先週号の記事“開発者対 Apple: App Store に対する不満を総まとめ”(2020 年 8 月 13 日) で、 App Store について開発者たちから寄せられた大きな不満のあらましを述べた。Apple が収益の 30% を徴収すること、Apple が勝者と敗者を選ぶこと、App Store の広告、偽造のアプリ、開発者に対する不公平な扱い、気まぐれで恣意的なルール、ゲームのストリーミングサービスの禁止、アプリの価値を下げたことなどだ。
その上で、私たちは Apple による App Store の運営方法や開発者を扱うやり方について、皆さんの意見を知りたいと思った。アンケートの結果、TidBITS 読者の皆さんは概して Apple が App Store を運営する方法に対して批判的ではあるけれども、それと同時に政府による規制が解決になるとは思っていないことが分かった。では、アンケートの各設問とそれに対する反応について一つ一つ見て行こう。
App Store の制約に対して嫌だと思うか?
私たちが最初に設定したのは間違いなく広範な質問で、_あなたは App Store の制約に対して嫌だと思うか? というものであった。ここには前回の記事で紹介したいくつもの問題点が該当する。例えば特定のタイプのアプリを禁止するとか、Apple が好ましくないと思うアプリを削除するとかいったことだ。Apple はこの点について謝罪しようとはせず、これらの制約はユーザーを保護し高い品質を保つためのものだと主張する。
だから、読者からの反応がかなり強いものであったのを見て私たちは少し驚いた。何と 65% もの TidBITS 読者が App Store の制約は嫌だと答え、そうでないと答えた読者はたった 35% だった。
私たちの読者層がどちらかと言えば高い年齢層に寄っていて慎重な使用形態に視点を向けがちであることを考えれば、この結果はちょっと驚きだ。そういう人たちにとってさえも Apple の制約は強過ぎるということだ。きっとこれは Apple にとって少し制約を緩めるべき時なのだろう。
政府が App Store を規制することに賛成するか?
こちらもまたはっきりとした結果が出た。答えはノーだ。65% がそう答え、反対意見は 35% だった。この数字は App Store の制約に関する答とほぼ同じだ。つまり、TidBITS 読者たちは App Store の制約が強過ぎると思うけれども、政府が介入して Apple が運営する方法に指図するのは望まないということだ。
私たちもその懸念を感じている。規制する側は良い意図のもとでするかもしれないけれども、政府の当局者たちは知識不足で混乱した行動をとることが多い。現時点で提起されている最も包括的なプランは、少なくとも Apple が関係するものの中では、上院議員 Elizabeth Warren (民主党、MA) による App Store を Apple から分割するというものだ。
それは人々が直面している主たる問題を解決しないばかりでなく、ただ混乱を引き起こすだけのものとなるだろう。他の会社が App Store を運営するようになったとして、いったいそれがどうやって働くというのだろうか? Apple はデフォルトで旧式のソフトウェアインストール方法を許さなければならず、その上でサードパーティのアプリストアを使うように人々に働きかけよというのか? ユーザー体験全体に統合されていない App Store など、開発者が利用したいと思う理由があるだろうか? 私たちにはさっぱり分からない。サイドローディングに反対する人たちは多い (その点についてはあとで述べる) が、App Store を Apple から独立のものにしたならばそこの懸念がはっきりともう一段階高まることだろう。
大体において、開発者たちは iWork、News、Weather、その他の Apple 製アプリと競争しなければならないという理由で憤っているのではない。それらのアプリはユーザーに中程度のデフォルトを提供しており、多くの場合サードパーティはもっと能力の高い製品を提供することができる。理由は分からないが、おそらく無知によるものではないかと思われるが、連邦議会議員たちは堂々巡りをして結局この問題に戻ってくる。例えば下院議員 Val Demings (民主党、FL) は Tim Cook への質問で時間の大半を Apple が一銭の収益も得ていない Screen Time に対する競合相手について追求することに費やした。(2020 年 7 月 31 日の記事“概要報告:ビッグテック対米国議会”参照。)
Apple は開発者を公平に扱っていると思うか?
答えはノーで、圧倒的な 77% 対 23% という結果であった。別に驚くには当たらない。なぜなら、Apple が大規模な開発者と小規模な開発者に異なる扱いをしているのは周知の事実だからだ。記事“開発者対 Apple: App Store に対する不満を総まとめ”にも具体的な事例をいくつか挙げておいた。
しかしながらここでは Apple にもある程度の評価を与えねばならない。Epic Games が Apple の支払いシステムを使わないアプリ内購入の方法を Fortnite の中に忍び込ませた後で、Apple は Fortnite アプリを追放したのみならず、Epic の開発者アカウントも終了させるぞと脅している。Apple はこれまで小規模の開発者に対してはその種の高圧的なやり方を実行してきたが、Epic ほど大規模の開発者に対してはほとんどしてこなかった。
Apple が iOS でアプリのサイドローディングを許すことに賛成するか?
この質問への答は私には衝撃的だった。何と 57% が賛成で、反対意見との間に2桁の違いがあったからだ。サイドローディングが物議を醸しているのは、それがマルウェアを媒介する道筋を開きかねず、App Store の外で配布されたアプリによる混乱を招く、といった問題点を抱えているからだ。だから、これほど多くの TidBITS 読者がその考え方に賛成していると知って私は驚いた。
理論的には、サイドローディングを認めることで開発者たちは App Store に関する不満をすべて回避できるようになるだろう。Apple は単純にこう言えばよい:「App Store のルールが気に入らないのなら、自分のアプリは自分で配布せよ」と。
いずれにしてもそれは素敵な理論だ。その奇怪な展開の一例が最近の Epic Games 対 Apple の修羅場であり、Epic は Apple に対して iOS の中で Epic がゲームのサイドローディングをすることを認めよと要求する訴訟を起こしたその一方で、既に Android 上でサイドローディングを認めている Google に対しても Epic は訴訟を起こした。どうやら、Epic は現状のサイドローディングのままでは不十分で、Fortnite を Google Play Store に置けるようにせよと言っているらしい。
Apple はその後、自身と Epic Games との間の電子メールを証拠として裁判所に提出し 、これが状況を少し明らかにすることとなった。Epic が本当に要求しているのは、Apple に収益をもたらさない、自分のストアを持てるようにすること、そして、Apple がその独立ストアを App Store で配布できるようにすることだ。
これは正気の沙汰ではない。もしも Apple がその要求を認めるか、または認めるよう強制されるかすれば、アプリの発見と入手は完全なカオスと成り果てるだろう。どんな開発者も、競って独自の App Store を作るか、あるいは安価なストアに加わるようになるに違いない。
間違いなく Epic Games はそれがどれほど破壊的なものになるかをよく承知している。想像してみよう。独自の Steam サービスを通じてソフトウェアを配布しているゲーミング会社 Valve が、Steam を Epic Games Store を通じて通常の 12% という Epic の取り分を支払わずに出版できるようにせよと Epic に対する訴訟を起こしたとすればどうなるだろうか。Epic CEO の Tim Sweeney は笑い過ぎて椅子から転げ落ちることだろうが、まさにそれこそ現在 Epic が Apple と Google に、しかも Apple と Google に対してのみ、求めていることに他ならない。Epic は Microsoft も Sony も追求していないが、この両社もそれぞれのゲームコンソールで非常によく似た状況を持っている。状況を考えれば、Epic の“要求”を何か自由のための戦いとかビジネス上の一手とかのように考えるのは難しく、これはむしろスマートフォン用アプリストアに対する破壊工作と見るべきではないだろうか。
Apple が App Store で徴収している売上の 30% という取り分を減らすことに賛成するか?
ここでの答に驚きはなかった。圧倒的大多数が、Apple が App Store での取引のほとんどで徴収している 30% の取り分を減らすべきだという答であった。87% 近くが Apple が 30% を減らす方に投票した。
確かに、私たちは Apple のようにデータを持ち合わせている訳ではないが、どうやら大多数の人たちが 30% の取り分は高過ぎると考えているようだ。この問題を解決するかどうか、するのならどうやってするのかは、Apple と規制当局次第だ。そして、少なくとも今の状態では、自社の顧客のこれほど多くの割合が高過ぎると思っているのは Apple にとって悪い PR と言えるだろう。
現時点で App Store から完全に締め出されている種類の製品について取り分を減らして提供するようにすれば Apple が実際に今より多くの収入を得られるだろうと考える人たちもいた。例えば、もしも Amazon が自らの iOS アプリの中で Kindle ブックを販売することを価格のたった 1% で Apple から認められたとすればどうだろうか? Amazon ならばアプリ内購入を (今はしていないが) 受け入れるかもしれないし、そうなれば Apple にも新たな収入源が生まれることになるだろう。同じように考えれば、基準率を 30% より大幅に下げることによって、現時点では完全に無料で取引されている現実世界の製品やサービスから Apple がいわば 1% の税金を徴収できるようになる。その方が有望な話ではないだろうか?
もちろん、今回のアンケートはごく小規模で、どう見ても科学的な調査とは言えないし、Apple がその結果に注意を払うべき義務などさらさらなくて、ましてやこれを基にビジネス上の決断をするなどあり得ない。それでも、TidBITS 読者が App Store について思うことの一端は垣間見ることができた。アンケートに参加して下さった皆さん、ありがとう!
数週間前、Apple は 2020 Environmental Progress Report をリリースした。これは意思伝達の最高傑作である。豪華なウェイブサイトで始まり、スクロールして行くと順次高次のコンテンツが現れる。More About ボタンがそのサイトについての更なる詳細を提供するが、その情報で満ちあふれているのは 99 頁の PDF である。私は、環境問題に一時的な興味以上のものをお持ちの方にはこの PDF 全部を読んでみることをお薦めする。その理由は、どれだけの時間とお金を Apple がその環境への取り組みにつぎ込んでいるのかを知るだけでも印象的だからである。Apple は技術の会社ではあるが、環境にだけ焦点を当てている多くの組織よりも多くのことをやっている。
環境における Apple のこれ迄の進展
最も目につくのは、勿論であろうが、Apple の 44 カ国にまたがる販売店、データセンター、そしてオフィスは再生可能エネルギーで 100% 賄われており、その多くは Apple 主導の太陽光、風力、水力、そして バイオガス施設で生み出されている。更に良いことには、70 を超える Apple の納入業者は、Apple 製品を作るのに再生可能エネルギーだけを使うことを約束している。April 2020 時点で、Apple は企業排出に関してカーボンニュートラルである。これは、森林、草原、そして湿地を守りそして復元するプロジェクトに対する投資のお陰である。
Apple はまた、その包装に使うプラスチックの量も過去4年間で 58% 削減し、包装に使われる紙の全てが、再生資源か責任を持って管理された森林から来ている。The Conservation Fund や World Wildlife Fund との提携関係を通じて、米国及び中国で1百万エーカー以上の実際に使われている森の管理を改善してきたと Apple は言っている。
Apple は、その製品と包装の両方に対して再生素材と再生可能な素材だけを使いたいと思っている。この野心的な目標に対する期限は示されていないが、同社は 2025 年迄に包装から全てのプラスチックを追放する努力をしていると言っている。
Apple の Environmental Progress Report を読めば読む程、私のびっくり度は増してくる。私は他の多くの人より Apple に注意を払っていると言っていいと思ってるし、ここでの太陽光発電ファームに関する、あそこでの有毒物質の使用削減に関する Apple のプレスリリースを目にしたことはあるが、Apple が環境に気を配ってどれだけのことをしているのかの全体像まで理解していなかった。
私が思うに、Apple が環境のためにこれら全てを出来るのは、主としてその儲けが余りに大きいからであろう。大きさはここではとても重要である - 我々が Take Control Books をやっている時、我々はオンデマンド印刷の本が一冊売れる度に $0.25 を植樹チャリティに寄付をしていた。我々が最終的にどれだけ寄付出来たのか私は覚えていないが、Apple がしていることに比べれば大海の一滴に過ぎない。
Apple の環境に関する成果と目標について読むことで、Apple の伝統的に高い値段に対する私の感情も少しは和らぐ。勿論、メーカーが強制的な子供の労働や悪質な汚染と言った最低の行動をしないことを確かなものにするためにどれだけ余分に支払っても良いかに対する閾値は人によって異なるのは確かであろう。Apple について言えば、購入価格の何パーセントかは、深く考えられたそして注意深く分析された環境に対する影響の削減に当てられていることは明らかである。私は、毎日、四六時中使う機器のためにその代価を支払うことに文句は無い。
勿論、Apple にはその環境努力に対する多様な動機があるであろう。Apple は営利目的の会社であり、データセンター用に巨大な太陽光発電ファームを建設することは、カーボンニュートラルとなることへの貢献の他に、長期的にはエネルギー費用の削減にもなるのであれば、一石二鳥の効果がある。同様に、皆さんの中には Mac が入ってくる箱が昔よりも小さくなっていることにお気づきの方もおられるであろう - Apple は、出荷時に製品を保護するのに必要な包装の量を削減してきた。それは環境にも良いが、とりわけプラスチックの削減は、別の見方をすれば、一つの輸送コンテナーに入れられる台数は増えることを意味し、結果的には Apple の輸送費の削減につながる (そして、出荷に伴うカーボン排出の削減にも)。そして、Apple のデータセンターを誘致した地元に貢献する様々な環境プロジェクトを Apple は展開しているが、これらの地域は更なる減税や広範囲に渡る善意の恩恵も受けるかも知れない。
皮肉的になり、そして Apple がこれらのことをするのはただ単にお金の節約のためだと言うのは簡単である。しかし、それは的を外している - 環境を守る最善の方法は、そして全ての会社がやって欲しいと思う事だが、環境にも優しくそして企業利益にも貢献するやり方である。
それは 2005 年の年末も近い、どんよりと曇った日だった。私は自分の仕事机に向かって、次の年の iPod のためのコードを書いていた。ノックもせずに、iPod Software 部門のディレクター、つまり私の上司の上司が、突然入って来てすぐに背後のドアを閉めた。彼はさっさと要件を言った。「君に特別の任務がある。君の上司はこのことを知らない。US Department of Energy (DOE, 合衆国エネルギー省) から派遣される二人のエンジニアを、君が手助けするのだ。報告は私だけにしてくれ。」
その次の日、受付係から電話があって、二人の男がロビーで私を待っているとのことだった。私は下へ降りて Paul と Matthew に会った。この二人のエンジニアが、実際に今回の特別注文の iPod を組み立てるのだ。サングラスとトレンチコート姿で窓に映る景色に目をやりつつ誰にも追跡されていないのを確かめる二人、と言いたい誘惑に駆られるところだが、実際の彼らはどう見ても普通の、三十代くらいのエンジニアだった。私は彼らを中へ招き入れ、話をするために会議室へ行った。
iPod のオペレーティングシステムは、Classic Mac OS すなわち Darwin、あるいは macOS、iOS、iPadOS、watchOS、tvOS の基盤となる Unix コアのように他の Apple オペレーティングシステムに基づくものではない。初代の iPod ハードウェアは Apple が Portal Player という会社から買い取った参照プラットフォームに基づいていた。また、Portal Player は iPod OS のローレベル、例えば電源管理、ディスクドライバ、およびリアルタイムカーネル (これは Portal Player が Quadros という別の会社からライセンス供与を受けたもの) も提供した。Apple は iPod OS のハイレベル部分を Pixo から買い取った。Pixo はその数年前に元 Apple にいたエンジニアたちによって創設され、汎用の携帯電話オペレーティングシステムを書いて Nokia や Ericsson のようなモバイルフォン会社に売ることを目指していた。Pixo のコードはユーザーインターフェイスの処理、Unicode テキストの処理 (ローカライズのために極めて重要)、メモリ管理、イベント処理などができた。もちろん Apple のエンジニアたちはこれらのコードすべてに変更を加えたし、年月を経てその大部分を書き直した。
iPod OS は C++ で書かれていた。サードパーティのアプリに対応していなかったので、動作を記述した外部向けの説明書類は存在していなかった。
最後にもう一つ、iPod チームは Windows コンピュータの上で開発作業をしていた。当時の Apple はまだ ARM 開発ツールを作っていなかった。これは、iPhone が世に出るよりも前の話だからだ。iPod チームは ARM Ltd. から入手した ARM 開発ツールを使っていたが、それは Windows と Linux でしか走らなかった。
それまで見たこともなかった、ましてや開発作業などしたこともなかった新しいオペレーティングシステムで Paul と Matthew が仕事を始められるようにすること、それが私の仕事だった。
仕事を始める
同じ建物の中の空いていた部屋を一つ、私は Paul と Matthew のために用意した。IS&T (Apple の IT 部局) に頼んで Ethernet をその部屋に取り回してもらい、Apple のファイヤウォールの外部で公共のインターネットのみに接続できるようにしてもらった。これで、二人が Apple の社内ネットワークにアクセスすることはない。Apple の Wi-Fi ネットワークは常にファイヤウォールの外部で接続するようになっている。つまり、Apple の建物の中に居てさえ、Wi-Fi を使う場合に Apple のファイヤウォールを通り抜けたければ VPN が必要となる。今回のことは Bechtel との間で契約と支払を通した共同作業ではなくて、あくまでも Apple がエネルギー省のために内密に便宜を図っているだけだった。便宜を図るだけなので、アクセスもそれ相応のところまでに限られていた。
言うまでもなく、Paul と Matthew がサーバ上のソースコードに直接アクセスすることは許されなかった。その代わりに、現状のソースコードを入れた DVD を手渡して、この DVD を建物の外に持ち出してはならないと説明した。最終的に、彼らは自分がビルドした変更版の iPod OS を持ち帰ることを許されたが、そのソースコードを持ち出すことは許されなかった。
Apple は彼らに何のハードウェアもソフトウェアツールも提供しなかった。私は彼らに必要な Windows コンピュータのスペックを教え、ARM コンパイラと JTAG デバッガも教えた。彼らは作業用の iPod を普通の小売店で購入した。少なくとも数十台は購入したことだろう。ひょっとするともっと多かったかもしれない。
Apple 社のどの建物でも言えることだが、iPod の建物に入る際も入り口のドアのロックを外すには Apple バッジをバッジリーダーの前にかざす必要がある。その建物に入ることを許された従業員のみが入れる。各フロアごとにまたロックされたドアとバッジリーダーがあって、ここでもやはりそのフロアに入ることを許された人だけが入れる。
なので毎日、Paul と Matthew はロビーから私に電話をかけてきた。二人は Apple バッジを持っていなかったからだ。私が彼らを招き入れて、彼らの仕事部屋まで付き添った。その後、Apple にコーヒーやメモリチップを売りに来る人たちと同じベンダー用バッジを彼らのために用意したので、それ以後は毎日彼らを迎えに行く必要がなくなった。私はプログラマーであって、ベビーシッターではないのだ。
トップ・メンバー
Paul と Matthew は賢かった - まさにあの“トップ・メンバー”だ - 少しの助力を得るだけで、二人はたちまち仕事を軌道に乗せた。私は二人に開発ツールのセットアップの仕方を示し、ソースからオペレーティングシステムをビルドして、それを iPod にロードしてみせた。それからユーザーインターフェイスに一時的な変更を施して、そのビルドが実際に動くところを見られるようにした。JTAG ハードウェアデバッガも使ってみせたが、これは結構細かな注意が必要な代物だ。そうして二人は自分たちの仕事に没頭した。
私たちは記録したデータを隠しておく最良の方法が何かを議論した。私はディスクのエンジニアなので、ディスク上に別パーティションを作ってその中にデータを保存することを提案した。そうすれば、たとえその変更された iPod を誰かが Mac か PC に接続したとしても、iTunes はそれを普通の iPod として扱い、Mac の Finder や Windows の Explorer の中でも普通の iPod に見えるだろう。彼らはそのアイデアを気に入り、隠しパーティションが作られた。
その結果として第五世代 iPod はある意味ハック可能で、これは重要な点であった。趣味人たちは iPod 上で Linux を走らせたりしていたが、Apple が所有していた特殊な知識とツールを使わずにそれを実行するのは難しかった。私たち iPod エンジニアリングチームはそういう人たちを凄いと思っていた。でも企業としての Apple はそれを気に入らなかった。iPod nano 以後、オペレーティングシステムがデジタル署名によって署名され、Linux ハッカー (やその他の者たち) をブロックした。ブート ROM が起動の前にデジタル署名をチェックして、マッチしなければブートできなくなった。
Paul と Matthew が自分たちのカスタマイズしたオペレーティングシステムに署名を入れて iPod nano でも走るようにして欲しいと Apple に依頼したことはなかったと思う。Apple が拒否したであろうことはほぼ間違いないだろう。いずれにしても筐体の大きな第五世代 iPod の方が彼らの目的に適していた。
借り物の仕事部屋で仕事をしばらく続けてはしばらく姿を見せないのを繰り返す数か月が過ぎて、Paul と Matthew はカスタムハードウェアを iPod に組み込む仕事を完成させ、プロジェクトを終えた。彼らはコンピュータやデバッグ用のハードウェアを Santa Barbara にある Bechtel 社のオフィスに移した。二人は Apple のソースコードを入れた DVD と、Apple のベンダー用バッジを私に返却した。彼らはさよならを言い、その後私は彼らに会っていない。あの DVD は私の仕事部屋に何年も置いてあったが、いつだったか大掃除の際にとうとう廃棄した。
彼らは何をしていたのか?
合衆国エネルギー省 (DOE) は巨大だ。2005 年の予算は 243 億ドルだった。合衆国の核兵器と原子力プログラムのすべてを管轄していて、Manhattan Project の一部分であった Los Alamos National Laboratory もその傘下にある。DOE の予算要求書には次のように書かれている: