは Nisus からだった。私を Mac に導いたのも Nisus だったし、私を TidBITS に導いたのも、Adam と Tonya に引き合わせたのも Nisus だった。(Adam も Tonya も、当時 Nisus Writer の大いなる支持者であったし、その後何年にもわたって Nisus Writer を使って TidBITS を制作していた。)そうして結局、現在の私は滑稽なほどのハイペースで Take Control 本や Macworld 記事を書く習性を持つに至っている。

Nisus Writer で本を書くのは、喜び以外の何物でもなかった。飽き飽きするような繰り返し動作で時間を浪費することは決してなかった。なぜなら、私がしたいことはすべて、徹底的に自動化でき、すべてがキーボードからコントロールできたからだ。このソフトウェアを使って私は最高速で仕事ができ、仕事の邪魔になるものも、フラストレーションを起こすものも、何もなかった。私は Word でもたくさん本を書いたことがあるけれど、その作業を楽しいと思ったことは一度もない。本格的に執筆作業をしようと思えば、特にそれが技術的性格の内容であれば、Word のツールとしての適性は最小限と言える。ちょうど、コーラの瓶が釘を打つツールとして適していないのと同じことだ。(いずれの場合も、作業中にツールが壊れてしまうという厄介な傾向がある!)その点、Nisus Writer は完璧なバランスを持ったハンマー、ぴったりと仕事の目的に合ったツールだ。

さまざまな仕事や製品を通じて、私は長年 Nisus Writer を呼吸しながら生きてきた。編集者や同僚が原稿を Word フォーマットで欲しいと言ってきても、私はあわてなかった。ただ Save As コマンドを使うだけで、誰も違いに気付かないのだった。けれどもその後次第に、期待される対象範囲が変わってきた。1990 年代の末頃には、私が一緒に仕事をしていた人たちのほとんど全員が、Word の変更追跡や注釈、ユーザ定義スタイルなどを広く使うようになっていたので、彼らと書類をやり取りするためにはそれらの属性すべてが双方で完璧に届くようになっている必要があった。Nisus Writer にはそれができなかったので、私は不本意ながら自分のワードプロセッシングの大部分に Word を使い始めた。ただ、可能な場合には引き続き Nisus Writer を使うようにした。

それから 2001 年になって、Mac OS X が登場した。Nisus Writer は Classic モードでしか動作できず、そこでさえも見事に動作するとは言えなかった。その後 2003 年に至るまで Nisus Software は Mac OS X 互換なワードプロセッサをリリースすることなく、やっと出たものも Nisus Writer Express であって、こちらは完全に一から書き直されたアプリケーションで、Nisus Writer Classic の持つ機能のうちほんのちっぽけな一部分を備えていただけだった。それは私の仕事の必要するものには到底及ばぬものに過ぎず、私はほんの数年前にすっかり依存していた機能の大部分を備えたワードプロセッサさえ一つもないという状態のまま取り残されてしまった。ハードウェアがいくら速くなり、オペレーティングシステムがいくら高度になったとしても、私にとって最も重要な仕事を実行することに関して私の Mac は以前よりはるかにパワーの劣るものに成り下がってしまっていた。

古い Nisus の機能の数々を懐かしみ、何かもっと先進的なものをと夢見ていたのは、私だけではなかった。2004 年に、Adam Engst は記事“WriteRight: ライターのためのワードプロセッサ”(2004 年 5 月 17 日) を書いて、プロのライターのための本格的なワードプロセッサの欠如を嘆き、理想のツールが存在するとすればそれはどんなものかを夢想した。(ネタバレ注意: 彼の描いた結論は驚くほど Nisus Writer Pro 2.0 と似ている。)

21 世紀の最初の十年間を通じて、Nisus Software から何かアップデートが出る度に、私はワクワクしてリリースノートを読み、私の必要とする機能がそのソフトウェアに実現されたかどうかを確かめた。毎回毎回、私の希望は打ち砕かれた。2007 年に、Nisus Writer Pro 1.0 がかなりのファンファーレとともにリリースされ、それは確かに正しい方向に向けた大きな一歩ではあった。その後 2010 年のバージョン 1.4.1 が出た頃には、このソフトウェアはおそらく私が Nisus Writer Classic に置き忘れてきた機能のうち 80 パーセントほどを取り戻していただろう。でも残念なことに、その、残りの 20 パーセントこそ、かなりの程度に重要なものだった。加えて、私のリストは増大していた。例えば、Take Control が電子ブックの制作で Word に頼るしかなかったあの暗黒の数年間(その後私たちは Pages に移行した)を通じて、私たちはパラグラフの縁取りと陰影付けを含んだスタイルに依存するようになっていた。そんな機能はそれまでどのバージョンの Nisus Writer にも登場したことがなかった。このアプリケーションは Word 互換な注釈機能をようやく追加したけれど、私が必要とする機能の増大は Nisus Writer Pro の開発速度より速かった。

私はよく思案した。Nisus Writer の新しいバージョンを試してみる度にがっかりしつつ、私は Adam の書いた不満がまだそのまま言えることに思い至った。他のどのワードプロセッサとも同じく、Nisus Writer もまた、現実世界の中で編集者たちや出版者たちと協力して作業をしなければならないプロのライターたちのためにデザインされたものではない、と。編集可能な形で共有される必要の一切ない書類を作成するには十分能力のあるツールに思えたけれど、現実世界のワードプロセッシングではそのような状況がますますまれなものとなってきていた。

2で新しいこと -- そして今、バージョン 2.0 がやって来た。私はきっとまたがっかりさせられるのだろうと覚悟していた。けれどもリリースノートを読み進むにつれて、私の口はあんぐりと開いた。まるで、Nisus Software にいる誰かが、私の心を読んでいたのではないかとさえ思えた。少なくとも紙の上では、追加された(あるいは復活した)機能の数々は、私がリストに挙げていた必要をすべて満たすもののようだった。それも、私たちが Take Control の世界の中で頻繁に使っているけれどもあまり公の場で語ったことのなかった人目につかない微妙な機能でさえ、そこに書かれていた。これは、夢じゃないのか? Nisus Writer Pro は、ついに私に追い付いてくれたのか? 熱狂する気持ちと、恐れおののくような気持ちとがないまぜになりつつ、私はその新しいバージョンをダウンロードして、テストし始めた。

Nisus Writer Pro 2.0 は、まさしく Nisus Writer Classic (バージョン 4 から 6.5 まで、およそ 1994-2001 頃) の、正統なる Mac OS X ネイティブな後継者と呼ぶに値する、初めてのバージョンだというのが私の正直な感想だ。古い機能のほとんどが復活したのみならず、その多くが再考を経ている。つまり、以前より優れたやり方で実装されていて、これはうまいやり方だと感心させられることもある。それと同時に、このプログラムは現代的な Cocoa ワードプロセッサが持つべきあらゆる機能を獲得している。

変更追跡は、おそらく最も重要な新機能だろう。チームの中で書類の作業をしている人なら誰でも、あるいは一人の編集者を相手に仕事をしている人でさえ、誰がどこを編集したか、その変更がその書類の進化の過程のどの段階で施されたのか、そういうことが分かるのは何よりも重要なことだ。Word と同様に、変更追跡をオンにしておけば、削除されたテキストはメインの書類の脇に吹き出しの中に入れて表示され、新たに追加されたテキストは異なるカラーで強調表示される。個々の変更にはそれを施した人の名前が印付けられる。それぞれの変更は独立に、いくつかある選択肢のどれかを使って検討され、受理され、または却下されることができる。また、さまざまの種類の変更を選択的に隠したり表示したりもできる。処理の手順は他のアプリケーションと全く同じではないが、きちんと筋が通っていて、うまくデザインされている。

パラグラフの縁取りと陰影付けも新しい機能だが、こちらはちょっと不安定なスタートを切ったようだ。縁取りや陰影が表示される方法に関して私は数多くの異常を発見し、それらを報告しておいた。(縁取りや陰影を読み込んだり書き出したりする際にはさらに問題が多くなるが、これについては後で触れる。)時として、縁取りの一部が点滅し始めたり、隣のパラグラフをクリックすると縁取りの一部が消えてしまったりまた現われたりすることもある。パラグラフがマージンからインデント分だけ離れていてそのパラグラフの背景に陰影が付いている場合、そのパラグラフに縁取りを付けない限り陰影がマージンまで広がってくれないこともある。そういった問題点や、他にもいろいろ問題点があって、縁取りや陰影に関する操作はちょっと予測不可能な挙動をすることもある。それから、ヘアライン (つまり 1/4 point) の縁取りを適用すると、スクリーン上では 1/2 point の縁取りより太く見えてしまい、その状態が 300 パーセントにズーム拡大しても変わらない。かなり苦心惨憺していじり回したあげく、私は Take Control 本で使う縁取りや陰影の大多数を再現することに成功した。それでも、縁取りと陰影付けの機能はどうやら十分にテストを経たものではないようで、今後さらなる改良が望まれる。

書類にウォーターマークを追加することができるようになった。つまり、特定のページに、あるいはすべてのページに、画像またはテキストをページ内容のテキストの手前あるいは背後に表示させることができる。この機能は問題なく動作しているようだが、私自身そのようなことをする必要があったのはこれまでの人生で一度か二度きりなので、きちんとした評価をすることはできない。

その一方で、新たに追加されたドロー関係のツールはとても素敵だ。線、矢印、図形、吹き出し、テキストボックスを追加できる。Nisus Writer Pro はこれらのオブジェクトのサイズ、形、線や図形のカラー、回転、透明度、テキスト回り込み、テキスト揃え、グループ分け、その他数多くの特性について詳しい制御を提供する。私は頻繁に矢印や吹き出しなどを書類に入れる必要があるので、これらドロー関係ツールの実装方法がこれほどに徹底的で配慮の行き届いたものであることに感銘を受けた。ただ一つ不満があるとすれば、それは読み込んだグラフィックスに対しても(たった今自分で描いた図形と同じように)縁取りや陰影といった属性を適用することができるけれど、そのオプションが提供されるのはフローティンググラフィックスのみでインライングラフィックスには使えない、という点だ。(Take Control 本ではインライングラフィックスに縁取りを付ける必要のあることが多く、Word や Pages では問題なくそれができる。)

中へ、外へ -- Word との互換性は、私の執筆作業の多くにおいて依然として優先事項だ。その点で、Nisus Writer Pro 2.0 は奇妙にも良いところと悪いところのごた混ぜだ。Nisus Writer Pro はそのネイティブなファイルフォーマットとして RTF を使っている。RTF はほぼ普遍的に使われているものであり、また Word や Pages などのプログラムも RTF フォーマットで保存したり書き出したりすることができるので、これは賢明な選択と言える。けれども、Word ユーザーたちとファイルをやり取りしなければならない人たちにとっての問題は、Word 書類が Nisus Writer Pro との間で往復旅行をしてもその内容が損なわれないかどうか、それは RTF を仲介フォーマットとして使っても使わなくても変わらないのかという疑問だ。その答は、私は相当量のテストをした結果はっきりと言うことができる: まあ、ある程度は。

Nisus Writer Pro 2.0 は Word 書類 (.doc または .docx) と OpenOffice.org 書類 (.odf) の読み込みに、全く異なる二つのトランスレータを持っている。個々のファイルタイプごとにどちらのトランスレータを使用するかは、環境設定ウィンドウの Advanced パネルで選択できる。もしも "Mac OS X (faster)" の方を選択すれば、ファイルはほぼ瞬時に開くけれども、あまりにもたくさんのフォーマッティングが失われてほとんど使い物にならない。"OpenOffice.org (more complete)" の方を選択すれば、ファイルの読み込みに数秒間余分の時間がかかるけれども、かなりたくさんのフォーマッティングが生き残る。

この翻訳の忠実度をテストするため、私は Word (.doc) と Pages のフォーマットになっている Take Control 原稿を使って、それらを可能な限りあらゆる方法を使って Nisus Writer Pro で開いてみた。RTF として保存 (Word の場合) あるいは書き出し (Pages の場合) してから直接それらのファイルを開いてみたし、Word ファイルを直接、それぞれのトランスレータを使って開いてみた。また Pages で .doc に書き出したものも、Word で .docx に保存したものも試してみた。

RTF フォーマットに保存したファイルは、かなりうまく持ちこたえた。なぜなら、Nisus Writer Pro はそれを開くために読み込みトランスレータを必要としないからだ。けれどもパラグラフの縁取りと陰影は多少失われてしまったし、ブックマークはほぼ全部が消えたし、内部リンクも全く働かなくなってしまった。Word ファイルを読み込んだ場合も良くなかった。"Mac OS X" トランスレータでは本当にひどい結果となった。フォーマッティングは見るも無惨で、ユーザ定義のスタイルは失われ、ハイパーリンクが場合によってはテキストの中に挿入された使い物にならない生のコードに化けてしまうこともあった。一方 "OpenOffice.org" トランスレータではそれよりずっと良い結果だったが、それでも完璧には程遠かった。ユーザ定義のスタイルは大体において生き残り、フォーマッティングの大部分がかなり正確に近かった。けれどもパラグラフの縁取りと陰影は多数が失われた。ブックマークと内部リンクも、やはり失われたり壊れたりした。それから、トランスレータを経た Word ファイルの中では、一部の特殊文字、例えば引用符やエムダッシュなどが、見たところデタラメな周期で文字化けした状態になってしまった。

公平を期して言えば、今述べたようなことはすべてマクロを使って修正できる。でも、そんな作業が必要になるべきではないはずだ。トランスレータそのものが、もっと改善されるべきだ。Nisus Software はファイル変換に問題があることを認めているが、ただ同社はサードパーティの変換コードに依存しているため、修正はひいき目に見ても困難だ、と言っている。それはそうとして、私としては "Mac OS X" トランスレータを入れておく意味が分からない。数秒間が一度節約できるというだけで、とてつもなくひどいファイル変換の言い訳にはならないだろう。たとえほんの少しだけ速度が遅かったとしても、良い結果を生み出す方のみを採用して、環境設定で選択を提供するのを止めた方が、Nisus Writer Pro としてはずっと良い状態になると思う。

Nisus Writer Pro で Word ファイルに編集作業をしてからそれを同僚に送り返す場合に実際に何が起こるのかを調べるため、私はそのファイルをいったん Nisus Writer で保存し直してから、それをもう一度 Word で開いてみた。その結果、注釈や変更追跡が生き残ったのは嬉しい驚きだった。それでも、何かはいつも失われた。こちらでスタイルがおかしかったり、あちらで縁取りが正しく揃っていなかったりした。ある程度シンプルな書類で複雑なスタイルもなければ、きっとシームレスな作業が実現できて、編集者も出版者もファイルが別のプログラムで変更されたと気付かないのかもしれないとは思う。けれども Take Control 本くらいの複雑さを持ったものについては、Word フォーマットから出し入れするとまるきり駄目になってしまう。

さて、ファイル変換の問題はいったん棚上げにして、Take Control 本を初めから終わりまでずっと一貫して Nisus Writer Pro を使って作業したとしよう。私たちが一番関心を持つのは、PDF 書類や EPUB 書類の作成がどの程度うまく行くのかという点だ。とても嬉しいことに、PDF 出力は、私がこれまで使ったことのある Mac アプリケーションの中で最高の出来だった。ブックマークは、宣伝されている通り、すべて正確に出た。内部リンクも外部リンクも、すべて期待通りに働いた。PDF の中のすべてが、Nisus Writer の中でと全く同じに見えた。ほとんどすべての Mac アプリケーションが PDF 作成の機能を持っているのは事実だが、私たちの経験では Word で作った PDF も、さらには Pages で作った PDF でさえ、深刻な問題を伴うことがある。Nisus Writer Pro からこれほどまでに素晴らしい出力が得られたことは、私の心を暖かくしてくれた。

EPUB 出力の方はそれほど完璧とは言えなかった。別にひどい結果というわけではない。電子ブックは確かにちゃんと読めたけれど、スタイル関係はちょっと変だった。特に、もう何度も書いたことだが、パラグラフの縁取りと陰影はほとんどの場合正しく出ていなかった。Pages から EPUB を作成すればもっと正しい結果になるのに。それに加えて、内部のブックマークへのリンクがすべて壊れてしまう。ただ、EPUB は XHTML と CSS のファイルで構成されているので、それらを編集して問題を修正するのはそれほど困難なことではないとも言える。例えば、壊れたリンクを修理するには "%23" をすべて "#" で置き換えればよい。それでも、たとえこれらの作業すべてをマクロで実行できたとしても、それはやはり余分の手間であって、しないで済むに越したことはない。Nisus Software が EPUB 出力を大幅に改善してくれることを私は願っている。(実際、Nisus Software の人が私に、EPUB 中の内部リンクのバグはバージョン 2.0.1 で修正されると言っていた。)

実用上欠けていること -- ファイル変換の問題点はあるにせよ、Nisus Writer Pro が大きな進展を遂げたことは間違いない。そして実際、今や私の夢のワードプロセッサに、もう少しで手が届きそうなところまで来ている。それでも、苛立たしい思いのする欠点もまだいくつかあるので、私としてはぜひとも近い将来それらの問題に対処が施されることを望みたい。

Nisus Writer Pro は下書き、ページプレビュー、フルスクリーンモードなどを提供しているが、そのいずれも、書類が一つの連続的な縦方向スクロールとしてだけしか表示されないという制約がある。スクリーンを分割して書類の異なる個所を同時に表示させることはできない。(Nisus Writer Classic ではこれができたし、Word、BBEdit その他多くのアプリケーションでもできる。)また、二つ以上のページを並べて表示することも、さらにはページのサムネイルを並べることさえできない。要するに、あなたの書類の中で、たった一ヵ所、それも画面縦方向の長さ以内の範囲に収まる部分しか、一度に表示することができないのだ。ズームイン・ズームアウトはできるけれど、読みやすさを犠牲にせず書類の一ページ分以上を見たいと思ってもその方法はない。私の意見では、これは極めて大きな制約だと思う。私は自分の 27 インチディスプレイに Word 書類を六ページ分一挙に並べて、あちこちジャンプして飛び回ったりせずとも書類のいろいろな個所の文章を比べられることに慣れているからだ。もしも私が Nisus Writer でたった一ヵ所直すことができるとしたら、私は迷わず表示オプションを(しかもより柔軟性のあるものを)もっと追加することを選ぶだろう。

無制限の取り消し・やり直しはあるけれども、Nisus Writer Pro には依然として私が Word で最も頻繁に使い最も気に入っているコマンドの一つが欠けている。それが、Repeat だ。つまり、前回実行したコマンドを何でも再実行するというものだ。もう一つ、私がここにも欲しいと思う Word の機能は、クリック一つで行を選択する(ポインタを左マージンの上に持ってくるとポインタが右を向いた矢印に変わり、そこでクリックすればドラッグせずとも一行が丸ごと選択される)機能だ。また、Nisus Writer のパラグラフに対するスタイルの機能はかなり充実してはいるけれど、奇妙なことにそこには "page break before" 属性がない。私たちはこの属性を、例えば Take Control 本のすべての章見出しに付与している。もちろん、章の冒頭に毎回必ず手で改ページを入れればよいだけの話だが、スタイルに組み込んでおけるようになればずっと便利だと思う。

もう一つ、Adam も私も使い始めてすぐ欠如が気になったのは、シンタックスカラーリングがないことだ。何らかの種類のコードを編集する必要があるとき、例えば Markdown、HTML、XML、PHP、Perl など何でも、私は必ず専用のテキストエディタ、例えば BBEdit に手を伸ばす。そこではタグ、コメント、変数その他のコード要素が自動的にカラーコードされ、テキストがぐっと読みやすくなる。確かに、Nisus Writer の開発者たちの立場に立てば、プログラミングのためにデザインされたテキストエディタにユーザーたちが期待する類いの多様な種類の機能にまで首を突っ込みたくはないと思うのも理解できる。でも、TidBITS、Macworld、また多くのブログ用プラットフォームも John Gruber の Markdown シンタックスを利用していて、単純なタグを用いてプレインテキストにスタイル付けを加えている。私自身も、自分の執筆作業で Markdown を使うことがあまりにも多いので、Nisus Writer Pro を使うのか、それとも私が以前から頼りにして使ってきたこれらのビジュアルな手掛かりを使える方を選ぶのか、決断を迫られることになる。さらに言えば、Nisus Writer 自身のマクロ言語にも、シンタックスカラーリングがあればとても便利だろうにと思う。結局のところ、このマクロ言語には Perl や AppleScript のブロックを含めることができるのだから。(もちろん、マクロを使って静的なシンタックスカラーリングを事後に適用することは可能だが、それでは実際に書いている最中にほとんど役に立たない。必要なのは、タイプしている最中に動的にカラーリングが変化するような機能だ。)

マクロといえば、Nisus Writer Pro 2.0 はその自動化機能において Nisus Writer Classic を遥かに凌いでいる。また、マクロを書くだけで完全に新たな機能を追加できるという柔軟性は計り知れない利点だ。たとえそうだとしても、現状の状態におけるマクロ言語は、一貫性のないいくつかの「方言」を奇妙な具合にごた混ぜにして出来ていて、普通のことをするためでさえ直感に反した「輪くぐり」を何回もさせられる羽目になることが多い。例えば、現在の挿入ポイントでのフォントの名前を表示するマクロを作ることはできるけれど、その程度のあたりまえのことを達成するために必要となるたくさんの回りくどい手順を見つけ出すために、何が書いてあるのかさっぱり分からない Macro Language Reference を穴があくほど見つめたり、いろいろ実験を重ねたりして、私は一時間以上も費やしてしまった。もう一つ例を挙げよう。ウィンドウをリサイズしようと思えば Nisus Writer Pro ではマクロを使ってできるが、そのために必要なコマンドを含む AppleScript のコード断片を埋め込む必要がある。Nisus Writer 自身のマクロ言語だけではできないのだ。

問題は、ただ単に説明書が不親切だというだけではない。このマクロ言語自体が、まとまりと完備性を欠いているのだ。経験を積んだプログラマーたちは、他の言語での挙動と大体似ているけれどもちょっと違う、という点がこの言語にあまりにも多く見られることに、フラストレーションをつのらせるだろう。例えば「オブジェクト」の意味が予期したものとは違うし、あたりまえの機能が欠けていることもあるし、マクロの右手がしていることをマクロの左手がさっぱり認識していないというちぐはくな挙動もよく見かける。他方、初心者たちは、おそらくごく単純な Menu Command Dialect を超えることにまで手を出す気になれないだろう。なぜならこの言語自体も、それを使うための参考資料も、あまりにも不透明だからだ。これらすべてが、とても残念なことだ。なぜなら、マクロは実際極めてパワフルなものであって、ほんの少し身だしなみを整えるだけで、このマクロ言語と説明書が普通のユーザーたちにも今よりずっと使いやすいものになるだろうと思えるからだ。

「非常に近いが今はまだ手が届いていない」と言えるものはまだ他にもある。重要なものをもう少し挙げておこう。

最終的に考えたこと -- 私がここで紹介した機能(とバグ)は、数日間集中的に使ってみてたまたま私の注意を惹いたものに過ぎない。Nisus Writer Pro にあるその他の機能をただ並べ上げただけでも、このレビュー記事は今の倍の長さになってしまうだろう。これは、深い、深いプログラムだ。だから、私がこのプログラムの欠点を批判するのは、ただそれが他の何千もの素晴らしい、正しく動作している機能の数々の中で、あまりにも際立って突出して見えるからに他ならない。私が問題点について語るのは、それらが(長い長い年月を経てようやく)私が必要としているものと手にしているものとの間に残る比較的微小な差分を構成しているからに過ぎない。

Nisus Writer Pro 2.0 は、Adam が 2004 年に仮想のプログラム WriteRight を夢想した際に述べた、プロフェッショナルな現代的ワードプロセッシングのための要件をほとんどすべて満たし、さらにその先のいくつかも備えている。Nisus Writer Pro にまだ欠けているところがあるのは厄介なことだが、私がそれを使って Word や Pages でするよりも能率的に仕事をこなすことができないほど厄介ではない。今、私はこのレビュー記事を Nisus Writer Pro でタイプしながら、またその中で時々はマクロを書いたりキーボードショートカットを調整したりもしながら、次の本はこのアプリケーションを使って書けるかどうか、心の中でその可能性をためつすがめつしている。それは、私としては絶賛と同等だ。そして、荒野をさまよい続けた 15 年間を経てようやくここにたどり着いたという感慨の気持ちもわき起こる。今や再び、私は文章を書く手仕事を心から楽しむことのできる機会が与えられたのであって、私にとってそれはとても深い意味を持つ。あなたにも同じ感慨がわくとお約束することができないのはもちろんだが、ぜひ試してみて、ご自分で判断して頂きたい。

Nisus Writer Pro に昨年膨大な数の改善が積み上げられたのは驚異的なことだが、私はゆっくりとした着実な進歩の方がもっと良いことだと思う。例えば、毎月バグ修正リリースが出て、三ヵ月に一回ほんの少数の新機能が追加される、という風になればもっと嬉しい。大幅な変更は貯め込んでおいて、二・三年に一度の有料アップグレードでまとめて出す、というのでも一向にかまわない。けれども私の経験では、顧客たちは自分たちの必要に対して活発に対処の努力がなされていると実感できる方が満足の気持ちがわいて忠誠心が増すものだ。それに、まだ足りない機能がすべて手に入るけれどそれにはあと何年も待たなければならないというよりも、私としては数ヵ月程度の期間内にその 10 パーセントだけが手に入る方を選びたい。

はるか昔に私が Nisus ユーザーとなった理由は、私が Mac に切り替えそこに留まったのと同じ理由だった。それを使うことで、私の暮らしが楽になり、仕事を仕上げるために嘆き悲しんだり気を散らしたりすることが少なくて済むからだ。Nisus Writer Pro 2.0 になって、このソフトウェアはほとんど円を描いて元に戻り、私はもう一度、自分がこれを使えると知り、他の人にも心から推薦できると自信を持って言えるようになった。あとは、最後の、ほんの微小な部分をこのプログラムが前進できさえすれば、私は完璧な喜びに包まれるだろう。そうなれば、足りないものはただ一つ、このソフトウェアについてきちんと説明できる本だ。そんな本を誰が書けるのか、私はちゃんと知っている。

Nisus Writer Pro 2.0 は 160 MB のダウンロードで、これはユニバーサルバイナリ、新規購入価格は $79、3ライセンスのファミリーパックは $99 だ。Nisus Writer Pro 1.x から、または Nisus Writer Express (どのバージョンも) からのアップグレード料金は $49 で、15 日間有効の無料試用版もある。(Nisus Writer Expressは Nisus Writer Pro の機能の一部のみを持ち、価格は $45 のままだが、2010 年 4 月以来アップデートされていない。)[訳者注: Nisus Writer Pro 2.0 日本語版の価格はダウンロード版 14,490 円、パッケージ版 15,540 円とのことです。]

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TidBITS 監視リスト: 注目のアップデート、2011 年 6 月 20 日

  文: TidBITS Staff <[email protected]
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

MailMate 1.2 -- Freron Software が MailMate 1.2 をリリースした。同社の Mac OS X 用、IMAP 専用電子メールクライアントだ。今回の新リリースでは、見栄えの刷新と、添付ファイルの管理機能、メッセージの中で HTML コンテンツを処理する機能の改善などが加わった。また、ユーザーインターフェイスの調整も施され、特にコンテクストメニュー関連でいろいろの改良がある。それからもう一つ、これは現在は実験的機能とされているが、John Gruber の人気ある Markdown フォーマットでメッセージを作成できる機能もこのアプリに追加された。(新規購入 $39.95、無料アップデート、3.0 MB)

MailMate 1.2 へのコメントリンク:

QuickSilver beta60 -- 人気のランチャー QuickSilver は、緩やかに衰退への道を下っているかと思われていたところ最近になって復活を果たしたが、今回バージョン beta60 にアップデートされた。この新リリースは Mac OS X 10.6 Snow Leopard のみと互換だが、多数のバグ修正や新機能の、 正真正銘の宝庫が含まれている。主なものだけ紹介すれば、ファイル拡張子で検索できるようになり、指定したアプリで最近開かれた書類をすべて見つけたり、どのアプリが現在見えているかを示したりでき、テキストを処理するインターフェイスも改善された。(無料、1.6 MB)

QuickSilver beta60 へのコメントリンク:

Kindle for Mac 1.5.1 -- Amazon が、同社の人気ある Mac OS X 用 Kindle アプリのバージョン 1.5.1 をリリースした。このアップデートではユーザーインターフェイスが調整され、ドイツ語に対応した辞書を内蔵し、Kindle ブックが「本物の」ページ番号を含んでいる場合にはそれを表示でき、文中の一節を他の Kindle ユーザーがハイライト表示した場合にそれを表示できるようになった。また、Kindle アプリは今回からブックを離れることなく内蔵辞書を参照できるようになった。このアップデートは Amazon のウェブサイトから入手できる。Kindle アプリは Mac App Store からもダウンロードできるが、そこにあるバージョンは数リリース分古いもののようだ。(無料、26.6 MB)

Kindle for Mac 1.5.1 へのコメントリンク:

Fantastical 1.0.1 -- Flexibits が Fantastical のバージョン 1.0.1 をリリースした。同社の Mac OS X 用カレンダー管理ツールだ。この新リリースではアプリのいくつかの分野に関係する バグが数多く修正されており、ミーティングの出席者に招待状を出す機能や、複数の自動アラームを設定する機能、地域情報のフォーマッティングを変更する機能などに修正がある。さらに、今回から Fantastical はカスタム URL スキームにも対応し、これにより外部のアプリケーションからのコミュニケーションが容易になってカレンダー項目の作成もできるようになるとともに、Microsoft の Outlook および Entourage アプリケーションとも以前より緊密な連携ができるようになった。(新規購入は Flexibits からも Mac App Store からも $19.99、無料アップデート、7.9 MB)

Fantastical 1.0.1 へのコメントリンク:

Default Folder X 4.4.1 -- 開く・保存のダイアログでのナビゲーションが、St. Clair Software の Default Folder X 4.4 リリースにより以前にも増して手軽にできるようになる。今回はさまざまのパフォーマンス拡張、新機能、いろいろのアプリケーションとの互換性向上などが盛り込まれている。 新機能の主なもの としては、お気に入り項目がマウントされていないドライブ上にあっても表示できる機能、お気に入りおよび最近のフォルダをあらかじめロードしておくことによるパフォーマンス改善、三本指のスワイプジェスチャーによるフォルダ階層のナビゲーション、Command-F を押して検索フィールドにフォーカスを移す機能などがある。主として見栄えに関係するバグ修正に加えて、Default Folder X 4.4 は Firefox 4、QuarkXPress、REALbasic、Chromium、Brother ControlCenter、Shimo、Neu との互換性を改善している。注目すべきは、バージョン 4.4 が Mac OS X Lion Developer Preview 4 と互換であることだ。これで、Lion がついに出荷されればフル互換性が期待できるだろう。バージョン 4.4.1 は、4.4 のすぐ後に、二件の重要なバグを修正して出された。(新規購入 $34.95、無料アップデート、10.5 MB)

Default Folder X 4.4 へのコメントリンク:

AirPort Utility 5.5.3 -- このアップデートは急いでダウンロードするほどのものではないかもしれないが、AirMac ユーティリティ 5.5.3 (Mac) は詳細不明のさまざまのバグを修正しているのに加えて、設定中に突然クラッシュする可能性のある問題を解決している。AirPort ベースステーションを設定しなければならない場合を除き、今度他のソフトウェアをアップデートしようという際についでにこのアップデートも入手しておくとよい。AirPort Utility 5.5.3 は Mac OS X 10.5.7 かそれ以降を要する。(無料、10.8 MB)

AirPort Utility 5.5.3 へのコメントリンク:

iMac Graphic FW Update 2.0 -- Apple が iMac グラフィックス・ファームウェア・アップデート 2.0 をリリースし、iMac で稀に起こる、起動時またはスリープからの復帰時にコンピュータが応答しなくなる問題を修正した。このファームウェアアップデートは Mac OS X 10.6.7 を必要とするが、Apple はこれがどの機種の iMac に適用されるのか述べていない。だから、最も簡単な方法は、ソフトウェア・アップデートに判断を任せて、このアップデートが表示されるかどうか見ることだ。ファームウェアアップデートではいつもそうだが、インストールの最中には作業を中断しないよう注意しなければならない。(無料、699 KB)

iMac Graphic FW Update 2.0 へのコメントリンク:

Typinator 4.4 -- 数週間前に出されたこのリリースに私たちは気付かないでいた。Ergonis Software が、同社の人気のテキスト拡張ユーティリティ Typinator をバージョン 4.4 にアップデートし、いくつかの歓迎すべき新機能を加えるとともに、数多くの微妙なバグを修正していたのだ。改善点の主なものとしては、拡張サウンドの音量調整機能、Quick Search 機能の微調整、適切に Search フィールドに入れる Command-F ショートカット、略語や拡張語に数字が含まれていた場合の正しい数字順並べ替えなどがある。バグ修正はすべて特定の異なったプログラムに対するものであり、Typinator をいろいろのプログラムの中で使った場合の挙動を改善するものだ。対象となるアプリケーションを挙げれば、Coda、Espresso、Sparrow、MessengerPro、FileMaker Pro、Adobe InDesign、Script Debugger、LaTeXiT、Google Chrome、Safari、RStudio、RubyMine、MacVim、iCab、MarsEdit、Photoshop、Editra、Unitron、Adobe Illustrator、MacGiro だ。やれやれ!(新規購入 19.99 ユーロ、無料アップデート、3.8 MB)

Typinator 4.4 へのコメントリンク:


ExtraBITS、2011 年 6 月 20 日

  文: TidBITS Staff <[email protected]
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

今週は特に興味深い読み物が二つある。ただし、Apple の小売事業について論じた Wall Street Journal の記事に行くには Google の輪の中をくぐり抜ける必要がある。もう一つの記事に行くのは簡単だが、その意味するところが何かは明確でないのが、Garmin がライバルの Navigon を買収するというニュースだ。

Wall Street Journal、Apple の小売事業を分析 -- Wall Street Journal が Apple の小売事業を詳細に分析した記事を出した。そこには、よく訓練されしっかりと管理された従業員たちの姿が垣間見える。Apple で働くというのがどんなものか、あるいはコンピュータのスーパーストアの分野で長年日の目を見ない経験をした後で Apple がいかにしてその驚異的な成功に繋がる道を見つけたのか、そういうことを知りたければ Google 検索結果を経由して記事を開いていただきたい。(Google 検索を経由せずに開くには Wall Street Journal の購読が必要だ。)

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Garmin、ライバルの Navigon 社を買収 -- これが良いことなのか悪いことなのかはよく分からないが、GPS 分野の巨人たる Garmin 社が、株式非公開の Navigon 社を買収しようとしている。Navigon 社は、iPhone 用の人気ある Navigon MobileNavigator GPS アプリを出している。プレスリリースの文面はいつも通り冷静沈着な表現を並べているが、一般的に Navigon 製の機器やアプリの方が Garmin 製よりも好きだという人たちが多いという事実を見れば、ひょっとして Navigon 独自の機能が消え去ってしまうのでないかという心配の気持ちも起こる。

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TidBITS ISSN 1090-7017©Copyright 2011 TidBITS: 再使用はCreative Commons ライセンスによります。

Valid XHTML 1.0! , Let iCab smile , Another HTML-lint gateway 日本語版最終更新:2011年 6月 25日 土曜日, S. HOSOKAWA