TidBITS: Apple News for the Rest of Us  TidBITS#873/02-Apr-07

今週は大きなニュースが集中した。Apple と EMI は iTunes Store で DRM の付かない楽曲を販売すると発表し、Adobe は Creative Suite 3 のリリースが近づきつつあるのに備えて最終の詳細情報を発表した。もちろん、私たちはそれ以外にももっと卑近ないろいろのニュースをお伝えしたい誘惑に逆らうことができない。例えば Gmail Paper など、エイプリルフール特有の珠玉の数々だ。さて、本物のニュースの話に戻ると、Glenn は全国的な ISP の Speakeasy が安売りチェーン店の Best Buy に買収された話について心配し、Adam がある有名な女性ブロガーが受けた殺害脅迫を巡る最近の騒ぎについて考える。また Jeff は iTunes の新しいオプション Complete My Album を検討し、Robert Movin が自分の母親を Mac に乗り換えさせた経験談を引っ提げて再登場する。

記事:


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2007 年のエイプリルフールに

  文: TidBITS Staff <editors@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

うわぁーすごい! 昨日のエイプリールフール特集に、ほんとに素晴らしい、史上最高のアイデア満載の記事を寄せてくれたみんなに、心からありがとうと言いたい。中でも Joe Kissell のアイデア、リモコンで動く超リアルな猿のロボットは抜群だった。大家さんが、猿が物を壊したりするのを大目に見てくれるといいのだが。それにしても、MacUser.com の人たちが遠隔 AppleScript プログラミングにあんなにも精通していたなんて、意外だったよね?

え、何だって?

あ、そうか。

そう、今のが夢だった。

というわけで、今年は私たちはエイプリールフール特集号を作らないことにした。4 月 1 日が日曜日と重なったので、月曜の朝に仕事場で電子メールが届いているのを見て、間違った日におバカな扱いをされたのではと混乱してしまう読者も多いだろうと思ったからだ。それに、正直言って、今現在の私たちは他のいろいろなプロジェクトで頭がおかしくなるほど忙しいのだ。

だから、私たちは今年はエイプリールフール号を省略して、私たちのアイデアやエネルギーを来年のためにとっておくことにした。来年は、4 月 1 日が平日だから。

でも、オンラインで読める他の人たちのエイプリールフールの珠玉のアイデアの数々に、私たちが目を光らせていなかったなどと思わないでいただきたい。確かに 4 月 1 日はもう過ぎてしまったかもしれないが、それでも以下に挙げるような他の人たちの労作、私たちが特に素晴らしいと思ったものは、皆さんにもきっと楽しんでいただけると思う。

アホウがいっぱい -- 自分で自分を感電死させるのはとっても難しいことだから、Art.Lebedev Studio の人たちが Vilcus Plug Dactyloadapter(指先アダプタプラグ)を発明してくれて良かったと思う。合衆国用とヨーロッパ用の2つのタイプのアダプタがある。とってもショッキング!

Google が地下に -- Google から、すべての家庭にブロードバンドのインターネットアクセスをもたらすことのできる画期的な解決法が発表された。その名も Google TiSP (Toilet Internet Service Provider)「トイレット ISP」と言い、無料の家庭内ワイヤレスブロードバンドが通常の都市用下水管を経由した接続で利用できるというものだ。以前から Google が出してきたアイデアのいくつかに比べれば面白みではちょっと劣るかもしれないが、現実に光ファイバー線が古い下水管の中を通っていることがよくあることを考えればちょっと笑えるだろう。

さてもう一度未来に立ち返って、Google はもう一つ、Gmail Paper というものも発表した。あなたの電子メールを無料で紙に印刷して配達してくれるというサービスだ。その費用をカバーしてくれるのは「内容に関連があり、ターゲットを絞った、邪魔にならない広告が、あなたのために印刷された Gmail Paper の裏面に、赤い太文字の 36 pt Helvetica で現われる。ポップアップ広告とか、けばけばしいアニメーションなどはない。そういうものは紙のメディアでは物理的に不可能だから」だそうだ。

ThinkGeek -- さっきの Vilcus Plug Dactyloadaper を再販している他に、ThinkGeek の人たちはいろいろなギーク風ギフトもたっぷり取り揃えている。 ThinkGeek 8-Bit Tie は、 あの昔の Nintendo 時代の 8 ビット画面を思い起こさせるネクタイだ。でも私たちが特に気に入ったのは、SnuzNLuz WiFi Donation Alarm Clock のアイデアだった。目覚まし時計なのだが、あなたがもうあと何分か眠りたいとスヌーズボタンを押す度に、この目覚まし時計は自動的に普段あなたが軽蔑しているチャリティーやその他の団体の一つを選んで、そこへ電子的な直接送金の寄付をしてくれる。

ウィンドウズのセキュリティ状況報告 -- セキュリティが高度に重視された今日の世の中においては、私たちを取り巻くものの一つ一つを慎重に検討することにこそ意味がある。特に、私たちが普段取りたてて危険と思わなくなったようなものに注意の目を向けることも大切だ。そこで、Computer Academic Underground から今回特別の白書が発表され、透明性のある建築構造材料に内在する問題点("Window Transparency Information Disclosure"、ウィンドウ透明性に起因する情報漏洩)について詳しく分析した報告があった。その一節を紹介してみよう。「ガラスやその他透明な材質で作られた窓(ウィンドウ)を使用する建物に対しては、情報漏洩攻撃が仕掛けられるおそれがある。その方法とは、外部の方を向いた場所に置いてある情報がウィンドウを通して見られてしまうことである。」

幼児向け清算レートと NSA の Second Life 進出 -- EFF のニュースレター EFFector のエイプリルフール号に、今年は特にパンチの効いた記事が多く載った。一つは、National Security Agency (NSA、国家安全保障局) が仮想世界ゲームの Second Life の中に事務所を新しく開いたというものだ。その建物は巨大なブラックボックスで、場所は公表されていないとのことだ。もう一つ傑作だった記事は、RIAA (全米レコード協会) が 3 歳以下の子供を持つすべての親に「清算提案書」を送付して、将来避け得ないその子の著作権侵害に対し、あらかじめ解決金を払うのならば割り引きされた清算レートを適用しようと提案したというものだ。

来年をお楽しみに -- 4 月 1 日が日曜日だったにもかかわらず、私たちを騙したり楽しませたりするために多くの努力が払われてオンラインで披露されたことは明らかだった。もしも少しお暇な時間があれば、ぜひとも Urgo の“Urgo's 2007 list of April Fools' Day jokes on Web sites”を一読してみられることをお勧めしたい。さて、それはそれとして、私たちも来年に備えてアイデアを貯えておかなければ!


Apple が Vista を Boot Camp に送る

  文: Joe Kissell <joe@tidbits.com>
  訳: 松田 栄 <sacaboom@gmail.com>

Apple は先週 Boot Camp ベータ版をリリースした。これは Intel ベース Mac で Microsoft Windows を起動できる Apple 製ソフトウェアの最新バージョンだ。この Boot Camp のアップデートは、Mac OS X 10.5 Leopard リリース前の最終アップデートになるとみられ、Apple によると、Leopard に Boot Camp のリリースバージョンが搭載される予定だ(どんな形で Boot Camp が Leopard に搭載されるのか、まだいろいろと憶測が流れているけれど)。Boot Camp 1.2 の目新しい特徴としては、Windows Vista のサポートで(現在は 32-ビットのみだが)、以前はちょっとした裏技が必要だった。また、このベータ版では、トラックパッドや iSight カメラなど Apple のデバイス用ドライバーのアップデート、Windows での Apple Remote のサポート、Apple Software Update の追加(Windows 用 Apple ソフトウェアアップデート)など、その他多くが改善されている。ダウンロードは 138 MB。


iTunes があなたのためにコンプリート

  文: Jeff Carlson <jeffc@tidbits.com>
  訳: 羽鳥公士郎 <hatori@ousaan.com>

iTunes Store にはよい点がいくつかあるが、その1つに、アルバム全体を買わずに曲を1曲ずつ購入できるということがある。私が持っているたくさんのCD の中には、気に入っている曲が1曲か2曲だけで、ほかの収録曲にはまったく飽きてしまったというものがあまりに多い。とりわけ悲しい思いをするのは、ショップ(たとえば私の地元のすばらしい Sonic Boom Records)に行って、アルバムから何曲か、あるいは曲の一部分を聞き、最先端のバンドを発見したと思ってそれを購入し、後になって、その CD がたいしてホットではないことに気付く(そして、新しい音楽に対する私のレーダーの感度がまだ標準以下だということにも気付く、なんてこった)というときだ。

しかし、ときには、曲を1曲購入した後で、アルバムの残りの曲も購入する価値が _ある_ ということに気付くこともある。そんなとき、iTunes Store からアルバムを購入してしまうと、最初に買った曲がダブってしまう。アルバムに 10 曲以上が含まれているなら、すでに持っている曲がダブるのを避けようとして曲を個別に買うと、割高になってしまう。

Apple はこのたび、この問題を避けることのできる新機能 Complete My Albumを導入した。ある曲の iTunes Store リンク(iTunes ライブラリで曲のタイトルの右を指している矢印)をクリックすると、 Complete My Album オプションが現れ、アルバムの残りの曲の価格と Buy ボタンが表示される。すると、たとえば 0.99 ドルの曲を1曲購入していた場合、アルバムの残りの曲を9.00 ドル(税抜き)で購入できる。

Apple によれば、Complete My Album 機能が適用されるのは、条件を満たす曲について、その曲を購入してから 180 日までだ。しかし、私が試したところ、現在この機能は、iTunes Store が開店したときに私が購入した曲にも適用されるようだ。

[訳注: 翻訳時現在、Complete My Album は日本の iTunes Store では実施されていません。]


ブログ圏にも喧噪の声

  文: Adam C. Engst <ace@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

口汚い言葉と、犯罪的な発言とは区別すべきだ。

私が定期的に読むブログの数はごく限られているし、私自身はいわゆる「ブログ圏」(blogosphere)、つまり互いに相手を引用し合って結び付くブログやブロガーたちの集合体の中に組み込まれたことは一度もない。でも、私が定期的に目を通すサイトの一つに Kathy Sierra の“Creating Passionate Users”ブログがあって、ここには彼女が思慮深くポストしたコードや、インターフェイスデザイン、マーケティング、Tシャツ、その他テクノロジーに関係したたくさんのことが綴られている。私と Kathy はこれまで直接会ったり便りをやり取りしたことはないが、彼女と私に共通の友人はある。(例えば長年の Mac ライターであるTom Negrino や Dori Smith、二人とも Take Control で一緒に仕事をしている。)

Kathy の書く文章に慣れていた私は、ある日 彼女の書いたレポートを読んでショックを受けた。殺してやるという脅迫の文章が彼女のブログに書き込まれ、また、彼女を名指しして性的な脅迫を書いたポストが、いくつかの他のブログでブログ圏で有名どころのさまざまの人物も運営に加わっているところに載ったということだった。特に気持ち悪いのはこれらの脅迫文の中に直接 Kathy の書いたことに向けられたものが一つもないように見えることだ。実際率直に言って、彼女がこれまでに書いたもののどこを見ても、正気な人間からこのような反応を引き出す可能性があると思えるような個所は見当たらない。彼女に向けられたこれらの過激な言葉はすべて純粋に個人的な攻撃であり、信じ難いほどありありと「女性嫌い」の性格が浮かび上がっている。

有名なニューヨーカーの風刺漫画に、インターネット上ではあなたが最低の男だとは誰もつゆ知らず、とある。けれども、殺人の脅迫をすることは世界中の多くの国において犯罪にあたる。今回 Kathy は適切な手段を使って法律当局に通報したので、問題の最低の男たちが正体を暴かれ、告発され、正真正銘の犯罪者として有罪を宣告されることを私は心から願っている。

今回のぞっとするような状況は、インターネットがもはや現実から遊離したものではあり得ないことを奇しくも浮き彫りにしている。今日インターネットで起こることは、あなたの町で起こっている他の事件などと同じ程度に現実なのだ。同程度に不快な筋書きはゲームなどの娯楽メディアにおいてフィクションと銘打ったものにも「リアリティ・ベース」と称したものにも存在しているが、今回の事件はそうしたものとは全く違う、現実の世界で現実の人物に起こっていることなのだ。

今やジャーナリズムの世界では、インターネットがいかに公共の場での会話を可能にしているかという議論が(そこでは会話が重要な話題についてのものだということが前提となっている)かまびすしいが、何でも好きなことが言えるということの裏にはきちんとした意味のあるやり方で会話に参加すべき責任が常に伴っていることを、私たち皆が自覚する必要がある。私の母の言葉を借りれば、「何かの役に立つことが言えるんじゃなけりゃ、口を閉じていなさい」というわけだ。

きわめて良識に適ったコミュニティーを形成してくださっている TidBITS 読者の皆さんに、ここで改めてお礼を申し上げたい。そして Kathy、私に今言えるのはあなたがこんな災難に会ってしまってお気の毒でした、ということだけだが、願わくは今回寄せられつつある憤激の声が、少しでも将来の不快な事態を予防する力になれば、と思いたい。

[2007 年 4 月 2 日追補: 上記の記事は 2007 年 3 月 27 日に書いたものだが、その後 Kathy のブログには何百ものコメントが寄せられ(強く彼女を支持するものが大部分だったが、そうでないものもあった) Kathy 自身によるアップデート も載り、またさまざまの新しい記事も載った。そして、嬉しいことに、Kathy と、問題のいくつかのサイトに関係していた何人かの人々との間の生産的なコミュニケーションも伝えられた。加害者が誰であったのかはまだ判明していないが、少なくとも私が上で最後に述べた希望については確かな一歩が刻まれているようだ。つまり、この忌わしい出来事をきっかけに、より実効のある、良識的なオンラインのコミュニケーションを生み出すこともできるのだ。]


DealBITS 抽選: BeLight Software の Art Text 当選者

  文: Adam C. Engst <ace@tidbits.com>
  訳: 松田 栄 <sacaboom@gmail.com>

先週の DealBITS 抽選は、appns.com の Dan Kerkman、mac.com の John Allan、mac.comの Neal Pann、victoria.tc.ca の Ron Gillmore がみごと選ばれた。おめでとう!当選者には BeLight Software のArt Text($29.95 相当)が贈られた。残念ながら当選しなかった応募者にも、BeLight が Art Text を 15% 割引で提供し、2007 年 4 月 11 日まで、なんと $25.45 で購入できる。今回応募された 714 名の皆様に感謝!次回の抽選もお楽しみに!


Apple と EMI、iTunes で DRM フリー楽曲を提供

  文: Adam C. Engst <ace@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

Apple と EMI Music 両社は今日、ロンドンでの記者会見において、EMI Music の保有する楽曲の全デジタルカタログを 2007 年 5 月から 世界中の iTunes Store において DRM フリー版の形で購入できるようにすると発表した。ただし、Apple の FairPlay デジタル著作権管理システム (DRM) がトラックから除かれるのと引き替えに失うものもある。DRM フリーのトラックの価格が従来の $0.99 から $1.29 に変わるということだ。その代わりに、より高品質の 256 Kbps AAC エンコーディングが使われるようになり、Apple によればその結果オリジナル音源と区別がつかない音質となるという。Apple の FairPlay DRM の付いた現状の 128 Kbps 版も引き続き $0.99 で提供され、どちらのトラックを購入するかはユーザーが選択できるようになる。

すべての EMI ミュージックビデオもやはり DRM なしで入手できるようになり、こちらは価格の変更はない。iTunes では、以前に購入した EMI の楽曲を一曲あたり 30 セントでアップグレードできるオプションがクリック一つで使える形で提供される。

この発表に際し、Apple CEO の Steve Jobs はこんな風に述べた。「私たちは、iTunes のお客様に新たな選択肢をご提供します。お客様は、現在提供しているバージョンの曲をこれまで通り 99 セントでご購入していただくこともできますし、同じ曲をさらに高音質の DRM フリーバージョンで、しかも多様な環境で再生可能であることの安心感とともに、わずか 30 セント追加するだけでお買い上げいただくこともできるようになります。」今回の決定は、DRM の悪い点とそれに対する Apple の意見を綴った(広く世の人に読まれた)公開書簡を Jobs がポストしてからたった二ヵ月後のことだった。(2007-02-12 の記事“Steve Jobs、DRM を謗る”を参照。)

iTunes Store で販売される EMI のコンテンツから DRM が除去されることは、iTunes Store がオンライン音楽販売の市場で主導的な位置にいることからも、この市場の短い歴史の中でも重大な出来事と言える。DRM フリーの楽曲を購入した顧客は、プロテクトのかかっていない AAC をサポートしたデジタル音楽プレイヤーならばどんなものを使っても再生できる。(現在まだサポートをしていないプレイヤーも、そう遠くない将来にその機能を追加するようになるのは間違いないだろう。)こうして、iTunes Store で購入したものをプレイするのに iPod しか使えないという、最も多く Apple に寄せられた苦情が無くなるわけだ。EMI の楽曲に関する使用法の制限で他に消滅するものとしては、購入した楽曲が五台より多いコンピュータで演奏できるようになることや、購入した楽曲を含むプレイリストが七回より多くディスクに焼けるようになることなどがある。言うまでもなく、DRM が除去されたからといって著作権に抵触するやり方で楽曲が合法的にコピーできるようになる訳ではない。でも、それは以前から変わらずそうだったことだ。

価格を引き上げたことが、コピーの横行の可能性に対する EMI の悪感情を少しは押さえる助けになるかもしれない。だから、Apple と EMI が今後 iTunes Store にあったものがピア・ツー・ピアのファイル共有サービスに登場する曲数を追跡するようになったとしても全く驚くにあたらないと私は思う。さらに重要なのは、DRM 付きのバージョンを $0.99 で利用できるようにしたまま、こちらの価格を $1.29 に値上げすることにより、追加の収入が創出されたということだろう。Apple が $0.99 という基本価格にこだわり続けているままの状態でも、ミュージックレーベル各社は何とかして追加の収入の道を探り続けてきたのだから。

消費者たちが DRM をどう考えているかを見極める研究としての立場からは、Apple が EMI の楽曲の DRM フリー版でエンコーディングレートも増やしたのはちょっと残念な事実だった。もしも DRM の除去だけが違いだったならば、DRM が制限を加えてしまっている合法に認められた権利に対してどのくらい価値があると消費者たちが考えているのか、はっきりとした答が出ていたことだろう。もちろん、デジタル音楽を利用している人々の大部分にとって音質そのものが重大な制限事項となったことは一度もなかったのだから、もしも DRM フリーの楽曲の方が人気を得たとすれば、それだけでも消費者動向について相当の情報が得られたことになるだろう。個人的に、私は自分が iTunes Store でこれまでに購入した EMI の楽曲すべてについてトラックあたり 30 セントの追加料金を支払うつもりでいる。

iTunes DRM の鎧に出来た最初の裂け目が EMI によるものだったことは驚くにあたらない。なぜなら、EMI は 2006 年の終わりごろから既に DRM フリーの楽曲に手を染め始めており、Yahoo Music 経由で DRM なしの楽曲をいくつか販売していたからだ。だから問題は、今回 EMI が DRM に対抗する側に回ったという動きに他のメジャーなレーベル各社が追随するかどうかということだ。Jobs は、Apple が 2007 年末までには iTunes に提供されている五百万曲のうち半数以上を DRM フリー版で利用できるようにすることを願っていると述べた。つまりその意味するところは、Apple が他のメジャーなレーベル各社とも交渉を進めているということだろう。たとえそれが実現したとしても、条件設定、つまり FairPlay DRM を選ぶか、それともトラックあたり 30 セントの追加料金を払うか、という条件自体はもはや事実上決まったことと思える。なぜなら、Apple が違った会社ごとに違った価格を設定するとは私には思えないからだ。

EMI のミュージックビデオからは DRM を取り除いたものの、Jobs は他のミュージックビデオや 350 のテレビ番組、400 の映画など、現在 iTunes Store で利用できるものから DRM を除去することに関しては、Apple が各テレビ局や映画制作各社と交渉をするつもりがあるのかどうかについて何も語らなかった。(数字に興味のある方のために書き添えれば、Apple はこれまで iTunes Store で 20 億曲以上の楽曲と、5000 万本のテレビ番組、それに 130 万本の映画を販売したという。)

[訳注: 日本でどうなるかはまだはっきりしていません。英国の EMI Music 社による今回の決定を受けて、日本の東芝 EMI 社は現在「対応を検討中」のようです。]

スタッフ円卓会議 -- [Glenn Fleishman] 研究に対する Adam の好奇心はさておき、私が一番嬉しいのは Apple と EMI が価格の上昇と DRM の除去に加えてオーディオ品質の向上を組み込んでくれたことだ。私にとっては、音質の向上こそが自分の EMI コンテンツをアップグレードする決心をするための大きな要素となる。私がいくつかのオーディオ愛好家サイトでチェックした経験から言っても、256 Kbps ならば AAC でも十分に、普通のオーディオ CD にエンコードされたデータと区別のつかない音質が得られるだろう。でも、たぶん音質はそれよりもさらに良いものとなるのではないかと思う。なぜなら、オリジナルのデジタルマスターデータから直接プリプロセス、つまり特定の圧縮アルゴリズムに応じた方法でオーディオやビデオの品質を最適化しておくことで、より良い結果を得ることができるからだ。Apple と EMI はこれらの点については何も言及していない。

私にとってのもう一つの問題は、EMI と Apple が DRM なしのオーディオファイルにデジタルなウォーターマークを付けるかどうかということだ。デジタルウォーターマークは、そのファイルのメディアデータに微妙な変更を加え、暗号化された、または平文の読み取り可能な情報を上張りする。つまりそのアイデアは、ウォーターマークを除去しようとするとそのファイルにエンコードされた音楽の全体的な品質にも影響せざるを得ないということだ。レコード業界は過去に一度ウォーターマークの試みをしたことがあるが、これは DRM やその他のスキームに対する批判で有名な Princeton 大学教授 Ed Felten によってはっきりとうち負かされている

[Jeff Carlson] 今 Glenn は録音が劇的に高品質になる可能性を指摘したが、今のところ Apple あるいは EMI がファイルの作成にマスターを使っているのかどうか私たちにはわからない。倉庫から CD を探して持ってきてからその後 iTunes でリッピングするみたいに中間段階が三つもあったとしても、私は驚かない。(もちろん実際にそうなっているとは思わないが、たとえそうだとしても私は驚かないということだ。)ビデオが扱われるようになってから初めて私が iTunes Store で購入した映画は Grosse Pointe Blank だったが、あれはどう考えてもマスタープリントからエンコードされたものには見えなかった。ビデオ圧縮のことを考えに入れても、そうとは思えなかった。

何度も TidBITS に寄稿したことのある Andrew Laurence は、この DRM なしの音楽への移行のお陰で、iTunes Store から購入した楽曲を Slim Devices SqueezeboxSonos Digital Music System のようなハードウェア機器でもプレイできるようになると指摘している。

また、私には(裏付ける情報はないけれども)他の音楽会社や音楽サービスがそれほど近いうちに DRM フリーの提供を発表する予定を持っているとは思えない。今回の Apple/EMI の会見はその前日になるまで何の発表もなかったし、また iTunes Store で新しいトラックが入手できるようになるのは 5 月になってからだ。私から見れば、このことすべては単に Steve Jobs がちょいと英国行きの飛行機に飛び乗って、Apple と iTunes が新聞の第一面を飾るようにと仕組んだだけのようにも思える。


Adobe、Creative Suite 3 の計画、価格、発売時期を発表

  文: Glenn Fleishman <glenn@tidbits.com>
  訳: 亀岡孝仁 <takkameoka@bellsouth.net>

紳士淑女諸君、レンダリングエンジン、スタート!Adobe はついに特筆すべき Creative Suite 3 (CS3) の名の下に既成の製品に対する膨大な一群のアップデートに対する出荷日、製品詳細、そして価格体系を発表した。

もしこれもその他のソフトウェアアップデートの一つだろうとお思いなら、Apple が自社のサイトに掲載している CS3 の最初のページを見て欲しい。Photoshop と Creative Suite は Apple の要求の厳しい (そして伝統的に金持ちの) デザイン顧客向けの強力アプリケーションであり、この顧客達は新しいハードウェアを買う前にこれらアプリケーションの Intel ネイティブ版を待っていたのである。Daring Fireball の John Gruber がこう表現している、"その心:'どうか新しい Mac Pro を買って下さい'"。Apple は企業からの注文書が相次ぎ、そして個人もクレジットカードに手をつけ始めるにつれて Mac の販売に急激な伸びが現れるのを目にするであろう。

CS3 は今や 6 つの Design Edition と 13 の主要アプリケーションとから成っていて、それぞれのエディションは、グラフィック、制作、デザイン、Web、ビデオ、そしてアニメーション市場から少し違った部分を切り取り、そして科学、医学、そしてその他の専門的なニーズを少量混ぜ合わせている。たいていのエディションにはその上に幾つかのサポートプログラムも含まれている。

Web と Design はもうすぐ出る -- Adobe から最初に出される改定プログラムは DesignWeb エディションで、それぞれにプレミアムとスタンダード版がある。例えをあげれば、Design Premium は印刷、Web、インタラクティブ、そしてモバイル機器デザインツールを結合しているが、Design Standard は制作と印刷のためのデザインだけに特化している。Adobe のサイトには沢山のマトリックスが掲載されており、あなたのニーズに合うものはどれかを見極める手助けを提供している。これら全てのエディションには、ユニバーサルバイナリとしての Mac OS X 用か、或いはWindows XP と Vista 用がある。

この Web と Design 製品群の統合出荷日は 2007年4月中とされており、Contribute, Dreamweaver, Fireworks, Flash, Illustrator, InDesign, そして Photoshop が新しいバージョンとなる (Acrobat は昨年バージョン 8 へとアップデートされている)。Photoshop CS3 には 2つのエディションがある:レギュラー版は従前のリリースのアップグレードで、Extended リリースは特定の専門分野に対する分析と操作のツールが付与されている (2007-03-12 の "Universal Binary の Adobe Creative Suite 3 近づく" 参照)。

Adobe はこのリリースでも、より良い統合とより効率的なワークフローという道を踏襲し続けている。一連のプログラムとその結合組織は一つのプログラムの最善の能力を最大限に生かすべく、あるプログラムの中で一片のメディアに対してネイティブに作業をし、次に他のプログラムに移る時に、インポート・エクスポートで発生しがちな情報や構成の喪失無しに行えるように考えられている。この様なアプリケーション間の通話は俗受けはしないかもしれないが、作業に携わる堅物達には必要なものである。

サポートプログラムは筋肉と骨をつなぐもので、Bridge (ブラウズとリンク)、Version Cue (ワークグループ保存とバージョン管理)、Central (モバイル機器エミュレーション)、そして Connect (リッチカンファレンシング) がある。これらのツールは、個人から大きなワークグループまでに対してメディアのこの動きを全てお膳立てをしかつ管理する。

オーディオとビデオは 2007年の後半 -- もう二つの CS3 エディションは 2007年第3四半期になるまで出てこない:Production PremiumMaster Collection である。Production Premium はビデオとオーディオのポストプロダクションパッケージで、Flash, Illustrator, そして Photoshop に加えて、After Effects, Premiere Pro, Soundbooth, それに Encore で構成されている。After Effects だけがユニバーサルバイナリで出荷される;Premiere Pro, Encore (Premiere Pro パッケージの一部分), そして Soundbooth は Intel 限定の Mac 製品となる。

ビデオ制作のための二つのサポートプログラムは Windows 下のみでのリリースとなる:Ultra (クロマキー及び画像合成) は Production Premium の一部、そして OnLocation (ディスク直接録画及びモニタ) は Premiere Pro の一部である。Adobe によれば、OnLocation は Boot Camp 下でも動作すると言っている。狙いは、撮影の間は一台のコンピュータはそれ専用にあてるということである。

Master Collection は Adobe CS3 製品の全てと Acrobat を包含しており、その箱は古代ローマのルシタニア程の大きさで 1 立方フィートの中性子星程の目方となる。冗談はさておき、それはとてつもなく数多くのソフトウェアで、デジタル表現で可能なモード全てを扱うという人のみが必要とするものである。David Byrne はひょっとするとその一人かも知れない。

どの製品がどのエディションに現れるのかを一見できる表が Adobe のサイトに掲載されている。Adobe のリンクをたどり Compare Editions をクリックすればよい。(この表への直接リンクを表示する良い方法がどうも見当たらないらしいというのは情報アーキテクチャーとしては良い兆しなのであろうか?)

このパッケージは非常に広範囲なアップグレードオプションを持っており、既存の Adobe ソフトウェアユーザーに対しては $240 から $1,400 まであり、新しく購入の場合の小売価格はエディションによるが $1,200 から $2,500 の間である。

私はこのずらりと並んだソフトウェアについて書いているだけで疲れてしまった;プログラムの更なる詳細については、入手出来るようになり次第取り上げていきたいと思っている。

それからもう一つ言っておきたいことは、これらの製品のリリースを見て Apple Store で Mac Pro のイメージの隣にある Buy ボタンを押したくなるかもしれないが、これら Mac Pro の製品群は何ヶ月も設計更新されていないのである。Intel では 8 コアプロセッサが出され我々を見つめていて、これは間違いなくどれかのコンピュータに搭載されるはずでその日を待っているのである。私自身もじっと待っているところである。


Best Buy が Speakeasy を買収、破滅か、絶望か

  文: Glenn Fleishman <glenn@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

私のインターネットサービスプロバイダ (ISP) である Speakeasy Networks が、つい最近 Best Buy に買収された。そのプレスリリースに 4 月 1 日という日付が記されているのではないか[訳者注: エイプリルフールのこと]と私は願っていたが、その願いも虚しかったようだ。

私はもう何年も、自宅と勤務先の両方で Speakeasy を利用してきた。ここの料金はワシントン州で大手の電話会社 Qwest に比べて 10% から 30% 高いのだが、Speakeasy の全般的な反応の良さがその差額を十分に埋め合わせてきた。技術サポートは素晴らしいし、義務以上のことをしてくれるし、約束したことはきちんとやってくれる。

ある時など、接続をあるオフィスから別のオフィスへと(TidBITS 主任編集者の Jeff Carlson と共用の部屋へ)引っ越した時、Speakeasy はわざわざ助けを申し出てくれ、双方の DSL 接続を同時にライブにしてからスイッチを切り替え、私たちのインターネットプロトコル (IP) ネットワークを片方の接続から別の方へと一気に移動できるようにしてくれた。これほどのサービスは、ほとんどどの ISP にも劣らず、それらを遥かに超えるレベルのことだろう。

一年ほど前のこと、私はこの会社のインターネット電話サービスを使い始めた。これは音声 IP 電話 (VoIP) に北アメリカ内で無制限の長距離通話を組み合わせたものだったが、その後世界中の合計 22 ヵ国で地上通信線といくつかの携帯電話システムをカバーするものへと拡張された。Speakeasy は VoIP 接続を私の側(すべての VoIP プロバイダに共通の機器による)と彼らの側(DSL とケーブルのプロバイダに特有の DSL 終端装置)の双方で提供しているので、その VoIP 通話の音質は地上通信線にひけを取らないくらい良いものだった。

Speakeasy はまた、契約ユーザーがそのブロードバンド接続を他のゲストや近隣の人たち、あるいは顧客たちとの間で無料で、あるいは料金を取って共有することを許している。これは、アメリカ合衆国内の ISP ではどんな規模のもののうちでもここが唯一だ。ほとんどの ISP では、いかなる形の共有も頑として許さないか、あるいは高価な企業向け契約の下でなければできないかのいずれかだ。その上、Speakeasy はバンド幅の使用を制限しないばかりか「超過」使用に対する料金も取らない。(使用規約に違反する活動に従事した顧客を切る権利は留保するとしているが、そういうものの多くは非合法のソフトウェア売買や膨大な量のファイル交換などに関係している。)

Speakeasy のある代表者が電子メールに書いてくれたところによれば、共有についてのこのポリシーは買収後も間違いなく不変であり、Speakeasy は変わらずに Speakeasy であり続けるとのことだった。

しかし、それでも私には不安が残る。Best Buy は巨大な企業であって、全国展開はしているものの私にとってシアトルのご当地会社であった Speakeasy とは違っている。Best Buy は公開企業で、Speakeasy は私企業だ。Best Buy は攻撃的な、利潤追求目的の会社であって、わずかな金でも搾り取ろうとし、シナリオベースの店舗戦略によって顧客を秤にかけつつ売りまくろうとする。一方 Speakeasy は、もちろん利益は追求するが、いつでもハイエンドの顧客サポートとサービスを目指すことによりブロードバンド業界で他より目立つ存在となろうとしているように私には感じられた。この業界は、既存の電話会社やケーブル会社たちによって支配されているのみならず、そういう会社の利益となるべく歪められてしまっているからだ。

面白いことに、今回の買収劇の焦点にあるのはブロードバンドではない。Speakeasy は DSL 線の処理に関しては Covad と緊密に協力している。そうではなくて、一番の焦点は VoIP にあるのだ。今回のプレスリリースでも、VoIP についてのことばかりが延々と語られ、特に小規模の企業のためのサービスが中心となっていた。そのような企業は多くの場合、個人顧客と大企業の狭間で見捨てられた存在に追いやられがちだからだ。ブロードバンドというものは、分厚い札束の転がり込む VoIP に比べればあまり利益の挙がらないビジネスだ。Speakeasy は、裸の DSL 上で販売する一つのサービスとしてブロードバンドと VoIP を組み合わせて提供する(電話会社からのダイアルトーンは不要)ことによって、Speakeasy のサービスが走る通信線を所有する既存のプロバイダたちを迂回して働くことを可能にしているのだ。

私は今でも心臓がドキドキしたままだが、とにかくこのビジネスがどこへ向かうのか、見守って行こうと思う。私はこの「家族経営的な ISP」が好きだった。私の知る限り、そんなフィーリングをずっと保ち続けている全国規模の会社はここだけだった。それが今回新たに大企業の支配下に入ってしまったのだから、やはり私の心配の種は尽きない。


母を Mac にスイッチ

  文: Robert Movin <rmovin@gmail.com>
  訳: 羽鳥公士郎 <hatori@ousaan.com>

あの電話を思い出すと、今でも鳥肌が立つ。

「もしもし、母さん。」

「もしもし。」母はそっけなく答えた。

「どうかしたの。」

「メールなんだけど、使えなくなったのよ。それに、インターネットもとても遅いし。」

「そりゃまずい。」

私は、情報技術の世界では、それなりの人物のつもりだ。いくつもの業界最大手の技術系企業と仕事をしている。しかし、私の親戚は、私が「コンピュータの仕事をしている」としか認識していない。ということは当然、皆さんの多くと同様、私に期待されていることは、電子メールがおかしくならないように管理したり、誤って削除してしまったデジタル写真がどこに隠れているのか探すのに悪戦苦闘したりすることだ。今回の母の悲痛な声については、古びた PCに RAM が 128 MB しかないことが原因だろうと、すぐに見当がついた。また、スパイウェアもいくつかあることだろう。

本当にまずい。

私はコンピュータマニアで、人生のほとんどの時間、家族全員のサポートをしてきたが、それももううんざりだ。母の地元の大型小売店が、信託基金投資家にたかる中古車販売員のごとく、母につけこもうとしているのが分かったところで、私のなすべきことは明らかだった。母は、私がそれほど遠くない昔にしたように、Mac にスイッチする必要がある(そのときの私の物語については、2006-03-13 の "iPod から MacBook Pro へ: 乗り換え体験記" を参照)。それも今すぐ。そして、母にその資金がないことも分かっていた。

私は妻と少し話し合い、一石二鳥の考えを得た。私が母に Intel ベース iMacの整備済製品を買ってあげれば、それで今後数年分のクリスマスと誕生日のプレゼントに代えることができるだろう。母は(少なくとも処理能力については)それほど多くを要求するユーザではないので、新しいシステムなら何でも、5年は持つと考えてよい。私は意を決し、store.apple.com にログオンし、注文をした。

設定 -- しかし、まっさらの iMac を母に送るだけというのでは、よい考えとはとても言えないことは分かっていた。母が Windows を快適に使えるように私が教えるのには何年もかかかったし、母はシステムの中をあちこち移動する方法を単に暗記しているだけだということにも気が付いていた。このような傾向は、技術とともに育ったのではない多くの人に見られる。私たちのほとんどは、近代的なグラフィカル・オペレーション・システムの文脈的な情報を理解しているが、まだまだ多くの人が、小さなボックスや記号やそのほか私たちが使いこなしている手がかりを理解できずにいる。そういう人は、私の母もそうだが、正確にいつどこをクリックすればよいか、ほとんど丸暗記に頼っている。母に Mac を買うとすれば、母が頼りにしていたわずかばかりの文脈と共に、母が日々使っていた作業手順のすべてを奪ってしまうことになる。

そこで私は、システムを私のところに送ってもらい、母への影響を最小限にするように、また私がサポートのためにアクセスできるように、準備をすることにした。第1段階として、初期設定の手順をすべて済ませ、すべてのパッチを適用する。そして、母のユーザアカウントを作成し、もう1つ、私が使う管理者アカウントを作成した。また、System Preferences を開けて、セキュリティを厳重にした(ファイアウォールを使用し、不必要なサービスが使用停止になっていることを確かめ、すべてのアカウントに鍵をかけ、Software Update が自動的に起動することを確認し、といったことだ)。

次に、すべての主要なアプリケーションをくまなく確認し、あらかじめ設定をした。メールアカウント(後述する特別なものも含め)を設定し、私のシステムから発行している iPhoto フォトキャストにリンクした(こうすれば、わが家の猫の写真を母に送ることができる。ごめん、母さん、まだ子供はいないんだ)。スクリーンセーバを iPhoto に設定すれば、Mac がデジタル写真フレームの役割も果たすようになるから、母にとっての Mac の価値を高めることができるだろう。母は比較的最近おばあちゃんになったばかりなので(私の姉のおかげだ)、私の甥の写真が常にアップデートされるのを気に入るだろうと思う。

次の段階は少し難しくなる。AOL Instant Messenger アカウントを作成し、iChat を設定する。母が希望するハンドルネームをあれこれ検討するうちに、母はある言葉に性的含意があることに気付くのが遅いということを知る羽目になった。母が提案した名前を使ったとすると、母はオンラインで、善良な息子の居心地が悪くなるようなしかたで大人気となることもあっただろう、とだけ言っておこう。Firefox をインストールし(Safari に対応していない少数のサイトのためだ)、これも母のために購入した Microsoft Office をインストールしたら、この iMac もほとんど準備完了だ。母がコンピュータを使うのは、主に、電子メール、ウェブ、写真、仕事上の書類、グリーティングカード(これについては、母自身にソフトウェアを買ってもらうつもりだが、iPhotoでも大丈夫だろう)といったところだ。基本的な設定の仕上げとして、Dockも設定した。

乗っ取り準備 -- 次の段階はさらに複雑で、システムの奥深くを、できる限りひそやかな方法で、いじる必要がある。私は母をリモートからサポートするのにいつも骨を折っていたので(私たちは大陸の両端に住んでいる)、安全なリモートアクセスを設定して、母に Mac の使い方を教えると同時に、問題が起きたときにはトラブルシューティングを手伝えるようにしたいと思った。以下の手順は複雑だが、そのために要求される技能ということから考えると、私自身の Mac へのスイッチの旅は、うれしいことに、ほとんど完結したと考えてよさそうだ。

私は、リモート・コントロール・ツールとして VNC(Virtual Network Computing)を使っており、それはうまくいっていた。VNC を使えば、ローカルネットワークやインターネット上の別のコンピュータを、リモートユーザが、ほとんどのオペレーティングシステムをまたいで、見たり操作したりできる。母が私の Mac を操作する必要はないだろうから、私は母の iMac だけにサーバソフトウェアをインストールした。Mac 用のオープンソース VNC サーバとしては、Redstone Software のVine Server (OSXvnc) が優れている。これを設定して、起動時に立ち上がり、常にバックグラウンドで動き、パスワードを要求し、ローカルコンピュータからの接続だけを許可するようにした。

「何だって?」とあなたは尋ねるかもしれない。「サーバが、自分が動いている Mac からの接続しか許可しないんだったら、どうやってリモートから接続できるんだい?」

VNC はすばらしいけれど、かなり安全性に欠ける。基本的には、(通常は)5900 番ポートに通された、暗号化されていないパイプだからだ。しかし、私たちの兵器庫にはもう1つ、それに鍵をかけるツールがある。SSH ネットワークプロトコルだ。SSH(Secure SHell)の優れた機能の1つは、単にリモートのターミナルセッション(シェル)を提供するにとどまらず、すべてのポートを暗号化されたネットワーク接続上にマッピングできるということだ。したがって、私の Mac から母の iMac に SSH で接続すると、5900 番ポートへ向かうすべてのトラフィックを、暗号化された接続を通るようにフォワードすることができる。解凍されたトラフィックは、母の iMac にローカルトラフィックとして届くので、Vine Server はそれを受け入れる。これは単純化した説明だが、考え方はそういうことだ。(必要なコマンドを下に記した。)

SSH にはさらに優れた機能があって、 証明書ベースの認証だけを使用するように設定できる。少し手を加えれば、SSH がパスワードではなくデジタル証明書を要求するようにでき、認証された証明書を厳重に守ることができる。私は、母の iMac を、SSH でデジタル証明書だけを許可するように(そしてパスワードベースの認証要求を拒否するように)、また私の個人的な証明書だけを使うように設定した。さあ、パスワードを推測するクラッカーたち、かかってきなさい。

これらすべての設定が済むと、ターミナルで簡単なコマンドを使って母のコンピュータに接続すれば、暗号化された SSH トンネルを開通させることができる(興味のある方のために、コマンドを以下に記した)。

ssh -L 5900:127.0.0.1:5900 <my username>@<Mom's IP>

そうしたら、VNC クライアント(Chicken of the VNC)を起動し、127.0.0.1に接続するよう設定する。すべてのトラフィックは母の iMac にルーティングされ、私は母のデスクトップを全面的に操作することができる。

「でもさ、Robert、」とあなたは尋ねるかもしれない。「ということは、お母さんには静的 IP アドレスがあるってこと?」

すばらしい質問だが、答えはノーだ。人生はそんなに甘くない。

ケーブルモデムと IP アドレス -- 私の母はケーブルモデムを使ってインターネットに接続している。母の IP アドレスはそれほど頻繁に変わるわけではないが、決して永続的ではない。この問題を解決するには、ちょっとしたAppleScript を使う。私が「特別な」メールアカウントを設定したのを覚えているだろうか。これは私が管理しているサーバにあって、スパムは比較的少ない。私は、小さな AppleScript スクリプトを起動するメールトリガーを作成した。このスクリプトは、母の現在のパブリック IP アドレスを調べ、それを電子メールのメッセージに載せて、私の個人的なアカウントの1つに送信する。すると、私が母の特別なアカウントに "GetIP" という題名のメッセージを送るだけで、母の Mac は私に現在の IP アドレスを送ってくる。もう1つ別のやり方としては、「リバーストンネル」を使う方法がある。「MITM(meet in the middle)」と呼ばれることもある。これについては Chris Pepper のすばらしいチュートリアルがある。(これは、構想中の電子ブック "Take Control of SSH" からの抜粋だ。この電子ブックが完成するよう Chris を励ましたいと思い、またこの電子ブックを出版するよう Adam と Tonya に勧めたいと思ったなら、 ぜひ投票してほしい)。この目的で 動的 DNS のようなツールを使っている人がいることも知っている。しかし、私はより私的なものがほしかったし、母からも操作をする必要があるというのは避けたいので、リバーストンネルは使わないことにした。

次の段階はさらに難しい。セットアップを仕上げるために、旅をしなければならない(あらかじめ計画されていた)。この時点で、母の Mac はすっかり安全で、完全に設定され、リモートアクセスの準備も整っている。問題は、母のパブリック IP アドレスを必要なときにいつでも取得できると言っても、ホームルータの向こう側で、トラフィックを母のファイアウォールにルーティングする方法が、私にはないということだ。これを解決する方法はただ1つ、ルータのある場所に行って作業することだ。そこで私は iMac を梱包し、不安におびえながら手荷物としてチェックインし、現地に降り立った。設置を終えたら、ホームルータに接続し、すべての SSH トラフィックを母の Mac にフォワードするように設定した。こう言うと簡単なことのように思えるが、ケーブル会社から提供されたルータにいくつか制限があることを考えれば、決して簡単な仕事というわけではなかった。

もちろん、Leopard がリリースされれば、リモートコントロール機能が iChatに統合され、このような手の込んだことは一切必要なくなるようだ。しかし、私がこのプロジェクトを完遂したときには、Leopard が登場するのはまだ少なくとも9か月先だった。

母さん、これが Mac だよ -- 実は、母が iMac を試してみる機会がないうちに、私は帰らなければならなかった。それなので、すべての設定を終えた後、飛行機に飛び乗って帰宅した。母の最初の反応は、私が予想した通りのものだった。

「これはすてきね!」

「よかった」と私は答えた。

「どうやって電源を入れるの?」

母に電源スイッチの場所を教えた後、最初のレッスンが始まった。正直に言って、母は私が期待していた以上に、すぐ慣れた。これは、Apple がシンプルデザインに徹していることの証拠と言ってもよいだろう。そうは言っても、問題がないわけではない。さまざまなことをするために記憶していた手順のすべてと、なんとか使えていた文脈的手がかりが失われてしまったので、学習の道のりは長く険しいものとなった。そんなときこそ VNC が役に立つ。その後数週間にわたって、私は母のシステムに接続し、あらゆる作業を手順を追ってやって見せ、そのあいだに母は画面を見てメモを取った。

私の母は、技術マニアではないだろうが、技術恐怖症でもない。母のあだ名の1つは「ボタン」というのだが、それは、誰かが母に、画面にあるものを何でもクリックして何が起こるか見るように教えたことがあるからだ。私が見ないうちに、母はどこからか基本的な Mac の本を買ってきて、自分で勉強していた。私がシステムのほとんどに鍵をかけておいたので、深刻な損害が生じる可能性は限られていると考えてよかった。母はゆっくりといろいろなことを学んでいった。まだそれほどたくさんのことができるわけではないが、必要なことはすべてできるようになった。

"Wow" な驚き、そして家族が1つに -- 私が母に Mac を買った理由は、私のサポートのコストを全体として引き下げるためであると同時に、2歳になる甥とより長い時間を過ごすためでもある。私の姉は私の母の近所に住んでおり、たまたまこの子は多くの時間をおばあちゃんと過ごしている。そこで、ビデオ iChat があれば、私が甥とより仲良くなることができるし、(さらによいことに)年に1回訪ねてくるあの変なヤツが一体何物であるのか、甥に知ってもらうことができるだろうと考えた。その結果は、期待以上だった。

母は今や、私と毎週 iChat で話をするのを心待ちにしており、甥もいつも、オンラインで話したり、私たちのペットを見たりしたがっている。前回訪れたとき、ついに初めて、甥は私が誰であるかを覚えていた。もちろん、このようなことはすべて PC でもできるが、容易さと信頼性という点では Mac にかなわない。Mac は、私たちのあいだにある数千マイルの距離に橋を架ける手助けをしてくれた。

さらによいことが起こった。私の姉が MacBook を買ったのだ。

長い話をかいつまんで言うと、姉が新しいおもちゃを設定するのを私が手伝い、ついに母方の家族全員が実質的に接続された。私たちは定期的に三者間ビデオ iChat を実施し、甥と遊んでいる。姉は .Mac に登録し、今では私たちのすべてが最新の家族の写真をフォトキャストしている(正直言うと、これはもう少し信頼性が向上するとよいのだが)。私の甥は、日中に叔父と話したいのになぜいつも話してくれないのだろうかと頭を悩ませており、(「お仕事」ってなあに?)、そして私は Photo Booth でありとあらゆる写真を見せてもらった。

これ以上多くを望むことなどできない。ビデオチャットの画質は私が想像していた以上だし、写真を共有し、電子メールメッセージを交換し、カレンダーを共有することすら(私たちはまだ必要としていないが)できる。もちろん、これらすべては PC でもできる。私は何年にもわたって Windows オタクとしてのスキルを磨いてきた。しかし、PC では、これほどの使いやすさと信頼性は望むべくもない。Apple のおかげで、筋金入りのオタクは私1人であるにもかかわらず、家族をより親密にすることができた。

だが、完璧なものというのは存在しない。「ボタン」氏はどうにかして、iMacの AirPort Extreme カードを有効にしてしまい、近所の家のアクセスポイントからインターネットにつながってしまった。そのため、私が次に訪れるまでの数か月間、私のリモートアクセスシステムは機能しなくなり、iChat の画質が低下してしまった。母はまた、システムフォントを大きくしたいと思っているのだが、私にはまだそうする方法が分からない。Finder で View > Show View Options を選べば、Finder のフォントサイズの一部を設定でき、また TinkerTool を使えば Safari で同じことができるようだが、母はすべてのシステムフォントを大きくしたいのだ。

しかし、全体としては、スイッチは私が予想していたよりもずっとうまくいった。特に、私の姉が加わったことで、今や私たちは Mac 家族となったのだ。これからは、母の PC からスパイウェアを掃除する必要もなく、レジストリハックを手順を追って電話で伝えるのに四苦八苦する必要もない(いや、これは冗談だ)。家族の絆が強まったことといったら、数年前には夢物語だったほどだ。

もしあなたが家族のために一肌脱ごうと決心したのなら、思い切ってやってみることには価値があると思う。ただ、移行に備え、家族と Mac の両方について準備することだ。Leopard のリモートコントロール機能によって、私のような試練のすべてを味わう必要はなくなるだろうが、それでも、送料(または飛行機代)を余計に払って、コンピュータで家族が必要とするであろうことのすべてをあらかじめ設定しておくことを強く勧める。

そして、こう言うのもなんだが、しばらくはクリスマスと誕生日をカードだけで済ますことができるというのもよいものだ。私はプレゼントを選ぶのが本当に苦手だから。


TidBITS Talk/02-Apr-07 のホットな話題

  文: TidBITS Staff <editors@tidbits.com>
  訳: Mark Nagata <nagata@kurims.kyoto-u.ac.jp>

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