先週号では WWDC で発表された新型 Mac と Apple の次期バージョンのオペレーティングシステムの魅力的な機能についてお伝えしたが、今週は TidBITS 出版者 Adam Engst が Apple の複合現実ヘッドセット Vision Pro に深く分け入る。これは何なのか、これを使って何ができるのか、どんな人に向いているかをまず説明してから、それが人と人との関係に、あるいは社会全体にどのような影響を及ぼし得るかを深く考察するとともに、実際にデモ機を手に取って体験した人たちが語った印象も伝える。Julio Ojeda-Zapata は寄稿記事で、今年登場予定の Apple オペレーティングシステムの新機能のうち彼が気に入ったものを 12 個紹介する。今週号の結びとして、Apple サービスに登場予定の新機能について手早く概観するとともに、Reddit 用クライアント Apollo を巡る悲しい物語も紹介する。今週注目すべき Mac アプリのリリースは Zoom 5.14.10 と Mactracker 7.12.4 だ。
Apple がその各種のオペレーティングシステムの新バージョンを披露する時、機能発表を急流のように解き放つので観客はついていくのが大変である。それ故に、大きな影響を及ぼしそうなものを幾つか選び出すのは意味のあることである。Apple の 2023 WWDC キーノートを見た後、Adam Engst はそれをやり "2023 年に Apple オペレーティングシステムに登場予定の魅力的な機能 12 選" (5 June 2023) に纏めた。
私は、私のリストで続こうと思う。私は6つの iOS 17, iPadOS 17, macOS 14, watchOS 10, そして tvOS 17 機能を少し詳しく見て、そして更なる6つの機能を簡単に取り上げる。
Safari プロファイル
プロファイルは、私の現在の Web ブラウザである Google Chrome では大事な機能であり、そして Arc の様な専門分野で強いブラウザにおいてもそうである ("Arc はウェブでの作業のやり方を変える" 1 May 2023 参照)。それ等は Web を使う際に、私の個人として、仕事上、そしてフリーランス記者としての立場の間を仕切らせてくれ、そして必要に応じてそれ等の間で移行させてくれる。Safari のプロファイル対応欠如が、私が Apple のブラウザを全面的に受け入れてこなかった一つの大きな理由である。プロファイルは今や iOS 17, iPadOS 17, そして Sonoma の Safari にやってくる。それはユーザーにより整理されたやり方でブラウズさせてくれ、そして履歴、拡張、タブグループ、クッキー、そしてお気に入りを分けさせてくれる。私は切替えを考える前に、Apple がプロファイルをどの様に実行するのか見てみる必要があるが、Safari については、これ迄の何年間よりも、興奮している。(Web アプリはもう一つの理由である。)

Siri Remote を見つける
我が家でテレビを一番良く見るのは妻であるが、彼女はしょっちゅう Siri Remote を見失ってしまう。その一つの理由は、Apple が Find My をこのリモコンに内蔵させたことがなく、そして我々も AirTag ポケットの付いたサードパーティのケースを使う決心をしたことがないことにある ("AirTag ポケットを持つ二つの Siri Remote ケース" 22 July 2021 参照)。Find My に似たものが間もなくやってくる。iPhone Control Center の仮想リモコン (我妻はこれを実際のリモコン代わりに使う事を断固拒否している) を開いて、Siri Remote を探し始められる。それは、AirTag 似の近接表示板 (報ずる所によると、方向矢印はないという) も提供するので、ソファーのクッションの下を探し続けるべきなことは分かる。

AirPods の Adaptive Audio
より手頃な価格の第三世代 AirPods よりも、第二世代 AirPods Pro に散財する二つの大きな理由は、Active Noise Cancellation (外部雑音をフィルターして除去する) と Transparency Mode (周囲音に気を配ることが大事な場合に周囲音を入らせる) である。現在まで、それはどちらを使うかの選択であった。それが今や、Adaptive Audio と呼ばれる機能を使って、AirPods Pro は、あなたが周囲や会話の間で動くのに応じて、動的にモードを混ぜ合わせたり移行したりする。例えば、歩いている時には邪魔な背景音は除去されるが、自転車のベルはベルらしくはっきりと聞こえる。同様に、話し始めると "会話認識" 機能が働くので、音楽の音量は自動的に下げられ、背景雑音は減少され、そして二歳になる Conversation Boost 機能が関わってくる ("WWDC 2021 で登場したクールな新機能 10 個 7 June 2021 参照)。これ等は継目なしに起こると言われているので - Adaptive Audio は、Noise Cancellation と Transparency に並ぶ Settings における追加の選択肢である - いじくり回す必要性は最小限となるはずである。

グループでのパスワード共有
私はパスワードを妻と共有している。それは数百の認証入力を持つ私の BitWarden パスワードマネジャーに対する自由なアクセスを彼女に与えることでなされている。これは、緊急時にも彼女が大事なパスワード無しになってしまう事態を防ぐとても良い方法であるが、人によっては、パスワード共有はもっと限定的なやり方でしたいという人もいるであろう (パスワードマネジャーは一般的にはそれを許している)。Apple は今でも一つのパスワードやパスキーの共有を手短にするのを許している。iOS 17, iPadOS 17, そして Sonoma の Safari では、信頼するグループのメンバー間でのパスワードの連続した共有をこの考えの上に構築している。設定は全ての人に対して最新であるように保たれ、そしてグループメンバーは何時でも削除することが出来る。
iPhone の StandBy
私は昔から iPhone が何もしていない時多くの iPhone 画面がほぼ役に立っていないことが嫌いであった - 例えば、MagSafe スタンド上で充電中に、Android フォンには Ambient Mode, があり、機器が使われていない時それを有用な情報の断片を表示する小さなスマートディスプレイへと変換する。iOS 17 で、Apple は StandBy で似た様なことを試みていて、iPhone を横位置に置いて充電している時それをスマートディスプレイに変える。カスタマイズ出来る選択肢には、天気、写真ブラウズ、タイマー設定、Home 制御の使用、そして食品配達の状況や進行中の試合経過と言った Live Activities を見ることが含まれる。この機能を効果的に使うために、iPhone を横位置に保つスタンドが欲しくなるかも知れない;Twelve South の Forté はその一例である ("MagSafe の可能性を示す7つのサードパーティアクセサリ" 4 June 2021 参照)。

自転車センサーサポート
よりオタクの自転車乗りは、リズム、心拍数、パワー、そして速度を計測する Bluetooth センサーを自転車に装着していることが多い。私も家で Zwift シミュレータのついた静止型自転車を使う時これをやっている ("Zwift、室内自転車の運動を共有の仮想体験へと転化" 1 July 2020)。しかしながら、私はずっと前からこの高価な Zwift を使わない方法を望んでいた。今や、watchOS 10 で、Apple は直接のセンサーサポートを、室内、屋外での自転車乗り、そして GymKit 器具を使っている人達のために追加している。自転車乗りはリズムとパワーを、対応するセンサー経由で Apple Watch 計測値に追加出来る。また、パワー、心拍数、そして動きのデータを混ぜ合わせた新しい "サイクリングパワーワークアウトビュー" は有用な情報を提供する。私には未だ分からない疑問がある:スマートトレーナー (静止型自転車には Zwifting のための内蔵センサーが付いている) はサポートされるだろうか?
6つの更なる機能、簡単に
- AirPods プレスしてミュート: 通話をミュートしたい? 第三世代 AirPods と第一及び第二世代 AirPods Pro の軸をぎゅっとつまむ。AirPods Max では、Digital Crown を押すことで同じ効果が得られる。

- ビデオメッセージを録画する: FaceTime で相手が出ない時、ようやくビデオメッセージを録画する選択肢が与えられた。Portrait Mode や Studio Light の様な機能も使える。音声メッセージを残す事も出来る。ただマシンに話しかけるだけ。
- iPad 上の Health アプリ: Health アプリが iPad と Mac に無いと言う状態が長期化してきたのは全く意味をなさない。Apple はこの欠落状況を Health アプリを iPadOS 17 にもたらすことで部分的に正そうとしている。症状を記録する、薬のリマインダーを作る、月経周期を追う、これ等全てがそこにある。Apple のプラットフォーム間でアプリを移植するのがそれ程簡単なのであれば、何がそれを Mac に波及させないようにしているのか?

- クロスワードが Apple News+ に: この機能に関する詳細は殆ど無いが、私は Apple の News アプリの中で文字通り生きていて、そのニュース見出し、雑誌の号、そしてオーディオコンテンツを貪っているので、私は喜んでいる。パズルも嬉しい追加となろうが、それは Apple News+ 購読者に対してのみである。
- 買い物リストのソート: 私にとってこの世で一番難しい問題は巨大なスーパーを歩き回って必要なものを見つけることである。iOS 17, iPad OS 17, そして Sonoma での Reminders アプリは、買い物リストをスーパーの売り場探しを最適化するカテゴリー別にソートすることでより簡単にしてくれるであろう。グループ化のやり方は変更出来、そして買い物リストはあなたの好みを覚えている。
まだまだある
2023 年のオペレーティングシステムでやってくる全てのもののリスト - そして機能別の Apple の説明 - については下記を参照:
これ等オペレーティングシステムの全ては現在ベータの形で開発者向けに入手可で、間もなく公開ベータの形で一般向けに出され、出荷は通常の September/October の期間となるであろう。
討論に参加
私は 55 歳で、33 年以上にわたって Apple について記事を書いてきた。飽き飽きしてしまった話題もいろいろあるし、長年観察や分析を続けた結果自分の意見が進化してきたものもある。ソーシャルメディアについては人の心を蝕むと感じるようになってできる限り触れないようにしているが、他方ホームオートメーションについては長年拒否感を持っていたのに今や自宅のほとんどすべての照明器具を Siri と HomeKit でコントロールするようになった。私はテクノロジー反対論者とは正反対の立場にいて、新しいサービスや製品が出る度に待ってましたとばかりにテストしているが、何十年も経験を積んだ結果大言壮語に対しては皮肉が先立つ傾向にある。
その上、私の生活はたぶん他の多くの人たちとは違っている。小さな、高等教育を中心とした都市の郊外にあるやや田舎の地域に住んでいるので、都会の生活の経験はほとんどない。公共交通機関や、密接して住む隣人も知らない。オフィスに通勤して同僚たちと仕事をすることもない。私はほとんどの時間を自宅で過ごし、仕事はすべてインターネットを通じてする。結婚していて、Tonya と私はほとんどのことを一緒にしている。子育ての経験はあるけれども、息子は今や大人になって、大陸の反対側で暮らしている。
そういうことすべてが、これから Apple Vision Pro について述べようとすること全部に対する背景となる。Apple Vision Pro は来年に $3499 からという価格で登場することになっている。この記事ではまずそれが何であるかについて、それをどんな言葉で表現するのか、物理的にどんな風に作られているのかの両面から説明しよう。その後で、これを使って何ができるのか、どんな人に最もふさわしいかについて考えを述べよう。そして最後に、このデバイスを身に着けている人と周囲の人たちとが異なる現実を体験することから派生する対人的・社会的な意味合いをできるだけ深く探求してみたい。さらに読み進めたい人たちのために、WWDC の会場で Apple から実機を 30 分だけ借りて体験できたジャーナリストたちが第一印象を述べた記事へのリンクを付けておこう。
Vision Pro とは何か?
この質問に答えるのは簡単ではない。Apple は Vision Pro を“空間コンピュータ”(spatial computer) と呼んでいる。普通でない言葉だが、Vision Pro が何をするかについて Apple が考える内容をかなり正確に記述している。Apple にとっては何よりもまず、この Vision Pro はコンピュータであり、コンピュータがするような仕事をするものだ。もちろん Apple は現代的な“コンピュータ”を意識しているのであって、組み込まれた機能ではなくアプリによって機能が決まる、ほとんどあらゆるデジタルデバイスを含む言葉だ。Mac はもちろんコンピュータだが、iPhone や iPad、Apple Watch、さらには Apple TV もコンピュータだ。
微妙なのは“空間”の部分だ。ここで Apple が意味していると思われるのは、写真を見せるにせよ、テキストを表示するにせよ、ビデオ通話をするにせよ、ビデオを再生するにせよ、ゲームに熱中するにせよ、自分の周りの空間に見えるものの中でアプリとのやり取りをするところだ。Vision Pro を身に着けている人の観点からは、アプリが目の前の空中に浮かび、その背後に部屋が見える。あるいは、アプリが視覚空間全体を占めて、物理的世界を完全に遮るようにすることもできる。
世界の多くの他の人たちは、Vision Pro を“複合現実 (mixed reality) ヘッドセット”あるいは“XR ヘッドセット”と呼んでいる。この記事を書くまでの私も、その“複合”という用語が“拡張現実 (augmented reality)”と“仮想現実 (virtual reality)”とを混合したものだと誤解していた。そもそも XR というのは“extended reality”の短縮語なので別のものだ。そこで、まずはこれらの用語の意味を解き明かして、認識を同じくしておきたい:
Vision Pro においては、複合現実 (mixed reality) と Extended reality の双方が正確な用語と言える。仮想現実という用語も Vision Pro の没入的な体験を表現していると言えるかもしれないが、実際にデモ機を試したジャーナリストたちの報告では、それが本当にそう言えるのか、それとも常に周囲のことに気付ける状態にあるのかという点で意見の相違があった。
最後にもう一言、Apple は“ヘッドセット”という用語を避けようと躍起になっているけれども、こちらもやはり妥当な用語だと思える。今や VR の世界では、両目を覆う状態で頭に装着するデバイスをそう呼ぶのが一般的だからだ。Apple がなぜこれを気に入らないのか私にはよく分からないが、いずれにしても“空間コンピュータ”よりはずっと流暢で意味の分かりやすい用語だろう。誰もが“空間コンピュータ”という言葉を発する際には両手指で空中に引用符を描くだろうからだ。
ならば物理的に言って Vision Pro はどんなものか?
では、話を元に戻そう。Vision Pro は 4 つの主要な部分から成っている。

それぞれについて、まずは Apple の説明を書き、それに続いて私のコメントを付けておこう:
- 筐体:三次元成形されたラミネート加工のガラスがアルミニウム合金のフレームに収まり、カーブしてあなたの顔を包み込みます。 Vision Pro のテクノロジーの大部分がここにある。眼鏡をかけている人は、その人の視力矯正に合わせてカスタマイズした Zeiss 製のインサートレンズをディスプレイの内側に磁力で取り付けることになるので、そのために追加料金がかかるし、セッションごとに眼鏡を外して取り替えなければならない。
- ライトシール:Light Seal はあなたの顔に合うようにカーブして、ぴったりとフィットしつつ周囲からの光を遮断します。 磁力でアルミニウムのフレームに取り付けられ、初期テストをした人たちから聞こえた話によれば、さまざまの頭の形にフィットするよう Light Seal をカスタマイズするために Apple としてはまだまだすべきことが残っているという。Vision Pro を複数の人たちで共有できるかどうかはまだ分からないが、もしそうならば個々の人がそれぞれ独自の Light Seal を持つ必要があるのだろう。
- ヘッドバンド:Head Band はクッション性と、通気性と、伸縮性を持っています。Fit Dial を使って Vision Pro があなたの頭にぴったりフィットするよう調節できます。 説明を読めば聞こえは良いけれども、実際にレビュー用ユニットをテストした人たちの多くは使っていて不快だったと報告している。Apple はサイズの選択幅について何も述べていないが、頭の小さい人 (とりわけ子供たちのことには何も触れられていない) や頭の大きい人がどうなるのか興味深いところだ。
- 電源:外付けバッテリーは最大 2 時間の使用に対応しており、電源に接続しておけば一日中使い続けられます。 2 時間というのが短過ぎてその後ずっと電源コードを繋いだままでいなければならないのか、それともそんなに長い時間身に着けている人などおらずそれで十分なのかどうか私には決められない。でも 2 時間以上続く映画もあるだろう。衣服にポケットのないことが多い女性たちにとっては、外付けバッテリーの扱いが難しいかもしれない。
では、その筺体の内部には、それほど電気を食うものとして何があるのか?
- M2 および R1 チップ: Apple の M2 は MacBook Air や Mac mini にあるものと同じチップで、新しい visionOS を駆動し、これがすべてを管理する。全く新しい R1 チップが Vision Pro のカメラ、センサー、マイクロフォンからの入力を処理し、12 ミリ秒以内にデータをディスプレイにストリームする。冷却システムが、気になる騒音なしにすべての温度を管理する。
- ディスプレイ: 左右それぞれの目ごとに一つずつ、4K ディスプレイ以上、全体で 2 千 3 百万ピクセルの micro-OLED ディスプレイがある。Apple によればカスタムの三要素レンズのお陰でどこを見ても自然なフィーリングのディスプレイになっているという。その口振りから察するに、すべてに常時ピントが合っていると期待できそうで、年齢を重ねて視力が落ちる一方の身には嬉しいかもしれない。
- Dual-driver audio pods: つまりこれは左右それぞれの耳のそばにスピーカーがあって、部屋から聞こえる周囲の音を遮ることなくオーディオを提供するということだ。空間オーディオを使うことで、アバターやその他の仮想オブジェクトからサウンドが来るように聞こえるようになるはずだ。周囲にサウンドを漏らしたくない場合に備えて AirPods にも対応する。
- アイトラッキングシステム: 左右それぞれの目の周りに一連の LED と赤外線カメラが置かれ、目の中へ不可視光のパターンを投影することであなたがどこを見ているかを Vision Pro が追跡できるようにする。これこそが相互作用モデルの重要部分だ。何かを選択するには、それを見るだけでよい。
- センサーアレイ: LiDAR Scanner、TrueDepth カメラ、投光イルミネーターその他数多くのセンサーが筐体の前面と底面に取り付けられて、頭や手の動きを追跡するとともに、あなたの手の動きを理解するための 3D マッピングを提供する。そしてこれこそがもう一つの、相互作用モデルの重要部分だ。高解像度のカメラが (毎秒 10 億ピクセル以上の) ビデオをディスプレイに送り、眼前にあなたの周囲の世界を描画する。.
これらのテクノロジーのほとんどは、まるで映画 Back to the Future に出てくる flux capacitor (次元転移装置) みたいに聞こえるけれども、全部が本物だ。Apple によれば Vision Pro のハードウェアに基づく特許を 5000 件以上申請したという。
$3499 という当初価格を見ればたちまち顔が青ざめるかもしれないが、Apple がここに注ぎ込んだあらゆるもののことを (とりわけカスタムのハードウェアを) 考えればむしろ妥当な価格ではなかろうか。現行のハードウェアに置き換えて考えれば、この Vision Pro は M2 Mac mini に 2 台の 4K ディスプレイを取り付け、その上に iPhone 14 Pro のみにしかないようなセンサーアレイとカメラを組み込んだものと同等以上と言えるかもしれない。
これだけのハードウェアが集まれば重量はそう軽くないことも知っておくべきだろう。Apple は Vision Pro がどの程度重いかについてまだ何も言っていないが、テスターたちから聞こえてきた話によればおよそ 1 ポンド (0.45 kg) 程度で、一人の人は 1.5 ポンド (0.68 kg) ほどに感じられたと記していた。安全帽や自転車用のヘルメットは一般的に 1 ポンド以下であり、重量のほとんどを顔に乗せたりはしない。快適性の問題は別にしても (多くのテスターたちが問題を指摘していたが)、Vision Pro を脱いだ後に赤い跡が顔に残るという問題があるかもしれない。The Wall Street Journal の Joanna Stern が、その点を指摘していた。
Vision Pro を使って何ができるのか?
次に考えるべきは、Vision Pro を一体何のために使えるのかという興味深い質問だ。まず取り掛かるべきは、Apple が WWDC キーノートの映像で共有し、その後ジャーナリストたちに示した用法だ。けれども Apple が Vision Pro の発表に WWDC を選んだ動機が、実は開発者に種蒔きすることで開発者たちの想像力に訴えて可能性を広げることにあるのは明らかだろう。
それは良いことだ。Apple が示した実例はそれほど魅力的なものではなかったからだ。Apple は「これまでなかったような方法で皆さんが好きなことをできるように」とさえ述べている。要するに、今の Vision Pro は既にしていることをただ単に新たなやり方でするだけのことだ。私たちが既にしていることとは、つまり Mac、iPhone、iPad、Apple Watch、Apple TV、HomePod、そして AirPods を使うものであって、それに頼り切るのは危険な道筋だ。そもそも Apple は本気で Vision Pro を自社の製品すべてを置き換えるものにしようとしているのだろうか? この会社は過去にも、自社の製品ラインを食って転換することを恐れなかった (例えば iPhone は iPod を綺麗に食い尽くした) が、それでもこれは大胆な予想と言える。いずれにしても、近い将来を考える限り Apple の既存の製品シリーズには大して心配は要らないだろう。
Apple が示した主な実演は 5 つのカテゴリーに分けられる:
- 仕事用: Vision Pro にはネイティブなアプリが作られることになり、独自の App Store を持つはずだ。また、iPhone や iPad 用のアプリも大多数が (ただし全部ではない) 使えて、それぞれ独自のウィンドウの中で動作する。Vision Pro は Mac 用の仮想スクリーンを作成することもでき、その仮想スクリーンの中で Mac のキーボードやトラックパッドを使い続けることができる。Vision Pro を実際に試した人たちはこのウィンドウが鮮明で読みやすいと言っているし、ウィンドウを好きな位置へ動かすことも簡単だ。確かに旅行中に大型の Mac ディスプレイとして使えるのが有益であるのは疑いないところだけれども、普段の仕事部屋で Studio Display を使うことに比べて大幅に良くなるとは考えにくい。

- コミュニケーション: もちろん Apple は FaceTime を押し出そうとしているが、そこには重要な但し書きが付く。あなたが Vision Pro を装着しているところを見たい人など誰もいないので、あらかじめあなたの顔をスキャンしてデジタルなアバターを作っておく必要がある。体験談によればアバターは驚くほど良い出来だがそれでも偽物であることは一目瞭然だという。どうやら Apple には不気味の谷を回避する気がなかったようだ。とりわけよく知っている人が相手の場合にはなおさら違和感があるだろう。一般的に言って、今やビデオ通話が一般的になったけれども、私にとってはオーディオのみの通話の方がセットアップも簡単だし、たいていの会話ではオーディオのみでも十分役に立つと思う。それに、短いやり取りならばテキストメッセージングの人気にビデオ通話が取って代わることはできない。だから、ユーザーにとってのデフォルトのコミュニケーション用デバイスとして Vision Pro が iPhone に取って代わることはなかなか考えにくい。.

- ビデオの視聴: おそらく Vision Pro の目玉機能と言えばテレビや映画の視聴だろう。通常の 2D コンテンツも、3D 映画も、それから特別に撮影され 180 視野、空間オーディオ付きで高解像度映像の Apple Immersive Video もそこに含まれる。特にスポーツを Apple Immersive Video で撮影したものは凄いという評判だ。プレイヤーのすぐそばで見る感覚があるからだ。こうして、Vision Pro があれば個人用のホームシアターが生まれるかもしれない。

- ゲームをプレイ: 私自身はビデオゲームをプレイすることはないので推測でしか語れないが、もしもいずれ Vision Pro のパフォーマンスが Apple の実演が示すものに迫ることができたならば、立派にゲーミング装備として使えることだろう。ゲーマーたちにはハードウェアに大枚をはたく習慣が既に付いているので、残る問題は欲しいゲームが Vision Pro に移植されるかどうかという点のみだろう。

- 思い出: 最後に、Apple は Vision Pro が 3D 写真やビデオをキャプチャし、表示し、共有するために使えるという点を強調した。ここでもまた、技術的には素晴らしいけれども、この種の機能はいずれ iPhone にも実現されると思える。でも、果たしてその種の写真やビデオが形勢を一変させる力となれるだろうか? そもそも、ポケットから iPhone を取り出す方が簡単なのに、思い出の瞬間を捉える目的で Vision Pro を急いで装着しようという人がいるだろうか?

Vision Pro とは何かという質問に立ち戻ることになるが、Apple による実演の多くから感じられることの一つは、Vision Pro が多くの意味で究極のスクリーンであるという点だ。(Apple が息を切らして 4K について語る度に、私は自分が 2014 年以来ずっと 5K の iMac 画面を使っているのにと考え、これと同じくらい良いのかと思わざるを得ない。) それはテクノロジーとしては優れているかもしれないが、部屋の中に仮想のスクリーンが浮かぶというだけで毎日利用するものとして魅力的な複合現実だとは思えない。
もっと野心的な Vision Pro の利用法としては、人間の心臓の 3D 表示、共同作業用 3D デザイン評価ツール、生産ラインを評価・審査するツール、DJ のための空間インターフェイス、プラネタリウムのシミュレーションといったものが手早く紹介されただけであった。そのほとんどがユーザーの物理的スペースの中で実行されるもので、興味を惹くやり方で空間や現実のオブジェクトとの間でやり取りするものは一つもなかった。ユーザーの感覚や能力を増すように使われたものもなかった。果たして Vision Pro で走るアプリのお陰でスーパーマンと同等の視力が得られたり、音がどこから聞こえるのか正確に言い当てられたりするようになることがあり得るものだろうか? Vision Pro に飛び切り素晴らしいアプリが登場することがあるものなのか、それとも Apple が提供した基本的な利用法でたいていの人は満足するのだろうか?

誰も口にしないが誰もが知っている利用法は、ポルノだ。アダルト映画の細作会社が既に開発者向けユニットの申請を出しているし、Vision Pro は間違いなく究極の個人用覗き見デバイスになり得るだろう。他の人にはスクリーンが見えないし、多くの人たちがいる部屋の中でも自分だけのウィンドウの中でポルノを見ることが可能だ。他の人がそれと知ることはできない。当然ながら Apple は良くないことを試みるアプリ、例えば現実の人の体を着衣なしのバージョンで置き換えるようなアプリを却下するに違いないが、今やあらゆるテクノロジーにその種のものが蔓延しつつあり、Apple としてはそれらを漏れなくブロックすることはしないかもしれず、そもそも技術的に無理かもしれない。
それからまた、主として戸外で使われるアプリはなかなか登場しないだろう。社会的常識の制約や、バッテリーの制約があることの他に、Vision Pro が雨に耐えられるとは考えにくい。だから、戸外で歩きながら曲がり角ごとに現実世界の道案内を受けられる AR 眼鏡が欲しいと思っても、当分の間は実現されないかもしれない。
最後にもう一つ、Vision Pro 版の Safari を使ってウェブページ上の 3D コンテンツを見たりやり取りしたりできるようになるか否かは、未知の問題だ。現時点で既に 3D コンテンツをウェブページに埋め込むことは可能であって、WebXR などのプロジェクトを使ってより野心的な 3D 機能との統合がようやく始まりつつあるところだ。
どんな人がどんな風に Vision Pro を使うのか?
これらの使用事例だけで大枚 $3500 をはたく気には到底なれないとお思いだろうか? もちろん、そう考えているのはあなただけではない。Vision Pro に使う価値があるか否かは、主としてあなたが置かれた状況に依存する。ここでいくつか推測を述べようと思うが、ここ数日間いろいろな人と話をした感触に基づけば、妥当な推測と言えると私は思う:
- 他の人のいるところで Vision Pro を身に着けたくないと思う人は多いし、公共の場でならばなおさらだ。
- 誰かが Vision Pro を身に着けているところを見れば不快に感じてしまう人は多い。
- Mac や iPhone や iPad で作業するより Vision Pro を使う方がもっと生産的になれると思う人はあまりいない。
- 暖かい環境では特に、長時間にわたって Vision Pro を身に着けているのは快適でないと思う人は多い。
- たいていの人は相当に魅力的な使用事例がない限り値段が高過ぎると考える。
これらのことを前提とすれば、Vision Pro の環境に関する要件が見えてくる。他の人がいるところで Vision Pro を身に着けるのが不恰好で、気恥ずかしく、あるいは危険だと思う人が多いならば、自分だけがいる涼しくて快適な部屋が必要だということになる。娯楽を目的とするのならば、それはつまり一人暮らしの人、あるいは少なくとも長時間一人で過ごす人に向いていることを意味する。仕事目的では、リモート勤務をしている人たちの方が勤務先のオフィスで同僚たちと一緒に仕事をする人たちよりも使いやすいことになる。Apple がビデオで示した事例はあるけれども、実際には一人で働く仕事部屋で使う方がオープンなレイアウトの仕事部屋でするよりも快適だろう。
使用目的の観点からは、もしも Vision Pro を主としてビデオ視聴のために使うのならば、既に持っているテレビに比べてあまりにも高価であるか、それとも既存のホームシアターの妥当な代替品となるかのいずれかだろう。ゲーミングについても同じことが言える。いずれにしても、過去何年間も使って慣れ親しんだデバイスを使うよりももっと生産的になれると想像するのはかなり難しい。少なくとも同じアプリを使うのならばありそうにない。ただ、革新的な新しい使用方法が見つかれば状況が変わるだろう。例えば医学部の学生が、複雑な手術の 3D ビデオを行きつ戻りついろいろな角度から見ながら研究するというのはあるかもしれない。また、一般的な家庭用電化製品を分解して見せる修理用アプリが、3D 表示の中で個々の部品を拡大表示する様子も想像できる。
$3499 という価格を正当化できるような魅力的な使用事例が判明するまでの間は、Vision Pro は主としてお金の有り余っている人たち向けの玩具であり続けるだろう。その結果として市場は、そしておそらくアプリの価格も、小規模の顧客層を相手にしたビジネスモデルが構築されるニッチ市場に集中することだろう。そうなって悪いことは一つもないけれども、Apple のような主流の会社としては普通でないやり方に違いない。
そういうことを全部まとめれば、理想的な顧客層は一人暮らしの独身の人物で、リモート勤務をしており、ポップカルチャーやゲーミングに興味があって、潤沢な収入がある人たちだ。私に言わせれば 20 代前後のテクノロジーおたくたちが連想される。Vision Pro の設計やエンジニアリングを担当したのがどんな人たちなのか私には知る由もないが、きっとその多くはまさにこの層に属していて、自分たちのために Vision Pro を構築したのだと思えてならない。
他の人たちはどうだろうか?
- 私が話をしたうちで子供を持つ親たちは特に、小さな子供たちやティーンたちが Vision Pro を手に入れると考えただけでも恐ろしさにゾッとすると言っていた。iPhone や iPad で Screen Time 機能に問題があると考えている人は、常習性のある没入的な体験が他の人からは文字通り誰にも見られないという点を想像してみるとよい。Apple は子供たちが Vision Pro を使うことについて何も述べなかったが、裕福な家庭の子供ならいずれ使うようになるに違いない。(Avenue Q の一場面を信じるなら、ポルノに使うようになるに違いない。)
- また、親たちは自分自身がデジタルデバイスを使うことによって子育てに悪影響がありがちだと知っている。だからこそ、夕食の最中にスマートフォンを使わせない親たちが多いのだ。だから、少なくとも良い親たちは、子供たちに注意を払っていなければならないにもかかわらず自分が Vision Pro を使って悪い実例になりたくないと考える。この点、Vision Pro を実演した Apple の Vision Pro ビデオのいくつかにはゾッとするような不快感を覚えた。

- 子供のいない夫婦は、家の中では二人一緒に時間を過ごすことが多く、テレビを見ている間さえも一緒にいる。そんな場合、Vision Pro が二人の関係にとって害をなすと感じることがあるかもしれない。とりわけ、二人の間にテクノロジーへの理解度の差がある場合にはそれが言える。意識するか否かにかかわらず、使い方をよく考えてからでないと Vision Pro は不和の種となりがちだと言えるだろう。
- 勤務先の仕事場で同僚たちから見えるところで Vision Pro を身に着けると考えただけで気まずいと言う人は多かった。まさに、皆の目の前で裕福さと階級を見せ付けるようなものだからだ。
- 皮肉なことに、Vision Pro におけるやり取りのモデルは、現代のテクノロジーについて行けない一人暮らしの高齢者に向いているかもしれない。ただ、私に聞こえてきた声の多くを信じるなら、そのような人たちはそもそも従来と劇的に異なるデバイスを自分が採用するとは想像もできないようだ。
- 何らかの障害を持っていてマウスやトラックパッドが使いづらい、あるいは全く使えないという人たちにとって、Vision Pro の視線検出機能やシンプルなジェスチャー制御機能が他のどのコンピューティングデバイスと比べてもずっと有益であったり、あるいは良い代替方法となったりするかもしれない。
Apple は Vision Pro が Optic ID を利用することについても少しだけ述べた。これは、眼球の虹彩をスキャンすることによってユーザーを認証する Face ID に似たシステムだが、複数のユーザーによるアクセスについては触れなかった。もしもそれが実現されれば、家族の間で共有しても自動的にユーザーが識別されて役に立つだろうと思う。当然ながら、誰が使うかによってインサートレンズや Light Seal を取り替える必要が生じたりする問題もあるし、また購入価格がますます高くなるだろうが、もう一台 Vision Pro を買い増しするよりは安くつくはずだ。
Vision Pro の対人的・社会的な意味合い
この記事では冒頭からここまで、その点での批判的な意見を述べるのを控えてきた。それは、批判を述べるならばその前に、Vision Pro の可能性や Apple の技術的成果をきちんと述べてから、それに基づいて批判するようにしたいと思ったからだ。でも私はこの記事のタイトルで“深い両面感情”という言葉を使った。これは、Vision Pro が iPhone と同じくらい人気を得るようになったならば、私に懸念を感じさせるところが非常に多いと思うからだ。
Apple のテクノロジーとマーケティング能力をもってすれば、Vision Pro が、あるいは第二または第三の non-Pro バージョンでもっと小型で低価格のものが、成功に至る可能性は十分にあると私は思う。それ自体は必ずしも悪いことではない。以下で述べる批判を踏まえた上でもそう思う。このようなデバイスを作る可能性のあるあらゆる会社の中で、私としてはプライバシーを重視している Apple にそれをして欲しいと思うからだ。例えば Meta のように、ユーザーのあらゆるアクションを追跡してそれを収益化しようと望む会社にされるよりずっと良い。また、有益な可能性もある。例えば特定の障害を持っているユーザーのために役立つといったことだ。
Vision Pro は人と人との社会的交流を妨げる
Vision Pro を頭に装着すれば、現実世界から切り離される。従来から VR ヘッドセットではこれが極めて大きな問題であったので、Apple はテクノロジーの妙技を駆使してその効果を最小化するための努力を惜しまなかった。例えば、筐体の底面にあるカメラが、ソファから立ち上がる際に下の方が見えて向こう脛をコーヒーテーブルに打ち付けないようにしてくれる。フルに没入的な見え方にしていてさえも、もしも誰かが歩いて視野に入ってくれば、その人影が Vision Pro の中でも見えてそこに人がいると分かる。さらに驚くべきことに、Vision Pro は前面側のスクリーンにあなたのアバターの目の部分を表示することで、外にいる人たちにあたかも Vision Pro を通してあなたの目が見えているかのような感覚を起こさせる。
そういったことがあるにもかかわらず、あなたが特大のスキー用ゴーグルを着けているように見えるという事実から逃れることはできない。いずれは慣れると言う人もいる。結局のところ、パンデミックの時期に私たちはマスクを着けることに慣れてしまったけれども、誰かがマスクを着けているところを見れば、やはりその人について何か憶測してしまうものだし、その中にはあまり良くない憶測もあるだろう。私に言わせれば、Vision Pro についても同じことが起こるのではなかろうか。
近くにいる他の人から切り離される効果を持った目で見て明らかなテクノロジーのもう一つの例として、AirPods を挙げる人もいる。確かに類似性はあるけれども、AirPods の場合は目障りになる程度がはるかに低いし、周囲に注意を払っていると示したい場合には単純に耳から取り外す人がほとんどだ。
さらに、私はランニングの最中に AirPods を耳に着けている人を追い越す際にちょっと困惑を覚える。たとえ「やあ、こんにちは」と声を掛けるだけのことだったとしても、何かのやり取りをできる可能性が消滅してしまうからだ。そのようなちょっとした、建設的なやり取りこそが人と人との間の“弱い繋がり”を生み出すのであって、それが心の健康の重要な要素となる。もちろん私はそれでもその人にニッコリしたりちょっと手を降ったりする。同じように、Tonya は自転車道でサイクリングしている際に犬を散歩させている人を追い越そうとするとき、その人がメディアに熱中するあまり自転車に全く気付かず、ベルを鳴らしても反応しないし、犬を繋いでいる紐を引いて自転車に絡まないようにもしてくれないのを見てフラストレーションを感じると言う。現実世界を無視することで、周囲の人たちに苛立ちを引き起こすのだ。
Vision Pro は共有空間を破壊し連帯感を減らす
では、何人かの人たちが会っている状況でそのうちの一人かそれ以上が Vision Pro を身に着けていれば、どんな効果が生まれるだろうか? AirPods の場合と同様、連帯感と繋がりの感覚が減ることを私は恐れる。人と人とが面と向かって会う際には、現実世界の同じ状況がすべての人の前にある。もちろん誰もが正確に同じものを見たり聞いたり匂ったりできる訳ではないし、同じように感じる訳でもないけれども、そのための機会はそこにある。
でも、Vision Pro があればそうはならない。誰かが Vision Pro を着けた途端、その人は他の人たちとは全く違うものを見ているかもしれない。想像してみよう。何かの集まりで一緒にいるときに、誰かがスマートフォンに熱中して他の人の話を聞いていなければ、とてもイライラさせられるのではないか? Vision Pro の場合、外から見ればその人の目が人に注目しているかのように見えるお陰で目立つ度合いは減るかもしれないけれども、それでも見ればすぐにそうと分かるのではないかと私は思う。
連帯感というのは社会的構成概念であって新しいテクノロジーに適合するように進化するものだと論じる人もいるだろう。けれども社会的交流の中でスマートフォンの使用が弊害をもたらすと論じた調査研究は探せばすぐに見つかる。Vision Pro が非常に目立つことを考えれば、これが少なくともスマートフォンと同等以上に、おそらくはそれよりもっと、グループでの人間関係に、また親密な人との間の関係に、ダメージを与えると想像するのは簡単だろう。
Vision Pro は社会的孤立を促す
この懸念は私たちがスマートフォンで既に見てきたことの延長でもあり、今述べた二つの懸念の論理的な次の段階でもある。Vision Pro が華麗で没入的な環境を提供し、それが現実世界にある面倒や汚れや騒音に比べて桁違いに素敵に見えるものであるならば、人々はもっと長時間その中で過ごしたいと願わないだろうか? さらにはそうする方が正しい意味で生産的になれるという場合も時にはあるかもしれない。私たちは皆、気が散るものを排除して仕事に集中したいと思うからだ。
でも、現実逃避には危険が伴うのであって、それは人と人との結び付きが減ることから始まり、そのことが心の健康に重大な影響を与える。確かに、仮想のやり取りができることは大きな成果であって、何もないよりはずっと良いことに違いないけれども、本物のやり取りを置き換えるものにはならない。もっと悪いことに、多くの人たちが現実世界から逃避できるようになるにつれて、その状況を改善したいと努力する気持ちが減退する。そのことは、個人レベルと環境レベルの双方で言える。もしも没入環境に接続するだけで周囲のゴタゴタが見えなくなるのなら、誰がわざわざ掃除しようなどと思うだろうか? いつでも Vision Pro を着けるだけでたちまち見事な自然の風景の中に浸れるなら、近隣の美化活動グループや環境保護団体に参加する意味などないではないか?
Vision Pro が健康の問題を引き起こす可能性も
WWDC キーノートの中で、Apple は iOS 17 と watchOS 10 に心と視力の健康を改善できるための機能を追加すると発表した。
心の健康に関係する新機能は主として特定の心の状態に入り込んでそれをよく考えるためのものだが、社会的交流が心の健康のために重要であることを示した調査研究はたくさんある。パンデミックの最中に何が起こったかを考えてみるとよい。同じように、自然に触れることが心の健康にも身体の健康にも良く、とりわけそこにエクササイズを加えることで効果が高まると論じた研究がますます多く発表されつつあるところだ。けれども Vision Pro が魅力的な存在になればなるほど、そして多くの人たちがそこで長い時間を過ごすようになればなるほど、社会的交流に使える時間も、ただ家の外に出る時間も、減る一方だ。
視力の健康の面を言えば、Apple は親が子供たちに家の外で時間を費やすよう促すことで近視の増加を抑えるための機能を追加しようとしている。(医者たちは子供たちが毎日 80 分から 120 分程度外で過ごすことを勧めている。) その目的のために、日光を浴びた時間を Apple Watch が計測して報告するという。近視を引き起こすもう一つの要素が目を近付けて読書をすることだ。Apple の新しい Screen Distance 機能が、人々がデバイスや本を読む際の距離を広げるために働く。そのようなやり方で Apple が健康を増進させようとしているのは素晴らしいことだが、よく考えてみれば Vision Pro は、室内で長時間使うことを奨励し、スクリーンを目のすぐ前に置くことで、まさにそれらの努力と正反対の効果を生んでいるのではなかろうか?
それからもう一点、Apple の実演では人が立った状態で使っているところを示したものもいくつかあったけれども、実演の大多数では椅子に座ったり、あるいは横たわったりした状態で Vision Pro が使われていた。それは今日多くのデバイスが使われている状態と大差ないけれども、エクササイズをしながら Vision Pro を使うことは推奨されていないし、そもそもエクササイズをしながら使えるかどうかも分からない。たとえ屋内でしか使えなかったとしても、室内サイクリングマシンを漕ぎながら、例えば Zwift を使いながらの没入型体験を提供できるものだろうか? 汗への対策はあるのか?
Vision Pro は見紛うことなく特権と階級を示す
宝石をちりばめたティアラとか、純金の王冠とかを身に着けた状態で、あなたは近所を散歩するだろうか? 富を見せびらかすために有名ブランドの衣服を着たり、高価な腕時計を着けたり、派手な宝石類を身に着けたりする人は多い。確かにそれはそういう人の特権だが、高価な衣服や時計や宝石類には偽物もあって、一目見ただけでは $5000 もする本物の Rolex なのか露天商から $5 で買った偽物なのか見分けるのが難しい。でも Vision Pro には偽物などないので、それを身に着けているのは自分が金持ちだと公言しているのと同じことだ。
Vision Pro は特定の障害を持つ人の役に立つかもしれない
Vision Pro に装備された新機能、特に視線の検出やジェスチャーによる制御に基づくやり取りのモデルは、特定の障害を持つ人の役に立つかもしれない。アイトラッキングのシステムはずっと以前から、運動障害やリハビリに関係する障害 (ALS、脳性麻痺、振戦麻痺、脊髄損傷その他) を持つ人のために使われており、Vision Pro ならば他の方法よりも正確でより緊密に統合されたアイトラッキングを提供できると思われる。その上、Vision Pro のジェスチャー機能はある程度の筋制御を要求するけれども、少なくともマウスやトラックパッドに比べれば移動距離の必要がはるかに少なく、調整能力の要求も少なくできる可能性がある。
Apple は Vision Pro のスタートに際してはアクセシビリティについて語らないかもしれないが、同社の他のオペレーティングシステムで長年かけてアクセシビリティへの努力を注いできたことを考えれば、例えばポインタを所定の時間静止させれば特定のアクションを実行する Dwell Control (滞留コントロール) の機能のような、視線のみによるオプションが提供されると予想するのも自然なことに思える。Vision Pro はゲームコントローラにも対応するので、これが sip-and-puff (息操作) のコントローラとして働くことも考えられる。
直接手で触れた感想
WWDC キーノートの後に、Apple は一部のジャーナリストたちを集めて 30 分間の Vision Pro 実演をした。 Good Morning America を除く者は誰も、写真や動画を撮ることを許されなかったが、Good Morning America には Tim Cook とのインタビューも許された。予想した人は多いかもしれないが、インタビューをした Good Morning America ホストの Robin Roberts が Vision Pro を使っているところを見るのは退屈だった。ヘッドセットを着けたままただ椅子に座っている人を見せられるだけでは魅力的なテレビ番組とは言えない。それでも、Apple が Good Morning America のような有名番組を招いて、来年にならないと出ない高価なテクノロジー製品の独占インタビューをさせるやり方を選んだという事実そのものが興味深かった。
実演に参加して Vision Pro を手に取ることのできた人たちの記事で私が読んだり視聴したりしたものはすべて、好意的なことを述べていた。誰もがそのテクノロジーに圧倒されたのだ。でも体験に対する感想は人によってさまざまだった。まあまあ快適だったと言う人たちもいたし、レビューの中で注目する対象に何を選んだかもいろいろだった。ただ、ほとんど全員が価格に対してはある程度の落胆を示した。とりわけ、既存のデバイスでは許容できる程度の処理ができないようなことをどの程度うまく Vision Pro ができるのかという問題に関連付けて価格を論じる人が多かった。その問題への答を得るには、実際にスタートするまで待たなければならない。
Apple は Vision Pro を“来年の早いうちに”出荷する予定だ。その時期が来れば、誰もが Apple Store の店頭で試着できるようになる。その上で、$3499 を払っても手に入れたいかどうかを判断できるだろう。いや、特製のインサートレンズと売上税、それに AppleCare を加えれば $4000 になるかもしれない。
第二または第三のリリースが出てから考え直すのが賢明かもしれない。初代の iPhone や iPad や Apple Watch は今となっては古臭く感じられるし、映画を観たりゲームをプレイしたりしたいとは特に思わない、最新のテクノロジーをどうしても試してみたいとも思わないという人には、そもそも Vision Pro が現実にどんな問題を解決するのか想像することすら難しいだろう。それでもその時期が来たならば、Apple がどのような方法で対人的・社会的な懸念に対処し、Vision Pro が映画 Ready Player One に描かれたディストピアに導く役割を果たさないためにどのような対策を施したかについても。きっと何かが掴めることだろう。
討論に参加