2020 年最初の TidBITS 号へようこそ! 過去数年間に自分が最もよく聞いた Apple Music トラックを知りたいと思う人のために、ベータ版の Apple Music ウェブアプリに埋め込まれた Apple Music Replay 機能を紹介しよう。iPhone 11、11 Pro、11 Pro Max 用に Apple が出した Smart Battery Case には嬉しい新機能がある。ケースの上から押すだけで写真が撮れるカメラボタンで、これについて詳しくお伝えする。The New York Times が、秘密めいたいくつかの会社がスマートフォンを通じて私たちの行動のすべてを追跡していると暴露する記事を発表した。この重要な読み物を紹介しつつ、ご自分のプライバシーを守るためのヒントをいくつか提供したい。最後にもう一つ、Glenn Fleishman が来たるべき 5G ワイヤレスネットワークを巡る健康への懸念について検証し、それほど心配する必要はないと説明する。今週注目すべき Mac アプリのリリースは、ChronoSync 4.9.7 と ChronoAgent 1.9.5、OmniFocus 3.4.5、GraphicConverter 11.1.2、Audio Hijack 3.6.3、CleanMyMac X 4.5.2、Luminar 4.1、Bookends 13.3、それに Pixelmator Pro 1.5.5 だ。
Apple が Smart Battery Case を iPhone 11, iPhone 11 Pro, そして iPhone 11 Pro Max 用にリリースした。値段は全て同じで $129 で、色は白と黒、或いは - Pro モデル用には - ピンクがある。思いがけなく、それら全てには少し隠れた、珍しい機能が備わっている:専用のカメラボタンである。Apple Store の説明文の2つ目の段落には次の様にある:
このケースには、iPhone のロックがかかっている時でも解除されている時でもカメラアプリケーションを起動できる、専用のカメラボタンがついています。写真を撮る時はボタンをすばやく、QuickTake ビデオを撮る時は長く押してください。セルフィーを撮ることもできます。
良さそうですね? 私はこのケースを試していないが、色々な報告によると、写真を撮るには思ったよりも少し長めにボタンを押す必要があるらしい。この少しの遅延が、このボタンは少し沈んで埋め込まれているのと相まって、ポケットに入った状態で間違ってシャッターが切られてしまう度合いを減らしてくれるはずである。
iPhone にはこれに相当するボタンは存在しないのに、Apple はどの様にして余分の iPhone ボタンを Smart Battery Case に追加したのであろうか? iFixit はこのケースの X 線写真を撮って、Apple が小さな回路板をケースに追加して、これがこのカメラボタンを内部で Lightning ポートに接続していることを明らかにした。我々は、このボタン作動メカニズムを分解解析したサードパーティケースが現れるのか、或いは Apple 専売のままとなるのか興味を持って見てみたい。
このカメラボタンが働くには iOS 13.2 かそれ以降が必要となる。もし皆さんが我々の忠言に沿って iOS 13 をアップデートしていれば、これが問題とはならないであろう。
もしこれらの Smart Battery Case の一つをお持ちならば、このカメラボタンの使い勝手を教えて欲しい。
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私に決定権があるのであれば、New York Times の記事 "Twelve Million Phones, One Dataset, Zero Privacy (12 百万台の電話、1 つのデータセット、ゼロプライバシー)" を Pulitzer Prize の候補にするであろう。
匿名の情報源が Times に、一つの位置情報データ会社からの一つのデータセットを提供した。そこには、2016 から 2017 年の間の数ヶ月に亘る 12 百万人を超える米国人の電話からの 500 億に及ぶピングが含まれていた。このデータを使って、Times の記者 Stuart A. Thompson と Charlie Warzel は力を持つ地位にいる大勢の人々を追跡することが出来た。そこには、軍将校、法執行官、そして高い地位にある弁護士が含まれていた。この二人は、人々が Playboy Mansion に行ったり、中には泊まったりする人まで見ることが出来、そして Johnny Depp, Arnold Schwarzenegger, そして Tiger Woods の邸宅への訪問者まで見ることが出来た。彼らが電話の持ち主を特定してしまえば、それが何処に行こうが追跡出来た。このデータが悪人の手に渡ってしまったら、どのような用途に使われ得るかは想像に難くないであろう。
Times はデータの範囲を示すことと具体例まで掘り下げるの両面でいい仕事をした。例を挙げると、Pentagon でのピングのあった全ての場所を双方向の画像で示し、そして Microsoft の従業員があまり関係のなさそうな Amazon の事務所を訪れ、1ヶ月後にはそちらへ転職したことまで明かしている。雇用主は機密情報へのアクセスをもつ従業員を監視しておきたいのでは? これは一つの例に過ぎない - この記事には他の例もあるが、推測的なものも、そうでないものもある (ある Los Angeles の住人は、道路沿いのモーテルに何回も行き、その度に数時間をそこで過ごしていたとか)。
この Times の記事や同紙が公開している他の追加記事も読んで欲しい:
我々のプライバシーに関して我々が如何に小さな制御力しか持っていないか、そして我々についてその家族以上に知っている業界に対して如何に小さな監督しかなされていないかという嘆かわしい現状がある。このデータを収集する企業側での良識を我々は前提としているが、それが外国政府や犯罪組織の手から守られているという保証は何もない。Times はこの業界にスポットライトを当てた;この状況に対する我々の意見を選挙で選んだ政治家にしっかり伝えるかどうかは我々次第である。
今自分のプライバシーを守るために出来ることは何か
今は iPhone で Settings > Privacy > Location に行き、場所データを使ってそれが何をやっているのか分かっているのでない限り、全てのアプリを Ask Next Time に設定すべきである。例えば、Camera アプリは写真にジオタグ (位置情報) を付与するために While Using the App 設定が必要であり、Maps は行き先案内をするためにそれが必要である。Ask Next Time 設定は、そのアプリを次に実際に使う際に再判断する機会を与えてくれる。また、Facebook の様なあなたが信用しない (或いは、するべきでない) サイトは、Never に設定すべきであり、そしてあなたが無条件に信用するものでない限り、如何なるアプリも Always に設定されていないことを確かめるべきである。どのアプリがあなたを追跡したいと思っているか、どのアプリが Always に設定されているかを見ると、びっくりするかもしれない。
あなたの場所共有設定を制限することでこれらの会社があなたの居場所を追跡出来なくなる保証は何もない。と言うのも、どのアプリがその特権を濫用しているかを知る術はないからである (まあ、天気アプリは明らかだが)。それが起こらないことを確実にする唯一の方法は場所サービスそのものをオフにすることだが、それでは iPhone の有用性を著しく阻害してしまう。全てのアプリに対して設定を Never にしてしまうのも問題で、Maps や Google Maps, Lyft や Uber, そしてカメラアプリの写真ジオタグ付けが死んでしまう。それが我々が上記のやり方を推薦する理由である - 懸念の度合いは人によって異なるし、この追跡がどれだけ心配なのかを判断出来るのはあなただけである。
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携帯電話あるいは Wi-Fi が癌を引き起こすことがあるだろうか? その答はかなり決定的なノーだ。そしてそのことは、現在世界的に展開されつつある新しい 5G セルラーネットワークにも、あらゆる過去のセルラーネットワークにも、あらゆるバージョンの Wi-Fi にも、等しく当てはまる。
何十年にもわたる研究の結果、ワイヤレスネットワーキングの使用によって、それがモバイルフォンを通じてであろうと Wi-Fi 機器を通じてであろうと、人体に対して癌あるいはその他の病変のリスクを高めたりしないということが明らかとなった。ネズミを使った研究結果が注目を集めたこともあるが、ずっと多く引用されている最近の研究によれば結果はネズミによってまちまちであり、比較対象となるグループよりも多くセルラー信号に晒されたネズミの中には より 長生き したものさえいた。
ここに何の謀略もないことを受け入れるのは難しいかもしれない。大企業も政府も悪行に手を染めるのが常で、その結果として私たちの多くは不信を抱くようになった。皮肉で疲れ果てた気分に陥って、あらゆる懸念を一緒くたにし、処方通りに服用しても (早死にを含む) 副作用があると知りつつ Vioxx や OxyContin のような薬を販売した巨大製薬会社や、地域に毒を垂れ流した上でそれを否認し、結局一銭も支払うことなく立ち去ってしまった会社や、安全でないレベルの鉛が自治体の飲用水道水に含まれていると知りつつそれを許し続けた市当局などと、同じようなものと考えてしまうのはありがちなことだ。
人々はまた、何の謀略もないのにそこに何らかの謀略を見出そうとする習性を持つものだ。ニュースの良い見出しとなるからだ。2018 年 10 月に Bloomberg News の記事が、中国の諜報機関が Apple、Amazon、その他の データセンターで使われているマザーボードにスパイ用のチップを埋め込んだと述べたことで大騒ぎを引き起こしたが、その話には辻褄の合わない点がたくさんあり、すべての関係者からきっぱりと否定された。それから一年以上が経ったが、その記事の内容について Bloomberg から何の続報もなければ、セキュリティ研究者からも、他の記者からも、いや、誰からも、確認されることはなかった。
もっと最近になって、Chicago Tribune がある会社に委託して現代のスマートフォンから発せられる電波が本当の意味で FCC の安全性限界を下回っているか否かのテストをさせた結果が発表された。テストの結果は、規制限度を超えていると思われるものが多くあったというものであった。Tribune 誌は結果を大袈裟に書き立てることはしなかったが、結論を言えばスマートフォンのメーカー各社は FCC と一般大衆を欺いているように見えるということだ。調査は厳密な形で報告されたのだったが、これもまた私たちの不安を掻き立てる。(スマートフォンメーカー各社はテストの方法に異議を申し立てているが、Tribune は自らの調査を支持している。いずれにしても、認可された以上の電波放出レベルが検出されたことと、それらのレベルと癌との因果関係を証明することとの間には大きな違いがある。)
けれども、セルラーおよび Wi-Fi のネットワークで使われる電磁場 (EMF) にいつも晒されることで癌あるいはその他の病変のリスクが高まるかという話は、他のリスクとはまったく別の分類に属する。EMF の背後にある原理は、十分に理解された物理学に基盤を置いている。EMF を巡る安全性の問題、とりわけセルラーおよび Wi-Fi のネットワークて使われている範囲のものは、レーダーが発明された 1940 年代以来ずっと研究されてきたし、ごく初期の実験で過度に被爆したため兵士たちや技術者たちが負傷したり時には恒久的な障害や死に至ったりしたことから、科学は強い教訓を学んできた。
時代を現代に移そう。多くの人たちが、新しい 5G ネットワーキングのハードウェアが新たな種類のリスクをもたらすのではないかと恐れている。約束された高速度を達成し新たなカテゴリーのデバイスのために働けるようにと、5G ネットワークはこれまでよりずっと広い範囲の周波数を利用し、その一部は現在のテクノロジーが使用するものよりも高い (短波長の) 周波数を使う。その上、従来よりもはるかに多数のベースステーション (基地局) を設置する必要がある。
でも、5G が新しかろうと違っていようとそんなことは関係ない。5G、4G、3G、Wi-Fi、あるいは他のどのコンシューマレベルのワイヤレステクノロジーであろうと、これまでの数多くの調査結果と長年にわたる研究結果が単刀直入な答を提供している。つまり、何も心配することなどないのだ。
以下では、なぜワイヤレステクノロジーやそれを巡る業界が製薬会社やタバコ会社と同じでないのかを説明し、EMF を恐れるべき点など何もない理由と、Tribune が自らの調査結果に恐れるべき点がないと述べた理由と、入手できる証拠をどのように評価すべきかについて、順々に分析していくことにしたい。
地球規模の業界には多くの競争相手がいて、多くの研究者たちがいる
一般大衆に対する詐欺あるいはその他の犯罪を長く続けてきた会社や業界の多くは、彼らが現在製造している、あるいはかつて製造したものについての情報をコントロールする力を蓄え、それと同時に政府に見過ごしを続けさせ彼らのパワーをチェックさせないでいられたからこそ、そうしてこられたことが多い。
セルラー業界は確かに全世界的に、とりわけ米国においては影響力を持っている。また、 Wi-Fi や Bluetooth の機器を販売する会社は何十億ドルに及ぶ製品を全世界に出荷している。
けれどもそのどちらのグループも (チップ製造やモバイルフォンについては互いに重なるところを持ちつつ) 拡散している。たった一つの会社がセルラーあるいは Wi-Fi のテクノロジーを支配しているということはない。この業界は、特許を持つ会社、チップを製造する会社、ハードウェアのメーカー、そして (セルラーの場合は) ネットワークキャリアなどが幅広く混合されて成立している。さまざまの異なるテクノロジーのそれぞれで、何千もの会社が競争しつつ市場シェアを争っている。その上、ここで働いているネットワークプロトコルは、数限りない会社から集められた代表者たちが構成する非営利グループによってデザインされ公布されたものだ。
さらに、使われている実際のハードウェアは入手可能なものであり、そのハードウェアやそれに付随したプロトコルを規定する仕様は全て公開されている。この業界は広く行き渡り十分に理解されたテクノロジーに基づいている。
それだからこそ、ここで考慮しておくべきもう一つの様相がある。それは、ネットワーキングの世界には、会社にせよ秘密結社にせよ、中央的な管理拠点などないし、テストを実施したりその結果を公表したりすることに対し何の制約もないという事実だ。Chicago Tribune の報告がそれを実証している。さまざまな種類の何千何万という調査研究が世界中で実施されてきた。学術機関も、民間組織も、政府機関も、報道機関も、それぞれにテストを実施してきた。それは、ごく単純なハードウェアの測定から、何十年もかけた疫学的プロジェクトを通じて何万人もの人々を調査するものまで、多岐にわたる。
調査が不正に手を染めることがあるだろうか? 確かにそれはある。米国においては、大学が企業からの資金が途絶えるのを恐れて否定的な調査結果の公表をためらうというのはよく言われることだし、州の機関や連邦機関が自らが規制する業界の言いなりになっているのではないかという懸念を持つ人たちが多いのは厳然たる事実だ。しかしながら、他の諸国、とりわけ欧州 (EU) では、政府や非営利団体が研究に資金を供給し、企業による関与を制限したりあるいは完全に禁止したりしており、たとえそこに経済的コストがかかったとしても会社に対して強い態度に出ているのが一般的だ。実際には、業界グループがワイヤレス関係の調査に資金を出すことは比較的少なく、たとえ資金を出したとしても実際に決定的な結論が出なかったり、あるいはビジネス上は不満足で好ましくない結果が提供されたりしたこともある。
もちろん、ワイヤレス関係の調査についてのこれらの事実を挙げたところで、健康リスクがあるのではないかという情報を覆い隠そうとする組織化された陰謀が存在しないという保証にはならない。でもそんなことはありそうに思えない。あまりにも透明性があり過ぎるからだ。
それに、ワイヤレス通信のテクノロジーは現在あまりにも至るところに行き渡っていて、膨大な量の電磁波が既に行き交っており、過去の世代との間でデータを比較検討して癌やその他の種類の病気を評価することもできる。過去こそが対照群だ。
たとえ謀略があったとしても、たとえ EMF 被爆による健康リスクが高まったとしても、研究者たちは世界の膨大なデータを見てそのことに気付くだろう。それは、まだ起こっていない。
それならば、いったいなぜ EMF が問題だと考える人たちがいるのだろうか? それは、歴史に関係している。
電磁場 (EMF) は不明確な条件に陥りやすい調査対象
何年かに一度くらい、はっきりしない集団的な症状やよく分からない健康上の問題の原因を探ろうとして、電磁場 (EMF) が原因ではないかという話が持ち上がる。パターンを見つけ出そうとするのは人間の習性の一つであり、本当は何もないのにそこにパターンを作り出そうとしがちなのも人間だ。(世界のあちこちで見られる現代政治の両極端を見てみるとよい!)
1979 年に、子供の白血病の増加を近所にある高圧送電線に結びつけようとする調査が行なわれた。どうやら、Patient Zero と呼ばれるこのたった一回の調査が、EMF が癌を引き起こすのではないかという恐怖の根源のように思われる。けれども、その後何十回と行なわれた調査のいずれも、強い相関関係を見出すことはできなかった。ただし、高圧送電線の非常に近くに住んでいる子供たちで白血病を起こす可能性が少し高まるという結果を示した調査はいくつかある。
でも、ここの議論には 3 つの重大な欠落部分がある:
- 第一に、子供たち (ここでは新生児から 20 歳までが対象となっている) のうちの極めて少数しか、白血病にかからない。米国においては年間に 100,000 人あたり 4.7 人、つまり年間の新患者数は 4000 人以下だ。
- 第二に、それらの子供たちのうち、極めて少ない割合の者たちしか、高圧送電線の近くに住んでいない。つまり、その影響で白血病にかかった子供たちがいたとしても、その人数は毎年片手で数えられる程度であり、送電線を病気の原因に結び付けるのは極めて困難だ。
- 第三に、科学者たちは誰も、リスクの増加を説明できるような生物学的メカニズムを見つけていない。
結果として、高圧送電線と子供の白血病との間に相関関係を見出した研究たちでさえも、そもそも自分たちが測定しようとしているものが送電線によるものであるかどうかさえ確信が持てないでいる。2005 年に、一人の研究者が送電線の近くに住むことが何か別のことに関係していて、そちらが実は子供の白血病のリスクを高めているのではないかという意見を表明している。
2018 年に Nature に載った論文が、数十年間にわたる何十もの論文を再検討して、200 キロボルト以上の送電線から 50 メートル (165 フィート) 以内の範囲に住んでいる子供たちで白血病にかかるリスクが少し上昇するという結論に導いた。けれどもその研究者たちは、磁場の強度そのものが原因ではないと結論付けた。磁場の強度は調査結果を説明できるほどには強くなかったからだ。(その理由の一つは、直下で測定しても送電線の磁界は最大 2.5 マイクロテスラほど、一方私たちが皆日常的に晒されている地球の磁界は 25 から 65 マイクロテスラでその 10 倍から 26 倍あるからだ。) 研究者たちは「今回の調査や他の多くの調査で見出されたリスクの増加の原因は未だ解明されていない」と述べた。
一部の研究者たちは、その「他の理由」として高圧送電線が通ることを認められたような地域における衛生状態、栄養状態、全般的な生活の質、および化学物質への曝露といった条件が原因になっているのではないかと推測した。裕福な人たちはそのような地域に住まないか、あるいはそもそも健康リスクが懸念となるより以前に近所にそのようなものが建設されないように手を打つだろう。
貧しくて病気がちの人たちが多く、医療や食料にもなかなかアクセスできず、近所に高濃度の産業汚染物質があるようなところに住んでいれば、身体的に引き起こされた条件が結果として子供の白血病につながることもあり得るかもしれない。ただ、それもやはり推測にすぎない。(正直言って、このことは私に疫学の起源を思い起こさせる。ロンドンの市民たちはコレラの流行の原因として数多くの説明を考えていたが、ある一人の人物が大変な苦労を経て井戸の水が原因であることを他の人たちに納得させたのだった。)
それにまた、子供の年齢、住んでいる場所、磁界の強度といったデータが十分に正確でなく、そのためリスクの上昇が完全に統計的な雑音に過ぎないということも十分にあり得る。調査に用いられたフィールドデータは全般的に分析対象の位置情報に直接に結び付けられたものではない。それよりもむしろ、送電線の地図から算出されたデータ、公共事業や公的な情報源から提供された情報、地方自治体のために資産を地図表示する地理情報システムなどに依存している。距離とか電圧レベルなどが関連しているので、これらの調査に用いられた数字のいくつかは単なる推測によるものとしか言えないこともある。
同様に、自らの状況をいわゆる 電気過敏症 と自己診断した人たちもいた。この推定的な病気に苦しむ人たちは、EMF の存在下で倦怠感、精神的混乱、その他の消耗症状を起こし、それは遠い距離からの EMF でも起こると主張する。時によっては、EMF の毒気が自分たちを 電気スモッグ として苦しめると言う人たちもいる。
電気過敏症の原因をほぐし出すのは難しい。私たちの周囲の環境は EMF や信号で満ち満ちているからだ。けれども「逆2乗の法則」というものがあって、実際にはその大部分が Wi-Fi アダプタやスマートフォンに備わった現代的なデータ受信装置の奇跡によっても雑音と識別できないレベルのエネルギーの話だ。逆2乗の法則によれば、信号強度は距離の平方に比例して減衰する。送信機から 1 フット離れた場所で測定された量が 100 ならば、2 フィート離れた場所で測定される量はその4分の1の 25 になるということだ。たとえスマートフォンがあなたの手の上に乗っていても、デザイン上信号はあなたから離れた向きに放出されるし、しかも癌が最も発生しやすい大切な柔らかい組織に信号が到達するよりも前に、あなたの皮膚や骨がその大部分を吸収してしまうだろう。
The New York Times が 2019 年 7 月に公表した記事は、脳の組織に吸収される信号の量を示すとして広く読まれていたチャートが、実は元の調査の著者本人によってのみ評価されたものであり、彼は物理学者だが生物学の経験はなかったと主張した。そのチャートに基づいて長年証人となったある有名な専門家は、具体的に高周波信号が通過する際に皮膚がブロックすることは考えもしなかったと認め、「...ひょっとするとそれほど大したことでないかも」と語った。
これまで科学者たちは電気過敏症の条件を見つけ出すことができないでいる。それはつまり、そんなものが存在する根拠がそもそも何も分かっていないということだ。さまざまの調査がなされ、その多くが二重盲検を使い論文審査を経たものであったが、外部からの EMF を遮断した遮蔽部屋の中で既知の特性を持つ EMF 生成装置を使って実験しても、この病気を持つと考えている人たちが信号の存在の有無を感じ取れる確率は偶然を超えるものでもなければ特定の対象を判断できるものでもなかった。
でも、ここに一つの事実がある。そしてそれこそが決定的に重要だ。物理的反応を調べるために人々を集めた研究者たちは、テストの最中に彼らがさまざまの病気の症状を示していることに気付いた。ただ、それらの病気は信号が存在しているか否かには 関係していなかった のだ。これらの人々は実際に問題を抱えていたが、テストによって判明したのは EMF がその原因ではないということであった。
奇妙なことに、送電線と子供の白血病との問題と同じように、電気過敏症に苦しんでいると主張する人たちは他のもっと可能性の高そうな通常の健康上の問題の原因にはあまり関心がないように見える。食物や環境からの殺虫剤の被爆、 処方薬が水道に溶け出して再び私たちの体に取り込まれる問題、あるいはマイクロ・プラスチック被爆の危険、といったことだ。それらのことからの影響は日々明らかになりつつあるし、地球規模の健康問題の懸念はまだまだ他にもたくさんある。
それにもかかわらず、EMF への強迫観念は消えずに残った。
Wi-Fi とセルラー信号: 同じ歌、新たな歌い手
1990 年代に、私は仕事場での健康問題を改善する方法を記した本の執筆を手伝ったことがある。モニタの望ましい位置、人間工学、エクササイズ、といった内容だ。本の著者と私は健康上のリスクを増す疑いのあることがらを調べたさまざまの研究論文を読んだ。そこには陰極線管 (ブラウン管) のモニタから放出される極超長波 (ELF) と超長波 (VLF) の信号も含まれていた。
驚くには当たらないが、当時の研究の内容は貧弱で、再現できるものでもなく、その後年月が経ってユーザー人口が増えても、予期された健康上の問題は実際には起こらなかった。(ELF/VLF の健康上の恐れを声高に言い立てていた人たちの一人は、その後何年もかけて同じことを送電線について言い立てた。)
それから十年が経って、私は Wi-Fi Networking News ブログを毎日更新していたが、まさにその当時セルラーネットワークと Wi-Fi 基地局に関する懸念が膨らみ始めていた。交わされる議論を聞いていると同じ歌詞が別の曲に乗せて歌われるのを聞くような気がしたが、晒される人々の人数を考えれば問題を無視したりせずきちんと調査することが重要であった。私はその問題に取り組んだ。Wi-Fi やセルラーの信号から発せられる EMF の物理学と既知の生物学的機構とを考えれば、結び付きはありそうもないように考えられたのだが。
ここでもやはり、セルラー使用に関する初期の調査は因果関係の可能性を示唆していた。多くの調査は実験動物を使って、人々が毎日長時間浴びる可能性がある程度をはるかに超えるレベルの EMF を動物たちに浴びせた。他の調査では遡及分析を使い、人々にアンケートをして過去の使用について尋ね、その上で彼らの回答をそれに対応する健康調査と比較することで癌のリスクが増すかどうかを調べようとした。
送電線に対する懸念とまったく同様に、年月を経てより多くの調査がより高い厳密性をもって実施された結果、潜在的影響は消え去った。それと同時に、スマートフォンを使う人々の数が膨大になり、Wi-Fi ネットワークの近くで生活する人たちも増えるに従って、もしも何らかの健康への影響が存在していたならば人々の間に浮かび上がったはずで、癌や、他の状況では稀な病気も増加が観測されたはずだが、そのような健康上の懸念が顕在化したことはなかった。
Wi-Fi やセルラーのネットワークが極めて少量の電力しか使わないという事実がある。それは、被曝によってリスクが生じると知られている基準値よりもはるかに低い。その昔の 1940 年代や 1950 年代には、軍事用レーダーやその他の目的で非常に強力なマイクロ波が使われ始めており、研究の結果としてマイクロ波が健康に及ぼす影響が理解されるに至って、大幅な余裕を持った限界値が設定された。
とりわけ、Wi-Fi およびセルラーのネットワークは、そこには 5G ネットワークも含まれるのだが、比較的高い周波数、つまり比較的短い波長が使われる。その種の電波はあまり遠くまで到達せず、周波数が高いほど同じ電力を使って送信した場合の到達距離が短くなる。5G を密に配備することで、必要となる電力が減り、高周波を使うことで、遠い場所まで貫通することができなくなる。それは壁であっても私たちの体であっても同じことだ。従来よりはるかに多くの数の基地局を設置することが必要となるけれども、個々の基地局は今日のネットワーキングシステムの基地局よりもはるかに少ない電力で送信することになる。(対照的に、初期のレーダーで使われたマイクロ波はずっと長い波長と多大な電力を使っていたので、人体にとってはるかに危険なものであった。)
嘘、とんでもない嘘、そして統計
オンライン上で探せば、EMF に関するある種の調査と特定の癌のリスク増加とを結びつける、一見説得力のある研究を見つけることができるのは疑いない。その種の研究結果の多くは、データ収集がなされるあらゆる分野において膨大な変革を起こしつつある現代の科学研究におけるある問題に抵触している。
問題は、一般的に「p 値ハッキング (p-hacking)」と呼ばれるもので、p は確率の測定基準を表わす。ある調査結果が「統計的に有意である」と言うためには、研究者はその確率が p < 0.05 を満たすことを示さねばならない。つまり、5% 以下の確率でしか起こらないことは偶然起こったものではないと考えられるということだ。結果がどんなに僅かなものであっても、もしも p < 0.05 ならば、統計的に有意なものとして引用できる。
研究者たちは成果を出版して助成金を獲得しなければならない圧力に晒されているので、一部の科学者たちは不幸にもその調査の前提で述べられているものとは異なる方法で調査データを分析し直すことで結果を p-hacking する習性を身に付けてしまった。この慣行は、ビジネスの世界では一般的なものであるけれども、科学の世界では正当なやり方でないと考えられるようになってきている。Buzzfeed の調査の結果、ある高名な Cornell 大学教授の研究室がこの慣行を使うようになったとされ、その教授は最近職を辞した。彼のグループの重要な論文の多くが、取り下げられたり、修正を受けたりしたからだ。
研究の世界で新たに定着しつつある基準は、テストすべき仮説を最初に述べた上で、それを第三者に委託するやり方のようだ。例えて言えば、占い師があらかじめ予言を書いて封筒に入れ、聴衆の誰かに持たせるようなものだ。加えて、生のデータを標準的形式で保持し、他の人たちがあとで分析できるようにもしておかねばならない。(これらの変更は、すべていわゆる「再現性の危機」に対処するためのものだ。時には重要な実験でも研究者たちが過去の結果を再現できないことがあったからだ。)
私は 2000 年代に、一つの結果を目指そうとしてそこに到達できず、データを切り刻んでは何かの結果を (それが何であっても!) 出そうとする、そんな研究論文をたくさん読んだ。そのようなものでも、p < 0.05 は示されていた。そうした結果は多くの場合不可解なもので、結果としては銀に対するリスクがネズミあるいは人間について年齢、性別、被曝量によって違いを見せるとか、あるいは他のそれによく似たグループではリスクが下がるとかいうものもあった。これこそが p-hacking の問題点だ。p < 0.05 を示すものに遭遇することはあり得るが、それと同時に何の意味も示さず、どんなモデルにも当てはまらず、独立に再現することもできないような結果が出ることもあり得る。
その良い実例が 2010 年の Interphone 調査だ。当初これは、多国間にまたがって実施される調査として大いに注目された。けれどもその結果に p-hacking が施されたことで、懐疑論者から数多く取り上げられ、統計学の専門家からは品質の疑わしい調査として批判を浴びた。この調査で導き出された結論の一つは、携帯電話を頻繁に使用することによって調査対象のうちの奇妙な一部分の層で癌が 減った ように見えるというもので、これに対して意味のある生物学的説明は何もない。最もありそうな説明は、調査のデザインそのものに欠陥があったからだろうというものだ。
より最近になって、ネズミを使った大規模かつ長期にわたる調査が、はっきりした結論を何も出さずに終わった。The New York Times は 2018 年に私がこの記事で述べたネズミの調査について数回にわたって記事にしている。その調査は、米国の安全基準を大幅に超える被曝によってリスクが生じることを明確に実証してみせた。ただしここで注意すべきは、リスクが明らかであったのはネズミの全身が EMF に被爆した場合のみであったという点で、私たちが EMF に晒されるような体の一部分についての実験ではないということだ。そう言えば、雄のネズミでは癌のリスクが 減った。その上、これらの可愛そうなネズミたちが経験したタイプの癌は人間にはあまり現われないタイプのもので、携帯電話を頻繁に使ったユーザーたちを対象にした調査でもその種の癌は見つかっていない。
American Cancer Society (アメリカがん協会) の医務部長 Otis Brawley が USA Today のインタビューで語ったところによれば、その調査に関連して「ここ 40 年間人間の脳腫瘍の発現率は変わっていない」という。同協会が出版した報告書には、非常に読みやすく理解しやすい形でこれらのリスクに対して現時点で理解されていることがらがまとめられており、重要ないくつかの調査についての簡潔な分析も添えられている。
過敏症の証拠はなく、癌の発現率も増えず、再現できない調査は行き詰まり、携帯電話や Wi-Fi を利用している一般大衆に何らかの状況が大規模かつ長期的に蔓延することもないので、私たちとしてはたった一つの結論に導かれざるを得ない。すなわち、一般的な EMF に日常的に晒されることに付随した健康上のリスクは存在しない、という結論だ。たとえ直感的に結び付きがあるに違いないと感じられたとしても、その結論は変わらない。私たちがその感情から逃れられることはないかもしれないが、私たちは自らの挙動と行動指針を感情でなく確固たる科学に基づかせるべきではないだろうか。
良い知らせがある。たとえあなたの気持ちから懸念が拭えなくとも、逆2乗の法則が役に立つ。少なくとも、物理学を受け入れることのできるあなたならば安心できるだろう。それでも EMF 被爆が心配で恐れが拭えない人に言っておくとすれば、心配する気持ちは間違いなく正当な感情で、それは和らげることができる。American Cancer Society は、EMF のことが心配だけれども携帯電話で長時間話をする人たちに向けて、イヤーバッドを使うか、電話機を少し頭から離すかするだけで、心の平安が得られると勧めている。
それから、枕の下に Wi-Fi ルータを置いて寝たりしないことだ。
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