TidBITS: Apple News for the Rest of Us  TidBITS#1097/10-Oct-2011

Apple の共同創立者であり前 CEO、現在は取締役会の会長である Steve Jobs が亡くなった。56 歳だった。完全に予想外のことではなかったけれども、その知らせはテクノロジーのコミュニティーをも外の世界をも大きく揺さぶった。この TidBITS 特別号は、すべて Steve Jobs のために捧げられる。まず Jeff Carlson が、その知らせを伝えるとともに、インターネットのあちこちから届いたさまざまの Jobs 関係のコンテンツへのリンクを多数紹介する。それから TidBITS スタッフの Mark H. Anbinder と Rich Mogull、そしてゲスト寄稿者の Angus Wong が、Jobs の遺したものについてそれぞれの考えを記す。最後に TidBITS 出版者の Adam Engst が、なぜ Steve Jobs の死がこれほど多くの人々の心を騒がせたのかという疑問を考察する。TidBITS の通常号も出るのでお待ちあれ。

記事:


Steve Jobs が 56 歳で逝去

  文: Jeff Carlson jeffc@tidbits.com
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

Apple の共同創立者であり前 CEO、現在は取締役会の会長である Steve Jobs が、2011 年 10 月 5 日の水曜日に死去した。56 歳だった。この知らせは Apple の取締役会によって発表され、その声明は次のようなものであった:

深い悲しみと共にスティーブ・ジョブズが本日逝去したことを発表します。

スティーブの才気、情熱、行動力は、私たちすべての人生を豊かにし向上させてきた無数のイノベーションの原点でした。スティーブのおかげで、この世界は計り知れないほど素晴らしいものになりました。

彼は妻の Laurene と家族をこよなく愛しました。私たち取締役会の思いを彼の妻と家族、そして彼の非凡な才能に感化されたすべての人々に捧げます。

同じ日、Apple CEO の Tim Cook は、次のような電子メールをすべての Apple 社員に 送った:

チームの皆さん、

皆さんにとても悲しい知らせをお伝えしなくてはなりません。スティーブが今日早く他界しました。

Apple は先見と創造性に満ちた天才を失いました。世界は一人の素晴らしい人物を失いました。スティーブを知り、共に仕事をすることができた幸運な私たちは、大切な友人と、常にインスピレーションを与えてくれる師を失いました。スティーブは彼にしか作れなかった会社を残しました。スティーブの精神は永遠に Apple の基礎であり続けます。

Apple の社員を対象に、スティーブの非凡な人生を思い出し、語り合う場を近く設ける予定です。それまでの間、みなさんの思い出やお悔やみの言葉をEメールで送ってください。rememberingsteve@apple.com

スティーブの死への悲しみ、彼と一緒に仕事をすることができたことへの感謝は、言葉では表しきれません。彼があれほど愛した私たちの仕事にこれからも私たち自身を献身的に捧げることで、彼の思い出に敬意を払いたいと思います。

ティム

Jobs の家族も声明を 発表した:

Steve は本日、家族に囲まれながら平和のうちに亡くなりました。

公人としての生活の中では、Steve はビジョンを持つ人として知られていました。個人的な生活の中では、彼は家族を大切にする人でした。昨年 Steve が病気になって以来、祈りの気持ちを捧げて下さった多くの皆様に、感謝したいと思います。思い出やお言葉を寄せて下さる皆様のためにウェブサイトを用意させて頂きたいと思っています。

私たちの Steve に対する気持ちに心を合わせて下さった皆様の、お支えと優しさに感謝して止みません。多くの皆様が私たちとともに悲しんで下さることとは思いますが、喪に服する期間中は、どうか私たちのプライバシーを尊重して頂ければと思います。

今年の 8 月に Jobs が CEO の役職を辞任することを発表した際に、私たちは多彩な反応を記事にまとめた(2011 年 8 月 25 日の記事“Steve Jobs の辞任: 反応と思い出”参照)が、その時以上に今もそれらは相応しいと言える。

Apple は 追悼 Steve Jobs ページを開設して、その中で人々が追憶や哀悼の言葉を寄せることのできる電子メールアドレスのリンクを示している。

Jobs がすべての私たちの生活に深い影響を及ぼした、といくら言ってみてもとうてい言い足りない。おそらく最も多くを物語る事実がある。それは、私たちの多くが彼の死を知ったのは、何らかの機器、つまり Mac か、iPhone か、iPad か、あるいは iPod touch の上でだったということだ。それらの機器が生まれたのは、彼が Apple でした仕事によって可能となったところが大きい。

彼の家族と友人たちに、私たちの心からのお悔やみの言葉を捧げたい。

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広範囲からの反応 --長年 Apple と Jobs について記事を書いてきた私たちTidBITS は、確かに彼の遺したものに対する感謝の気持ちで溢れている。けれども、Jobs の逝去を受けて世の中にほとばしり出た言葉の数々に、私たちも驚きを禁じ得ないでいる。コラムニストたちも、CEO たちも、国の首脳までも声明や思い出の言葉を述べ、Apple リテール店は何千人もの人々からの敬意のしるしが集まりまるで一時的な神殿のようになった。

私たちのウェブサイトでこの記事へのコメントとして寄せられた情報から、そうしたお悔やみと敬意の言葉へのリンクをここにいくつか集めてみた。圧倒されるほど数が多いことは分かっているが、それでもここに挙げるだけの価値はあると思う。

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Steve Jobs: 楽しみを共有

  文: Rich Mogull rich@tidbits.com
  訳: 柳下 知昭 <tyagishi@gmail.com>

Steve Jobs が亡くなったという報道がなされた晩、妻と私は、子供にやさしいレストランに幼い娘といた。そこは、とてもカラフルな色使いで、出口で風船がもらえるような種類の場所だが、私は、家族の楽しい時間に集中できなくなってしまい、かわりに、電池が無くなるまで世界から寄せられている深い悲しみをフォローしていた。

これを読んでいるほとんど全ての皆さんと同様に、私は、Steve Jobs に会ったことはない。皆さんのほとんどと違うのは、幸運にも彼の最後の Macworld Expo でのキーノートに参加することができ、彼の評判の現実歪曲空間を近くで個人的に体験したことである。2008 年には、BlackBerry を持って入ったが、iPhone を持って帰宅していた。あなたが現実歪曲空間についてなんと言おうと、それでも私はあの判断を決して後悔していない。

私のテクノロジーへの愛は、アップルと、それほどの重要性はないがコモドールと共に始まった。しかし長年の間、私は、アップルがデザインしたものを所有したことがなく、学校や友人宅を訪問したときに借用したくらいだった。私の最初の iPod の美しさによるハロー効果に圧倒された 2005 年に最初の Mac を購入した。今日では、家に 6 台の Mac と 2 つの iPad,数台の iPhone, そして、様々なアップル製品がある。手放すことができない最初の iPod までもが含まれている。

あなたが、アップルを好きでも嫌っていても構わない - 今日のほとんど全ての技術的なものは、Steve が率いていたチームの仕事に影響されている。どんなコンピュータも、どんな最新の電話も、どんな音楽プレーヤーも、他のどのようなソースよりもアップルのデザインに影響を受けている。私の娘が大好きな CG によるアニメーションさえも、Pixar の仕事なしには、現在のようにはなっていなかっただろう。

食事を終え、帰宅しようとしたときには、私の心は、家族よりもより Jobs に向けられていた。1 才の娘をだっこして、受付を通ったときにヘリウムガスの風船をつかみ取って、娘の手首にリボンを巻き付けた。駐車場を横切るとき、彼女は、目に幸せそのものをうつしながら笑って風船を叩きはじめた

彼女を見おろして微笑みながら、私は自分自身について考えた、大人になって、それが単純か複雑か、安いか高いかに関わらず、物から、このような子供のような喜びを体験することがめったになくなった。

そして、この日の出来事に影響されて私は、思い出した、数ヶ月にわたり、自分の iPhone 4 の Retina ディスプレーをじっと見ていたことを。私の初めての iPod から広がる光を。その後、2 つの機種、2 年の歳月を経て、私がいつも必ずそばに iPad を持っていることを。

アップル製品の全てが私の子供のころの驚きを取り戻してくれるわけではないが、画面とプロセッサの付いた何かがそうしてくれるならば、それは、Cupertino でデザインされたのだろう。

Steve Jobs は、我々にたくさんのプレゼントを残してくれたが、このことが、私が最も印象に残っていることだ。彼にとっては、ただ新しいテクノロジーを我々の生活に組み入れただけでは十分でなく;彼の創造する楽しみを共有して欲しかったのだ。

彼の死は、想像していたよりも私をうちのめした。これがアップルや素晴しい製品の終りでないことは知っている。しかし、技術世界全体が、我々の目の前にある山に登り、道を作り、熱狂的にこちらを振り返って、手を振り、"ついて来い!"という一人の人間を失なったのだ。

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Steve Jobs: テクノロジーを大衆のものとして

  文: Mark H. Anbindermha@tidbits.com
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

この数日間は、たくさんの賛辞や思い出、感情のほとばしりなどが嵐のように吹き荒れた。そして私も、この文章を自分の頭の中で書き始めて、十回以上も書き直している自分に気付いたのだった。もう二十年以上にもわたって Apple や Mac 業界について文章を書いてきたパートタイムのジャーナリストとして、私も Steve Jobs が亡くなったのに際して思い出を記す「資格」があるのではないかと思う。私は、その人本人から数フィート以内に近寄ったことさえある。最初は完成したばかりの彼の新しい NeXT コンピュータのお披露目に Cornell 大学キャンパスを彼が訪れた折りで、その後もいろいろな Macworld Expo や WWDC で、彼に近寄る機会があった。けれども思い返してみると、Steve Jobs その人が、また彼の仕事が、私の人生にどれほど浸透していたかということをあらためて思い知らされる。

私がここのところ読んでいる文章を書いた何人かの人たちと違い、私が初めて持ったコンピュータは Apple ではなく、Atari 400 であった。でも、やがて、私は学校で、友だちの家で、またキャンプでも、Apple ][ ばかり使うようになって、遊んだり、文章を書いたり、プログラミングしたり、いろいろといじくり回したりした。

私が初めて自分のものにした Apple 製品は 512K Macintosh だった。これは私が Cornell 大学の一年生だった時に購入したもので、コンピュータサイエンスのクラスで Mac のプログラミングが必要だったからだ。その後コンピュータサイエンスをあまり長く続けて選択することはなかったのだが、疑いもなく私の人生の分岐点となったのは、ある冬、Cornell の教授の一人が私にこんな質問をした時だった。

「君は、Mac のプログラミングができるかい?」

言っておくが、実際私はプログラマーではない。けれどもあの 1986 年当時でさえ、Mac でプログラミングして素晴らしいことをさせるのはあまりにも理にかなっていて、あまりにも簡単にできたので、私でさえも十分簡単に「できるふり」ができたのだった!

やがて、私の仕事はプログラミングから Mac に焦点を置いた技術サポート中心のものに移って行った。細かいことは二・三年ごとに変わって行ったけれど、総体的に見れば私のキャリアは一貫していた。私の専門は、人々がテクノロジーを用いて周囲の世界を最大限に活用できるように手助けすること、に他ならなかった。Steve Jobs が亡くなったことを知ってからほどなく、私はあることに気付いた: 彼もまた、そうだったのではないか。

そもそもの初めから、つまり Apple ][ が最初の大衆向け生産性コンピュータとして存続できるものとなった時以来、Jobs のキャリアの円弧はテクノロジーを大衆がアクセスできるものとすることの上に置かれていた。(私たちがどれだけ長い間 Mac について書いてきたかを考えれば、最初の Apple ][ が出てから最初の Macintosh が出るまでの年月の差がいかに短かったかに気付いてちょっと驚かされる。)

ここ数日間、悪口を言う声も確かに聞こえていた。Jobs と Apple は多くの業界を破壊し、あるいは取り返しのつかないほどのダメージを与えてきたのだと。ただし、丁重な反論によって黙らされたものも多かった。けれども、音楽業界の内部にいて、コンパクトディスク (CD) の売り上げが落ちたことを声高に嘆く人たちは、ほんの僅かな手数料で一曲 99 セントの楽曲を販売できることを大いに気に入っている業界のプレイヤーや演奏家たちと、ほぼ対等の議論を今も続けている。フィルムが廃れてしまったことで苦闘していた写真ラボ業界は、今は iPhoto からプリントを注文するデジタル写真家たちから収入を得るようになった。開発者たちの生態系に Apple がより大きなコントロールの力を及ぼそうとすることに不平たらたらのソフトウェア開発者たちがいる一方で、思いがけなく大きな収入の道ができたことを喜んでいるソフトウェア開発者たちもいる。ウェブサイトから人々が無料で何でも得られることで購読収入が減るのを望まなかった雑誌の出版者たちも、今は iPad での有料購読を使う人々が増えつつあることに気付き始めている。

これらに共通する潮流は、NeXT と Pixar で苦労の末に手に入れた智慧と活力を携えて Apple に復帰した Steve Jobs による新たな統率力の下で、Apple が会社を成功に導くとともに、それと並行してコンシューマたちがコンテンツで素晴らしいことができるように手助けしつつ、また驚くほどさまざまの他の業界がそこから利益を得られるようにも手助けしてきたということだ。

不平の声は今後も続くだろうか? それは当然だ。その中には確かに正当な不平もあるに違いないが、どのような大転換にも犠牲者は付き物だということをも私たちは忘れてはならない。自動車が馬に取って代わった時には蹄鉄工たちが苦難を味わったし、誰もが電気による照明に切り替えた時にはランプ用オイルの会社が破綻の憂き目にあった。また、近い将来、テキストメッセージからの収入をあてにしていた携帯電話キャリアたちは、意図的に高額に設定されている SMS テキストメッセージ料金を私たちが iMessage のお陰で支払わずに済むようになれば困ることになるだろう。

では、Apple は次に何を成し遂げるのだろうか? それはまだ、私たちがほんの少しだけ想像できるようになり始めたばかりだ。Steve Jobs 自身が自らの手を触れていたパイプラインの中にどのような進化が出番を待っているのかを。ましてや、彼がこれまで育成してきた環境の中から、今後どのような革新的な進化が新たに生まれ出て来るのかは、まだまだ私たちには見えていない。

Steve Jobs は、コンピュータも、インターネットも、携帯電話も発明しなかった。彼はただ、それらを使う価値のあるものへと進化させるのを手助けしたのだった。次に何が起こるのか、それは今後のお楽しみだ。

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Steve Jobs: クレイジーな人たちの一人として

  文: Angus Wong atkw@anguswong.net
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

今日は三つの物語について考えたい。

大したことではない。たった三つの物語だ。

最初の物語は、パーソナルコンピュータについての話だ。

他にも多くの人たちからの寄与があったのを否定するわけではないが、もしも Steve Jobs がいなかったならば「パーソナルコンピュータ」が本流に乗ることはあり得なかったと想像するのはいとも容易いことだ。HP はあからさまにそのアイデアを却下したのだし、IBM は Jobs が創出に力を貸したそのマーケットに見込みがあると認識しつつも自ら参加するまでには永遠とも思える時間を要した。もしもパーソナルコンピュータがなければ、私たちが今日知っているインターネットはほとんど知られることもなく軍人たちと学者たちだけの使うものとなっていたかもしれない。それに、もしも Tim Berners-Lee が CERN で NeXT マシンを使うことがなかったとしたら、彼の頭の中の閃きにどれほど欠けるところがあったのかは誰にも分からない。[訳者注: Tim Berners-Lee は World Wide Web を考案・開発したと言われる人物。]

第二の物語は、ユーザーたちについての話だ。

まるでプロメテウスのごとく、Steve Jobs はテクノロジーを一般大衆に、つまり「残りの私たち (the rest of us)」にもたらした。偉大なるアイデアを象牙の塔の中の培養状態や趣味人たちの薄暗い小部屋に閉じ込められた状態から解放した Jobs は、未来への先駆者であった。グラフィカルなユーザーインターフェイス、USB、ワイヤレス接続、ユーザーが生成する HD 内容、タッチスクリーン、アップストア等々、彼は Apple 製品の更新ごとにほとんど毎度、最先端の革新をより広い世界へともたらした。そして彼はそれをいかにも短気な態度で、確信を持って、私たちが共有する未来を確固として注視することによって成される移行を通じ実行した。そこには、後ろ向きの互換性をちらちらと気にするためらいがちの視線は存在しなかった。

第三の物語は、繋がりについての話だ。

Steve Jobs は私たちを結び付けた。全く異なる人々の間に、彼は動きや動作による共通言語を与えた。マニアたちや導師たち。技術者たちや書体デザイナーたち。彼は、コンピュータの純然たる生の力を魅惑的な美と融合させて一つのチームを組織し、子供たちに喜びをもたらすイメージを作り出しつつ大人たちには全体像が見えるようにした。彼は、私たちが音楽や映画、書物を体験する方法を変換させ、私たちが飢えた、馬鹿げた世界を歩き回りつつもお互いに連絡を取り合うことのできる方法を変えてみせた。

今日は私の誕生日だが、私は MacBook Pro で Pages を使ってこの記事をタイプしつつ、Steve Jobs により練り上げられたテクノロジーを使ってきたこの三十年以上の年月について思い巡らせている。それは壮大なる、刺激に満ちた長旅であったが、今や私たちは最も予知能力のある先導者の一人を失ったのだ。

そのニュースを聞いた時、あなたはどこにいただろうか? 私の場合、そこは快晴のハワイだった。Jobs もよくハワイ滞在を楽しんだものだ。太陽は輝き、雲は薄かった。そんな中で、この宇宙の中で何かがうまく行っていないことを聞くのはどこか場違いのような気がした。それでも、何百万人もの他の人たちと同様、私は彼の逝去の知らせを自分の iPad 上のニュース警報として知った。

Jobs はそれを知って喜んだかもしれない。たとえそれが彼自身の死の知らせだとしても。彼は、Apple の認知度を引き上げて大いなる善きことを生み出したのだ。その上、おそらくこれは彼の Stanford 大学でのスピーチの要点をあともう一歩だけ進めることになったのかもしれないが、彼はすべての私たちのために、ホッケーパックが結局どこへ動くかを見越してあらかじめスケートをそこへ滑らせていたのだった。

私はたまたま、一度もテレビ放映されなかったバージョンの Apple のコマーシャル "Here's to the Crazy Ones" を知った。ナレーションの声は Steve Jobs 本人だ。その中で彼は、当初彼は嫌っていたであろう、けれども結局認めるようになった、心に迫る、詩的な類いの表現を用いて、無意識のうちに彼自身への賛辞を呈している。いわく、「自分が世界を変えられると思うほどにクレイジーな人たちこそが... 実に世界を変える人たちに他ならないのだから。」

彼のことを称賛するにせよ、けなすにせよ、Steve Jobs は、これまでも、そして今後も常に、一目瞭然かつ他に代わりのきかぬ、めちゃくちゃ素晴らしい (insanely great) 人なのだ。

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Steve Jobs を追悼する

  文: Adam C. Engst ace@tidbits.com
  訳: 亀岡孝仁<takkameoka@kif.biglobe.ne.jp>

1997年に、我々の友人であり 1980年代から 1990年代にかけての傑出した Macintosh 作家の一人であった Cary Lu が癌のため亡くなった ("Cary Lu を偲んで" 29 September 1997 参照)。彼の最後の数か月の間、我々は彼が健康な時よりも多くの時間を Cary と過ごしたのだが、彼はこんなことを言った、死が避けられないと分かってくると、ある人は遠ざかって行き、ある人はより近しいものとなると。死の直後も同じで、我々の何人かは Cary の最後の本を完成させるために協力していた ("『The Race for Bandwidth』" 21 September 1998 参照)。

Steve Jobs が今週亡くなり ("Steve Jobs が 56 歳で逝去" 5 October 2011 参照)、私は Cary の死を考えている自分を発見した、私は私が感じたものは何だったのかを見つけ出そうとしたのである。それは必ずしも単なる悲しみではない、Cary とは違い Jobs は個人的な友人ではなかったし、彼の健康状態についても他の人以上に知っている訳でもなかったからである。私が Jobs に会ったことがあるのは二回に過ぎない、最初は 1980年代後半に Cornell University で NeXT マシンが初めて公開される幕開けの時で、当時 Tonya と私は大学のコンピュータ室の学部学生管理者であった。そして二回目は Macworld Expo の会場でほんの短い時間だけで、その時彼は私の友人である Jeff Robbin と会場を回って歩いていたのだが、彼の SoundJam は iTunes の基盤として Apple に買われたばかりであった。最初の時、私は Jobs と話をした記憶はないし、二回目も何か言ったとしたも、それは単なる感謝の挨拶だけであったろう。

と言うわけで、悲しみはふさわしい感情ではない - 私は Steve Jobs を知らないし、彼も私を知らない。彼が TidBITS を見たことがあるかどうかも私には知る由もないが、可能性はあるであろう、何故ならば我々の読者の中に他の高位の Apple 幹部の名前を見ることが出来るからである。

にも拘わらず、水曜日の夜に Jobs の死に関する我々の記事を大急ぎで出した後、私は木曜、金曜と何か生産的なことを成し遂げられないでいた。そしてその感覚は Apple を周回するのに何年もの歳月を過ごしてきた他の多くの人にも共通していた。私は Twitter 上で見た共有記事全てを読まずにはおられず、そしてそれらを集めそして整理したくてしょうがなかった。これはあたかも、私が最も説得力があるものと興味深いものを力の限り一緒に出来れば、私の人生にぽっかり開いた穴をどうにか塞げるかの様であった。私のしたことは 我々の記事のコメントで見る ことが出来る。

皮肉にも、Jobs の死が何故私にとってそれ程落ち着かないものなのかを私に気付かせてくれたのは大学の時の Windows 使いの友人であった。年に数回メールのやり取りをしそして会うのも年に一回ぐらいしかない友人にとってすらも、この出来事は我々にお悔やみの挨拶を送ってくる程大事なことだと思えたというのである。会話の中で彼が言うには、Jobs と Apple は 1980年代のコンピュータ革命においてその先頭を切りそして中心にいたし、彼はこの時代にコンピュータに出会った人達にとって象徴的な存在であった、そしてそれは彼らが Mac を使っているかどうかは関係なかった。我々の世代だけではない - 1980年代のおたく達にとっては、Apple の創設はコンピュータ革命の重要な瞬間であったし、1996年の Jobs の Apple への復帰そして Mac, iPod, iPhone, そして iPad と続く Apple の成功は、過去 15 年の間に成人した何百万人という人達の人生において、強いて言えば、Apple はより際立っていたことを意味した。

我々の誰かが彼のことを本当に知っている、或いはそう感じているということではなく、彼はいつもそこにいて、いつも次なる目玉をもって現れ、いつもデザインと革新に対する信頼出来る試金石を提供して来たということである。

この感覚はもう一人の友人によっても裏付けされた。彼女は我々に語った、1995年の Macworld Boston で Grateful Dead の Jerry Garcia が亡くなったと聞いた後最初に会った彼女の知人が Tonya と私であったこと、そして我々が、単に会話をつなぐために、彼女がどうしているかを聞き、そして彼女が答えたのは、 "まだわからないわ。Jerry Garcia が死んだと聞いたばかりだし、私は単に役立たずだわ。" Jobs が死んだ翌日に彼女が我々にくれたメールで彼女が言ったのは、感覚は全く同じで、人生は変わってしまった。どう変わったのかは今は見えないけれども、昔は違っていたし、これからもいつもどこか違うだろうということであった。

だからと言って、私が Apple, Inc の将来に不安を持っているという訳ではない。私は Apple で働いている人々の能力にものすごい尊敬の念を持っているので、予知出来る未来に同社が大きく変わるであろうとは思えない。我々は前にもこの様な議論をしてきた、Jobs が病気療養休暇に入った時、そして彼が CEO から辞職した時。Apple が向かう全体的な方向が今度は変わると信ずるべき理由は何も見当たらない。

しかし、Steve Jobs はもうこの世にはいず、そして彼が如何にうまく彼流の考え方と働き方を Apple に植えつけてきたとしても、このテック業界はその魂の本当に必要とされる部分を失ってしまったのは事実である。私が実際にそうである以上にギークに聞こえるかもしれないのを覚悟の上で言えば、Steve Jobs の死は Force [訳者注:未来予知能力の源ともなる架空のエネルギー帯] での擾乱である。それがこれ程多くの我々があれ以来目的を失いそして集中できないと感じてきた理由なのである。そしてもしあなたも同じ様な喪失感を感じているならば、あなただけではないこと、そしてこれが徐々に新しい正常になるであろうことを知るべきである。

Mac に向かって効率的に働くことのできない状態で二日間過ごした後、私は土曜日を秋の太陽の下 Tonya と Tristan と共に屋外で過ごした。我々は何百ポンドものリンゴを木から振り落とし、隣人宅に行きプレスを借りて、その日の午後いっぱいサイダー作りをした。私はもう十分に没頭していると装うつもりはないが、我々の土地の果物採りに従事し、来たるべき冬に備えて食物を準備するのは、失うこと - 何かが終りを迎えるというあの空虚感 - は人生のサイクルの不可欠の部分であることを良く認識させてくれた。

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Valid XHTML 1.0! , Let iCab smile , Another HTML-lint gateway 日本語版最終更新:2011年 10月 13日 木曜日, S. HOSOKAWA